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第2章 跪いて足をお舐め

#71 愛と性のファシズム⑫

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 玉座は沈黙したままだ。
 
 次第に会場全体のざわめきが大きくなってくる。

「父上!」

 業を煮やしたようにマリウスが叫んだ時である。

「よろしい。認めましょう」

 よく通る女性の声が、コロシアムに響き渡った。

「仮に王が認めなくとも、私が認めてあげましょう。今年の武闘会の優勝者は、ルリ=スナフキン。よくぞ我が息子、マリウスを退け、果ては魔導研究所の人造獣まで」

 玉座に腰を下ろしたままの王の背後から歩み出たのは、黄金色の衣装を身にまとった長身の女性である。

 肩で波打つ髪も黄金色で、右手に水晶の玉のついた杖を握っている。

「母上…」

 マリウスが、茫然とつぶやくのが聞こえてきた。

「母上というと…ミラ王妃?」

 20年前の記憶を探り、ルビイはたずねた。

「ああ、ついこの間まで、体調を崩していて、ずっと奥の院で静養してたんだけど…」

 だからか、とルビイは思った。

 先日、ターニャとマリウスを助けて王宮を訪れた折、王妃の姿はなかった。

 あれは、そのせいだったのだ。

 ミラとディオニスには、20年前の出兵の際、一度会った記憶がある。

 が、当時40代だったふたりがどんな様子だったのか、ルビイはほとんど覚えていない。

 ディオニス王についてすらそうなのだから、王妃のほうの記憶はまるでなかった。

 その王妃が、お供を従えて、長い階段を降りてくる。

 胸に抱いているのは、優勝者に与えられる名誉の冠に違いない。

 王妃の姿に、観客たちの間から拍手が起こった。

 最初遠慮がちだった拍手は次第に大きくなり、やがて会場全体を埋め尽くした。

「よくやったわね。ルリ」

 ルビイの前にやってくると、白い歯を見せて王妃が言った。

 身長はルビイとほぼ同じくらいか。

 齢60を越しているはずなのに、その肌は20代といってもいいほど若々しい。

「マリウスも、我が息子ながら、よく頑張ったわ」

「母上…お加減は?」

 マリウスが、おずおずと手を伸ばして、王妃の手首に触れた。

「おまえが心配するようなことは何もないわ。それより、ルリをステージに」

 リングでは、兵士たちの手によってリングロープとマットが取り除けられ、即席の表彰台ができていた。

 まず、王妃がそこに上がり、ついで、ルリの手を取ったマリウスがその前に額づいた。

 両腕のないルビイはすっくと立ったまま、まっすぐに王妃の顔を見つめている。

「これで私、近衛兵団に?」

 単刀直入にたずねると、王妃の口元にかすかな笑みが浮かんだ。

「いいえ。貴方にはもっとふさわしい部署がある。いずれ詳しくお話しするわ。とにかく今は、表彰を」

 拍手が高まるなか、改めて審判長の口からルリ=スナフキンの名が読み上げられた。

 ルビイが軽く頭を下げると、王妃の手がその上に銀色の冠を置く。

「その腕、義手だったのね」

 一滴の血も流れていないルビイの肩に目をやり、王妃がささやいた。

「ええ、わがスナフキン商会の一番の人気商品が、精巧な義手と義足なものですから」

 にこりともせず、ルビイは言った。



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