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王都ルミエラ編

23話 ティッシュオフしといてよかったです

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「びっくりしたね、突然ごめんね。お嬢さん、あなた、もしかして外国の方かい?」

 ステージ上からモデレーターのシリル・フォールさんが、微笑んでわたしを真っ直ぐに見、尋ねます。
 ええええええええええ。わたしかよおおおおおおおおおおおおお。

 伝声管を持っている係員さんが、促すようにわたしの口元へと漏斗部分を近づけました。あわてて「はい、そうです」と答えました。会場に響いた自分の声は、ものすごく変に聴こえました。いやわたしもっと大人っぽい声だし。心臓が。心臓の音も拾われてしまう。

「そこにお座りということは、交通局にお務めなんだろう。アウスリゼに来てどれくらい?」
「はい、あの。一カ月くらいです」
「そうかあ。いろいろなご事情があって来られただろうけども。一生懸命講演や質疑を聴いてくれていた、外国のあなたに尋ねてみたい。――あなたにとって、アウスリゼとはどんな国?」
 
 走馬灯のようにいろいろな記憶が。しぬの。わたししぬの。わたしにとってのアウスリゼ? それをわたしに聞くの? わたしにとって青春だった。魂の一部を捧げた土地。それをわたしに聞くの?

 少しだけ泣きそうになって、それでもわたしはシリル・フォールさんの目を見返しました。質問の答えははっきりしていて、でも言葉にするのがもどかしい。

「――美しい国です。とても。それぞれの人が、それぞれの立場で、必死に生きていて。富んでいる人も、貧しい人もいます」

 トビくんとオレリーちゃん。そしてチームメイトのジャン=マリー・シャリエさんを思い浮かべました。息が切れ切れで、緊張しすぎてちゃんと話せている気がしません。
 それに、オリヴィエ様やリシャール。クロヴィスだってそう。みんな必死。みんな一生懸命。知ってる。何回も何回も、みんなの感情を共にした。

「――だから、すれ違ってしまったり、ときには間違えて。でもみんな必死なんです。すごくがんばっているんです。明日をもっと、今よりもっと、良くするために。わたし、アウスリゼが好きです。とてもきれい。とても、きれいな人たちが、一生懸命。でもそれってきっとすごいことで。アウスリゼ、すごいと思います。講演の内容も、質問とか答えの内容も、難しかったけど。でもみんな一生懸命なのは伝わってきて、それぞれの立場で、できることがんばってて。それってすごいことだと思います。アウスリゼはすごいです。美しい国です」

 言うだけ言って、わたしは息をつきました。下を向いたときにその息が漏斗に入ってばふっと音が会場に響きました。アベルがちょっと鼻で笑った感じがします。あとでしばきます。

「……いやあ。思わぬ告白を受けてしまって、おじさんドキドキだよ」

 ちょっとの間の後にシリル・フォールさんがそう言いました。笑いがおきます。いえ、わたしあなたに告白した記憶はいっさいございません。

「まさかここでアウスリゼへの熱烈な愛を表明されるとは思いませんでしたが、会の締めにとてもすばらしい言葉でした。異国のお嬢さんに、皆さん拍手を」

 わりと大勢の拍手が響きました。アベルはやっつけな感じで手を叩いていました。わたしは一応シリル・フォールさんと、あと拍手してくださったみなさんに向けてそれぞれぺこっと頭を下げました。

 閉会の言葉が終わり。
 明り取り窓にかけられていた布が取られます。真昼の光が一斉に会場へ差して、眩しくて目を閉じました。頭を撫でられたんですが、これきっとアベルですね。目を開けたらアベルの他に、いろんな人が周りにいました。誰。ふざけんな人見知りするぞ。

 さっきわたしが話したことへ、一言お礼を言って去っていかれる方がほとんどでした。「感動しました!」って言っていかれるんです。あらわたしってば、知らずにみなさんの心をかすめ取ってしまった⁉ ごめんなさい、そんな怪盗三世になるつもりはまったく。まったくありませんでした。どうかご容赦を。
 何人かはお名刺くださったりね。ざくっと見た限りおえらいさんですね。やだなにそれこわい。

 アベルが引っ張り出してくれて、なんとなくその流れから抜け出せました。アベルを盾にして目立たないようにホールを出て、お手洗い。女性はほとんど会場にいらっしゃらなかったようですが、それでも中には数人いらして、やっぱりわたしを見るとありがとう、と言ってくれました。なんか照れますね。
 
 鼻頭と額のてかりがまた復活していました。ティッシュオフ。まああとは帰るだけなんですけど。お手洗いから出たらアベルがいなくて、さくっと置いて帰ろうとしたらすっと現れました。すごいなこいつ、わかってるなわたしのこと。お手洗い前で待機されるのすっごい嫌なんですよ。姿見たら「散れ」って言いたくなる。

 お昼ごはんなに食べようかなあ、と思って、ホール内のレストラン前にあったメニューをめくりました。はいむりー。帰ります。庶民の身の丈にあった場所でごはん食べます。
 で、帰ろうとしたら、なんかいかにもボーイさんっていう感じのお仕着せ姿のぴしっとした男性がすっ飛んできて、あわてて声をかけられました。

「お客様、失礼ですが。フォール様より昼餐へお招きするように言付かっております。どうぞ中へ」
「はい????」

 えなにそれこわい。アウスリゼ国随一企業のトップとごはんとかこわい。えやだ断りたい。だめ? 助けを求めてアベルを見上げたら居なかった。逃げやがったこんちくしょう。
 おろおろしていたらあれよあれよと席に誘導されてしまいました。窓際で明るくて、他の席からパーテーションとかで隔離された感じの場所。えだって、国内トップ企業の社長とか、お金払って参加するレベルじゃないの、ランチミーティング。こわ。やだにげたい。
 十分くらい待ったでしょうか。四時間くらい待った気がします。「やあ」と明るい笑顔でシリル・フォールさんがみえたので、立ち上がって「お招きありがとうございます」と頭を下げました。

「さっきといい、突然ごめんね。ぜひ君とお話してみたくて」

 お名刺をくださって「シリルと呼んで。お嬢さんは?」と聞かれたので、「三田園子です。ソノコとお呼びください」とお願いしました。アウスリゼでのお名刺の扱いがわかりません……やっぱり手元に置いといた方がいいんでしょうか……。

「楽にしてね。コースはやめようか。ソノコはなにが好き?」
「ええっと、魚とか……」
「じゃあ、魚のなにか、手軽なもので」
「かしこまりました」

 ボーイさんが去って行かれます。ウェイトレスさんがいらして、ドリンクをワゴンで運んでこられました。いえ、昼から飲みませんて。てゆーか、こちらに来てから一滴も飲んでないな、お酒。

「僕は軽く飲むけど。ソノコ、失礼だけど、一応確認。お酒は飲める年齢かな?」
「二十七です」
 
 シリルさんがヘーゼルの瞳をいっぱいに見開きました。すみませんこちら基準ではちっこくて。
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