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 領境の街・リッカー=ポルカ

62話 わたしの戦い

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 お店とかもほとんど閉まっている状況なので、食材もあまり種類がそろわず貴重みたいです。知っていたら保存がきくもの持てるだけ持ってきたんですけど。領境警備隊基地が近くにあるので、そちらへ納品に来た業者さんとかが帰りにときどき寄って、移動販売車みたいな感じで販売はしてくれているみたいです。
 これまでもそういう感じで売ってくれるのは普通だったみたいで、残っている地元の人たちは「ちょっと不便になったわー」くらいの感覚らしくて。まだ実際に戦争になったわけではないから「逃げましょう!」と言うわけにもいかず、今の段階で「念のために移動しましょう!」と言って、動くような聞き分けの良い方たちはもうすでにリッカー=ポルカにはいない、と。

「地元愛が強い地方の方たち相手に、蒸気バスなんていう現代的なものを受け入れてもらって、ましてや乗ってもらうなんて、至難の技よね。――でも、やるしかないわ」

 限られた食材でいっしょにお料理をしながら、そんなことを話しました。リッカー=ポルカの家庭料理、メ・チャンプという料理を作っていただきました。ポトフに近い感じです。五月に、畑で採れる農作物の収穫を願うお祭りがあるそうです。で、みんなで大きな鍋を囲む芋煮会的なことをやるんだそうで。五月に鍋って暑くない? と思いましたけど、そいえばここは雪がちょっと降る地方でした。みんなで食べるにはごった煮鍋ってちょうどいいですしね。楽でね。にんじんの切り方が、サトイモっぽくておもしろかった。「具が少なくてごめんね」ってノエミさんには言われましたけど、すっごくおいしかったです。それに交通局で飼ってる鶏が例の黒い卵を産む子で、メ・チャンプに奮発してみっつも溶かし入れたんですよ。コクが出てめちゃくちゃおいしかった。それと、フォカッチャみたいな薄焼きパン。これ、アウスリゼではよく出てきます。

 お腹いっぱいになったら、一日中バスに揺られた疲れがどっと来ました。「明日、地元民の交通局員に紹介するから」とノエミさんがおっしゃって、おやすみと部屋の前で別れました。
 疲れ切っているのに頭は冴え冴えとしていて、薄いカーテンを通して見える月光を、じっと眺めていました。
 そして、もう一度考えました。マディア北東部事変が起こる経緯と、その後どうなるかを。

 今は、事件が発生する前です。
 なので、おそらく軍事境界線であるパイサン河を挟んで、王国直轄領とマディア領それぞれの領境警備隊がにらみ合っている状態だと思われます。ゲーム内では、この段階でどれだけ自軍を増強できたかでその後のゲームの進めやすさが決まります。しかもただ兵の人数を増やすだけじゃなく、どんな人材を集めるかも実行できる作戦の種類につながるので、育成ゲームみたいな側面もあるんですよね。けっこう頭使うゲームでした、グレⅡ。

 そして、マディア北東部事変のきっかけとなった事件の日。これは、ゲーム内では一連の事件としてアニメーションになっていました。
 雪が横なぎになるくらい悪い天候が続いたときです。軍事境界線あたりで夜警をしていたアウスリゼ国軍の下士官二名が行方不明となっていることが、朝の点呼時に発覚します。捜索に人員が割かれますが、当然難航。
 そのとき、領境線へあまりにも接近しすぎたということで、マディア領境警備隊から王国軍へ向けての威嚇射撃が行われます。王国軍も応戦してしまって、一時騒然。いちおうこの撃ち合いでの死傷者は出ませんが、危ういところではありました。
 翌朝、吹雪の中も捜索は行われ、二名の下士官は無惨にも殺された姿でみつかります。凶器は刃物。数時間後にはその場よりも上流で犯行に用いられたと考えられる剣が見つかります。それは、マディア公爵家に仕える者であることを示す刻印がなされたものでした。
 亡くなった二名の友人である王国軍兵士たち数名が激昂し、上官の命令によるものではない銃撃が行われてしまいます。それによって、マディア領境警備隊員が負傷してしまうのです。それが、まさしく引き金でした。両軍が、動いてしまいます。――双方の指揮官が、攻撃の指示を出しました。
 雪が吹きすさぶ中、河をはさんでの銃撃戦になります。視界が悪いこともあり、両陣営とも河を渡ることはありませんでした。捜索隊を組んでいた王国軍はすぐに集結し、マディア陣営は遅れを取ります。マディア領境警備隊の司令官の判断により、隊員は後退。王国軍も深追いはせず、銃撃はそこで中断しました。

 これらすべては、横なぎの雪の中行われたのです。それで、両陣営とも大将であるリシャール、そしてクロヴィスへの事態の報告が大幅に遅れてしまいました。憶えておいででしょうか。グレⅡ世界、電気がまだ実用化されていません。ですので、電報のように天候に左右されず即時意志を伝達する手法がないのです。中央への報告、それに指示を仰ぐことは、雪間をぬうほかにありませんでした。けれどなかなか、晴れ間は現れませんでした。
 この世界での通信は、腕木信号と呼ばれるものを用いています。いくつかの木の棒を組み合わせて作る、手旗信号のすごい版です。目視確認なんですよ。専属の塔が各地にあって、専属の人員が信号の授受をします。見た目は原始的な形の電波塔みたいな感じ。これは、視界が覆われた状況ではどんな望遠鏡でも確認できません。
 経団連フォーラムのときに、わたしが『クマさん』と心の中で呼んでいたパネリストさんがいらっしゃるんですけど、その方が通信を統括する会社の社長さんでした。国有企業みたいなので、交通局といっしょで公務員っぽい感じですね。リシャールは通信を国だけのものにしたくなくて、一般の人も使えるようにするべきだと考えて、クマさんに託したんだそうです。そこらへんのことは、こちらに来てから新聞とかで知りました。
 そして、数日後の晴れた日。両陣営中央に、寝耳に水の報告が入りました。両陣営とも軍議へ。
 そこからは、それぞれのシナリオに戻ります。リシャール陣営では、オリヴィエ様が真っ先に殺された二人の状況に疑問をさしはさみました。クロヴィスの手の者が起こすにはお粗末すぎる事件だ、と。しかし、沸き立った軍部はその声に耳を貸しませんでした。大規模な軍事行動をとるべきとの意見が出されます。冷静さによらないその言葉はその場は留め置かれ、リシャールは戦闘中止を指示。
 クロヴィス陣営においては、有事を見越して領境へマディア公爵家騎士団を一部投入、また事件全容の調査を指示。しかし、軍縮をはかったリシャールをよく思わずにクロヴィスへとついた元王国軍騎士たちの統率をとることに苦心します。どちらの陣営も、一枚岩とはなりません。
 翌日には、リシャール陣営よりマディア陣営へ、二名の下士官惨殺への抗議が。
 マディア陣営は内部調査を行い、同日夕刻に夜襲を行った者はいないとの声明を発表。同時に、宣戦布告なしに行われた銃撃への批難を出しました。
 その後はプレイの仕方次第で多少変わりますが、数日後にオリヴィエ様がクロヴィスと会談を持ち、その帰りに殺されてしまうまで、膠着状態を保ちます。

 ――考えて、ますます、目が冴えました。
 そうです、ここで。ここで阻止しなければ。すべては坂を転げるように。寒さによらない冷や汗が、じっとりと額を、首筋を伝います。オリヴィエ様が。オリヴィエ様が、死んでしまう。
 祈りの仕方なんかわかりません。この世界に、祈りを聞いてくれる存在がいるのかも。でも、わたしが今願いを込めて想うことは、きっと祈りの形をしていたと思います。
 助けてください。わたしの足を、心を、強めてください。どうか、為すべきことをさせてください。わたしは、そのためにここへ来たと思うから。

 横なぎのひどい雪の日。それが、わたしの戦いの日。
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