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 マディア公爵邸にて

103話 ちょっとひざ詰めで話そうじゃないか、ええ?

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「メラニー様には担当医の指導により特別な献立を提供しております。心配はご無用です」

 わたしを新しい部屋へと案内しながら、家令さんが多少気を損ねた感じでおっしゃいました。「それはよかったです。『食は生命なり』って言いますからね。食べるものが決められているとか、生殺与奪権あずけているようなもんですよ」とわたしが言うと、「ええ、その点しっかりとした先生がついてくださっているので安心です」とドヤられました。よかったです。
 お部屋は前の倍くらいの大きさです。窓はふたつあって、しかも鉄格子がありません。やったー。ベッドもひと回りくらい大きくて、布団の上にVIP感まんさいの赤いひらひらカバーがかけられています。おお。お客様扱い……! でも今後も見張り騎士さんはつくそうです。あのよろいたいへんそうですよね。むれてあせもできそう。家令さんがさっそく今後のわたしの食事について尋ねてこられました。とにかく胃を休めたかったので、今晩のメニューは野菜スープだけにしていただきました。明日以降のは作る方に手間があんまり生じないようなレパートリー考えて、メモしてお渡ししたいと思います。

 おはようございます! おうちとお庭を見て回る権利を得たのでさっそく行使したいと思います!
 ミュラさんたちへは、最初犯罪者扱いだったけど今待遇良くなったので心配しないでー、という内容の手紙を送ってもらいました。ら、しっかり検閲されて『最初犯罪者扱いだったけど』を削除して書き直すように言われました。はい。そうですね、今も犯罪者っぽい扱いですね。失礼しました。専属メイドさんは前と同じメイドさんでした。ちょっとがっかりしました。はい。
 お風呂にもちゃんと入れました。たぶんお客様用のバスルーム。広かったです。他人様のお宅で垢すりしていいか迷ったのでちょっとだけしました。ショーツとキャミも洗いました。せっけんがハーブ入りの高いやつです。さすが公爵家。寝る前だったので、上がったらそのまま下着をつけないでナイトウエアを着たのですが、その姿で廊下を歩こうとしたら見張りさんに止められました。メイドさんから上着をいただきました。着替えがなかったので急きょいろいろそろえてくださったみたいです。お部屋にたくさんありました。ありがとうございます。洗ったものを乾かすのに物干しロープとかなかったので、とりあえず文机の椅子の背もたれに広げてひっかけておきました。ら、メイドさんが真っ赤な顔で「なんてハレンチな!」とおっしゃいました。そんなこと言われても。この人の声初めて聞きました。
 朝ごはんはサラダとコーヒーとパンにしていただきました。パンがね、こう、こう、ふわっとしてておいしかったです。今後のお食事の案も書いてお渡しし、それをいい感じにルーティンしていただくことになりました。お手数おかけします。
 とりあえず外に出たくてしかたがなかったので、お庭を先に見せていただくことにしました。見張りさんとメイドさんがふたりともついてきます。
 冬だっていうのに、レテソルではお花が咲いています。全体的に花弁が大きくて、色がはっきりしているものばかりです。こんな時期にバラが咲き誇っているのもすごいですね。無意味にローズアーチもくぐってみました。お許しが出た東側を一通り見ようと思って、午前中は半分を回りました。で、前に教えてもらったタツキという多年草のお花も確認できて満足。『枯れてもタツキ』ということわざの花です。キキョウみたいな感じの、たたずまいがキレイなお花でした。庭師さんにお願いして二輪わけていただきました。お部屋に飾ります!
 お昼ごはんのためにお部屋へ戻りました。そこでメイドさんも休み時間に入って、見張りさんは交代みたいです。メイドさんに「わたしが戻るまで外に出ないでください」と言われました。承知しました。ごはんはお願いした献立をアレンジした、鶏肉のリゾットみたいのとミネストローネみたいのでした。おいしかったです。下げるお膳に『おいしかったです。ありがとうございます。』とメモを書いて載せておきました。タツキは文机にコップで飾りました。

 メイドさんがなかなか戻って来ませんでした。ので、部屋の前で本日ふたり目の見張りさんと「遅いですねえ」と話していました。レテソルの昼休憩って時間どのくらいなんでしょうか。見張りさんは最近甥っ子が生まれたんだそうです。かわいいそうです。おめでとうございます。名づけ戦争には負けたそうで。そこは負けとけ。両親にまかせろ。
 やっと戻ってきたメイドさんは、なんだかぷんぷんしてました。なんで。とりあえず午前中に行けなかった東側の半分を見に行きます。
 西側の軍事関連施設や寮があるところに通じる道があるからか、お馬さんがたくさんいたり、家畜小屋があったりしました。見張りさんがここにいる馬は軍馬とは別種だとおっしゃいました。すごくおっきいんですけどね! クロヴィスよりちょっと小さいくらいです。軍馬はもっとおっきいんですかね。そんなんたくさん走ってきたら泣くね。
 鶏小屋がありました。あの、黒い卵を産む子です。めっちゃ産んであるのをおじさんが中で回収していました。さっきのお昼ごはんの子はここから来たのでしょうか。なんか申し訳ねえ! という気持ちがわきあがりますね。おいしかったです。

「おいしかったです。ありがとうございます」
「……なんですか?」

 小屋に向かって命に感謝していたら、見張りさんが食べたのはたぶんそっちじゃない、と教えてくださいました。ここは卵を取る鶏なんだそうです。そういえば雄がいない。で、てくてくその後ろの方にある別の鶏小屋へ連れて行ってくれました。小屋っていうか、納屋って感じの横長の大きい建物でした。中に入ると通路があって、両サイドの囲いの中でたくさんのひよこが元気にぴよぴよしています。かわいい。奥に進むにつれて成鳥に近づくようです。何人かの作業員さんがお仕事をされていたので、ごあいさつして見学させていただきました。メイドさんは嫌がって入り口で待っていると宣言しました。はい。
 で、話によると、半年くらい前に新設されたばっかりの養鶏場なんだそうです。滋養に富む鶏を作るのが目的なんだとか。「体の弱い奥さんのために、お館様は本当に気持ちのやさしい方だよ」と中年の作業員さんがしみじみとおっしゃいました。

「お館様? クロヴィスさんのことです?」
「そうさあ。そもそもお母さんを病気で亡くしている子だからねえ。自分の奥さんには、元気でいてほしいんだろうさ。こんな養鶏施設作ってまでねえ」
「なんで鶏なんでしょう?」
「なんでも、奥さんがかかってるお医者さんがいいって言ったかららしいよ。そのおかげでわたしらもお仕事いただけてさ、ありがたい話だよ」

 結婚してないんですけど、メラニーはもう奥様扱いなんですね。そうですよね。あの開戦にはぜったい結婚するっていう固い意志を感じます。奥まで行くと、つきあたりに扉があって別室になっていました。そちらも見せてくださるとのことで、いっしょに中へ入りました。成鳥が特別飼養される部屋、とのことです。
 壁一面に三段で、鶏が一匹ずつゲージに入れられています。男性がひとり、直接鶏へ給餌していました。「ここで、健康な鶏を選んで通常より多い食事を与える。それで一カ月もしたら、脂の乗った、いい肝臓が取れる。それが奥様の食卓に上がるんだ。やりがいのある仕事だよ」と作業員さんはおっしゃいます。思わずわたしは「えーーーーー⁉」と声をあげてしまいました。

 それ……要するに鶏のフォアグラじゃん‼ ――コレステロール高っ‼

 どう考えても心臓病を抱えているメラニーが食べるようなものじゃありません。カロリー以前の問題です。なにが特別献立だよ‼ ヤブ医者出てこい‼
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