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46:年末年始

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新年を数日後に控えたある日のこと。
クラウディオはなんとなく落ち着かなくてソワソワしていた。そんなクラウディオをトリッシュを抱っこしながら、ジャンが不思議そうに見ていた。


「クラウディオ」

「ん?」

「何かあった?」

「いや、ないな。ないからなんかこう……落ち着かないというかなんというか」

「どういうことだ?」

「俺な、分隊長になってから年末年始が休みって1度もないんだよ。去年は結局年末から新年7日まで仕事に行ったし。この時期は聖地神殿に詣でる為に領地の内外から大量の人が来るから、領軍はめちゃくちゃ忙しいんだよ。俺も本来なら1年で1番忙しい時期なんだ。もうまるっと1月休みなしとかザラにあって」

「うん」

「それが今回は育児休暇で仕事が休みだろ?」

「うん」

「ゆっくりでき過ぎて、なんか落ち着かない。いつもの年なら今頃徹夜何日もしつつ、街中走り回ってる頃なのに。……なんか平穏過ぎて不安になる」

「……クラウディオ」

「ん?」

「働きすぎじゃない?」

「まぁ……ちょっと否定はできないけど。あ、でも忙しい月が終わったら一応休みがもらえるんだぞ」

「そっかー」


ジャンがなんとも言えない目でクラウディオを見てくる。自分は普段そんなに働きすぎなのだろうか……。







ーーーーーー
領主家主宰の年越しイベントが終わって無事新年を迎えて、聖地神殿で祈りを捧げた後にクラウディオ達は領館の大広間の隅っこに固まってしゃがみこんでいた。
目の前ではサンガレア領の各機関の重鎮達や領主家の面々が楽しそうに殴り合いをしている。


「……クラウディオ」

「ん?」

「なんだこれ」

「毎年恒例『新春祝福交換会』だな。俺も見るのは初めてだ。通称・『新年ボコり愛』」

「なんで殴りあっているんだ」

「んーとな。マーサ様はな、昔は変なところで恥ずかしがり屋というか照れ屋だったんだよ。普通祝福って頬やおでこにキスするだろ?何の時だったかは忘れたんだが、それを『そんなこっぱずかしいことできるかぁぁぁ!!!』と言って、自分の拳にキスしてそれを相手の顔面に押しつけたんだよ。こう……グリグリーっとな。で、1度それで祝福ができちゃったもんだから以後は祝福する時は平手か拳にキスして押しつけるようになったんだよ」

「それで?」

「今やってのは単なる殴り合いに見えるかもしれんが、あれは皆祝福を押しつけ合ってるんだわ。だから『新年ボコり愛』まぁ、マーサ様も今は普通にキスして祝福するから、昔の名残みたいなもんだな。文官達のいいストレス発散の場にもなってるらしいし、なんか楽しそうだからいいんじゃないか?」

「あー、うん」

「文官にしとくには惜しい動きのが何人もいるなー。あ、今マーサ様に1発入れたのは小学校の校長先生だぞ」

「はっ!?小学校の校長先生は殴り合いしたら流石に駄目だろ」

「あ、殴り合いじゃなくて『殴り愛』な。愛があるんだよ、愛が」

「愛があっても、やってることは一緒だろ」

「はははっ。あ、あそこの今ミーシャ様にぶっ飛ばされたのは、確か総合庁の経理課の人だったはず。毎年『ルート様をお嫁さんにください!』って言って、ミーシャ様に殴りかかるって聞いたことがあるな。やー、本当だったんだなー」

「……なぁ」

「ん?」

「俺の聞き間違いじゃなければ、同じ事を言ってミーシャ殿に殴り飛ばされているのが複数人いるんだが」

「あー。ルート様モテるから。男に」

「そうなのか?」

「あぁ。毎年地元の新聞社がやってる『お嫁さんにしたい有名人ランキング』じゃ、常に上位にいるんだよ」

「……なんで?」

「いつだったかな?秋の豊穣祭の催し物で女装コンテストがあって、半強制でルート様も出場されてな。で、ちゃっかり優勝したんだけど、どうもその時に女装の楽しさに目覚めちゃったらしいんだよなー。刺繍も縫製も得意だから、自作したお揃いのワンピースとか着てミーシャ様とデートをする姿をたまに目撃するな。ルート様は化粧するとほっそり美女って感じだし」

「マジか…… 」

「ジャンはまだ見たことなかったか?」

「ないよ……普通の人だと思ってた」

「あ、あそこにいる女みたいなすんげぇ美人は魔術研究所の副所長だ。昔はめちゃくちゃドMだったらしいぞ。総合庁長官と結婚してからは大人しくなったらしいけど。あそこのキレッキレの動きしてるのが長官な。あの、髭の厳ついオッサン。美女と野獣夫婦ってあだ名がついてる」

「……うん」

「副所長の隣にいる目付きが凶悪過ぎるのが魔術研究所所長な。で、今若いのをまとめて3人ぶっ飛ばしたのが、医学研究所所長。国軍時代は従軍医でな、医者のくせに短気ですぐ手を出すようなオッサンだ」

「……うん」

「あと、あそこの軍服着てる普通な顔立ちの人がうちの副団長。通称・化け物2号。規格外に強いんだよ。国軍時代は容赦ない戦い方から『殺戮兵器』って呼ばれてたな」

「……ちなみに化け物1号は?」

「リチャード様。あの方も完全に規格外の強さだからな。剣聖と言われていたスティーブン様に剣を叩き込まれて、そのうえあの恵まれた体格だろ?ご本人も自他共に認める剣術馬鹿で、毎日鍛練を欠かさないし。もうね、俺達普通の人間とは次元が違うんだよなー」

「なるほど。クラウディオ」

「ん?」

「前々から薄々思ってたんだけどさ」

「うん」

「ここの人達濃すぎないか?」

「はははっ。否定ができないな」

「そしてクラウディオ」

「なに?」

「これが始まってから頑なにトリッシュを抱っこし続けてるのは何で?」

「トリッシュ抱いてないと俺も巻き込まれるからだな。副団長は絶対俺相手なら手加減なしで殴るし」

「……そうかー」


ジャンがなにやら遠い目をした。ちなみに今大広間の隅っこで固まっているのは、クラウディオ達とアーベルを抱っこしたアルジャーノ、フェーシャ様を抱っこしたフーガ様、長男のルーカス様を抱っこしたリー様である。それから今年で6歳になるギルバート様、マール様、ディリオ様だ。
リー様は驚くことに2人目を妊娠中である。妊娠しにくい神子が年子を産むのはかなり珍しいらしく、フェリ達がとても驚いていた。本来なら年越しは火の宗主国でする筈だったが、もうすぐ産み月なのでサンガレアで新年を迎えることになった。フェリとマルク様は各々自国の年越し式典等の城の行事に出席するため不在である。3日後には2人ともサンガレアに来る予定だ。ロヴィーノ達は残念ながら行事やらなんやかんやあるため暫く来れないそうだ。


「アルジャーノ。そろそろ時間じゃないか?」

「あ、そうだな」


アルジャーノが片手で近くに置いていた拡声器を手に取った。


「はーい。『ボコり愛』しゅーりょーーう!全員近くのやつとハグしろー」


アルジャーノの声と共に、大広間に響いていた怒号と罵声と肌を打つ音が止んだ。皆荒い息を吐きながら、互いの健闘を讃えつつ、身近にいる者同士でハグしている。ただ、ルート様だけはミーシャ様にひたすら抱き締められていた。ルート様とハグしようと群れる野郎共は揃ってミーシャ様に威嚇されている。ミーシャ様はルート様が大好きなので、ルート様に好意を抱く男は敵として認識する。元々ルート様は男専門らしいので、男にかなりモテるルート様が色んな意味で心配なようだ。別に心配せずともルート様もミーシャ様を溺愛しているので、何の問題もないのだが。

『新年ボコり愛』が終わると、そのまま手早く準備を済ませて新年を祝う宴が始まった。クラウディオは毎年街中の警備でてんやわんやしてたので、宴に出るのは初めてである。各公的機関の要職につく者達が揃って集まり、飲んで騒ぐ様子は中々に壮観である。初めのうちは皆大人しくテーブルについていたが、すぐに酒を飲みながら好き勝手に動き始めた。
領主のリチャード様やマーサ様に話しかける者も沢山おり、実に賑やかである。


「クラウディオ」

「あ、副団長。お疲れ様です」

「あぁ。お前明後日の新春初稽古には出るよな?」

「あー……今年はトリッシュがいるので……」

「出るよな?」

「……はい」

「子育て休暇で剣が鈍ってないといいな」

「……がんばります」


明後日の午後に行われる領主家と領軍剣術馬鹿による新春初稽古へのクラウディオの参加が決まった。実は毎年仕事の方をなんとかして参加している。しかし毎日のように鍛練している普段とは違い、約2年近くの間、フェリの世話やトリッシュの世話で鍛練時間がかなり減っている。副団長がわざわざ声をかけてきたのは、それをお見通しだからだろう。絶対副団長にズタボロにされる。クラウディオは明後日が憂鬱で小さく溜め息を吐いた。

新年を迎えて2日目の午後にはチェス大会が行われ、折角だからと出場したチェスもわりと好きなジャンが3位に入賞した。景品は酒好きのクラーク様秘蔵の『はなたれ』という名前の芋の蒸留酒である。芋の蒸留酒を作る際の1番絞りのものだそうで、作れる量が極めて少なく、幻の酒と呼ばれている。クラウディオも今までに1度だけ1ショットしか飲んだことがない。でかしたジャン。後で絶対にジャンに分けてもらうと決めた。
3日目の新春初稽古では、案の定クラウディオは副団長にボコボコにされた。ついでに追加鍛練も言い渡され、新年早々必死こいて領軍鍛練メニューを通常の倍量こなすはめになった。正直しんどい。

今年も賑やかに始まった。トリッシュの健やかな成長を祈りつつ、クラウディオは幸せな気持ちで微笑んだ。
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