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52:自覚と木苺

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フリオは風の宗主国の城にある汚い自分の部屋にいた。書き物をしていた手を止め、ペンを置いて小さく溜め息を吐いた。

去年の夏休みにエドガーに会ってから、仕事が忙しくて中々ゆっくり会いに行けていない。仕事をサボろうにも、最近部下達が邪魔してくる。なんとか仕事を抜け出してサンガレアに行ってもエドガーもいつも仕事中で、もう半年以上、エドガーとは立ち話程度しかできていない。
このところ、仕事をしている間もずっとエドガーのことばかり考えている。頭の中にはいつもエドガーの歌声や軽やかな笑い声が響いている。だがいい加減エドガーの優しい歌声を生で聴きたい。

ふと、何故こんなにもエドガーのことばかり気にしてしまうのか疑問に思った。確かにエドガーはフリオにとって耳に心地よい声の持ち主である。だけど、それだけではない。趣味も嗜好もエドガーとはそんなに合わないのに、エドガーと話したくて仕方がない。毎年夏休みに1度1日中一緒に過ごす度にエドガーについて詳しくなるが、それだけじゃ全然足りない。エドガーのことはなんでも知りたい。知識欲が刺激されているのかとも思ったが、少し違う気がする。
エドガーと友達になってから、なんだか気分がのらなくて甥の花街通いに付き合うのを止めた。もう4年くらいセックスをしていない。……エドガーはどんなセックスをするのだろうか。あの優しい声はどんな風に変化するのだろうか。エドガーは今は恋人がいないらしい。今は、ということは前はいたのだろう。それはそうだろう。顔も身体もよくて、優しくて、あんなに心惹かれる声の持ち主だ。軍人としても優秀らしいし、モテないはずがない。そこまで考えて、フリオはまた溜め息を吐いた。
エドガーは友達だ。でもエドガーの恋人だった者がいると思うとひどく不快である。今はいないだけで、もしかしたらそのうちエドガーに恋人を紹介される日が来るかもしれない。……少し想像しただけで心底不快だ。フリオのエドガーをとられてしまう。フリオのエドガーってなんだ。エドガーはフリオのものなんかじゃない。自分で自分にツッコミを入れるが、フリオのエドガーという響きは、なんだか腹の底がむずむずするほど甘美である。
エドガーとセックスしたら、エドガーはフリオのものになってくれるのだろうか。いや、いきなりセックスしてどうする。セックスするには、まずは恋人にならなければ。
エドガーと恋人になる。すごく素敵な考えに思える。おそらく自分はエドガーが好きなのだろう。だからこんなにもエドガーのことばかり考えてしまうのだ。エドガーの顔や身体、声を思い浮かべるだけで心臓がドキドキ高鳴る。
フリオはすぐにサンガレアへ行くことに決めた。仕事は今書いている書類が終われば、2、3日休んでも問題ない。エドガーと恋人になるにはどうしたらいいか、まずはクラウディオに聞いてみるべきだろう。
フリオは急いで書きかけの書類を終わらせるべく、再びペンをとった。








ーーーーー
サンガレアは現在初夏である。昼間はもう暑くなってきているが、夕方になると少し涼しい。
クラウディオは庭の木の前で唸っていた。調子にのって何本も植えた木苺がかなり大きく成長している。それはいい。ただ今年は大豊作らしく、かなりの数の実がついているのだ。正直ジャンとトリッシュの3人だけで収穫するのは少しキツイ程鈴なりに生っている。このまま腐らせたり、鳥の餌にするのは勿体ない。適当に暇そうな部下でも集めるか……。クラウディオが悩んでいると、馬に乗ってフリオがやって来た。庭に立つクラウディオの側でフリオが馬から降りた。


「フリオ。おかえり」

「ただいま。何してるんだ?こんなところで」

「んー。とりあえずフリオに聞きたいことが1つあるんだが」

「何だ?」

「今日は泊まりか?」

「あぁ。休みがとれたから2泊する」

「よっし!」

「?それがなんだ?」

「フリオ!今すぐ神殿に行ってきてくれ」

「……今来たばかりなんだが……」

「エドガーを木苺狩りに誘ってきてくれ。今年は豊作過ぎるくらい豊作なんだ。収穫の人手が足りない。明日だ」

「……来れるか分からないぞ。多分仕事だし」

「ダメ元でもいいから!収穫手伝ってくれたら、おやつと昼飯晩飯ご馳走するし!」

「……わかった。行ってくる」

「頼んだぞ!」

「あぁ」


フリオが渋々また馬に乗って、聖地神殿に向かって馬を走らせた。渋々……という顔ではあったが、その頬は赤く染まっていた。多分エドガーに会えるのが嬉しいのだろう。微笑ましい限りだ。フリオがエドガーを連れてきてくれたら、木苺の収穫もできるし、もしかしたらフリオとエドガーの仲がなにかしら進展するかもしれない。そろそろ焦れてきているジャンも1度会えばまぁ多少納得するだろう。多分。
明日は朝から木苺狩りだ。






ーーーーーー
早朝。エドガーはクラウディオ分隊長の家へと馬で向かっていた。昨日の夕方にフリオさんから木苺の収穫を手伝ってくれないかと頼まれたのだ。ちょうどその時いた先輩が休みを代わってくれたので、木苺の収穫をしにやって来た。エドガーが馬でクラウディオ分隊長の家の近くまで走っていると、既に庭に皆さん出ていた。少し急いで敷地のすぐ近くにまで行き、馬を降りた。


「おはようございます!」

「おはよう、エドガー。悪いな。休みの日に急な話で」

「いえ!大丈夫です!」


クラウディオ分隊長が気さくに声をかけてくれた。フリオさんとトリッシュ様は面識があるが、フェリ様のもう1人の伴侶であるジャン様とは確か会ったことがないので、自己紹介した。ジャン様も気さくな方のようで、普通に握手をしてくれた。


「よーし。やるぞー。ジャンとトリッシュは右向こうから。俺は真ん中から攻める。フリオとエドガーは家の裏側からやってくれ」

「「はーい」」

「わかった」

「了解です!」

「籠が一杯になったら、とりあえず家の中に。でかめのボールとかも出してあるから、それも使ってくれ。じゃあ収穫開始!」

「行こうか、フリオさん」

「あぁ」


フリオさんはいつものお洒落な格好じゃなくて、動きやすそうなシンプルな襟なしシャツとズボンを着ていた。エドガーも似たような格好だが、確実にフリオさんの方が様になっている気がする。美形は得だなぁ、と思いつつ、先を歩くフリオさんの後ろを大きな籠を持ってついていく。フリオさんの高く結い上げている金髪の毛先が歩みを進める度に揺れて動く。キラキラしていてすごく綺麗だ。たまにチラチラ見えるうなじがすごく色白できれいで、同性愛者ではないエドガーも思わずドキッとしてしまう。
木苺は家の敷地をぐるっと半周するように植えられていて、どれも沢山実がなっている。家の裏側の木から木苺の収穫を始めた。しっかり色づいているものから、どんどん採って籠に入れていく。これは多分かなりの量になるのではないだろうか。こんなに沢山どうするのだろう。ジャムにでもしないと腐らせるだけだろうが、ジャムにするにしても量が多い。エドガーはせっせと作業しながら、チラッと歳上の友達を横目に見た。
白い細い手が少しオレンジがかった赤い実を1つ摘まみ、そのまま口に運んだ。白い指先とチラッと見えた赤い舌の対比がなんだかエロい。わーっと思いながら見ていると、フリオさんがこちらを見た。別になにがあるわけでもないが、なんとなくドキッとする。エドガーは土の民に囲まれて育ったし、今も職場は殆んど土の民だから、見慣れない緑の瞳になんとなくどぎまぎしてしまう。それを誤魔化すようにフリオさんに声をかけた。


「た、食べちゃうの?」

「ん。10個までは摘まみ食いしていいらしいぞ」

「あ、そうなんだ」

「かなり甘いぞ」

「へぇ。俺も1個」


ちょうど目の前にある熟れた木苺を1つちぎって口の中に放り込んだ。微かな酸味とそれ以上の甘味が口の中に広がる。鼻を抜ける木苺の香りがすごくいい。美味しい。エドガーは思わず顔を綻ばせた。


「美味しいね。甘い」

「あぁ」


フリオさんが小さく笑った。フリオさんが笑うとパァッと周囲が明るくなるような気がする程、フリオさんは美形だ。まるで物語に登場する妖精みたいに美しい。現実味がないレベルの美形である。なんで普通のエドガーと友達になってくれたのか分からないが、中央の街に来てできた初めての友達だから、エドガーにとってはとても大切な存在である。フリオさんが美形過ぎてたまに見惚れる時があるが、優しくてエドガーが好きな歌も好きで、一緒にいると楽しいから好きである。勿論友達として。
フリオさんと話をしながら、どんどん木苺を収穫していく。最近職場であった面白いこととか、マーサ様に教えてもらった歌の話とかしていると、あっという間に籠が一杯になってしまった。フリオさんの籠も木苺で一杯になっている。


「そろそろ1度家に持っていこうか、フリオさん」

「……あぁ」


フリオさんを促して先に行こうかとフリオさんに背を向けると、籠を持った片腕をフリオさんに掴まれた。振り向くと、目元を真っ赤に染めたフリオさんが真剣な顔をしていた。


「なに?」

「その……こ、恋人になってくれないか?……好きなんだ」

「へ?」


その瞬間、籠を落とさなかったことを褒めてもらいたい。
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