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67:お祭り

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アーベルはこっそり憂鬱な溜め息を吐き出した。
今は街から少し離れた郊外の祭り会場へと来ている。屋台が多くでており、人も大勢集まって賑わっている。
本当は祭りになど来たくなかった。しかし父王からも兄からも絶対に行くように言われていたし、今朝は父アルジャーノにわざわざ起こされた。ラフな甚平で出掛けようとするアーベルをとめ、アーベルが持っている比較的お洒落なシャツに着替えさせられたうえに、普段は邪魔にならないように1つの三つ編みにしている長い髪を高く結い上げられた。まるで馬のしっぽみたいだ。サラサラと首筋や肩にかかる自分の髪が鬱陶しい。夏場はフリオ叔父上がこんな髪型をしているが、こんなに邪魔くさいものとは思わなかった。いつものかっちり編んだ三つ編みの方がずっといい。
アーベルは不貞腐れながら祖父フーガとアルジャーノに見送られて、馬に乗って会場へと向かった。リー様の末っ子のカルロスも一緒だ。カルロスは植物の育成の研究がしたくて、中学校の頃からマーサ様の家に居候してサンガレアの学校に通っていた。高等学校を卒業した後はサンガレアの植物研究所で働きながら、火の宗主国で育てられる食用の植物の研究をしている。
会場に着くなり、カルロスは友達を見つけたと言ってアーベルの側から離れていった。カルロスはリー様に似て、明るく社交的な性格だから友達も多いらしい。アーベルとしては、知らない人ばかりの場所で俺を1人にするな、と言いたかったが、いい歳した大人が言うことではないので、ぐっと堪えて、友達とやらに声をかけに行くカルロスの背中を見送った。
アーベルには友達と呼べる存在がいない。小さい頃は同い年であるカルロスの兄ルーベルや叔母のトリッシュ達とばかり遊んでいたし、水の宗主国では王族という立場から友達はつくりにくかった。そもそも小さい頃からアーベルは人見知りだから、自分から人に話しかけるのが苦手だ。水の宗主国ではいつも兄アーダルベルトが構ってくれるので、別に友達がいなくても平気だった。結果として身内以外に親しい人がいないという大人になってしまった。普段の職場では王族という立場だから仕事に関わること以外じゃ話しかけられない。今の職場は休憩の時などに気さくに話しかけてもらえるが、皆かなり歳上の者ばかりなので、友達って感じにはならないと思う。
1人ポツンと残されたアーベルは、とりあえずトリッシュを探すことにした。飛竜乗りをやっている同い年の叔母であるトリッシュも、今日は祭りに来ると聞いている。トリッシュと一緒に屋台巡りなどをすればいいのだ。それで適当な時間になったら帰ろう。
アーベルは多くの人で賑わう祭り会場の中を1人歩きだした。
そこそこ広い祭り会場を一通り回ったが、トリッシュがいない。人が多過ぎて見つけられない。トリッシュは女にしては背が高いし、赤茶色の髪はそこそこ目立つはずなのだが、いない。アーベルは疲れた溜め息を吐いて、会場の隅っこに移動した。賑やかな歓声が聞こえたので、チラッとそちらの方を見ると、どうやら即席チームによるサッカーの試合が行われているみたいだ。ボールを追いかけて走るカルロスの姿もある。友達とやらと一緒に出ているのだろう。アーベルは人気の少ない会場の端っこに移動した。なんかもう人が多過ぎてうんざりする。今日は天気がよくて日射しが少し強い。うっすら汗ばんだうなじに張りつく髪の感触が不快である。
日陰を求めて近くの木々が生い茂る林に近づくと、林の中に人影を見つけた。なんとなく気になって、アーベルも林の中に入った。きっちり三つ編みにした長い茶色の髪が見える。背の高さから間違いなく男だろう。何かを探すようにキョロキョロしているようだ。


「……何してんの?」


アーベルが声をかけると、男が振り向いた。男の顔を見た瞬間ぎょっとした。顔が怖い。魔術研究所所長であった。瞬間、回れ右したくなった。


「これはアーベル様。こんにちは」

「……こ、こんにちは」

「これを採っておりました」


所長がアーベルに近寄ってきて、手の中の花を見せてきた。可愛らしい小さな黄色の花だ。お花摘みなんて怖い顔に似合わない行動をしている所長に、思わず顔が引きつる。いや、個人の趣味は人それぞれだ。こんな怖い顔でも可愛いお花が好きなのかもしれない。趣味嗜好に顔は関係ない。……多分。


「……か、可愛い花だね。花が好きなの?」

「いえ、特には。これは乾燥させたら、よい魔術媒体になるのです。乾燥させて粉末にしたものしか見たことがありませんでしたが、たまたまここに自生しているのを見かけたものですから、つい採ってしまいました。図鑑で見たものと特徴が合致していますので、これで間違いないと思います」

「……そうなんだ」

「アーベル様は?」

「あ、えっと、暑いから日陰に入っとこうかと思って……」

「左様ですか。確かに今日はこの時期にしては暑いですね。屋台で火を扱っているうえに人も多いですし」

「……うん」


目の前の怖い顔から即座に逃亡したいのを堪えて話していると、背後から足音と女2人の話し声がした。振り返ると、1人はトリッシュだ。


「トリッシュ」

「あら、アーベルじゃない。こんなところで何してるの?」

「別に。お前どこにいたんだよ。探してたんだぞ」

「この子と仲良くなったから一緒に屋台巡りしてたのよ。フリンちゃん。こいつアーベル。私の同い年の甥っ子よ」

「フリン・ハサウェイでっす!薬師っす!」

「……アーベルです」


フリンという子が元気よく自己紹介してくれた。とても小柄で、癖の強い長い髪がふんわり広がっていて、まるで栗鼠の尻尾みたいだ。そばかすのある顔立ちは幼く見え、まるで女子中学生みたいだ。凹凸の少ない細い身体つきも相まって、とても成人している女性には見えない。


「そっちの目付きヤバい人は?」


トリッシュが所長を指差した。馬鹿かお前失礼だろう殺されたらどうする。アーベルがおそるおそる所長を振り返ると、所長はなにやら苦笑していた。多分苦笑だ。殺る気の笑顔ではないと思いたい。


「初めまして、トリッシュ様。フリンさん。リカルド・ナーブルと申します。魔術研究所所長をしております魔術師です」

「あー!もしかしてフリオ兄上のお友達?」

「はい。トリッシュ様のことはフリオからよく聞いております」

「え、何話してるの?」

「主に妹マジ可愛いっていう、まぁ自慢話ですね」

「フリオ兄上マジなんの話してんのよ」

「……2人は何でこんなとこ来てんの?」

「このあたりは薬草が自生してるっす!ちょっと摘み取りに来たっす!」

「まぁ、その付き合い」

「あぁ、そう」

「あっ!」


フリンが所長の手を指差した。どいつもこいつも人を指差すんじゃありません。


「それ、どこにあったっすか!?それを摘みに来たっす!」

「あぁ……これならば、そちらの方にも沢山生えてましたよ」

「あざーっす!トリィちゃん!ちょっと摘んでくるっす!」

「はーい。ここで待ってるわ」


フリンがあっという間にどこぞへ行ってしまった。猪突猛進過ぎやしないか。所長がクックッと小さく笑った。


「元気のいい方ですね」

「ねー。まだちょっとしか一緒にいないけど、すごく面白い子よ」

「そのようで」

「フリンちゃん戻ってきたら、折角だし4人で屋台回らない?リカルドさんは誰かお連れさんいるの?」

「いえ、1人です」

「じゃあ一緒に回りましょうよ」

「では、ご一緒させていただきます」


和やかに会話するトリッシュと所長についていけない。ていうか、アーベルも数に入っているんですけど。俺いいって言ってないんですけど。こっわい顔の人とよく分からない元気爆発みたいな初対面の女の子と一緒に行動って普通に嫌なんですけど。
トリッシュに言いたいことは多々あるが、所長が今この場にいるし、アーベルは口元をひきつらせながら、ぐっと堪えた。

肩掛け鞄をパンパンに膨らませたフリンも合流した後に、4人で林を出た。
近くの屋台から順番に冷やかしていく。アーベルはあんまり食欲がなかったのだが、屋台のものを片っ端から買って食べている他3人につられて、牛肉の串焼きとクレープを買った。
フリンがあんまりにも美味しそうに栗鼠のごとく頬を膨らませながら食べるので、なんとなく買ってしまった。濃いめのタレがかかっている串焼きは確かに旨い。クレープも食べるのはかなり久しぶりだ。折角なので1番お高いチョコバナナアイスを頼んだ。暑いのでチョコソースのかかった冷たいバニラアイスが旨い。
鈴カステラを買った所長がフリンにも分けていた。キラキラと目を輝かせて、フリンがそれはもう旨そうに食べた。こんなに嬉しそうに旨そうに食べる者も珍しいのではないだろうか、とつい思うほど、フリンは旨そうに食べる。……ちょっと鈴カステラが食べたくなってきた。
アーベルも自分の分を買おうかと思っていると、所長がアーベルにも鈴カステラを分けてくれた。1番大きな袋に入っているものを買ったので1人では食べきれないと言って。トリッシュも貰ったので、4人で鈴カステラをもぐもぐしながら次の屋台を目指して歩く。鈴カステラの優しい甘さがなんだかいい。
気づけば、アーベルは普通に祭りを楽しんでいた。所長の怖い顔にも少し慣れた気がする。所長にも無邪気に話しかけるフリンの存在が大きい。所長は顔は怖いが、普通に穏やかな優しい話し方をするし、意外と冗談も言う。なんか普通の人だなって思うと、所長の存在がそこまで怖くなくなった。顔は怖いけど。子供のように無邪気なフリンにも慣れた。
結局、夕方の祭り終了の時間まで食欲旺盛な3人に付き合って、アーベルも久しぶりに満腹になるまで色んなものを食べまくった。
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