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71:大掃除

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アーベルはデートをした翌週の休日に魔術研究所所長室に来ていた。特に連絡はせずに来たのだが、今日はリカルドは起きていて、普通に部屋に入れてくれた。相も変わらず部屋がきっったない。アーベルは持参した掃除用具をリカルドに見せた。


「ここの掃除していい?」

「構いませんが、よろしいのですか?」

「うん。汚すぎて俺堪えられないもん」

「ではお願いします」

「うん」


リカルドの許可はとった。アーベルは早速腕捲りをして掃除を始めた。乱雑に積み重なった書類の類いは後回しにして、とりあえず床に散乱している衣類をまとめて袋に詰め込む。魔導具や部品類はリカルドに聞いてから一先ず持ってきた折り畳みができる小さめのコンテナに全部入れた。ぐしゃぐしゃの毛布も洗濯したいから衣類と一緒に袋に入れる。代わりの新品の毛布を持ってきているので、暫くはそちらを使わせたらいい。ぐちゃぐちゃの本棚を整理した後、持参したはたきで棚の埃を全て落としてから、露出した面積が増えた埃まみれの床を箒で掃いていく。こんもりと埃と塵の山ができた。発掘した塵でいっぱいのゴミ箱の中身と共にゴミ袋に全て突っ込む。モップで水拭きしたいが、先に書類をどうにかしてからだ。
アーベルはリカルドに聞きながら、床やローテーブルの上の書類の山の整理を始めた。
朝早くに魔術研究所に訪れたというのに、全て終わったのはすっかり日が暮れた頃だった。真っ白になっていた窓も、所長室に併設してある給湯室もピッカピカになった。床や執務用の机、ローテーブルに積み重なっていた書類は全て分類して、処理しやすいように並べかえた。急ぎで使わないものは持参した大量のファイルに綴じた。それを本棚の空いているスペースにおさめたら、随分と部屋がスッキリした。床は水拭きしてからの空拭きをしたので、埃なんて1つも落ちていない。満足である。あとは放置されていた衣類と毛布を持って帰って洗うだけだ。


「洗濯したら全部持ってくるよ。明後日の夜来ても大丈夫?」

「はい。ありがとうございます。本当にキレイになりました。こんなに部屋がキレイなのは多分ここが出来た時以来です」

「……どんだけ掃除してないのさ」

「たまにミケーネが掃除しますが、いつも途中で諦めます」

「あぁ……あの変態さん」

「えぇ。昼食を食べずにずっと動いておりましたから、お腹が空いていらっしゃるでしょう?よろしければ夕食をご馳走させてください。といっても、食堂になりますけど」

「ありがとう」


昼食抜きでアーベルに付き合っていたリカルドも空腹なのではないだろうか。夢中で掃除をしていたからアーベルは気にならなかったが、昼休憩くらいとればよかったかと少し反省である。
リカルドと共に1階にある食堂に行き、日替わり定食を大盛りにしてもらってから向かい合って座って食べた。相変わらずリカルドの顔は怖いが、なんだか本当に慣れてきた気がする。向かい合っていてもあまり気にならない。
魔術研究所の食堂は年末年始以外は無休で夜も9時までは営業している。研究所に完全に住み込んでいる魔術師が全体の4割近くになるそうで、そうなったらしい。だからチラッと覗いた研究所の売店も驚くほど品揃えがいい。事務用品等や保存のきく食料品以外に、衣服や寝袋その他諸々、更には何故かローションまで売っていた。……いや、ローションは売るなよ。職場でナニする気だ。実はリカルドの部屋でも空っぽのローションのボトルを見つけたのだが、見ないフリをしてゴミ袋に即突っ込んだ。何もツッコまないぞ。
研究所内の大浴場も午前中の掃除の時間以外はいつでも入れるし、仮眠室もあるし、室内で運動できる施設も充実している。ここに住んでもなんら支障はないとのこと。


「リカルドも完全に住み着いてるの?」

「まぁ、殆んど。一応近くの魔術師用の官舎に部屋は借りておりますが、極たまにしか帰りませんね」

「……そこ汚い?」

「官舎ができて部屋を借りてから1度も掃除しておりませんね。……掃除が苦手でして」

「あー、うん。次はそっちの掃除するわ。なんかもう堪えがたい」

「えーと……よろしいのですか?」

「うん。部屋が汚いのは我慢できないから。そういえば、洗濯はどうしてるの?」

「研究所には洗濯代行業者が出入りしていますから、そこそこ溜まったらそちらにお願いしています」

「……本当に至れり尽くせりだな、魔術研究所」

「マーサ様が研究に集中できるようにと、環境を整えてくださったので」

「整えすぎだよ。マーサ様」


アーベルが思わず呆れてしまう程だ。夕食を食べ終えた後は、明後日また来ると言って、魔術研究所を出た。月明かりだけの暗い道を領館へと向けて馬を歩かせる。疲れたが、中々に達成感がある。今夜はよく眠れそうだ。アーベルは小さく欠伸をして、のんびりと領館へと帰った。






ーーーーーー
翌週の休みに再び掃除用具を持ってリカルドの部屋を訪れると、部屋はかなり散らかっていた。ほんの数日でよくもまあここまで散らかせるな、と呆れる程である。掃除をした2日後の夜に洗濯物を持った来た時はまだ少しはマシだったのだが。アーベルは今日はソファーで毛布にくるまり眠っているリカルドを起こさないように、先ずは静かに所長室の掃除をした。掃除が終わる頃に、ぐっすり寝ていたリカルドが起きた。寝起きで3割増しに顔が怖い。起きたリカルドがキョロキョロとキレイになった部屋を見渡した。



「……おはようございます」

「おはよう」

「いらしていたんですね。起こしてくださってよかったのですが」

「ぐっすり寝てたから」

「それは申し訳ありません。寝たのが朝方だったものですから」

「いつもそんな生活してるの?」

「普段は一応日付が変わる頃には寝ますよ。ただ翌日が休みですと、どうしても個人の研究に没頭してしまいがちですね。部屋がこうもキレイだと、研究も進みます」

「そ、そうなんだ」


なんだか少し嬉しい。リカルドは手櫛で適当にボサボサの髪を整えると、アーベルが先日持ってきた洗濯済みの服に着替えた。羨ましくなるほど背筋のしっかりした裸の背中をチラッと見て、アーベルはリカルドが脱いだ服を洗濯予定の衣服を詰めている袋に入れた。
1階の食堂でリカルドが朝食を食べるのを待ち、一緒にリカルドの家へと歩いて向かう。10分も歩かないうちに官舎へ着いた。
ドキドキしながら鍵を開けるリカルドの後ろに立つ。リカルドの背後からそーっと部屋を覗き込むと、埃臭いまるで古い倉庫のような匂いが鼻につく。うっわ。きっっっったねぇ。なんだかもう部屋全体が白っぽい。完全に埃である。幸い食べ物が腐るような臭いはしない。
アーベルは足の踏み場もろくにないような埃まみれの部屋に足を踏み入れ、気合いを入れて腕捲りをした。口元を念のため持参していたバンダナで覆って、お掃除開始である。

風呂とトイレと狭い台所以外は2部屋しかない家の掃除は、アーベルが納得がいくレベルにキレイになるまでに深夜遅くまでかかった。最後は念のため持ってきていた消毒液で消毒までしたのだ。部屋が消毒液臭くなったが、必要なことだ。こんな下手すれば何十年も掃除をしていない部屋なんて、絶対なんかいる。こんな部屋で寝るなんて確実に病気になる。そんなレベルの汚さだったのだ。
アーベルは口元を覆っていたバンダナを外して、ふぅと満足気な息を吐いた。やりきった俺。ちょー頑張った俺。
ピッカピカになった部屋はとても気持ちがいい。後は山のような洗濯物を持って帰って洗うだけである。……ここでも空っぽのローションのボトルを発見した。即座にゴミ袋に叩き込んだが。こんっなにきっっったない不衛生な部屋でセックスをするなんて正気を疑う。
ゴミ袋の山は、後日、ゴミの日にリカルドに指定の場所に出しに行かせる。使った形跡がある風呂場やトイレは兎も角、台所は比較的キレイな状態だった。魔導コンロもなかったし、最初期のものだという古すぎる魔導冷蔵庫しかない。動いているのが不思議なくらいな骨董品である。きっと冷蔵庫くらいしか台所は利用していなかったのだろう。積もり積もった埃以外は、油汚れ等なく、水垢もそこまで酷くはなかった。心配だった水道管の錆び等もなんとか大丈夫だった。家の中を全部もう1度確認して回って、アーベルはよし、と頷いた。完璧である。
フラッと途中でどこかに行っていたリカルドがアーベルに近づいてきた。


「アーベル。食事にしましょう。研究所の売店でパンを買ってきました」

「あ、ありがとう」


リカルドが瓶のジュースも買ってきてくれていたので、大量のパンとジュースで、2人でキレイになった居間にて遅い夕食を済ませた。書類や本やよく分からないものや塵で埋もれていたテーブルと椅子も発掘してキレイにしたので、古いがちゃんと使える。今日も夢中になりすぎて昼食抜きだったので、アーベルは夢中で存外美味しいパンを頬張った。
食事の後片付けをしてから、シーツその他大量の洗濯物を入れた大きな袋を担いで、今夜は研究所に泊まるというリカルドと家を出た。ストックしてあったシーツも布団も枕も全て洗濯用の袋に入れてあるので、キレイになった家では今夜は寝られないのだ。
2人で大荷物を研究所に運んで、馬小屋で馬にくくりつけた。かなり嵩張っているが、見た目ほど重くはないので多分大丈夫だろう。


「来週も来るよ。洗濯物持ってくる」

「はい。お願いいたします」

「またね」

「お気をつけて。ありがとうございました」

「うん」


アーベルは馬に乗って、見送るリカルドに軽く手を振ってから研究所を出た。かなり疲れたが、気分はかなりスッキリしている。思いっきり掃除をして、きっっったない部屋をキレイにしたのが良かったのかもしれない。どうせ研究所の所長室も自宅もすぐにリカルドは散らかして汚すのだ。恋人のフリをしている間くらい、掃除をしに行ってやろう。掃除をしてキレイになると、アーベルも気持ちがいい。アーベルはご機嫌に鼻歌を歌いながら、暗い道をのんびり帰っていった。
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