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外伝 王太子殿下と男装ヒロイン  

第2話 続編ヒロインとの出会い――ヒロインはヒロインをやりたくない。

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 あれは先日――魔法学園への入学式の時だった。
 俺の目の前を、薄桃色の入った銀髪の少年が歩いていた。同じ一年生か――それにしても、随分と華奢だなぁと思った記憶がある。
 
 その時、突風が吹いた――。

 突風で飛んで来た、何かの紙を避けようとして、少年がふらつく――そしてそのまま俺の方に倒れて来たんだ。支えた肩は華奢というより柔らかくて。
 桜色の唇に、驚いて見開かれた空色の瞳……。
 その子を見た瞬間――俺の中でリンゴーンと鐘が鳴った。

 ――男じゃ無い、女性だったのか……。

 茫然としながら彼女を見つめる俺――。何故、男子の制服なのかと思いながら、彼女から目が離せない。彼女は驚きながらも、謝罪の言葉を口にしようとして、俺と目を合わせた瞬間――、

 壊れた。

 「あ、すみませ――……あばばばばばばば!な、何で?!王子様ぁ?!フラグを折る為に帽子をかぶって来なかったのにぃ?!攻略対象とか勘弁――はっ!間違えました、何も聞かなかった事にして下さいぃぃ――!!支えてくれてありがとうございました、ゴメンナサイ失礼します!!」

 脱兎の如く――まさしくそれに相応しい逃げっぷりだった。
 うずうずとして追いかけたい衝動にかられた。何だこれ?こんな気持ちはじめてだ。今にも走り出そうとした自分の身体を止める。王太子が女性を追いかける絵面は周囲から見れば非常にまずい。
 本能は、追いかけるべきだと煩くがなり立てるけれど、理性でそれを抑えつけた。入学式を無事に終え、彼女と再会したのは同じ教室で、挨拶をしようとしたら勢い良く目を逸らされた。

 ――成程?

 どうやら、俺は避けられているらしい。
 それは、新鮮な感覚だった。王太子と知っていて俺に近付こうとする人間は沢山いる。それこそ面倒だと思う位に。けれど、こんな風に避けられた事は無かった。
 彼女は何とか俺の関心を逸らそうと頑張っているけれど、それが逆効果だと分かっていないらしい。
 随分と可愛らしい事だ。
 自己紹介を聞いた所、彼女の名前はエリナ・アルバスと言うらしい。――確かアルバスという男爵家があったはずなのでそこの令嬢なのだと思う。
 彼女は教室の中で目立っていた。可愛らしい見た目なのに髪はバッサリと短く――女性なのに男子生徒の制服。これで目立つなと言う方が無理がある。侮蔑的なもの、興味本位なもの、純粋に疑問に思っているらしいもの……彼女を見る視線は様々だけれど、それに気が付いているようなのに、毅然と面を上げる彼女に好感を持った。

 ――なのに、俺相手だと挙動不審なんだよなぁ……

 俺としても、理由も分からず嫌われていると言うのは落ち着かないので、少しお話・・をする事にした。それがある日の放課後の事である。

 「やぁ、エリナ・アルバスさん?奇遇だね??」

 白状すれば、全然奇遇なんかじゃ無い。読書が好きらしい彼女が放課後の図書室に毎日通っている事を知り、待ち伏せしてただけだ。
 しかも、彼女が油断するように、あの日から今まで彼女に一切接触していなかった。だから、呑気に放課後の人気が少ない図書館に出入りしていたのだろうけど。
 俺に声を掛けられた彼女は、ハッとした顔をした後――顔色を悪くして踵を返そうとした。思わず舌打ちが出たのは、理由も分からずに嫌われていると言う状況に対する苛立ちか。
 俺は彼女を本棚に押し付けるようにして、逃げられないようにした。

 「壁ドンっ!!」

 毛を逆立てる仔猫のように警戒感を隠さない彼女が叫ぶ。
 「壁ドン」?それは何だろうか……。彼女は「なんでぇ、フラグは折れたんじゃ??美形の壁ドンとか出血死の予感しかしない。心臓に悪いよぅ。ヤバいよ。お肌綺麗だよぅ。まだ死にたく無い――」とかブツブツ言っていた。
 
 丸聞こえなんだが?

 彼女は混乱すると、考えが口に出てしまうタイプのようだ。素直なんだね。嘘はつけ無さそうだけど、悪いオトコにコロッと騙されそうで不安になる。
 不安?何でだろう――。真っ赤になった彼女が、あわあわとしながら俺の腕の中にいる。甘い香りがした――。何だろう落ち着かなくなる香りだ……どこから??
 俺はスンスンと鼻を鳴らすと、彼女の首元に顔を近付けた。一番、香りが強いのは――耳の後ろ?気が付いたらペロリと舐めていた。物凄く甘い。

 「にゃ、にゃ、にゃにゃにゃにぃ~~~~~~~~~ッ!!!!!!!!!!」

 「あ、ごめん。思わず――?」
 
 「思わずって何ですか?!この『ゲーム』は全年齢なのにぃ!!!」

 半泣きの彼女にポカポカと胸を殴られる。
 何だろう、このイキモノ物凄く可愛い。そんな事を考えていたのだけれど、今、何か引っかかる言葉があった気がする――?

 「この『ゲーム』は全年齢……?」

 「――っ……!」

 俺がそう呟いた瞬間――、彼女は青褪め、固まった。
 ギギ――と音がしそうな感じで、俺を見上げて来る。うん。この体勢ってちょっといいね。小柄な彼女を閉じ込めて上から見下ろすのはちょっとドキドキする。
 彼女は何かを考えているらしい。大方自分の発言をどう誤魔化すか考えてるんだろうなって分かった。

 ――それで、思いつかなかったんだろうなぁ……。
 
 俺は、俺から目を逸らして一生懸命、下手な口笛を吹いて誤魔化そうとしている彼女を見つめる。――無言でだ。――……彼女は動揺しているのか、音程の外し方が酷くなった。

 「君は、ゲームの『誰』なの?」

 「えっ!」

 仕方が無いのでそう聞けば、彼女は驚いた顔をして俺を見た。
 零れ落ちそうな位に見開かれた目の中に、苦笑する俺の姿が写り込んでいる。

 「あっ、あの、もしかして貴方も転生者なんですか?」

 期待するように言われた言葉に、少しだけ良心が痛んだ。

 「ごめんね。俺は違うんだ。けど、俺の父が転生者だよ」

 「あっ、そう、なんですね……」

 ションボリとした彼女の頭に、シュンと落ち込む猫耳が見えたような気持ちになった。さっき、にゃあにゃあ言っていたからだろうか……。
 残念そうにする彼女の頭を、そっと撫でる。髪は柔らかく、花の香りがした。

 「所で、俺が避けられていたのはそのゲームの所為なのかな??ゲームの事なら父から聞いていて分かるから、説明して貰えると嬉しいんだけど……」

 「あっ!はい……ごめんなさい、その私――あるゲームの続編のヒロインでして……、その失礼だとは思いますが、王子様が攻略対象の一人デス」

 成程、ヒロインかぁ……行動を見れば魔女の類では無さそうだけれど。それで俺が攻略対象――と。当たり前だけれど、攻略対象と呼ばれる相手が俺だけじゃ無い事に少しだけイラっとした。

 「あぁ、やっぱりおこがましいですよね?私みたいなのがヒロインとか、自意識過剰っぽいって言うか、本当にゴメンナサイっ!!!」

 俺がイラッとした理由を勘違いしたらしい彼女から謝られてしまった。
 大丈夫です。男爵令嬢だっていう立場はわきまえてますからっ!!と、一生懸命に言う姿が可愛くて抱きしめたくなる。

 「あぁ、いや?そこは別に――と言うか、君は十分可愛いしヒロインだと言われてもそんなに違和感は無いけど……何で男装しているのかっていうのは気になるけどね」

 「ふぁっ!可愛い?!何これ、イケメン尊い。てか、底辺にも対応が優しいとか……ヤバい」

 可愛いとか素で言えるのがイケメンの証か――とかちょっと良く分からない事を言っている彼女を観察する。動きが小動物っぽい。特に落ち着きがない所が。
 俺が優しいとか――……馬鹿だなぁ。虎視眈眈と追い詰める機会を伺っている俺に、随分あっさり気を許し過ぎじゃないかな??
 ここまでくれば、流石の俺も彼女と出会った時に鳴った鐘の意味が分からないほど鈍く無い。俺に近付いて来る女相手に、こんな風に閉じ込めたいとか、匂いを嗅ぎたいとか、舐めたいとか思わないし。
 うん?言っててちょっと気が付いたけど、俺、ちょっとヤバイ奴になって無いか??これが、番いの引力と言うものだろうか……うん、そう言う事にしておこう。取り敢えず、一旦落ち着こうか俺。この小動物に逃げられたくないし。

 「――……男装しているのはどうしてかな??」

 俺はもう一度言いなおした。我に返った彼女が慌てて口を開く。

 「あっ!済みません……その、ですね?ゲームはゲームだから楽しめると言うか……その、恋愛系ゲームのヒロインは私には荷が重すぎて!だから、フラグを折る一環で男装しましたっ!!」

 あぁ、成程。彼女からすると、ゲームはゲームであるから楽しめるのであって、現実で攻略対象に迫られたりするのは嫌と言う事か……。これは困ったかな?俺は攻略対象だし。
 ただ、安心で来た事もあった。

 「良かった。じゃあ、君の前世の性別が男性だったからとかじゃ無いんだね?」

 「はい。前世もちゃんと女の子ですよ?」
 
 俺の言葉に、彼女が不思議そうに首を傾げた。
 彼女も父上も前世の性別そのままに産まれて来たようだけれど、父上から転生者の話を聞いて興味を持って調べた話の中には、前世とは違う性別で産まれて来たという者もいたりする。
 彼女の前世が男だったとしても、俺のこの気持ちは変わらないと思うけれど、彼女がもし元は男であったなら、男からの求愛は受け入れられないものだっただろう。俺は密かに神に感謝の祈りを捧げた。
 彼女が避けたいらしい攻略対象という事実は変えられないけれど、転生者を理解できる立場だとアピール出来たのは良かった気がする。フラグを折る協力を申し出て、距離を縮めて行くのが得策だろうか??
 俺は、可愛らしく見上げて来る彼女に微笑み返してそう考えた。
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