その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

文字の大きさ
7 / 22

しおりを挟む
 「あああああん! 局長! お待ちしておりましたぁああ!」

 店に足を踏み入れた直後、黄色い声をあげて出迎えたのは、レイラ・ヒルズ。
 入局同期の一人であり、現魔対の主任。

 「レイラ、お疲れ様です。良かった……お互い、今日は早めにあがれましたね」

 「はい! 超久しぶりに局長とお酒が飲めるっていうのに遅刻なんかさせたら、お前ら全員生まれた事を後悔させてやるぞって、部下に言っておいたので!」

 局長の手を両手で包むように握りしめ、目からハートを飛ばしながら、恐ろしい事を言う。相変わらずだ。

 「さぁさぁ! VIPルームへどうぞ! 皆、楽しみに待ってますから!」

 自慢の金髪をかき上げ、局長から鞄を預かった……もとい、奪い取ったレイラは、フレンには目もくれず店の奥へと進む。

 「VIPルームなんてあるんだな。お前、この前来た時はそんな事言ってなか」

 「局長と二人っきりで来るために隠しておいたに決まってんだろボケがぁ!」

 警察庁一とも言われる美貌を不機嫌に歪め、怒号を飛ばす同期の桜。それも慣れたものだが。

 「なんだよ……局長が、若手の現場監督に向かったのが気に入らねぇのか?」

 「分かってるなら説明させるんじゃねぇ! お忙しい局長のスケジュールから、無駄を削ぎ落すのが補佐役の役目だろうが! どうしてヒヨッコがピヨピヨ鳴いてる庭の草むしりを、尊き最強魔剣士様がするハメになるんじゃ!」

 「仕方ねぇだろ。本来監督する筈の局員が、この前の現場で負傷して入院」

 「肋骨の複雑骨折と内臓損傷くらい、3日で治させろ!」

 「んな無茶苦茶な……部下に無理をさせないっていう上司の意向を汲んでスケジューリングするのも、補佐役の仕事」

 「ああもう! 局長! どうして私を補佐役に選んでくれなかったんですか!? フレンじゃ、局長の労力が下っ端に搾取される一方です!」

 「うふふふ……やっぱり、86期は仲良しですねぇ」

 今のやり取りを見ていて、どうしてそういう感想を抱くのか。
 けれど、そこがまた局長らしい。俺とレイラは互いの顔を見て、一時休戦協定に暗黙のサインをした。

 「おおお! 局長! 久しぶりっす!」

 VIPルームに入ると、一番に立ち上がり、両手を広げて局長の方へ向かって来たのはカイ・ガルシア。
 ツンツンの赤髪という見た目もチャラい、中身もチャラい、正統派のチャラ男。

 挨拶のノリで局長にハグしようとするカイを制しつつ、もう一人の同期……豪勢なソファに品よく座る、ティリアン・キャンベルの方を見る。

 「お疲れ様、フレン。局長も……お忙しい中、ありがとうございます」

 「お疲れ様です。カイもティリアンも、元気そうでなによりです」

 にっこり笑顔の局長の手を引き、超自然にエスコートして、着席させるティリアン。こいつも、相変わらずだ。

 王子様のように輝くルックスを持つ、大貴族の跡取り息子であり、誠実で親切で優秀で……非の打ちどころがない、同期イチの優等生。
 ティリアンが爽やかすぎる笑顔で見せる白い歯も、サラサラの金髪も碧眼も、全てが俺には眩し過ぎて……こいつの隣に座る位なら、やかましいカイの横の方が、心が安らぐ。
 
 俺はレイラに手渡されたシャンパングラスを持ち、力なくカイの横に着席した。

 「あれ? フレン俺の隣でい~の? 補佐役として、局長の隣で酒つがないと」

 「いいんですよカイ。お酒の席でくらい、私のお世話から解放されたいんですよね?」

 「いえ、そういうわけじゃ」

 無いに決まってる。隣がいいさ勿論。
 でも今は、このポジションがベストだ。ガラスのローテーブルをぐるりと囲む、ゆったりとしたソファ。局長の両隣はレイラとティリアン。その正面に、俺とカイ。

 ティリアンのようなスマートパーフェクトプリンスの横で、笑顔すらまともに作れない俺がいたんじゃ、局長に気を遣わせる。そしてそれは、俺を惨めにする。

 「はいは~い! んじゃ、全員そろった所で、かんぱ~い! 今月もお疲れっした~!」

 まごつく俺をスルーして、声高らかにグラスを掲げるカイ。

 「ちょ、今日は局長がいるんだぞ。乾杯の音頭は上席の人間に乞うもの」

 社会人としての常識を持って突っ込むが、当の上席ほんにんはそんな事を気にする人では無く。

 「かんぱ~いっ。今日はお招きありがとうございます。お疲れ様でした~」

 可愛らしい声でそう言って、部下達とグラスを合わせはじめた。

 「かんぱ~い!」
 「ふふ、乾杯」

 「ほらほら、フレンも」

 そして、わざわざ立ち上がって、俺にもグラスを差し出してくれて。

 「あ、すいません、乾杯、お疲れ様です」

 「今夜は私がご馳走しますから、沢山食べて、飲んでくださいね」

 その笑顔は、いつもと同じ。出会った頃とも同じ。
 未熟な俺達をあたたかく見守り、育ててくれる、聖母のような笑み。

 それでも……俺の胸はざわつくのだ。

 このメンバーがそろったら、必ずあいつの話になる。

 今回もテーブルの中央に置いてあるシャンパングラスと、そこに添えられた一凛の花。
 視界に入ると、息が止まりそうになる。

 月に一度、俺が自分の罪と向き合わざるを得ない、時間。

 皆が、局長が、無垢な笑顔を見せるほどに……俺の心は、重たく沈んで行くのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】遅いのですなにもかも

砂礫レキ
恋愛
昔森の奥でやさしい魔女は一人の王子さまを助けました。 王子さまは魔女に恋をして自分の城につれかえりました。 数年後、王子さまは隣国のお姫さまを好きになってしまいました。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

私の旦那様はつまらない男

おきょう
恋愛
私の旦那様であるロバート伯爵は、無口で無愛想な仕事バカ。 家庭を返り見ず仕事に精を出すのみのつまらない男である。 それでも私は伯爵家の妻として今日も面倒な社交の場に出なければならないのだ。 伯爵家の名を落とさないために。あぁ面倒くさい。 ※他サイトで投稿したものの改稿版になります。

婚約破棄? あら、それって何時からでしたっけ

松本雀
恋愛
――午前十時、王都某所。 エマ=ベルフィールド嬢は、目覚めと共に察した。 「…………やらかしましたわね?」 ◆ 婚約破棄お披露目パーティーを寝過ごした令嬢がいた。 目を覚ましたときには王子が困惑し、貴族たちは騒然、そしてエマ嬢の口から放たれたのは伝説の一言―― 「婚約破棄されに来ましたわ!」 この事件を皮切りに、彼女は悪役令嬢の星として注目され、次々と舞い込む求婚と、空回る王子の再アタックに悩まされることになる。 これは、とある寝坊令嬢の名言と昼寝と誤解に満ちた優雅なる騒動録である。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

王子の魔法は愛する人の涙に溶けた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢にされそうになった女の子がなんだかんだで愛を取り戻すお話。 またはヤンデレな王太子が涼しい顔で復讐を果たすお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

処理中です...