その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

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 「はぁあああああ! おいしい! このチェリーブロッサム、最高です!」

 一口ふくんだ途端に、みるみる輝き出す局長の瞳。
 俺にとっては本日二度目の、フルーツハイテンション。
 
 「フルーツのお酒は、香料でごまかしてる残念なものも多いんですが……これはちゃんと、フレッシュでジューシーな果肉の味わいを感じます。しかも、チェリーブランデーとオレンジキュラソーの割合が絶妙!」

 「喜んでもらえてよかったですぅ! ここのバーを発掘したの、私なんですよぉっ!」

 局長の歓喜というこの上ない手柄をあげ、ご満悦のレイラ。
 
 「ホテルのバーで、こんなに美味しいカクテルが頂けるなんて。さすが、キャンベルグループですね」

 「この前レイラと来た時にずいぶんと褒めてもらえたので……今度は局長をお連れしたいなと思っていました。このチェリーブロッサムは、今夜のために作ってもらったんです」

 グラスを彩る朱色をうっとりと見つめる局長と、反則技でアピールするティリアン。
 今日のハチロク会の会場は、ティリアンの家が経営する、キャンベルホテル内の、バー。

 ずるい……。
 キャンベル家は幅広く事業を展開するイマドキ貴族。
 対するカーティス家は、古く、堅い家柄で、未だに領地収入や、貴族の特権を利用して幅を利かせているレトロ貴族。
 今夜のために特別にカクテルを……なんて、多分一生言えない。対女子という戦場において、丸腰が過ぎる。

 「おぉー! 確かにうまさヤバ! なんか酸っぱくて甘くてヤバ! やっぱあれなん? ヤバいバーテンダーとか雇ってんの? カクテル作りに特化した上級魔法使いとか?」

 ああ……普段は『すげぇ魔法大学出てんのに、なんでそんな頭悪そうな喋り方しかできねぇんだ』とツッコミを入れたくなるカイの『ヤバい』連呼も、今は癒される。
 相手を萎縮させない、尊いチャラさだ。

 「うん。さっきカウンターにいた女性バーテンダーさん、わかる? 彼女は下級なんだけど……数多のベースと割り材料の知識を持っていてね。その上、絶妙な割合とタイミングでそれらを合わせ、魔力を込めながらシェイクして、旨みを増幅出来る特性を持っているんだ。ちなみに……彼女の剣は、マドラーらしいよ」

 「へぇ……。世の中、本当にいろんな魔法使いがいるものだな」

 今度のティリアンの話には、普通に感心してしまった。
 魔力の量が全て、と言われ続けて育ったけれど……そして、それを求めて略奪に手を染める犯罪者たちを大勢見て、現実社会ではそれが事実なのだと思い知ることが多かったけれど。

 それ以上に魅力的な価値観を教えてくれたのも、局長だった。

 「マドラーが剣……素敵ですね」

 「魔力の魅力はその多様性。単純な総量のみで社会的地位を決めるのはナンセンス……俺が魔対にいた時から、局長が言っていましたね。その価値観自体が魅力的だと思っていました」

 「ふふ、ありがとうございます」

 グラスを傾けながら見つめ合う2人。

 え……それ、今俺が思ってたやつ。後で二人きりになったら、局長に言おうと思ってたやつ。全部持ってくじゃねえか。いくら自分のホームだからって、そこまでしてくれんのか。

 と、心の中で、苦虫を噛みつぶしていたのは、他の2人も同じだったようで。

 「ちょっとティリアン! それ今私が言おうとしたやつ!」

 「俺だって! 局長のその言葉、マジでハートに刻まれたんで!」

 口を尖らせ、眉を釣り上げる同期2人に、ティリアンは、ごめんごめんと笑った。

 「だよな。基本、俺たちは魔力量が絶対! ていう上級魔法使いの世界で生きてきたから……局長の考えが本当に新鮮で斬新で、印象深かった」

 「そぉよぉ~! ほら覚えてる? ルークなんて震えて泣きだしちゃうくらい感動しちゃってたんだから!」

 パキッ。と……場の空気が凍りつく音が、聞こえた気がした。
 理由はもちろん……半年前に死んだ、あいつの名前が出てきたこと。

 瞬時にそれを指したレイラは、気まずそうに苦笑いして。

 「あ……ごめん、私……」

 訪れる沈黙。

 全員の視線が、テーブル中央のグラスと花に集中する。
 そんな重苦しい空気を打破したのは、局長だった。

 「レイラ、謝る事はありません。大切な仲間のことを想い、一緒に過ごした時間を皆で語らうのは、悪いことではないでしょう?」

 そう言って局長は微笑んでくれたが……その笑顔はやはり、悲しげ。けれど、沈んだ皆の心を浮上させるには、充分だったよう。

 「そう……そうですよね! 人間、忘れられた時に、二度目の死が訪れるとか言いますし! そうならないよう、うちらがいっぱい思い出してあげよう! ね?」

 「あ、そ、それな! よし! じゃあ今日は、ルークの笑えるエピソードを順番に披露して行こうぜ! じゃあトップバッターはフレン! ゴー!」
 
 「えっ……笑える……エピソード……」

 そう言われても、思いつかない。

 「あんだろー? 一つの二つや三つや四つ! お前が1番ルークと仲が良かったんだから」

 「だよねー! 二人、全然タイプが違うのに、いつも一緒にいたもんね」

 苦しい。うまく呼吸ができない。
 それは、カイにバンバンと背中を叩かれたせいではなく。


 『局長補佐になれないなら……僕はもう、無理だ』
 
 

 「うっ……ガハ! ゴホ! ゴホ!」

 「え!? フレン!?」

 「どした!? わりぃ、強く叩きすぎた!?」

 突然咳き込み出した俺に、慌てて駆け寄る同期たち。

 「酒が、変なところに入っちゃったかな?」

 「落ち着いて、ゆっくり息をして下さい」

 ティリアンと局長は、優しく背中を撫でてくれる。
 そのぬくもりが、つらい。

 「や、すいませ……俺ちょっと飲み過ぎたっぽいんで……ゴホッ、お先に失礼します」

 ぶっきらぼうにそう言って、鞄とコートを手に、部屋を出た。
 俺の名前を呼ぶレイラの声が聞こえたけれど、無視させてもらった。俺はあいつに心配してもらえるような人間じゃない。

 背中を突き刺す視線が痛い。
 
 俺はおかしいのかもしれない。
 花やグラスに、目玉などついてはいないのに。
 でも、それでも確かに、あいつの視線を感じるんだ。
 ルークは俺を許していない。あいつ追い詰めたのは、他でもない俺。

 局長から、たった1人の愛する男を奪ったのも、この無能な補佐役なのだから。
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