その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

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 「おはようございます」

 ハチロク会の翌朝。警察庁のエレベーターホールで、局長と会った。

 「お……はようございます」

 驚いて、変な間をつくってしまう。
 レイラにもカイにもティリアンにも、そして局長にも……会いたくないから、いつもより大幅に出勤時間を早めたのに。

 少々動揺しながら、エレベーターに乗り込んだ。
 二人きりの時間。普段なら嬉しい筈だけれど……今は、気まずさが勝る。

 「昨日はお疲れ様でした。お先に失礼して、申し訳ありませんでした」

 「いえいえ。楽しい時間を過ごさせてもらいました。体調、大丈夫ですか? フレンが飲み過ぎなんて、珍しいですね」

 飲み過ぎたなんて、嘘なのに。そしてこの人なら、それ位わかっているだろうに。

 どうせ俺の悩み苦しみなんて、関心がないのだろう。
 それを遠回しに念押しされているようで……ダメージ。なんだか頭痛がして来た。
 
 「大丈夫です。あのバーテンダーの作る酒がうまくて……調子に乗りました」

 「うふふ。それは、わかります……うん? 頭? 痛いです?」

 こめかみのあたりに手をやる俺の顔を、心配そうにのぞき込む局長。

 「いえ」

 「しんどかったら、今日は無理せず休んで下さい?」

 「平気です。ただの二日酔いで仕事を休むわけには」

 「二日酔うほど飲んでいなかったでしょう?」

 「ふ……やっぱ気付いてたんじゃないですか」

 思わず、嘲るような笑い方をしてしまった。
 局長は『はい?』と首を傾げるけれど……不調も手伝って、もうそれすらもイラっとしてしまう。

 「や、いいです。もうなんでもいいです。とにかく俺は大丈夫なんで、放っておいてくださ」

 ポーン。

 俺が言い終えるまで待ってくれなかった、エレベーターの到着音。
 ゆっくりと開く扉。その向こうで待っていたのは……

 「おは~~~~~!」

 朝日のような金髪をなびかせた、レイラだった。

 「え、おま、早……なんで」

 「やっぱりね~! フレンなら早朝出勤して、うちらと会わないようにするだろうな~と思った~! あんたって、気まずさを解消するより逃げる道を選ぶ男よね~! はい! 逃亡のお供にどうぞ~!」

 レイラは時間帯にそぐわないハイテンションで、俺にウコンドリンクを差し出してくれた。

 「うるせぇな……」

 当然、庁内の自販機にこんなものは売ってない。わざわざ用意してくれたのだろう。 

 それでも、素直に礼を言うのは悔しくて……眉間に皺を寄せながら、受け取った。
 レイラはにやにやしながらそんな俺を見つめて……背後にいる局長にも、気が付いたよう。

 「きゃぁあ~!! 局長もいらしたんですね! おはようございます! 昨日はご馳走様でした!」

 「おはようございます、レイラ。こちらこそ、ありがとうございました。私、上の階に用事があるので……フレン、先に行ってて下さい」

 思いがけず愛する上司に遭遇して鼻血を出す部下をやんわりと受け止め……局長は、『閉』ボタンを押した。
 
 『は~~~い!』とハートマークを飛ばしながら全力で手を振るレイラに、いつも通りの微笑みを返しながら。
 そう、本当にいつも通り。俺がどんな状態であろうと、彼女に影響はないのだから。

 「ああ~。朝から局長に会えるなんてラッキーだわ~。早起きは三文の徳ってガチね」

 スキップ以上ジャンプ未満、くらいのご機嫌な足取りで、局に続く廊下を進む同期の桜。
 
 「局長はいつも早いけど……この時間に来るのは珍しいなと思ったら、上に用があったんだな。俺も把握してねぇ予定って事は……また、お偉いさん達の機密事項ってやつか」

 鞄から取り出したタブレットを確認しながらそう言う俺に、レイラは『はぁ~?』と顔を歪めた。

 「アホか! 局長もフレンに会う為に早く来たに決まってんでしょ」

 「そんなわけねぇだろ」

 なんて言いつつ、実は一瞬期待しまっていた、可能性。その後のやり取りで、ないな……と考えを改めたけれど。

 「そんなわけねぇわけねぇじゃん! あの部下想いの局長が、ド凹みの補佐役を放置すると思う?」

 「まぁ……それはそうだけど」

 でも、俺はただの補佐役じゃない。下手に優しさを見せて、期待を持たせたら厄介な相手……だから放置されても不思議はない。と、レイラに説明できたら話が早いのだが。

 「絶対フレンが心配だったんだよ! 昨日だって、ティリアンにフレンを追うように言ったの、局長だもん!」

 「え!?」

 ほとんど人のいない静かな廊下に、俺の声が響きわたる。

 「局長がって……マジか? ティリアンはそんな事一言も……」

 戸惑う俺に、レイラはハッとした様子で、口元を手で覆った。
 
 「やば……。これ、フレンには内緒って、局長が言ってのに……ああ~! 愛する局長との約束を破っちゃった! 私最低! フレン! 私を引っ叩いて!」

 「いや仮にも警察庁内で、同期を暴行犯にさせるなよ……つうか……マジか」

 レイラの様子からして、嘘を言っているとは思えない。
 じゃあ本当に? 本当に局長は俺を……?

 「あ……その、ありがとな、レイラ」

 貰ったドリンクを少しばかり掲げて、今度こそ素直に、礼を言う。

 「うわ、単純! 局長が心配してくれてるって分かった途端ご機嫌になっちゃうとか……フレンてマジで、クールなフリしたツンデレ男子だよね? 見た目通り過ぎてなんのヒネリも無くて、クッソおもしろくねぇ」

 「……言い過ぎだな……」

 なんて、同期を睨んでみたけれど。
 脳から大量の幸せホルモンが放出されているのは、自覚していた。
 指摘された通り、単純な自分にはほとほと呆れてしまう。

 こめかみのあたりの痛みは、随分と軽くなっていた。
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