その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

文字の大きさ
12 / 53

12

しおりを挟む
 今俺は……世界中の誰よりも、ふてくされている自信がある。

 「ちょっと遅いよ局長さん! 一般人尾行すんのに、どんだけ時間かかってんの!」

 コンビニの前でヤンキー座りをしたまま、俺達を睨みつけるのは……先日、魔対に略奪被害の相談に訪れた女性。凶悪な容疑者が脱走し、局がカオスに陥った時に居た、あのネイリストだ。

 「申し訳ありません。彼氏さん、あちこちお出掛けになるものですから」

 そんな彼女に、局長はペコリと頭を下げる。
 公僕の鏡のように、日々職務に邁進している最強魔剣士が、こんな相手に首を垂れるなんて……なんだか、悔しい。

 話は、こうだ。

 今夜は温かい物でも食べましょう。そんなお誘いに浮足立っていた所……局長のスマホが鳴った。
 相手は、この相談者の女。

 なんでイチ相談者が魔対トップのスマホ番号を知っているのか? 答えは簡単。局長が教えたのだ。困ったらいつでも連絡を、と。そこにはさして驚かなかった。俺の上司はそういう人だ。

 が、女の依頼には驚いた。

 「でしょ? だから言ったっしょ? あいつ、今夜浮気相手の所に行くっぽいから、尾行して証拠掴んでって! あの野郎、あたしから奪った魔力をあちこちの女に貢いでんのよ! 魔力あげるからやらせて~って!」

 そう。つい数時間前も、電話口で同じ事を言っていた。
 俺は当然、断るべきだと進言したのだが……局長は『わかりました』と快諾。
 俺との食事デートは、延期になった。

 「確かに、交わりでは魔力を略奪するだけではなく、与える事も可能ですが……彼氏さんの場合は、浮気相手の所にお出掛けしているわけじゃなかったようですよ」

 「はぁ? だってあちこちに出かけてるって今……」

 「彼氏さんが行っていたのは、コスメショップです」 

 勘違いしている女性に、思わず口を挟む。
 女性は『こすめしょっぷぅ?』と怪訝そうな顔を浮かべて……俺は一息吐いてから、詳細報告を開始した。

 「あなたは先月のネイルデザインのコンクールで、予選を通過されましたね」

 「へ……? ああ、そうだけど。なんで知ってんの?」

 「彼氏さんから聞きました。本戦は来月で、あなたは蝶の立体アートを造ろうとしている。でも、納得のいくカラーのネイルが見つからない……だから、手当たり次第に買っているんだと言っていました。その中に、あなたが気に入るものがあるかわからないけれど、と」

 俺の話をきいた女性は、太いアイラインに縁どられた目を、全開まで開いて驚いた。

 「うっそ! マジで!? え!? てか、あいつと話したの!?」

 戸惑う彼女に、局長は優しい笑みを返して。

 「はい。小難しい顔でお店を回っている彼氏さんが、どうにも悪い人には思え無くて。あなたの為にそこまでしてくれる人です。魔力を奪われたというのは誤解……なんて事、ありませんか?」

 「ないない! だってホントに魔力減ってたじゃん! 局長さんに連れて行かれた病院で、そう言われたでしょ!? あたしの剣……ネイルブラシが出せないのも、そのせいだって!」

 「えっ」

 連れて行かれた? 局長に? あのクソ忙しい中、いつの間に。
 これもまた、局長らしい。けれどさすがに、驚いてしまう。

 「確かにそうでしたね」

 「あ! あいつのせいじゃないなら、誰かに呪われてるってことない!? 魔法で呪いをかければ、やらなくても魔力って奪えちゃうんでしょ!?」

 「呪われたら、体のどこかに呪印が刻まれます。病院の先生は、そんなもの無いと仰っていたでしょう?」

 「でもさでもさ! 呪いをかけたのが強い魔法使いだと、呪印も見えなくする事出来ちゃうんでしょ!? で、かけられた側がめっちゃ弱らないと浮かび上がってこない、みたいな! ドラマでやってたもん! きっとそうよ!」

 ドラマ……ああ確か、カイが前に話してたな。
 呪いを題材にしたドロドロ復讐劇が面白くて、彼女と一気見したって。皆も観てみろよ! って、サブスク契約画面に繋がるURLが、86期のグループメッセージに流れてきたっけ。
 どうせ、『お友達に紹介すると利用料3か月無料!』 とかなんだろうな。と思って、スルーしたけど。

 「確かにそうですが……呪いで魔力を奪うのは、ハイリスク・ハイリターンなので……実際にやる人は少ないんですよ」

 「はいりすく……?」

 「交わりで魔力を略奪した場合、奪った側は魔力を得るのみでノーダメージですが。呪いの場合は、奪ったのと同じ量の魔力を、奪った側も失います。要は、諸刃の剣というか……無理心中みたいな手段なんです。ですから、強い恨みが動機である事が多く、ドラマの題材にはもってこいなのでしょうね」

 義務教育で習っているであろう常識を、丁寧に解説する、寛容な局長。に、礼を言うわけでも無く、相談女性は『確かに、そんなに恨まれる覚えないわ~』と腕組みをしている……。本当ですか? とツッコミたくなるが。

 「でも……だったらどうしてあたしの魔力減ってんのよ?」

 「これは私の推測なのですが……普通に、大量消費してしまったんじゃないでしょうか? コンクールの予選の時に」

 「「え?」」

 不本意にも、相談者と声をハモらせてしまった。

 「局長、それはどういう……?」

 目が点状態の俺と女性に、局長が差し出したのは、一冊の雑誌。

 「こちら、ネイリストさん向けの専門誌です。予選の模様が詳しくのっていて、あなたのネイルの批評欄にはこう書いてあります。"斬新かつ繊細なデザインが見事。今まで予選落ちを繰り返していたネイリストとは思えない"……と」

 「……あっ」

 局長がそこまで説明した所で、女性の表情が変わる。

 「あなたはきっと、普段とは比べものにならない程に集中し、没頭し、素晴らしいデザインを完成させたのでしょう。だから、体調を崩す程の魔力を消費してしまった」

 「い、言われてみればそうかも……!? 予選終わって、クタクタで、でも気分が盛り上がってやっちゃって、次の日めっちゃしんどくて……! ああ~! な~んだ!」

 な~んだ! はこちらの台詞……と言いたいけど、耐える。
 病院に同行し、数時間にわたり罪のない彼氏を尾行し、その辺の本屋じゃ絶対売ってないであろう専門誌をわざわざ入手した局長が、言わないでいるのだから。

 「よかったですね。魔法で消費した魔力は、自然に回復します。量が多いと時間がかかるかもしれませんが……きっと、本戦までには」

 「あ~! よかった~! マジで安心したわ~! てか、彼氏疑って悪い事しちゃった。電話しとこ~」

 女性はそう言って、去って行った。
 感謝や謝罪の言葉を、置き土産にする事なく……。

 「ふう、寒い……この時期、外での立ち話はキツイですね。温かい飲み物でも買いましょうか? フレン、何がいいです?」

 自身を抱きしめるようにさすりながら、コンビニの中に入る局長。
 その背中には、怒りのいの字もない。

 「……これだけやらせておいて、勘違いって……というか、礼の一つもなしって……。局長は少しもムカつかないんですか?」

 「ムカつかないですね。いいじゃないですか。誰も魔力を失ってなかった。ハッピーエンドです」

 マジで、すごい。
 その一言に尽きる。

 人生何週目くらいだと、この境地に達せるのか。俺はいつになったら、追いつけるのか……。
 
 無力感に打ちのめされて、局長の後をとぼとぼと歩く。……と、調味料やらカレールゥやらが並んでいる棚の前で、局長は『あ!』と何かをひらめいたように声をあげて。

 「お鍋のもとを買って、フレンの家で頂きませんか? この時間では、大抵のお店は閉まっているでしょうし」

 「は? え? 鍋……え!?」

 「ええと、お肉に、白菜におネギ……最近のコンビニは品揃えがスーパー寄りで、助かりますね。あ、フレンのお家、包丁はあります? 自炊しないって言ってましたけど」

 「あ、ありますっ! 使った事ないですけど、チャレンジします! 指を何本失ってもいいです!」

 「ふふ、いいわけないです。大丈夫、フレンがシャワーを浴びてる間に、私が用意しますね」

 ああ、神様。
 今俺は……世界中の誰よりも、幸せだという自信があります。

 俺達の労力を浪費した相談者の事など、もう微塵も気にならない。
 ああそうか。局長も圧倒的に嬉しい事があるから……怒りの感情が、吹き飛んでしまうのかもしれない。

 『誰も魔力を失ってなかった。ハッピーエンドです』

 そしてもしそれが、誰かの幸せだというなら……やはり、人間としての格が違う。

 白菜を抱える上司を、心から誇らしく感じながら……この後の時間を想像して、俺はにやけてしまうのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖銀竜に喰われる夜――冷酷な宰相閣下は、禁書庫の司書を執愛の檻に囚える

真守 輪
恋愛
「逃がさない。その賢しい口も、奥の震えも――すべて、私のものだ」 王宮で「禁書庫の未亡人」と揶揄される地味な司書・ルネ。 その正体は、好奇心旺盛でちょっぴり無作法な、本を愛する伯爵令嬢。 彼女には、誰にも言えない秘密があった。 それは、冷酷非道と恐れられる王弟・ゼファール宰相に、夜の禁書庫で秘密に抱かれていること。 聖銀竜の血を引き、興奮すると強靭な鱗と尾が顕れる彼。 人外の剛腕に抱き潰され、甘美な絶望に呑み込まれる夜。 「ただの愛人」と割り切っていたはずなのに、彼の孤独な熱に触れるたび、ルネの心は無防備に暴かれていく。 しかし、ルネは知らなかった。 彼が近づいた真の目的は、彼女が守る「禁書」――王国を揺るがす禁断の真実にあったことを。 「君は、私のものだ。禁書も、その魂も、すべてな」 嘘から始まった関係が、執着に変わる。 竜の情欲と宮廷の陰謀が絡み合う、背徳のインモラル・ロマンス。

同期の姫は、あなどれない

青砥アヲ
恋愛
社会人4年目を迎えたゆきのは、忙しいながらも充実した日々を送っていたが、遠距離恋愛中の彼氏とはすれ違いが続いていた。 ある日、電話での大喧嘩を機に一方的に連絡を拒否され、音信不通となってしまう。 落ち込むゆきのにアプローチしてきたのは『同期の姫』だった。 「…姫って、付き合ったら意彼女に尽くすタイプ?」 「さぁ、、試してみる?」 クールで他人に興味がないと思っていた同期からの、思いがけないアプローチ。動揺を隠せないゆきのは、今まで知らなかった一面に翻弄されていくことにーーー 【登場人物】 早瀬ゆきの(はやせゆきの)・・・R&Sソリューションズ開発部第三課 所属 25歳 姫元樹(ひめもといつき)・・・R&Sソリューションズ開発部第一課 所属 25歳 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆他にエブリスタ様にも掲載してます。

婚約破棄された元聖女、魔王の息子に攫われて溺愛されています

百合川八千花
恋愛
魔王を討伐し、十年にわたる戦いを終えた聖女アルティア。 帰還した王国で待っていたのは、王太子からの婚約破棄と――その子供だった。 絶望の中、現れたのはかつて共に戦った魔王の息子、ヴェルグ。 「君はもう自由だ。だったら僕が攫うよ」 突然の求婚(という名の略奪)と共に、アルティアは隣国・アシュフォード帝国へ連れ去られる。 辺境伯となったヴェルグの領地で始まるのは、 「君のために用意してた」 と語られる豪華すぎる“同棲部屋”、 壁一面に飾られた聖女の肖像画コレクション、 そして、「僕のもの」発言が止まらない溺愛×執着ラブ生活! しかしその頃、聖女を失った王国では、魔王の呪いによる異変が始まっていて―― これは、運命に選ばれ続けた聖女と、ただ彼女だけを愛した元魔王の息子の、 甘くて狂おしい、世界と愛の再構築ラブファンタジー。

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

「愛想がなく可愛くない」と捨てられた私、最強の竜騎士に拾われる。「その美しさに僕だけが狂わされたい」と、愛の重さでベッドから下ろしてくれない

唯崎りいち
恋愛
夜会の最中、王子に「愛想がなくて可愛くない」と婚約破棄された無表情令嬢。 だが彼女の美しさに一目惚れした隣国最強の竜騎士に連れ去られ、 「君はもう僕のものだ」 と毎晩愛の重さでベッドから下ろしてくれない生活が始まる——。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

処理中です...