その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

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 今俺は……世界中の誰よりも、ふてくされている自信がある。

 「ちょっと遅いよ局長さん! 一般人尾行すんのに、どんだけ時間かかってんの!」

 コンビニの前でヤンキー座りをしたまま、俺達を睨みつけるのは……先日、魔対に略奪被害の相談に訪れた女性。凶悪な容疑者が脱走し、局がカオスに陥った時に居た、あのネイリストだ。

 「申し訳ありません。彼氏さん、あちこちお出掛けになるものですから」

 そんな彼女に、局長はペコリと頭を下げる。
 公僕の鏡のように、日々職務に邁進している最強魔剣士が、こんな相手に首を垂れるなんて……なんだか、悔しい。

 話は、こうだ。

 今夜は温かい物でも食べましょう。そんなお誘いに浮足立っていた所……局長のスマホが鳴った。
 相手は、この相談者の女。

 なんでイチ相談者が魔対トップのスマホ番号を知っているのか? 答えは簡単。局長が教えたのだ。困ったらいつでも連絡を、と。そこにはさして驚かなかった。俺の上司はそういう人だ。

 が、女の依頼には驚いた。

 「でしょ? だから言ったっしょ? あいつ、今夜浮気相手の所に行くっぽいから、尾行して証拠掴んでって! あの野郎、あたしから奪った魔力をあちこちの女に貢いでんのよ! 魔力あげるからやらせて~って!」

 そう。つい数時間前も、電話口で同じ事を言っていた。
 俺は当然、断るべきだと進言したのだが……局長は『わかりました』と快諾。
 俺との食事デートは、延期になった。

 「確かに、交わりでは魔力を略奪するだけではなく、与える事も可能ですが……彼氏さんの場合は、浮気相手の所にお出掛けしているわけじゃなかったようですよ」

 「はぁ? だってあちこちに出かけてるって今……」

 「彼氏さんが行っていたのは、コスメショップです」 

 勘違いしている女性に、思わず口を挟む。
 女性は『こすめしょっぷぅ?』と怪訝そうな顔を浮かべて……俺は一息吐いてから、詳細報告を開始した。

 「あなたは先月のネイルデザインのコンクールで、予選を通過されましたね」

 「へ……? ああ、そうだけど。なんで知ってんの?」

 「彼氏さんから聞きました。本戦は来月で、あなたは蝶の立体アートを造ろうとしている。でも、納得のいくカラーのネイルが見つからない……だから、手当たり次第に買っているんだと言っていました。その中に、あなたが気に入るものがあるかわからないけれど、と」

 俺の話をきいた女性は、太いアイラインに縁どられた目を、全開まで開いて驚いた。

 「うっそ! マジで!? え!? てか、あいつと話したの!?」

 戸惑う彼女に、局長は優しい笑みを返して。

 「はい。小難しい顔でお店を回っている彼氏さんが、どうにも悪い人には思え無くて。あなたの為にそこまでしてくれる人です。魔力を奪われたというのは誤解……なんて事、ありませんか?」

 「ないない! だってホントに魔力減ってたじゃん! 局長さんに連れて行かれた病院で、そう言われたでしょ!? あたしの剣……ネイルブラシが出せないのも、そのせいだって!」

 「えっ」

 連れて行かれた? 局長に? あのクソ忙しい中、いつの間に。
 これもまた、局長らしい。けれどさすがに、驚いてしまう。

 「確かにそうでしたね」

 「あ! あいつのせいじゃないなら、誰かに呪われてるってことない!? 魔法で呪いをかければ、やらなくても魔力って奪えちゃうんでしょ!?」

 「呪われたら、体のどこかに呪印が刻まれます。病院の先生は、そんなもの無いと仰っていたでしょう?」

 「でもさでもさ! 呪いをかけたのが強い魔法使いだと、呪印も見えなくする事出来ちゃうんでしょ!? で、かけられた側がめっちゃ弱らないと浮かび上がってこない、みたいな! ドラマでやってたもん! きっとそうよ!」

 ドラマ……ああ確か、カイが前に話してたな。
 呪いを題材にしたドロドロ復讐劇が面白くて、彼女と一気見したって。皆も観てみろよ! って、サブスク契約画面に繋がるURLが、86期のグループメッセージに流れてきたっけ。
 どうせ、『お友達に紹介すると利用料3か月無料!』 とかなんだろうな。と思って、スルーしたけど。

 「確かにそうですが……呪いで魔力を奪うのは、ハイリスク・ハイリターンなので……実際にやる人は少ないんですよ」

 「はいりすく……?」

 「交わりで魔力を略奪した場合、奪った側は魔力を得るのみでノーダメージですが。呪いの場合は、奪ったのと同じ量の魔力を、奪った側も失います。要は、諸刃の剣というか……無理心中みたいな手段なんです。ですから、強い恨みが動機である事が多く、ドラマの題材にはもってこいなのでしょうね」

 義務教育で習っているであろう常識を、丁寧に解説する、寛容な局長。に、礼を言うわけでも無く、相談女性は『確かに、そんなに恨まれる覚えないわ~』と腕組みをしている……。本当ですか? とツッコミたくなるが。

 「でも……だったらどうしてあたしの魔力減ってんのよ?」

 「これは私の推測なのですが……普通に、大量消費してしまったんじゃないでしょうか? コンクールの予選の時に」

 「「え?」」

 不本意にも、相談者と声をハモらせてしまった。

 「局長、それはどういう……?」

 目が点状態の俺と女性に、局長が差し出したのは、一冊の雑誌。

 「こちら、ネイリストさん向けの専門誌です。予選の模様が詳しくのっていて、あなたのネイルの批評欄にはこう書いてあります。"斬新かつ繊細なデザインが見事。今まで予選落ちを繰り返していたネイリストとは思えない"……と」

 「……あっ」

 局長がそこまで説明した所で、女性の表情が変わる。

 「あなたはきっと、普段とは比べものにならない程に集中し、没頭し、素晴らしいデザインを完成させたのでしょう。だから、体調を崩す程の魔力を消費してしまった」

 「い、言われてみればそうかも……!? 予選終わって、クタクタで、でも気分が盛り上がってやっちゃって、次の日めっちゃしんどくて……! ああ~! な~んだ!」

 な~んだ! はこちらの台詞……と言いたいけど、耐える。
 病院に同行し、数時間にわたり罪のない彼氏を尾行し、その辺の本屋じゃ絶対売ってないであろう専門誌をわざわざ入手した局長が、言わないでいるのだから。

 「よかったですね。魔法で消費した魔力は、自然に回復します。量が多いと時間がかかるかもしれませんが……きっと、本戦までには」

 「あ~! よかった~! マジで安心したわ~! てか、彼氏疑って悪い事しちゃった。電話しとこ~」

 女性はそう言って、去って行った。
 感謝や謝罪の言葉を、置き土産にする事なく……。

 「ふう、寒い……この時期、外での立ち話はキツイですね。温かい飲み物でも買いましょうか? フレン、何がいいです?」

 自身を抱きしめるようにさすりながら、コンビニの中に入る局長。
 その背中には、怒りのいの字もない。

 「……これだけやらせておいて、勘違いって……というか、礼の一つもなしって……。局長は少しもムカつかないんですか?」

 「ムカつかないですね。いいじゃないですか。誰も魔力を失ってなかった。ハッピーエンドです」

 マジで、すごい。
 その一言に尽きる。

 人生何週目くらいだと、この境地に達せるのか。俺はいつになったら、追いつけるのか……。
 
 無力感に打ちのめされて、局長の後をとぼとぼと歩く。……と、調味料やらカレールゥやらが並んでいる棚の前で、局長は『あ!』と何かをひらめいたように声をあげて。

 「お鍋のもとを買って、フレンの家で頂きませんか? この時間では、大抵のお店は閉まっているでしょうし」

 「は? え? 鍋……え!?」

 「ええと、お肉に、白菜におネギ……最近のコンビニは品揃えがスーパー寄りで、助かりますね。あ、フレンのお家、包丁はあります? 自炊しないって言ってましたけど」

 「あ、ありますっ! 使った事ないですけど、チャレンジします! 指を何本失ってもいいです!」

 「ふふ、いいわけないです。大丈夫、フレンがシャワーを浴びてる間に、私が用意しますね」

 ああ、神様。
 今俺は……世界中の誰よりも、幸せだという自信があります。

 俺達の労力を浪費した相談者の事など、もう微塵も気にならない。
 ああそうか。局長も圧倒的に嬉しい事があるから……怒りの感情が、吹き飛んでしまうのかもしれない。

 『誰も魔力を失ってなかった。ハッピーエンドです』

 そしてもしそれが、誰かの幸せだというなら……やはり、人間としての格が違う。

 白菜を抱える上司を、心から誇らしく感じながら……この後の時間を想像して、俺はにやけてしまうのだった。
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