その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

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 「はぁ……っ、はぁ……っ!」

 トイレに全力疾走で駆け込むなんて、子供の時以来だ。

 狭い個室の中で一人、息を弾ませる。
 猛ダッシュをしたせいじゃない。仮にも魔対の局員が、その程度で息切れしたりはしない。
 ここに来るまで、うまく呼吸が出来なかったのだ。なぜなら……

 「魔力が……減ってる……っ?」

 握りしめていた、健康診断の結果表を、恐る恐る広げる。
 手汗のせいで、わずかにふやけている『魔力量測定結果』の部分。そこに書かれていたのは……

 『前回の検査時に比べ、四割程度の減量が認められます。医療機関を受診しましょう』

 「よん……四割って……っ」

 魔力量にも勿論、日によって、体調によって、生理的な変動はある。しかし多くとも全体量の一割程度。
 四割減は、明らかに異常減量を疑う値だ。

 「ま、待て待て……健診の日は、確かひと月くらい前……」

 その頃、何かハードな人任務についていなかったか。ごっそりと魔力を消費するような剣の使い方をしなかったか。必死になって思い返す。だが……心当たりがない。

 「まさか、呪い……!? 誰かが俺を……!?」

 無我夢中で服を脱ぎ、体中を確認する。しかし、呪印は見当たらない。

 「だよな、そうだよな、呪いなんてそうそう……そもそも、呪印が刻まれてたとしたら、してる時に局長が見つけて教えてくれるはず……」

 独り言の途中で、俺は息を呑んだ。

 「してる時に……局長に……奪われた……?」

 聞こえるはずもない心臓の鼓動が、鼓膜を貫く。

 「いやいやいや……」

 めまい。頭痛。呼吸苦……。勝手に、精神的なものだと思っていたけれど。全てが始まったのは半年前ではなかったか。

 「まさか、そんなわけ……」

 魔力の略奪は、少量の場合、すぐに気付けない事も多い。
 だから、恋人のフリをして少しずつ、複数回に分けて奪う……そういう犯罪も横行しているのだ。
 
 でも……局長がそんな事をするわけない。

 部下の為に昼食を取れない日々が続いても『任せて下さい』と胸を叩ける人だ。
 骨折り損のくたびれもうけさえ、『誰も奪われていなかったのならハッピーエンド』と笑える人だ。
 
 そんな人が……部下から魔力を……ありえない。ありえない。ありえない……。



 『よく聞け、フレン。この世は魔力が全て。より多くの魔力を持つ者が全てを手に入れる。それを失くせば、お前が生きる価値など無い。くれぐれもバカな女には引っかからないことだ』



 「う……っ、おぇっ、ガハ!」

 頭の裏側で響く、大嫌いな父親の声。

 真っ白い便器の中には、今朝食べた雑炊。
 鍋の残りで、局長が作ってくれた。

 目を、大きく開く。まばたきをこらえて、溢れそうになる涙を乾かすためだ。
 そして、おぼつかない足取りで個室を出て、手を洗って……トイレの外にでた。

 すると……そこには同期の紅一点が、俺を待ち伏せしていて。

 「レイラ……びびった……なんだよ」

 「なんだよじゃないわよ。私に相談したい事、あるんじゃないの?」

 珍しく、超真顔。庁内一とも言われる美貌が際立つような。

 「……なんのことだよ……何もねぇけど」

 「アホ。パンイチでトイレから出て来た青い顔の男が……何もないわけないでしょ」

 レイラの言葉にハッとして、自身の姿を確認する。
 トイレに入る時に身に着けていたサラリーマンウェア一式の現在地は、恐らく便器の蓋の上。

 「や、わ、こ、これはその」

 「誤魔化しはいらん! 時間が惜しい! のんびりしてられる状況じゃないでしょ!? さっき、見ちゃったのよ! フレンの健診結果!」

 目尻の少し上がった大きな瞳が、俺を正面から突き刺す。

 俺は心臓を撃ち抜かれたような感覚に陥りながら……すべてを話す、覚悟を決めた。
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