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「シャワー、次は私の番ですね」
そう言って屈託の無い笑顔を残し、浴室に歩いて行く、彼女。
ベッドに座る俺は、その背中が見えなくなってから……サイドテーブルに伏せておいたスマホを、素早く手に取る。
『レイラ:フレンどこ? もう部屋入っちゃった? てか何号室? ダンスが始まってすぐ、ガチで給仕の仕事やらされて、思いっきり見失い中!』
『ティリアン:申し訳ない! 事故渋滞でタクシーが全く進まなくて……今降りて、走って向かってる。もう少しひっぱってくれ』
『カイ:フーレーンー? 連絡ちょーだーい? すでに最後までやっちゃってんじゃないだろうな~笑』
86期のグループに届いているメッセージ。全てを読んだ後に出るのは、嫌な粘度の汗。
せっかくシャワーを浴びたばかりなのに。なんて、ぼやいている余裕はない。
「503号室! 女が取ってた部屋! もう、シャワーまでいっちゃってる! さっさと来い! 買春犯が時間を引き延ばすとか……無理がある!」
と、未だかつてないスピードで、メッセージを打ち、祈るように指を絡める。
もし、感づかれて逃げられたら? すべてが台無しだ。ティリアンの目的も果たせない、レイラの交渉も無駄にしてしまう、局長の健診結果も手に入らない……カイの……あれ? カイはなんだっけ? まぁいい。
というか、局長は俺がダンスの輪から出た事、気付いていないのだろうか?
いや、気付いたとして、追いかけては来ないか? どうして俺がここにいるのか、知らない様子だったし。
「ん……? でも、それっておかしくないか?」
カイが皆に集団売春の話をしたのは、先日のハチロク会。そこには局長もいた。だからこのヤマの事は知っているはず。
「じゃあ、局長がパーティーに来たのは捜査の為……でもどうして、86期とバラバラで動いてるんだ?」
部下想いの上司と、彼女を慕う部下達。
目の前には大きな犯罪。そこに身内ともいえる従業員が関わっているのではないかと不安そうな部下。
普通なら、一緒に調べてみましょうと、局長自らが仕切り役を買って出そうな流れなのに。
「この件には……俺の知らない何かが、ある……?」
ぼんやりとした疑惑を胸に抱きながら、あの人の顔を思い浮かべる。
あんなに悲しそうな顔を見たのは、ルークが死んだ時以来。
俺のせいか? 俺が避けたから? 問い詰める手を振り払ったから?
そう思うと、罪悪感で胸が痛むと同時に……ほんのり高揚している自分がいた。
「ダメだ、喜んだら……。局長の作戦かもしれない」
そうやって俺を己惚れさせて、再び関係を持ち、奪う……。
冷静にならなければ、このままじゃ俺は、最強魔剣士の魔力ATMに……
「な~に難しい顔してるんです?」
突然至近距離から声を掛けられ、軽くジャンプする位に驚いてしまった。
「ちょ、な、い、いつの間にシャワー……っ」
「あは、そんなにびっくりしなくても! 私、何度もお客さん~て呼んだじゃないですか」
己のポンコツぶりに、ドン引き。
またも、局長に思考を占拠されてしまっていた。
「じゃ……始めましょうか?」
自分自身に唖然とする俺に構う事無く、バスローブのベルトに手を掛けるバーテン女性。
ダメだ。始まったら終わる。
感づかれて逃げられるのも困るが、俺が指一本でも触れてしまえば『捜査の為に買春犯のフリをしていました』が通じなくなって、俺自身も社会的に終わる。
俺は目にも止まらぬスピードでベルトを掴み、それ以上にほどかれるのを、止めた。
「ん? 着たままでしたい感じ……ですかね?」
「いや……実はその……俺には色々こだわりがあって。始める前にきちんと説明して、理解してもらいたいなと」
絶対に負けられない戦い。今はどんな手を使っても、ティリアン達が来るまで、時間を稼がなくては。
「こだわり……っていうのは?」
「大事なのはシチュエーションなんだ。俺が興奮するのはええと……職場内恋愛? 系の?」
「ああ……同僚達がいる会議室の隣の部屋に女性の部下を連れ込んで、手籠めにする、みたいな事ですか?」
「いや、逆っ。俺が、バリキャリの女上司に手籠めにされる感じっ」
「え~以外~。お客さんMなんですね。かっこいいしクールだし、てっきりSかと」
「ああでも、いざそうなったら立場は逆転ていうのが良いかもしれない」
俺は一体……何を言っているんだ。
ちょいちょい混ぜてしまう、本気の嗜好。全てを嘘で作り上げる余裕がないからだけど……自分で言っておいて、恥ずかしさがすごい。
「だったら、前半は私が荒っぽく攻めましょうか? こんな感じで」
バーテンダーの彼女はいたずらっぽい笑顔でそう言うと、俺を勢いよく押し倒し、腹の上に馬乗りになった。
「ちょっ! やめ……! これはまずい……!」
「最初はそうやって嫌がってる所を強引に……ですね? 頑張りますっ。ほら! そんな事言って、あなたも本当はしてほしいんでしょっ? バレバレなのよ!」
三文芝居を初め、俺のローブを剥ぎ取ろうとするバーテン女性。
「うおっ! や……いやあああああ!」
過度の混乱で、なんとも情けない悲鳴をあげてしまった直後……彼女は倒れた。
俺の胸の上に、力なく。
「え? え? なんだ? どうした!?」
何が起きたか分からず、目をぱちくりと瞬かせる俺。
そんな俺を……ベッドに立って見下ろしていたのは……。
「みねうち、間に合った~!」
「カイ……!」
チャラいふりをした同期想い。カイ・ガルシアだった。
そう言って屈託の無い笑顔を残し、浴室に歩いて行く、彼女。
ベッドに座る俺は、その背中が見えなくなってから……サイドテーブルに伏せておいたスマホを、素早く手に取る。
『レイラ:フレンどこ? もう部屋入っちゃった? てか何号室? ダンスが始まってすぐ、ガチで給仕の仕事やらされて、思いっきり見失い中!』
『ティリアン:申し訳ない! 事故渋滞でタクシーが全く進まなくて……今降りて、走って向かってる。もう少しひっぱってくれ』
『カイ:フーレーンー? 連絡ちょーだーい? すでに最後までやっちゃってんじゃないだろうな~笑』
86期のグループに届いているメッセージ。全てを読んだ後に出るのは、嫌な粘度の汗。
せっかくシャワーを浴びたばかりなのに。なんて、ぼやいている余裕はない。
「503号室! 女が取ってた部屋! もう、シャワーまでいっちゃってる! さっさと来い! 買春犯が時間を引き延ばすとか……無理がある!」
と、未だかつてないスピードで、メッセージを打ち、祈るように指を絡める。
もし、感づかれて逃げられたら? すべてが台無しだ。ティリアンの目的も果たせない、レイラの交渉も無駄にしてしまう、局長の健診結果も手に入らない……カイの……あれ? カイはなんだっけ? まぁいい。
というか、局長は俺がダンスの輪から出た事、気付いていないのだろうか?
いや、気付いたとして、追いかけては来ないか? どうして俺がここにいるのか、知らない様子だったし。
「ん……? でも、それっておかしくないか?」
カイが皆に集団売春の話をしたのは、先日のハチロク会。そこには局長もいた。だからこのヤマの事は知っているはず。
「じゃあ、局長がパーティーに来たのは捜査の為……でもどうして、86期とバラバラで動いてるんだ?」
部下想いの上司と、彼女を慕う部下達。
目の前には大きな犯罪。そこに身内ともいえる従業員が関わっているのではないかと不安そうな部下。
普通なら、一緒に調べてみましょうと、局長自らが仕切り役を買って出そうな流れなのに。
「この件には……俺の知らない何かが、ある……?」
ぼんやりとした疑惑を胸に抱きながら、あの人の顔を思い浮かべる。
あんなに悲しそうな顔を見たのは、ルークが死んだ時以来。
俺のせいか? 俺が避けたから? 問い詰める手を振り払ったから?
そう思うと、罪悪感で胸が痛むと同時に……ほんのり高揚している自分がいた。
「ダメだ、喜んだら……。局長の作戦かもしれない」
そうやって俺を己惚れさせて、再び関係を持ち、奪う……。
冷静にならなければ、このままじゃ俺は、最強魔剣士の魔力ATMに……
「な~に難しい顔してるんです?」
突然至近距離から声を掛けられ、軽くジャンプする位に驚いてしまった。
「ちょ、な、い、いつの間にシャワー……っ」
「あは、そんなにびっくりしなくても! 私、何度もお客さん~て呼んだじゃないですか」
己のポンコツぶりに、ドン引き。
またも、局長に思考を占拠されてしまっていた。
「じゃ……始めましょうか?」
自分自身に唖然とする俺に構う事無く、バスローブのベルトに手を掛けるバーテン女性。
ダメだ。始まったら終わる。
感づかれて逃げられるのも困るが、俺が指一本でも触れてしまえば『捜査の為に買春犯のフリをしていました』が通じなくなって、俺自身も社会的に終わる。
俺は目にも止まらぬスピードでベルトを掴み、それ以上にほどかれるのを、止めた。
「ん? 着たままでしたい感じ……ですかね?」
「いや……実はその……俺には色々こだわりがあって。始める前にきちんと説明して、理解してもらいたいなと」
絶対に負けられない戦い。今はどんな手を使っても、ティリアン達が来るまで、時間を稼がなくては。
「こだわり……っていうのは?」
「大事なのはシチュエーションなんだ。俺が興奮するのはええと……職場内恋愛? 系の?」
「ああ……同僚達がいる会議室の隣の部屋に女性の部下を連れ込んで、手籠めにする、みたいな事ですか?」
「いや、逆っ。俺が、バリキャリの女上司に手籠めにされる感じっ」
「え~以外~。お客さんMなんですね。かっこいいしクールだし、てっきりSかと」
「ああでも、いざそうなったら立場は逆転ていうのが良いかもしれない」
俺は一体……何を言っているんだ。
ちょいちょい混ぜてしまう、本気の嗜好。全てを嘘で作り上げる余裕がないからだけど……自分で言っておいて、恥ずかしさがすごい。
「だったら、前半は私が荒っぽく攻めましょうか? こんな感じで」
バーテンダーの彼女はいたずらっぽい笑顔でそう言うと、俺を勢いよく押し倒し、腹の上に馬乗りになった。
「ちょっ! やめ……! これはまずい……!」
「最初はそうやって嫌がってる所を強引に……ですね? 頑張りますっ。ほら! そんな事言って、あなたも本当はしてほしいんでしょっ? バレバレなのよ!」
三文芝居を初め、俺のローブを剥ぎ取ろうとするバーテン女性。
「うおっ! や……いやあああああ!」
過度の混乱で、なんとも情けない悲鳴をあげてしまった直後……彼女は倒れた。
俺の胸の上に、力なく。
「え? え? なんだ? どうした!?」
何が起きたか分からず、目をぱちくりと瞬かせる俺。
そんな俺を……ベッドに立って見下ろしていたのは……。
「みねうち、間に合った~!」
「カイ……!」
チャラいふりをした同期想い。カイ・ガルシアだった。
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