その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

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 「……どうして……こういう事になっているのでしょう?」

 バーテン女性と入ったホテルの一室で。
 あわやという所に現れたカイに、ほっと安堵のため息をついたのも束の間……そのすぐ後にやってきた局長によって、俺とティリアンとレイラとカイ……86期入局の一同は、正座をさせられていた。

 局長の顔に浮かぶのは、いつも通りの、穏やかな笑顔。

 しかし、俺達ハチロクメンバーは、わかっていた。
 局長は今、めちゃめちゃ怒っているという事を。

 「先日、カイがこの件を持ち出した場に、私もいましたね? そして、まずはキャンベル伯爵……バーテンダーさんの雇用主に相談をしたいから、下手に動いてくれるなと、くぎを刺しましたね?」

 「え……っ」

 そうだったの? と、視線で問いかけながら、横並びの同期達の顔を見る。誰も目を合わせてくれない事から、その答えは明らかで。

 「レイラ、ティリアンをたきつけたのはあなたですね? キャンベルグループの未来を背負って立つ者として、従業員の不始末と向き合うべきだとか、言いくるめて? あなたが人の心を読み、操る能力に長けているのは知っていますが……使い方を間違えたら、ただのサイコパスですよ?」

 「……すみません」

 「ティリアン、なぜ私が動くまで待てなかったんです? 責任感ゆえだったのかもしれませんが、今、身内のスキャンダルで責任を追及されるのはお父様です。責任ある立場にない人が、責任を負おうとするのは傲慢であり、事態をややこしくするだけだと思いませんでしたか?」

 「……申し訳ありませんでした」

 「カイ、この山の売春犯、買春犯全員を逮捕するには、魔対と生活安全局との連携が不可欠です。なのに、その橋渡しとなるべきあなたが非公式に動いたら、後の捜査に悪影響を及ぼすとは思わなかったんですか?」

 「さーせん……」

 いい歳の社会人が、順に叱られ、しょげていく。
 次は俺の番か? と、膝においた拳を握りしめた所で……手錠を掛けられ、椅子に拘束されたバーテン女性が、口を開いた。いつの間にか、目を覚ましていたようだ。

 「なんなのよ、あんた達……マジで最悪……っ」

 可愛らしい顔が、怒りに歪んでいる。女性は、忌々しげな目で、俺達を睨みつけた。

 「卑怯者! 警察がこんなだまし討ちみたいな事していいわけ!?」

 「褒められた方法ではありませんが、あなたが本当に罪を犯しているのか、確かめる為でした」

 感情的な女性に対し、毅然と応じる局長。しかし、それがかえって女性の神経を逆撫でしたようで。

 「偉そうに! あんたら上級にはわからないわよ! 悪い事するしかない、下級の気持ちが! どれだけお酒の勉強をしても、寝る時間けずって、試作と試飲を繰り返しても……中級上級のバーテンには勝てない! 味も給料も待遇も、何もかも!!」

 声が裏返る程の、切なる訴え。

 『上級魔法使いにはわからない』……これは、上級魔法使いの警察職員が1番言われがちな言葉。そして言われて1番困る言葉。

 「知ってる? 下級魔法使いってね、一定以上の偏差値の学校は受験も出来ないの! 勉強したくても、魔力量を理由に挑戦さえさせてもらえない! 仕方ないからアホでも受かる学校を出て待ってるのは、万年就職氷河期! 何十社も面接を受けて、落とされるのよ? 人手不足のこの時代に!」

 知っている。
 多くの略奪犯が、似たような事を口にしていた。だから、社会の中の知識としては知っている。
 けれど……その涙の味を、俺たちは知らない。

 「ようやく仕事が見つかったとしても、年収は中級の半分、上級の十分の一以下! 生まれつき魔力が多いってだけで、定時にきっちり帰る中級上級が、お客さんに褒められて、上にも認められて、どんどんどんどん昇給する! こんなクソみたいな世の中が、私に体を売らせたのよ! 他の子達だって、みんな同じ!」

 静まり返る室内。
 空気を震わせるのは、バーテン女性の弾む吐息だけ。

 誰もが自然と、局長の顔を見る。
 魔力格差社会が産んだ、哀れな犯罪。
 同情の余地しかない言い分に対し……最強魔剣士はどう答えるのか。

 「ええと……つまりあなたは、お給料を上げて欲しいのでしょうか?」

 「「「「「は?」」」」」

 局長以外の全員が、声を重ねる。

 てっきり、深~い、ありがた~いお説教が聞けると思っていたのに。

 「な……違うわよっ、私はただ、もっともっと美味しいお酒を作って、お客さんに喜んでほしくて……!」

 「その結果、人気が認められて昇給すると更に嬉しいなぁ~という感じですかね? バーテンダーの腕を磨くとか、魔力を増やすということに関しては、私はお役に立てないのですが……昇給の交渉なら、お手伝いできます。そうですよね?」

 そう言って、風通しの良くなった出入り口の方を向く局長。それに促されるように、俺たちも視線を移動させる。すると……そこに現れたのは……

 「と、父さん!」

 そう。経済貴族の頂点に君臨するキャンベル家の当主。ティリアンの父上、キャンベル侯爵。

 「うわぁ……クロエちゃんらしくないね。部下を正座させるなんて、時代的にアウトだよ……」

 顎にたずさえた髭を撫でながら、哀れむような目で、俺達を見る。てか、クロエちゃん?

 「お言葉ですが。単純な魔力量や階級だけでお給料を決めるのも、古臭いやり方だとは思いませんか?」

 「ちょっ、局長……っ」

 超がつくお偉いさん相手にも、平常運転の局長にハラハラして……つい、口を挟んでしまう。
 けれど、二人はスルー。

 「いや、それはさ……古いけれど、ゴールデンスタンダードというか。今更大幅に変えるとなると、中級上級から反発が」

 「じゃあいいです。全部を変えてくれとは言いません。彼女のお給料だけ上げてください。あれだけ美味しいチェリーブロッサムを作れるバーテンダーさんです。その価値は大いにあると思います」

 「局長っ、何を言ってるんですか!」

 何やらメチャクチャな要求を始めた上司を止めようとするけれど。局長の目は、キャンベル侯爵をまっすぐにとらえたまま。

 「しかしそのカクテルだって……違法に得た魔力で作られていたものだろう?」

 「彼女が違法に魔力を得たという証拠は、何一つありません。今日だって、偶然再会したうちの部下といい感じになって、じゃれ合っていただけなんですよ?」

 まさかの展開。
 心に刺さる金言が聞けるどころか、今この人は、彼女の罪をもみ消そうとしている。

 「うーん……しかし……」

 「侯爵。正義とは正しい事ではありません。義を重んじる事です。これまで辛酸を舐めてきた彼女の未来を守る事が、まさにそれだとは思いませんか?」

 「うーん……」

 「上級魔法使いのスタッフが揃うホテルに、あなたは下級の、けれど誰よりも努力家な彼女を雇い入れた。そんな侯爵なら分かってくださるでしょう?」

 腕組みをして唸り声をあげていた侯爵だが……悩む隙すら与えない局長の口撃に、どこか吹っ切れたように顔を上げて。

 「そうだね! 見逃そう! お給料も上げよう!」

 ええええ……っ!
 と、その場にいる全員が心の中で絶叫したのではなかろうか。
 ただ一人、呆然としながら涙をこぼす、バーテン女性を除いて。

 「手錠、外しますね。すみません、痛かったですね」

 「うそ……こんな……ありがとうございます! ありがとうございます!!」

 局長の手を握り、泣き崩れる女性。そんな彼女を、局長は優しく抱きしめた。
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