その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

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 「……どうして……こういう事になっているのでしょう?」

 バーテン女性と入ったホテルの一室で。いつも通りの、穏やかな笑顔をうかべる局長。

 しかし、目の前で正座させられている俺とティリアンとレイラとカイのハチロクメンバーは、わかっていた。
 局長は今、めちゃめちゃ怒っているという事を。

 「先日、カイがこの件を持ち出した場に、私もいましたね? そして、まずはキャンベル伯爵……バーテンダーさんの雇用主に相談をしたいから、下手に動いてくれるなと、くぎを刺しましたね?」

 「え……っ」

 そうだったの? と、視線で問いかけながら、横並びの同期達の顔を見る。誰も目を合わせてくれない事から、その答えは明らかで。

 「レイラ、ティリアンをたきつけたのはあなたですね? キャンベルグループの未来を背負って立つ者として、従業員の不始末と向き合うべきだとか、言いくるめて? あなたが人の心を読み、操る能力に長けているのは知っていますが……使い方を間違えたら、ただのサイコパスですよ?」

 「……すみません」

 「ティリアン、なぜ私が動くまで待てなかったんです? 責任感ゆえだったのかもしれませんが、今、身内のスキャンダルで責任を追及されるのはお父様です。責任ある立場にない人が、責任を負おうとするのは傲慢であり、事態をややこしくするだけだと思いませんでしたか?」

 「……申し訳ありませんでした」

 「カイ、この山の売春犯、買春犯全員を逮捕するには、魔対と生活安全局との連携が不可欠です。なのに、その橋渡しとなるべきあなたが非公式に動いたら、後の捜査に悪影響を及ぼすとは思わなかったんですか?」

 「さーせん……」

 いい歳の社会人が、順に叱られ、しょげていく。
 次は俺の番か? と、膝においた拳を握りしめた所で……手錠を掛けられ、椅子に拘束されたバーテン女性が、口を開いた。いつの間にか、目を覚ましていたようだ。

 「なんなのよ、あんた達……マジで最悪……っ」

 可愛らしい顔が、怒りに歪んでいる。女性は、忌々しげな目で、俺達を睨みつけた。

 「卑怯者! 警察がこんなだまし討ちみたいな事していいわけ!?」

 「褒められた方法ではありませんが、あなたが本当に罪を犯しているのか、確かめる為でした」

 感情的な女性に対し、毅然と応じる局長。しかし、それがかえって女性の神経を逆撫でしたようで。

 「偉そうに! あんたら上級にはわからないわよ! 悪い事するしかない、下級の気持ちが! どれだけお酒の勉強をしても、寝る時間けずって、試作と試飲を繰り返しても……中級上級のバーテンには勝てない! 味も給料も待遇も、何もかも!!」

 声が裏返る程の、切なる訴え。

 『上級魔法使いにはわからない』……これは、上級魔法使いの警察職員が1番言われがちな言葉。そして言われて1番困る言葉。

 「知ってる? 下級魔法使いってね、一定以上の偏差値の学校は受験も出来ないの! 勉強したくても、魔力量を理由に挑戦さえさせてもらえない! 仕方ないからアホでも受かる学校を出て待ってるのは、万年就職氷河期! 何十社も面接を受けて、落とされるのよ? 人手不足のこの時代に!」

 知っている。
 多くの略奪犯が、似たような事を口にしていた。だから、社会の中の知識としては知っている。
 けれど……その涙の味を、俺たちは知らない。

 「ようやく仕事が見つかったとしても、年収は中級の半分、上級の十分の一以下! 生まれつき魔力が多いってだけで、定時にきっちり帰る中級上級が、お客さんに褒められて、上にも認められて、どんどんどんどん昇給する! こんなクソみたいな世の中が、私に体を売らせたのよ! 他の子達だって、みんな同じ!」

 静まり返る室内。
 空気を震わせるのは、バーテン女性の弾む吐息だけ。

 誰もが自然と、局長の顔を見る。
 魔力格差社会が産んだ、哀れな犯罪。
 同情の余地しかない言い分に対し……最強魔剣士はどう答えるのか。

 「ええと……つまりあなたは、お給料を上げて欲しいのでしょうか?」

 「「「「「は?」」」」」

 局長以外の全員が、声を重ねる。

 てっきり、深~い、ありがた~いお説教が聞けると思っていたのに。

 「な……違うわよっ、私はただ、もっともっと美味しいお酒を作って、お客さんに喜んでほしくて……!」

 「その結果、人気が認められて昇給すると更に嬉しいなぁ~という感じですかね? バーテンダーの腕を磨くとか、魔力を増やすということに関しては、私はお役に立てないのですが……昇給の交渉なら、お手伝いできます。そうですよね?」

 そう言って、風通しの良くなった出入り口の方を向く局長。それに促されるように、俺たちも視線を移動させる。すると……そこに現れたのは……

 「と、父さん!」

 そう。経済貴族の頂点に君臨するキャンベル家の当主。ティリアンの父上、キャンベル侯爵。

 「うわぁ……クロエちゃんらしくないね。部下を正座させるなんて、時代的にアウトだよ……」

 顎にたずさえた髭を撫でながら、哀れむような目で、俺達を見る。てか、クロエちゃん?

 「お言葉ですが。単純な魔力量や階級だけでお給料を決めるのも、古臭いやり方だとは思いませんか?」

 「ちょっ、局長……っ」

 超がつくお偉いさん相手にも、平常運転の局長にハラハラして……つい、口を挟んでしまう。
 けれど、二人はスルー。

 「いや、それはさ……古いけれど、ゴールデンスタンダードというか。今更大幅に変えるとなると、中級上級から反発が」

 「じゃあいいです。全部を変えてくれとは言いません。彼女のお給料だけ上げてください。あれだけ美味しいチェリーブロッサムを作れるバーテンダーさんです。その価値は大いにあると思います」

 「局長っ、何を言ってるんですか!」

 何やらメチャクチャな要求を始めた上司を止めようとするけれど。局長の目は、キャンベル侯爵をまっすぐにとらえたまま。

 「しかしそのカクテルだって……違法に得た魔力で作られていたものだろう?」

 「彼女が違法に魔力を得たという証拠は、何一つありません。今日だって、偶然再会したうちの部下といい感じになって、じゃれ合っていただけなんですよ?」

 まさかの展開。
 心に刺さる金言が聞けるどころか、今この人は、彼女の罪をもみ消そうとしている。

 「うーん……しかし……」

 「侯爵。正義とは正しい事ではありません。義を重んじる事です。これまで辛酸を舐めてきた彼女の未来を守る事が、まさにそれだとは思いませんか?」

 「うーん……」

 「上級魔法使いのスタッフが揃うホテルに、あなたは下級の、けれど誰よりも努力家な彼女を雇い入れた。そんな侯爵なら分かってくださるでしょう?」

 腕組みをして唸り声をあげていた侯爵だが……悩む隙すら与えない局長の口撃に、どこか吹っ切れたように顔を上げて。

 「そうだね! 見逃そう! お給料も上げよう!」

 ええええ……っ!
 と、その場にいる全員が心の中で絶叫したのではなかろうか。
 ただ一人、呆然としながら涙をこぼす、バーテン女性を除いて。

 「手錠、外しますね。すみません、痛かったですね」

 「うそ……こんな……ありがとうございます! ありがとうございます!!」

 局長の手を握り、泣き崩れる女性。そんな彼女を、局長は優しく抱きしめた。
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