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「まったく……あなた達には肝が冷えましたよ」
バーテン女性の乗ったキャンベル家の車を見送ってから……局長はそう言って、息を吐いた。
「え……局長、それマジでこっちの台詞っす」
よくぞ言った。そう、カイに心の中で拍手を送ったのは、俺だけではないはず。
「どういう意味です?」
「まんまの意味っす。キャンベル侯爵って、警察庁にもめっちゃ寄付してくれてる超VIPっすよね?」
「そんな相手にアレコレ注文をつけて、罪をもみ消させて……その息子を、正座させている目の前で」
俺も加勢する。複雑そうな顔のティリアンをチラ見しながら。
「大丈夫です。侯爵はそんな事で怒るような小さい人ではありません。というか……そもそも、あのバーテンダーさんの疑惑を一番最初に持ち掛けてきたのは侯爵なんですよ?」
「「「「え!?」」」」
またしても、同期四人で仲良く声を重ねてしまう。
「最近、急にうまい酒を作れるようになった。何か良くない手段で魔力を増やしてはいないか、調べてほしい。くれぐれも、内内に、と。だから私が密に調査していたんですよ」
「内内にって……じゃあティリアンパパは、はじめから従業員の犯罪をもみ消すつもりだったんですか?」
少々気まずそうに切り込むレイラ。局長は首を横に振った。
「スキャンダルを防ぐ為じゃありません。色々と苦労をしてきた子のようだから、出来ることなら守ってあげたいという恩情ゆえです。さっきは、私が強引に話を進めているように見えたかもしれませんが……あれは、彼女の警察への敵意を感謝に変える為。侯爵はそういうお方なんです。そうですよね? ティリアン?」
「……はぁ……父には、かないませんね。清廉潔白だけど、それ以上に情に厚い人だって、忘れてました」
ティリアンは自嘲気味に笑ってから……真顔に切り替え、局長を見つめた。
「ですが……いいんですか? 今回の件がもし公になったら……有力貴族への忖度で、魔対のトップが犯罪をもみ消した……そう騒がれても、言い訳できませんよ?」
「いいですよ。その時は辞職すれば。責任を取る時に捨てる為のもの、それが肩書です。ふふ」
全然笑えない事を、なんと軽はずみに口にする人か。
この上司は測り知れない……そう、改めて思う。
他の同期達も、同じように思っていたのだろう。俺達は唖然とした表情のまま、互いの顔を見合った。
しかしその中で、レイラだけは半べその状態で。
「局長! 笑えません! 愛する局長がいなくなったら、私は何をモチベに働けばいいのか……!」
「大丈夫。モチベなんてあってもなくても、あなた達は立派に働きます。懸命に人の役に立とうと動きます。私にはわかるんです」
上司溺愛バカの部下を黙らせる……信頼の言葉。
「そんな警察職員に、あなたたちは育ってくれた。だから私は……いついなくなってもいいと、本気で思っているんですよ」
「局長……」
いつも通りの、穏やかな笑顔。その向こう側から、朝日が昇る。
「どえ~! マジか! 夜が明けちゃったよ!」
「時間なんて気にする暇なかったもんな。局長にお説教された後、パーティー会場にいたゲストの身元を一人一人、確認して」
「ま~でも、そのお陰で後日マルっと逮捕できそうじゃない!」
「マルっと逮捕……女性達の中には、バーテンの彼女みたいに、苦労や事情を抱えた子がいるかもしれないのに……なんか、不公平だな……」
つい、そんな事をぼやいてしまう。マッチングダンスの時に言葉を交わした女性達を思い出して。
俺も、このまま魔力を奪われ続けたら……彼女達のような苦しみを味わうのだろうか。
上級魔法使いとして生まれて、魔力には不自由した事のない自分には……きっと、耐えられない。
「フレン……」
俺の名前を呼ぶ声が、つらい。
でもやっぱり……離れるべきだ。取り返しがつかなくなる前に。
「フレンは高慢ですね。自分は世の中全ての人を公平に助けられると、本気で思っているんですか?」
「はい……?」
切なさマックスで見つめ返していたというのに、まさかの説教スタート。
「そんなのは無理です。現実的に考えて、全人類と出会う事自体不可能ですし、そもそも何をもって"公平"とするか、人それぞれ考え方も違うでしょう。だから、そんな大それた事をすべきだと気負わなくていいのでは?」
「ああ……はい、そうっすね……」
そんなつもりでぼやいたわけじゃないのに。なんだかうんざりして、カイみたいな口調になってしまった。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、局長は突然、両手を大きく広げて。
「だから私は、私が出会えた人、手の届く人を大切にしたいです。あなたたちの事も全力で守ります。だから何かあったら必ず、私に、ほう・れん・そう! 今回のように勝手に動かない事! いいですね!」
「局長……」
「も~! きょくちょおぉ~!」
「泣かさないでくださいよマジで~!」
そう言いながら、レイラとカイは泣いた。泣きながら、局長に抱きついた。
ティリアンは、心底優しい目で、その様を見ていた。
そして俺は……眩しすぎる朝日に、目を細めた。
直視したら、目がダメになる。閉じるべきだ。そらすべきだ。
けれど……その強烈な光に、いっそ飲み込まれてしまいたいという願望もある。
飲み込まれて、溶けて、ひとつになる。そうしたら、バラバラの今よりも、幸せになれるのかもしれない。
たとえ……自分というものが、跡形もなく消え去っても。
そんな、ポエマーのような事を考えていた時だった。
光り輝く太陽が、目の前で倒れたのは。
バーテン女性の乗ったキャンベル家の車を見送ってから……局長はそう言って、息を吐いた。
「え……局長、それマジでこっちの台詞っす」
よくぞ言った。そう、カイに心の中で拍手を送ったのは、俺だけではないはず。
「どういう意味です?」
「まんまの意味っす。キャンベル侯爵って、警察庁にもめっちゃ寄付してくれてる超VIPっすよね?」
「そんな相手にアレコレ注文をつけて、罪をもみ消させて……その息子を、正座させている目の前で」
俺も加勢する。複雑そうな顔のティリアンをチラ見しながら。
「大丈夫です。侯爵はそんな事で怒るような小さい人ではありません。というか……そもそも、あのバーテンダーさんの疑惑を一番最初に持ち掛けてきたのは侯爵なんですよ?」
「「「「え!?」」」」
またしても、同期四人で仲良く声を重ねてしまう。
「最近、急にうまい酒を作れるようになった。何か良くない手段で魔力を増やしてはいないか、調べてほしい。くれぐれも、内内に、と。だから私が密に調査していたんですよ」
「内内にって……じゃあティリアンパパは、はじめから従業員の犯罪をもみ消すつもりだったんですか?」
少々気まずそうに切り込むレイラ。局長は首を横に振った。
「スキャンダルを防ぐ為じゃありません。色々と苦労をしてきた子のようだから、出来ることなら守ってあげたいという恩情ゆえです。さっきは、私が強引に話を進めているように見えたかもしれませんが……あれは、彼女の警察への敵意を感謝に変える為。侯爵はそういうお方なんです。そうですよね? ティリアン?」
「……はぁ……父には、かないませんね。清廉潔白だけど、それ以上に情に厚い人だって、忘れてました」
ティリアンは自嘲気味に笑ってから……真顔に切り替え、局長を見つめた。
「ですが……いいんですか? 今回の件がもし公になったら……有力貴族への忖度で、魔対のトップが犯罪をもみ消した……そう騒がれても、言い訳できませんよ?」
「いいですよ。その時は辞職すれば。責任を取る時に捨てる為のもの、それが肩書です。ふふ」
全然笑えない事を、なんと軽はずみに口にする人か。
この上司は測り知れない……そう、改めて思う。
他の同期達も、同じように思っていたのだろう。俺達は唖然とした表情のまま、互いの顔を見合った。
しかしその中で、レイラだけは半べその状態で。
「局長! 笑えません! 愛する局長がいなくなったら、私は何をモチベに働けばいいのか……!」
「大丈夫。モチベなんてあってもなくても、あなた達は立派に働きます。懸命に人の役に立とうと動きます。私にはわかるんです」
上司溺愛バカの部下を黙らせる……信頼の言葉。
「そんな警察職員に、あなたたちは育ってくれた。だから私は……いついなくなってもいいと、本気で思っているんですよ」
「局長……」
いつも通りの、穏やかな笑顔。その向こう側から、朝日が昇る。
「どえ~! マジか! 夜が明けちゃったよ!」
「時間なんて気にする暇なかったもんな。局長にお説教された後、パーティー会場にいたゲストの身元を一人一人、確認して」
「ま~でも、そのお陰で後日マルっと逮捕できそうじゃない!」
「マルっと逮捕……女性達の中には、バーテンの彼女みたいに、苦労や事情を抱えた子がいるかもしれないのに……なんか、不公平だな……」
つい、そんな事をぼやいてしまう。マッチングダンスの時に言葉を交わした女性達を思い出して。
俺も、このまま魔力を奪われ続けたら……彼女達のような苦しみを味わうのだろうか。
上級魔法使いとして生まれて、魔力には不自由した事のない自分には……きっと、耐えられない。
「フレン……」
俺の名前を呼ぶ声が、つらい。
でもやっぱり……離れるべきだ。取り返しがつかなくなる前に。
「フレンは高慢ですね。自分は世の中全ての人を公平に助けられると、本気で思っているんですか?」
「はい……?」
切なさマックスで見つめ返していたというのに、まさかの説教スタート。
「そんなのは無理です。現実的に考えて、全人類と出会う事自体不可能ですし、そもそも何をもって"公平"とするか、人それぞれ考え方も違うでしょう。だから、そんな大それた事をすべきだと気負わなくていいのでは?」
「ああ……はい、そうっすね……」
そんなつもりでぼやいたわけじゃないのに。なんだかうんざりして、カイみたいな口調になってしまった。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、局長は突然、両手を大きく広げて。
「だから私は、私が出会えた人、手の届く人を大切にしたいです。あなたたちの事も全力で守ります。だから何かあったら必ず、私に、ほう・れん・そう! 今回のように勝手に動かない事! いいですね!」
「局長……」
「も~! きょくちょおぉ~!」
「泣かさないでくださいよマジで~!」
そう言いながら、レイラとカイは泣いた。泣きながら、局長に抱きついた。
ティリアンは、心底優しい目で、その様を見ていた。
そして俺は……眩しすぎる朝日に、目を細めた。
直視したら、目がダメになる。閉じるべきだ。そらすべきだ。
けれど……その強烈な光に、いっそ飲み込まれてしまいたいという願望もある。
飲み込まれて、溶けて、ひとつになる。そうしたら、バラバラの今よりも、幸せになれるのかもしれない。
たとえ……自分というものが、跡形もなく消え去っても。
そんな、ポエマーのような事を考えていた時だった。
光り輝く太陽が、目の前で倒れたのは。
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