その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

文字の大きさ
21 / 22

21

しおりを挟む
 『あなたのためなら、魔力なんて惜しくないです』


 遠い遠い、記憶の中の声。
 けれど温もりはすぐ近くに、覚えてる。



 「ん……」

 「よかった。クロエ……目が覚めた?」

 重い瞼をこじ開ける。
 まだ半分くらいの視界に入ってきたのは、ティリアン。その背景は、見慣れた室内。

 「ここは……本邸?」

 「うん。病院に運ぶふりして、連れてきた」

 「私……やらかしましたか……」

 「うん。やらかしたよ。こんなに心配かけて」

 そう言って笑う彼の顔には、疲労の色。

 「ずっと付いていてくれたんですか? あの後、寝ずに?」

 「本当は皆も、そうしたかったんだと思うよ。キャンベルが経営してる病院に運ぶから、付き添いは俺に任せてって……結構強引に引き離しちゃったから。特にフレンは……気が気じゃないんだろうね。さっきから、スマホ震えっぱなし」

 「……そうですか」

 あの優しい補佐役の不安そうな顔を、想像する。
 近頃の塩対応から、嫌われてしまったのかと思っていたけど……心配、してくれたのだ。

 「とりあえず、疲れが出ただけみたいって、グループにメッセージしといた。今日が休日でよかったよ。皆も、ゆっくり休めるといいんだけど……」

 そう言っているティリアン本人は、ネクタイをしめて、ジャケットを羽織る。

 「あなたは? 仕事ですか?」

 「うん。ちょっと、魔対局長殿の健診結果を捏造しに」

 その言葉で、全てを察した。 
 フレンの私を見る目が、猜疑心に満ちていた理由も。

 「……手間をかけます」

 「いいんだよ。これ位のことしか出来ないし。それより……無理のしずきは、やめてほしい」

 ティリアンはこちらを振り返り、困ったように笑ってから、ベッドの上の私を抱きしめた。

 「クロエ……他に方法は無いのかな」

 「無いから、今こうしているんです。何度も話し合ったでしょう?」

 たくましい腕に抱かれ、掠れた声で答える。

 「でも、やっぱり心配だ。いきなり倒れるなんて」

 「いきなりじゃないです。前兆はありました。最近顔色が優れなかったり、この間はフレンの家でうっかり寝入ってしまいましたし」

 「だったら尚更だよ。頼むから、自分を大切にして。このままを続けたら本当に」

 「やめたら死にます!」

 堅い胸を押して突き放し、空の様に美しい碧眼を、睨みつける。

 「クロエ……」

 「命が関わっているんです! だから、やり遂げようと決めた! そうでしょう? なのに今更……!」

 「……そうだね。ごめん」

 「ごめんで済むなら警察はいりません! 私達皆、無職になりますよ! あなたはフレンに嫉妬してるだけじゃないんですか!? そんなくだらない感情を、この状況で持ち出さないで」

 そこまで吐いた所でハッと口をつぐんでも、後の祭り。
 苦しそうに俯くティリアンを見て、自分の残酷さに気付く。

 「すみません、私……何てひどい……」

 「いや、気にしないで」

 「今のを気にしなくなったら、人として終わりです! 本当にごめんなさいっ! これは切腹レベル!」

 「え? 切腹……ああ、はは。この前母さんに勧められたドラマ見たんだね。なんか外国の……歴史モノの」

 ティリアンは力の抜けたような笑顔を浮かべ、私の頭にポンポンと、軽く叩いてくれた。

 「クロエがここまで感情的になるなんて……俺も、事態を甘く見てた。ごめんな」

 「……あなたは、いつも優しすぎます。あの女性バーテンダーの件も……。従業員と向き合う為、なんて嘘でしょう? あなたも元々、彼女の罪を隠蔽するつもりだったんじゃないですか? 私がまた……あのチェリーブロッサムを飲めるように」

 「……そりゃあね。あんなに喜んでくれたら……また一緒に飲みたいなって、思うじゃない」

 昔から少しも変わらない、柔らかな笑顔。たまらなくなって、抱きしめる。

 「無理は……します。今無理しなければ人生後悔する……そういう時は無理するべきだって、キャンベル侯爵もよく言っているでしょう」

 「はは、あれは……だから、それ以外の時は無理をしないでって意味だと思うけど」

 「でも、もうあなたの気持ちを無視したりはしません。これ以上体調に変化があったら、必ず相談します」

 彼の目を待っ正面から見て近いを立てる。ティリアンは柔らかな微笑みを浮かべた後……私に、キスをした。

 「は、今でもいいと思う。俺の魔力を奪って。じゃなきゃ……やり遂げるまで、もたない」

 そう耳元で囁いた唇は、首筋へ移動。冷たい頬が触れ、反射的に肩を縮こませてしまう。

 「待ってください、あなたを犠牲にするのは最終手段です。彼の手がかりがもう少しでつかめるかもしれない……だから」

 「手がかり? なに?」

 「詳しくはまだ。分かり次第、連絡しますから」

 少し早口で答えると、ティリアンは手を止めた。

 「俺とは、したくない?」

 「……したくないです。普通に考えて下さいよ。私、徹夜して倒れて、シャワーも歯磨きもしていないんですよ」

 「……はは。そうだよね。ごめんごめん。じゃあ……そろそろ行こうかな」

 笑顔でコートを羽織る彼を見送りたくて、立ち上がろうと、ベッドの外に足を出す。
 そんな私を『いいよ』と、ティリアンは止めた。

 「ゆっくり休んでて。ここにはお医者さんもお手伝いさんもいるから。もう少しで母さんも帰って来るし。できれば顔を見せてあげてよ。クロエ、いつも何かと理由をつけて、そそくさと帰っちゃうから」

 バレていた。
 『はい』とだけ、答える。言い訳の余地もなく視線を泳がせてから。

 「……忘れないで」

 ドアのノブに手をかけた所で、再びこちらへ振り返るティリアン。

 「クロエに何かあったら、悲しむ人間が大勢いる。……きっと、も」

 「……わかっています」

 けれど、やめられない。


 『あなたのためなら、魔力なんて惜しくない……』


 今の私には……あの言葉の意味が、わかるから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】遅いのですなにもかも

砂礫レキ
恋愛
昔森の奥でやさしい魔女は一人の王子さまを助けました。 王子さまは魔女に恋をして自分の城につれかえりました。 数年後、王子さまは隣国のお姫さまを好きになってしまいました。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

私の旦那様はつまらない男

おきょう
恋愛
私の旦那様であるロバート伯爵は、無口で無愛想な仕事バカ。 家庭を返り見ず仕事に精を出すのみのつまらない男である。 それでも私は伯爵家の妻として今日も面倒な社交の場に出なければならないのだ。 伯爵家の名を落とさないために。あぁ面倒くさい。 ※他サイトで投稿したものの改稿版になります。

婚約破棄? あら、それって何時からでしたっけ

松本雀
恋愛
――午前十時、王都某所。 エマ=ベルフィールド嬢は、目覚めと共に察した。 「…………やらかしましたわね?」 ◆ 婚約破棄お披露目パーティーを寝過ごした令嬢がいた。 目を覚ましたときには王子が困惑し、貴族たちは騒然、そしてエマ嬢の口から放たれたのは伝説の一言―― 「婚約破棄されに来ましたわ!」 この事件を皮切りに、彼女は悪役令嬢の星として注目され、次々と舞い込む求婚と、空回る王子の再アタックに悩まされることになる。 これは、とある寝坊令嬢の名言と昼寝と誤解に満ちた優雅なる騒動録である。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

王子の魔法は愛する人の涙に溶けた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢にされそうになった女の子がなんだかんだで愛を取り戻すお話。 またはヤンデレな王太子が涼しい顔で復讐を果たすお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

処理中です...