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『あなたのためなら、魔力なんて惜しくないです』
遠い遠い、記憶の中の声。
けれど温もりはすぐ近くに、覚えてる。
「ん……」
「よかった。クロエ……目が覚めた?」
重い瞼をこじ開ける。
まだ半分くらいの視界に入ってきたのは、ティリアン。その背景は、見慣れた室内。
「ここは……本邸?」
「うん。病院に運ぶふりして、連れてきた」
「私……やらかしましたか……」
「うん。やらかしたよ。こんなに心配かけて」
そう言って笑う彼の顔には、疲労の色。
「ずっと付いていてくれたんですか? あの後、寝ずに?」
「本当は皆も、そうしたかったんだと思うよ。キャンベルが経営してる病院に運ぶから、付き添いは俺に任せてって……結構強引に引き離しちゃったから。特にフレンは……気が気じゃないんだろうね。さっきから、スマホ震えっぱなし」
「……そうですか」
あの優しい補佐役の不安そうな顔を、想像する。
近頃の塩対応から、嫌われてしまったのかと思っていたけど……心配、してくれたのだ。
「とりあえず、疲れが出ただけみたいって、グループにメッセージしといた。今日が休日でよかったよ。皆も、ゆっくり休めるといいんだけど……」
そう言っているティリアン本人は、ネクタイをしめて、ジャケットを羽織る。
「あなたは? 仕事ですか?」
「うん。ちょっと、魔対局長殿の健診結果を捏造しに」
その言葉で、全てを察した。
フレンの私を見る目が、猜疑心に満ちていた理由も。
「……手間をかけます」
「いいんだよ。これ位のことしか出来ないし。それより……無理のしずきは、やめてほしい」
ティリアンはこちらを振り返り、困ったように笑ってから、ベッドの上の私を抱きしめた。
「クロエ……他に方法は無いのかな」
「無いから、今こうしているんです。何度も話し合ったでしょう?」
たくましい腕に抱かれ、掠れた声で答える。
「でも、やっぱり心配だ。いきなり倒れるなんて」
「いきなりじゃないです。前兆はありました。最近顔色が優れなかったり、この間はフレンの家でうっかり寝入ってしまいましたし」
「だったら尚更だよ。頼むから、自分を大切にして。このまま計画を続けたら本当に」
「やめたら死にます!」
堅い胸を押して突き放し、空の様に美しい碧眼を、睨みつける。
「クロエ……」
「命が関わっているんです! だから、やり遂げようと決めた! そうでしょう? なのに今更……!」
「……そうだね。ごめん」
「ごめんで済むなら警察はいりません! 私達皆、無職になりますよ! あなたはフレンに嫉妬してるだけじゃないんですか!? そんなくだらない感情を、この状況で持ち出さないで」
そこまで吐いた所でハッと口をつぐんでも、後の祭り。
苦しそうに俯くティリアンを見て、自分の残酷さに気付く。
「すみません、私……何てひどい……」
「いや、気にしないで」
「今のを気にしなくなったら、人として終わりです! 本当にごめんなさいっ! これは切腹レベル!」
「え? 切腹……ああ、はは。この前母さんに勧められたドラマ見たんだね。なんか外国の……歴史モノの」
ティリアンは力の抜けたような笑顔を浮かべ、私の頭にポンポンと、軽く叩いてくれた。
「クロエがここまで感情的になるなんて……俺も、事態を甘く見てた。ごめんな」
「……あなたは、いつも優しすぎます。あの女性バーテンダーの件も……。従業員と向き合う為、なんて嘘でしょう? あなたも元々、彼女の罪を隠蔽するつもりだったんじゃないですか? 私がまた……あのチェリーブロッサムを飲めるように」
「……そりゃあね。あんなに喜んでくれたら……また一緒に飲みたいなって、思うじゃない」
昔から少しも変わらない、柔らかな笑顔。たまらなくなって、抱きしめる。
「無理は……します。今無理しなければ人生後悔する……そういう時は無理するべきだって、キャンベル侯爵もよく言っているでしょう」
「はは、あれは……だから、それ以外の時は無理をしないでって意味だと思うけど」
「でも、もうあなたの気持ちを無視したりはしません。これ以上体調に変化があったら、必ず相談します」
彼の目を待っ正面から見て近いを立てる。ティリアンは柔らかな微笑みを浮かべた後……私に、キスをした。
「相談は、今でもいいと思う。俺の魔力を奪って。じゃなきゃ……やり遂げるまで、もたない」
そう耳元で囁いた唇は、首筋へ移動。冷たい頬が触れ、反射的に肩を縮こませてしまう。
「待ってください、あなたを犠牲にするのは最終手段です。彼の手がかりがもう少しでつかめるかもしれない……だから」
「手がかり? なに?」
「詳しくはまだ。分かり次第、連絡しますから」
少し早口で答えると、ティリアンは手を止めた。
「俺とは、したくない?」
「……したくないです。普通に考えて下さいよ。私、徹夜して倒れて、シャワーも歯磨きもしていないんですよ」
「……はは。そうだよね。ごめんごめん。じゃあ……そろそろ行こうかな」
笑顔でコートを羽織る彼を見送りたくて、立ち上がろうと、ベッドの外に足を出す。
そんな私を『いいよ』と、ティリアンは止めた。
「ゆっくり休んでて。ここにはお医者さんもお手伝いさんもいるから。もう少しで母さんも帰って来るし。できれば顔を見せてあげてよ。クロエ、いつも何かと理由をつけて、そそくさと帰っちゃうから」
バレていた。
『はい』とだけ、答える。言い訳の余地もなく視線を泳がせてから。
「……忘れないで」
ドアのノブに手をかけた所で、再びこちらへ振り返るティリアン。
「クロエに何かあったら、悲しむ人間が大勢いる。……きっと、先生も」
「……わかっています」
けれど、やめられない。
『あなたのためなら、魔力なんて惜しくない……』
今の私には……あの言葉の意味が、わかるから。
遠い遠い、記憶の中の声。
けれど温もりはすぐ近くに、覚えてる。
「ん……」
「よかった。クロエ……目が覚めた?」
重い瞼をこじ開ける。
まだ半分くらいの視界に入ってきたのは、ティリアン。その背景は、見慣れた室内。
「ここは……本邸?」
「うん。病院に運ぶふりして、連れてきた」
「私……やらかしましたか……」
「うん。やらかしたよ。こんなに心配かけて」
そう言って笑う彼の顔には、疲労の色。
「ずっと付いていてくれたんですか? あの後、寝ずに?」
「本当は皆も、そうしたかったんだと思うよ。キャンベルが経営してる病院に運ぶから、付き添いは俺に任せてって……結構強引に引き離しちゃったから。特にフレンは……気が気じゃないんだろうね。さっきから、スマホ震えっぱなし」
「……そうですか」
あの優しい補佐役の不安そうな顔を、想像する。
近頃の塩対応から、嫌われてしまったのかと思っていたけど……心配、してくれたのだ。
「とりあえず、疲れが出ただけみたいって、グループにメッセージしといた。今日が休日でよかったよ。皆も、ゆっくり休めるといいんだけど……」
そう言っているティリアン本人は、ネクタイをしめて、ジャケットを羽織る。
「あなたは? 仕事ですか?」
「うん。ちょっと、魔対局長殿の健診結果を捏造しに」
その言葉で、全てを察した。
フレンの私を見る目が、猜疑心に満ちていた理由も。
「……手間をかけます」
「いいんだよ。これ位のことしか出来ないし。それより……無理のしずきは、やめてほしい」
ティリアンはこちらを振り返り、困ったように笑ってから、ベッドの上の私を抱きしめた。
「クロエ……他に方法は無いのかな」
「無いから、今こうしているんです。何度も話し合ったでしょう?」
たくましい腕に抱かれ、掠れた声で答える。
「でも、やっぱり心配だ。いきなり倒れるなんて」
「いきなりじゃないです。前兆はありました。最近顔色が優れなかったり、この間はフレンの家でうっかり寝入ってしまいましたし」
「だったら尚更だよ。頼むから、自分を大切にして。このまま計画を続けたら本当に」
「やめたら死にます!」
堅い胸を押して突き放し、空の様に美しい碧眼を、睨みつける。
「クロエ……」
「命が関わっているんです! だから、やり遂げようと決めた! そうでしょう? なのに今更……!」
「……そうだね。ごめん」
「ごめんで済むなら警察はいりません! 私達皆、無職になりますよ! あなたはフレンに嫉妬してるだけじゃないんですか!? そんなくだらない感情を、この状況で持ち出さないで」
そこまで吐いた所でハッと口をつぐんでも、後の祭り。
苦しそうに俯くティリアンを見て、自分の残酷さに気付く。
「すみません、私……何てひどい……」
「いや、気にしないで」
「今のを気にしなくなったら、人として終わりです! 本当にごめんなさいっ! これは切腹レベル!」
「え? 切腹……ああ、はは。この前母さんに勧められたドラマ見たんだね。なんか外国の……歴史モノの」
ティリアンは力の抜けたような笑顔を浮かべ、私の頭にポンポンと、軽く叩いてくれた。
「クロエがここまで感情的になるなんて……俺も、事態を甘く見てた。ごめんな」
「……あなたは、いつも優しすぎます。あの女性バーテンダーの件も……。従業員と向き合う為、なんて嘘でしょう? あなたも元々、彼女の罪を隠蔽するつもりだったんじゃないですか? 私がまた……あのチェリーブロッサムを飲めるように」
「……そりゃあね。あんなに喜んでくれたら……また一緒に飲みたいなって、思うじゃない」
昔から少しも変わらない、柔らかな笑顔。たまらなくなって、抱きしめる。
「無理は……します。今無理しなければ人生後悔する……そういう時は無理するべきだって、キャンベル侯爵もよく言っているでしょう」
「はは、あれは……だから、それ以外の時は無理をしないでって意味だと思うけど」
「でも、もうあなたの気持ちを無視したりはしません。これ以上体調に変化があったら、必ず相談します」
彼の目を待っ正面から見て近いを立てる。ティリアンは柔らかな微笑みを浮かべた後……私に、キスをした。
「相談は、今でもいいと思う。俺の魔力を奪って。じゃなきゃ……やり遂げるまで、もたない」
そう耳元で囁いた唇は、首筋へ移動。冷たい頬が触れ、反射的に肩を縮こませてしまう。
「待ってください、あなたを犠牲にするのは最終手段です。彼の手がかりがもう少しでつかめるかもしれない……だから」
「手がかり? なに?」
「詳しくはまだ。分かり次第、連絡しますから」
少し早口で答えると、ティリアンは手を止めた。
「俺とは、したくない?」
「……したくないです。普通に考えて下さいよ。私、徹夜して倒れて、シャワーも歯磨きもしていないんですよ」
「……はは。そうだよね。ごめんごめん。じゃあ……そろそろ行こうかな」
笑顔でコートを羽織る彼を見送りたくて、立ち上がろうと、ベッドの外に足を出す。
そんな私を『いいよ』と、ティリアンは止めた。
「ゆっくり休んでて。ここにはお医者さんもお手伝いさんもいるから。もう少しで母さんも帰って来るし。できれば顔を見せてあげてよ。クロエ、いつも何かと理由をつけて、そそくさと帰っちゃうから」
バレていた。
『はい』とだけ、答える。言い訳の余地もなく視線を泳がせてから。
「……忘れないで」
ドアのノブに手をかけた所で、再びこちらへ振り返るティリアン。
「クロエに何かあったら、悲しむ人間が大勢いる。……きっと、先生も」
「……わかっています」
けれど、やめられない。
『あなたのためなら、魔力なんて惜しくない……』
今の私には……あの言葉の意味が、わかるから。
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