その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

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 『ルーク!』


 5年前。入局1年目の俺達は、初めて現場に出た。
 局長が出張で不在の日。先輩に連れられて、魔力略奪犯の逮捕に同行したのだ。

 そこで、ルークが大怪我を負った。抵抗した犯人から、俺を庇って。
  血しぶきと一緒に黒メガネが宙を舞う光景は、未だに頭から離れない。


 『バカ! どうして飛び出してきたりしたんだ!』

 『だって……フレンが危ないと思ったら……勝手に体が動いちゃったんだよ』

 
 自分より他人を優先する。そんな奴は初めてだった。

 そんなあいつが……婚活事件の犯人?



 「……ちょ、ちょ、ちょっと整理していいですか?」

 魔対局長室。来客用のソファーに前のめりに座り……おずおずと挙手をするレイラ。

 「局長とティリアンの話によると? ルークは自殺する前から、結婚相談所に通ってて? そこで出会った女性達から魔力を略奪してて? 局長達にその事を問い詰められて……自殺した……? え? 合ってます?」

 唇が、小刻みに震える。

 「はい。私とティリアンは偶然、見てしまったんです。彼が、別々の日に、別々の女性とホテルに入る所を。それで、色々と調べてみたら……」

 抑えようと手を持ってくるけれど……その手もまた、震えている。

 「ま、ま、だって、え!? 自殺する前なら、ルークは現役の魔対局員すよね!? 被害者が警察に駆け込んだ時に、あいつとでくわしたら、こいつに取られたんだ! って訴えて、即バレじゃないっすか!? でもそんな事なかった……」

 レイラとカイは、動揺しつつも冷静に質問。
 情けない。俺はまだ、脳が、心が、全てを拒否してる。

 「忘れてないか? あいつは変身魔法のスペシャリストだ。犯行のたびに姿を変え、氏名を偽って、女性から魔力を奪っていた。犯人の容姿がバラバラだったからこそ、婚活事件の捜査は難航していたんだろ? ……自分の魔力特性を犯罪に利用するなんて……本当に、許せないよ」

 局長とティリアン。険しい顔をした二人から代わる代わる聞く話は、信じがたいものばかり。


 『フレン、お疲れ様!』

 『いいよぉ、そんな、手柄がどうとか……フレンが手伝ってくれたから、出来たわけだし』

 『ええ!? なにこれ、サプライズ!? わああ~、誕生日を祝ってもらったのなんて初めてだよ! ありがとう~みんな~』
 

 まるで走馬灯のように頭を駆け巡る、優しい時間。

 あのルークが、まさかそんな……。

 「私達も信じられませんでした。だから本人に確認したんです。……ルークは認めました。そうするしかなかったと。自首をするから、時間が欲しいと。その翌日に……」

 局長は、嘘をついているようには見えない。嘘をつく理由も見当たらない。
 そもそも、死んだ部下の名誉を傷つけるような……そんな嘘をつく人では、絶対に無い。

 「そう……するしかないって……どうしてですか? だってルークは上級魔法使いで……なのに」

 途切れ途切れの言葉で問いかける俺を、苦しそうな顔で見つめる局長。

 「ルークは……上級魔法使いじゃなかったかもしれないんです」

 「へ!?」「は!?」「え!?」

 またも、ハチロクのリアクションシンクロ。近頃、こんな事が続いている気がする。

 「んなアホな!? だって魔対は上級じゃなきゃ」

 「入れません。でもルークには入局試験の時に、魔力量検査結果を偽造した疑いがありました」

 「だから、監査に異動が決まっていた俺と局長とで、ルークを監視していたんだ。そうしたら……まさか、もっとずっと重い罪に、手を染めていたなんて……」

 静まり返る局長室。音で震える事の無い空気が、ただただ重く体にのしかかる。

 「今まで……黙っていてすみませんでした。ルークはすでに亡くなっていますが……犯行当時は現役魔対局員……かなり慎重な取り扱いが求められています」

 「誤解しないでほしい。この件については、上も、俺達監査も、勿論局長も、隠蔽なんてするつもりは無い。ただ、事が事だけに……中途半端な状態で、情報を洩らすのは危険だったんだ。ルークは死んでいる。被疑者死亡のまま送検できたとして……被害者達に、魔力が返還される事は無い」

 「絶望した彼女達が、最悪の選択をしない為にも、十分なケア体制を整えてから全てを明らかにしたかったんです。……わかって、貰えますか?」

 唖然としてしまう……というのは、こういう時に使う言葉だろうか。

 驚き、戸惑い、悲しみ、怒り……。
 ルークの死に責任を感じる俺を、局長とティリアンがかばってくれた理由が、ようやくわかった。

 「わ、わかりました。私……全力で、協力させて頂きますっ」

 「俺もっす! あのドアホをぶん殴ってやれないのは残念すけど……その分、被害者達の為に出来る事は全部します!」

 「……フレンは? 大丈夫、ですか?」

 茶色い瞳が、悲しげに揺れている。

 どんな気持ちだったろう。
 大切に大切に育てた部下が……愛する男が、犯罪に手を染めていた。しかも、自身が身を削って取り締まって来た、罪に。それを知った時の、気持ちは。

 「俺は……無理をするって、言ったじゃないですか」

 「へ?」

 「隠してた理由……色々あるんだと思うんですけど。俺達がショックを受けないよう、二人だけで抱えてたってのもあるのかなって……」

 俺とルークは特に仲が良かった。
 だからもしかしたら、同期の中でも特に、俺の為を想って……? なんて思うのは、己惚れかもしれないけれど。

 「でも俺は、知りたいです。どんなにキツイ事も、ちゃんと知って、一緒に抱えたいです。なので……これからは、よろしくお願いします」

 心からそう思って、頭を下げた。

 こんな事を言っても、局長には効かない。
 同じような事があったら、同じように隠す。そして俺たちを守る。そういう人だ。

 でもきっとこの場では……『ありがとうございます』と言って、笑ってくれるだろう。
 そんな事を考えながら、顔を上げたのだけれど。

 局長は、目を逸らした。

 いや、目だけじゃない。顔ごと、首ごと、というか体ごと横に捻って、全力で俺の視線から逃げた。
 
 「局長……?」

 「あ、ああもう……はは、フレンが泣かせる事言うから。大丈夫ですか? 局長? 感動し過ぎちゃいましたか?」

 すかさず、局長の心を代弁するティリアン。けれど……その中身は、今の局長の表情とフィットしていないように感じる。
 
 「もぉ~! フレン~! 局長~! 私まで泣けちゃいますよ!」

 「でも、俺らもフレンと同じ気持ちっすから! ハチロクはもう役立たずの新米じゃないんですし、何かあった時はガンガン相談してくださいよ!」

 レイラもカイも、ティリアンの言葉を素直に受け止めている。でも俺は……そうは出来なかった。

 「あの……最後に一つ。ルークの件についてはよくわかったんですが。局長が、らしくもなく強引だったり、焦ってる様子だったのはどうしてですか?」

 あくまで俺の主観だが。被害者のため、情報が漏れない内に、迅速に全てを解決したい……そんな、陽の緊迫感じゃないように感じた。

 もっとこう……崖っぷちに立たされたような……急がなければ、取り返しのつかない何かを失ってしまうような、負の緊迫感に思えて。

 「そ……れは……」

 「それは勿論、被害者のために少しでも早く全てを解決したいっていう想いゆえですよね? 局長?」

 まただ。
 また対岸から、ティリアンの助け舟。

 「は、はい、そうです。いけませんね、気持ちばかり焦って、冷静さを無くして……申し訳ないです」

 同じ岸にいる筈の俺の顔を、局長は見ない。

 「……と、いけない。そろそろ出発しないと、約束の時間に遅れちゃうね」

 わざとらしく時計を見て立ち上がるティリアンに続いて、レイラとカイも席を立つ。

 「やば、本当だ、急ぎましょうっ」

 「俺、会議後そのままここに来たんで、ちょっと生安で荷物取ってきます! 5分後にロビーでいいっすか?」

 「わかりました。私も簡単に身支度をするので……フレン、先にいってください」

 「え……いえ、俺は局長を待ち」

 戸惑う俺の言葉を遮るように、ティリアンが立ち上がる。

 「大丈夫。俺はもう準備出来てるから。局長には俺が付き添うよ」

 いつも通り、爽やかで、頼もしい笑顔。 
 けれど今は……加圧的なうさん臭さを感じる。

 「でも」

 「ほら行くよフレン! ティリアンがそう言ってくれてんだから、任せちゃいな!」

 ティリアンの提案をすんなりと受け入れられずにいる俺の手を、レイラが強引に引いた。

 「ちょ、レイラ、俺は」

 「今、追及しても無駄よ」

 小さく、低い声で発せられた、レイラの忠告。

 ハッとして、前を歩くカイを見る。カイもまた、俺を見ていた。チャラ男らしからぬ、真剣な顔で。
 それで気付いた。この二人も、俺と同じ違和感を感じているという事を。

 「では、また後で」

 俺達を見送る局長とティリアンの方へ、振り返る。
 どこかわざとらしい、貼り付けたような、不自然な笑顔。

 ゆっくりと閉じる、局長室の扉が……この二人と俺達三人を分断する、大きく深い、川のように感じた。
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