その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

文字の大きさ
38 / 53

38

しおりを挟む
 「ええと……? これはどういう状況?」

 場面は変わらず、総合病院の救急外来。
 その待合で……葬式のような空気で黙り込む俺と局長と、レイラとカイ……。
 
 その様を見たティリアンは、視線を泳がせた。

 「ティリアン……どうして……」

 「ク……局長が救急搬送されたって聞いて……ええと、レイラとカイも? なのかな? 局長がここにいるって事は、心配いらないって事だった……? のかな?」

 「うわあああああああ~!!!」

 突然大声をあげて泣き出したカイに、万年平静のティリアンも驚いて肩をビクつかせた。
 レイラは、そんな彼の腕をグイと引いて、小声で説明する。

 「局長は大丈夫っぽいんだけど、カイの奥さん……フレンのお姉ちゃんがヤバイらしいの! いきなり倒れて運ばれて……母児間魔力略奪症だって」

 「母児間……って、母体が最終的に命を落とすあの難病……っ」

 「もう言うなよそれぇえええ~!!!」

 意図せずして、カイにトドメをさしてしまったティリアン。
 慌てて口を手で塞ぎ、『ごめん』と謝罪する。

 「う……う……呪いだと思ってたのに……最近、アリシアの魔力が減って、でも浮気なんてありえねぇから、カーティス家の誰かに呪われたんだと……だから皆を呼んで、最強の局長に、呪印が無いか見て貰おうと思ったのに……まさか、こんな……」

 そうだったのか。あの集まりに、そんな意味があったなんて。なのに……俺は。

 「悪い、カイ……俺がゴタゴタ言ったせいで……あの時呪いじゃ無いってわかってれば、もっと早く病院に行ってたかもしれないのに……」

 声が、震える。姉が妊娠していたというだけでも驚きなのに、まさかこんな……。混乱する俺の胸ぐらを、カイは乱暴に掴んだ。

 「うるせぇ! 早く見つかったところで治す方法はねんだってよ! だからお前に謝ってもらったところで、アリシアが助かるわけじゃねぇの! なのにお前はいつも自分を責めてグダグダ、グダグダ!」

 「あ、ああ、そうか、悪い……」

 「ルークの件だってそうじゃね!? 俺ら、何度もお前のせいじゃないっつってんのに! あれか!? あの毒親に育てられると、そうやって何でもかんでも自分のせいだって思う人間になっちゃうわけ!? マジうっとおしい!」

 「……どさくさ紛れに、ディスってくれんじゃねぇか……」

 カイが混乱してるのはわかる。でも、それはこっちだって同じだ。そして、乱れた心は、寛容さを失う。
 心の奥でぶつんと何かが切れて……俺は、詰め寄るカイを勢いよく突き飛ばした。

 「「フレン!」」

 それが、俺vsカイの喧嘩の始まりを告げるゴングのように感じたんだろう。レイラは倒れたカイに寄り添い、ティリアンは俺の肩を掴んで止めた。

 けれど、俺の怒りは爆発済み。

 「お前は俺を見習って、もっと自分を責めろ! 親の許可も取らずに結婚して、妊娠させて、挙句……! 人の姉に何してくれてんだ!?」

 「妊娠させた、だぁ!? なんだその男が加害者、女が被害者みたいな考え! お前も親父と一緒で頭の中サビだらけだわ! 俺とアリシアは愛し合っただけだっつーの! その結果のベビーちゃんじゃねえか!」

 「その愛し合った結果とやらが、今この瞬間にも姉ちゃんの魔力を奪い続けてんだよ! どう責任とってくれるんだ! 子供堕ろすだけじゃ済まされねぇぞ! このチャラチャラテンパリチキン野郎!」

 「堕ろ……ってっめ!! 言っていい事と悪い事の区別もつかねぇのか! このスカしイケメン貢ぎクソ野郎!」

 もはや意味不明な悪口の応酬。

 「フレン! カイ! やめなって! ここ病院!」

 「二人とも、落ち着いてっ」

 取っ組み合いの喧嘩を始めた俺達を、レイラとティリアンが止めるけれど、俺達の手と口は止まりはしない。

 大切な人を失うかもしれない驚きと恐怖が、完全に俺達の理性を吹き飛ばしてしまった。
 しかし。冷静さを取り戻すしかない人物が、目の前に現れて。

 「やめて! フレンちゃん! カイ!」

 聞き慣れた声にハッといて、もみ合う手を止める。
 そこには、点滴台を引く、姉の姿。

 「姉ちゃ……」

 「アリシア! だ、大丈夫なんか、もう歩いて!?」

 「大丈夫じゃない! 見ればわかるでしょう!? 今、点滴中! めちゃめちゃ治療中!」

 昔から、おっとりと控えめだった姉の、怒声。驚きのあまり、俺もカイも、固まってしまう。
 そんな俺達を見て、姉は深いため息を吐くと、局長やティリアン、レイラの方を向いて、頭を下げて。

 「まったくもう……皆さん、お騒がせしてすみません」

 「いえ。お体はいかがですか?」

 「今日は点滴が終わったら、とりあえず帰っていいみたいです。今後の事は……次の診察までに決めておいて下さいと言われたんですが……私は、産みます」

 「「えっ!?」」

 弟でも夫にでも無く、局長に決意を語る姉。俺とカイは、再び揃って驚愕の声を挙げてしまった。

 「待て待てアリシア! 先生は、夫婦で話し合って下さいって言ってただろ!? なのに」

 「そうね。でも、どちらか一方の意見だけで決めないように、とも言ってた。だから私の意志を伝えておくわ。私は、産みたい。この子を諦めたくないの」

 必死の形相のカイに反し、姉は穏やかな笑みを浮かべながら、まだ平たいお腹を撫でた。
 その姿に、姉の強い覚悟を感じて……俺の鼓動が、どんどん早くなっていく。

 「ね、姉ちゃん、そんな簡単に……っ」

 「カイ、フレンちゃん、安心して。出産後すぐに死んじゃうわけじゃないみたい。対症療法を続ければ、何年かは子育てが出来るかもしれないのよ」

 「アリシア、でも」

 「ダメだ! すぐに死ななくたって、いずれ死ぬ! 生きている間だって、魔力がろくに無い状態じゃ……息をしてるのも辛い毎日が続くんだぞ!? 姉ちゃんをそんな目に合わせられない!」

 カイの言葉をかき消すように、訴える。
 脳裏によぎるのは、魔力を略奪された被害者達の姿……ルークを愛する、病床の彼女の細い腕。
 姉が、ああなる。嫌だ。絶対に嫌だ。

 「そうよね……フレンちゃん……私達ずっと、魔力が全てだって言われて育ったもんね……」

 俯く俺の手を、姉はそっと握りしめた。

 「魔力の量が人生を決めるんだって……ワケわかんない修業もたくさんさせられた。鞭で叩かれるのなんて日痴情茶飯事……焼けた鉄板の上で筋トレをさせた事もあったね。滝行なんて真冬のルーティーンだったし」

 嫌な懐かしさを覚える、修業のラインナップ。体のあちこちが、痛み出す。
 苦悶の表情を浮かべる俺と姉に、他の面々は唖然とするしかないようで。 

 「やば。カーティス家、マジでやば」

 「ふ、普通に虐待じゃない?」

 「昔は、苦行によって魔力量が増えるって信じられていた時代もあったようだからね……」

 「じゃあティリアンとこもそーゆー感じだったわけ?」

 「や、うちの両親は過保護な所があって……俺の為に住み込みの魔法医を雇うようなタイプだったから」

 「マジか。これが親ガチャか……っ」

 コソコソと話しているつもりなのだろうが、全て丸聞こえ。
 やっぱりうちはおかしかったんだな。と、今更ながら再確認……しかし、今はそれどころじゃない。

 「そうだ。俺達はさんざん酷い目に合わされてきたっ。それもこれも全部、魔力の為……なのに、今になってそれを全部捨てるなんて……! どうしてそんな覚悟が簡単に出来るんだよ?」

 「愛してるからよ」

 真っ直ぐな目。はっきりとした声。俺は、ハッとして姉を見つめた。

 「昔から不思議だった。私は上級魔法使いで、たくさんの魔力を持っていて……なのに、周りにいる人達の方がずっと幸せそうに見えていたの。皆、私より魔力が少ないのにどうしてだろうって、ずっと思ってた。でも、気付いたのよ……幸せそうに笑う人たちは皆、誰かを愛して、愛されてたっ」

 冷たい廊下には、響く凛とした声。姉の言葉に、その場にいる全員が耳を傾ける。

 「そんなの、きれいご」

 「そう、綺麗な、事なの。人が生きるには、綺麗な愛情が必要なのよっ。私が、フレンちゃんを愛してみたいに」

 「え……?」

 思わぬタイミングで出て来た、自分の名前。思わず目を瞬かせてしまう。

 「私、フレンちゃんがいたから、頑張れた。フレンちゃんを守りたい……そう思うと、生きる力が湧いて来たの」

 「姉ちゃん……」

 俺と同じ色の、瞳。大粒の涙が次々と溢れ出ている。姉は、俺を思い切り抱きしめた。

 「ありがとう。フレンちゃん。生きる力をくれて、ありがとう……」

 「……うっ……ううっ……」

 『ありがとう』なんて。言って貰う権利、俺には無いのに。
 
 俺は、姉の背に手を回した。
 小さい頃はとてつもなく大きく、頼もしく感じたのに。
 今は俺よりも一回り近く、小さい。けれど、あたたかさはあの頃のまま。
 俺は何度……この背に守られてきたのだろう。

 「姉ちゃん……っ」

 「……心配かけて、ごめんね。でも……私はカイも、お腹の子供も、同じくらい愛してるの。皆を愛し続ける事が、私の生きる力なの。だから……この子に会いたい……産ませてくださいっ」

 「うわあああああ! アリシアぁあああ!」

 必死に涙堪える俺に構う事無く、カイは号泣した。それから、抱き合う俺と姉にしがみつくように、抱き付いて来て。

 「俺が! 俺が必ず守るから! アリシアの事もベビちゃんの事も、命がけで守るからぁあ!!」

 「ふふ……カイ、泣きすぎよ……」

 「……バカ、耳元で、うるせ……」

 「だから次は! そ~ゆ~大事な事は俺にも言ってえぇえええ! 産ませてくださいとか、夫抜きで話すのやめてぇええええ!」

 涙に鼻水に汗に……穴という穴から水分を出しながら、情けに事を言うカイに、笑ってしまう。
 それは、他の同期も同じだったようで。

 「ふ……カイ、うける……っ。私もちょっと思ったけどさ、あは」

 「はは……全くもう……妊婦さんの前でこんな大騒ぎして……お腹の子に叱られるぞ、二人共」

 レイラもカイも、泣きながら、笑っていた。
 冷ややかで重苦しい空気に占拠されていた待合が、瞬く間に温かな空間に変わっていく。

 正直、完全には受け止め切れていない。この先、俺は何度も、迷い、悩み、苦しむだろう。
 けれど……何よりも大切なのは、姉の、愛する力を信じ、守る事。それさえ忘れなければ、きっと大丈夫。そう……思えた。

 自分の中に生まれた新たな決意。
 俺はそのじんわりとしたぬくもりに浸っていて……気付くのが、遅くなってしまったんだ。

 皆で泣き笑いしている最中……局長だけが、姿を消していた事を。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖銀竜に喰われる夜――冷酷な宰相閣下は、禁書庫の司書を執愛の檻に囚える

真守 輪
恋愛
「逃がさない。その賢しい口も、奥の震えも――すべて、私のものだ」 王宮で「禁書庫の未亡人」と揶揄される地味な司書・ルネ。 その正体は、好奇心旺盛でちょっぴり無作法な、本を愛する伯爵令嬢。 彼女には、誰にも言えない秘密があった。 それは、冷酷非道と恐れられる王弟・ゼファール宰相に、夜の禁書庫で秘密に抱かれていること。 聖銀竜の血を引き、興奮すると強靭な鱗と尾が顕れる彼。 人外の剛腕に抱き潰され、甘美な絶望に呑み込まれる夜。 「ただの愛人」と割り切っていたはずなのに、彼の孤独な熱に触れるたび、ルネの心は無防備に暴かれていく。 しかし、ルネは知らなかった。 彼が近づいた真の目的は、彼女が守る「禁書」――王国を揺るがす禁断の真実にあったことを。 「君は、私のものだ。禁書も、その魂も、すべてな」 嘘から始まった関係が、執着に変わる。 竜の情欲と宮廷の陰謀が絡み合う、背徳のインモラル・ロマンス。

同期の姫は、あなどれない

青砥アヲ
恋愛
社会人4年目を迎えたゆきのは、忙しいながらも充実した日々を送っていたが、遠距離恋愛中の彼氏とはすれ違いが続いていた。 ある日、電話での大喧嘩を機に一方的に連絡を拒否され、音信不通となってしまう。 落ち込むゆきのにアプローチしてきたのは『同期の姫』だった。 「…姫って、付き合ったら意彼女に尽くすタイプ?」 「さぁ、、試してみる?」 クールで他人に興味がないと思っていた同期からの、思いがけないアプローチ。動揺を隠せないゆきのは、今まで知らなかった一面に翻弄されていくことにーーー 【登場人物】 早瀬ゆきの(はやせゆきの)・・・R&Sソリューションズ開発部第三課 所属 25歳 姫元樹(ひめもといつき)・・・R&Sソリューションズ開発部第一課 所属 25歳 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆他にエブリスタ様にも掲載してます。

婚約破棄された元聖女、魔王の息子に攫われて溺愛されています

百合川八千花
恋愛
魔王を討伐し、十年にわたる戦いを終えた聖女アルティア。 帰還した王国で待っていたのは、王太子からの婚約破棄と――その子供だった。 絶望の中、現れたのはかつて共に戦った魔王の息子、ヴェルグ。 「君はもう自由だ。だったら僕が攫うよ」 突然の求婚(という名の略奪)と共に、アルティアは隣国・アシュフォード帝国へ連れ去られる。 辺境伯となったヴェルグの領地で始まるのは、 「君のために用意してた」 と語られる豪華すぎる“同棲部屋”、 壁一面に飾られた聖女の肖像画コレクション、 そして、「僕のもの」発言が止まらない溺愛×執着ラブ生活! しかしその頃、聖女を失った王国では、魔王の呪いによる異変が始まっていて―― これは、運命に選ばれ続けた聖女と、ただ彼女だけを愛した元魔王の息子の、 甘くて狂おしい、世界と愛の再構築ラブファンタジー。

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

「愛想がなく可愛くない」と捨てられた私、最強の竜騎士に拾われる。「その美しさに僕だけが狂わされたい」と、愛の重さでベッドから下ろしてくれない

唯崎りいち
恋愛
夜会の最中、王子に「愛想がなくて可愛くない」と婚約破棄された無表情令嬢。 だが彼女の美しさに一目惚れした隣国最強の竜騎士に連れ去られ、 「君はもう僕のものだ」 と毎晩愛の重さでベッドから下ろしてくれない生活が始まる——。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

処理中です...