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「ええと……? これはどういう状況?」
場面は変わらず、総合病院の救急外来。
その待合で……葬式のような空気で黙り込む俺と局長と、レイラとカイ……。
その様を見たティリアンは、視線を泳がせた。
「ティリアン……どうして……」
「ク……局長が救急搬送されたって聞いて……ええと、レイラとカイも? なのかな? 局長がここにいるって事は、心配いらないって事だった……? のかな?」
「うわあああああああ~!!!」
突然大声をあげて泣き出したカイに、万年平静のティリアンも驚いて肩をビクつかせた。
レイラは、そんな彼の腕をグイと引いて、小声で説明する。
「局長は大丈夫っぽいんだけど、カイの奥さん……フレンのお姉ちゃんがヤバイらしいの! いきなり倒れて運ばれて……母児間魔力略奪症だって」
「母児間……って、母体が最終的に命を落とすあの難病……っ」
「もう言うなよそれぇえええ~!!!」
意図せずして、カイにトドメをさしてしまったティリアン。
慌てて口を手で塞ぎ、『ごめん』と謝罪する。
「う……う……呪いだと思ってたのに……最近、アリシアの魔力が減って、でも浮気なんてありえねぇから、カーティス家の誰かに呪われたんだと……だから皆を呼んで、最強の局長に、呪印が無いか見て貰おうと思ったのに……まさか、こんな……」
そうだったのか。あの集まりに、そんな意味があったなんて。なのに……俺は。
「悪い、カイ……俺がゴタゴタ言ったせいで……あの時呪いじゃ無いってわかってれば、もっと早く病院に行ってたかもしれないのに……」
声が、震える。姉が妊娠していたというだけでも驚きなのに、まさかこんな……。混乱する俺の胸ぐらを、カイは乱暴に掴んだ。
「うるせぇ! 早く見つかったところで治す方法はねんだってよ! だからお前に謝ってもらったところで、アリシアが助かるわけじゃねぇの! なのにお前はいつも自分を責めてグダグダ、グダグダ!」
「あ、ああ、そうか、悪い……」
「ルークの件だってそうじゃね!? 俺ら、何度もお前のせいじゃないっつってんのに! あれか!? あの毒親に育てられると、そうやって何でもかんでも自分のせいだって思う人間になっちゃうわけ!? マジうっとおしい!」
「……どさくさ紛れに、ディスってくれんじゃねぇか……」
カイが混乱してるのはわかる。でも、それはこっちだって同じだ。そして、乱れた心は、寛容さを失う。
心の奥でぶつんと何かが切れて……俺は、詰め寄るカイを勢いよく突き飛ばした。
「「フレン!」」
それが、俺vsカイの喧嘩の始まりを告げるゴングのように感じたんだろう。レイラは倒れたカイに寄り添い、ティリアンは俺の肩を掴んで止めた。
けれど、俺の怒りは爆発済み。
「お前は俺を見習って、もっと自分を責めろ! 親の許可も取らずに結婚して、妊娠させて、挙句……! 人の姉に何してくれてんだ!?」
「妊娠させた、だぁ!? なんだその男が加害者、女が被害者みたいな考え! お前も親父と一緒で頭の中サビだらけだわ! 俺とアリシアは愛し合っただけだっつーの! その結果のベビーちゃんじゃねえか!」
「その愛し合った結果とやらが、今この瞬間にも姉ちゃんの魔力を奪い続けてんだよ! どう責任とってくれるんだ! 子供堕ろすだけじゃ済まされねぇぞ! このチャラチャラテンパリチキン野郎!」
「堕ろ……ってっめ!! 言っていい事と悪い事の区別もつかねぇのか! このスカしイケメン貢ぎクソ野郎!」
もはや意味不明な悪口の応酬。
「フレン! カイ! やめなって! ここ病院!」
「二人とも、落ち着いてっ」
取っ組み合いの喧嘩を始めた俺達を、レイラとティリアンが止めるけれど、俺達の手と口は止まりはしない。
大切な人を失うかもしれない驚きと恐怖が、完全に俺達の理性を吹き飛ばしてしまった。
しかし。冷静さを取り戻すしかない人物が、目の前に現れて。
「やめて! フレンちゃん! カイ!」
聞き慣れた声にハッといて、もみ合う手を止める。
そこには、点滴台を引く、姉の姿。
「姉ちゃ……」
「アリシア! だ、大丈夫なんか、もう歩いて!?」
「大丈夫じゃない! 見ればわかるでしょう!? 今、点滴中! めちゃめちゃ治療中!」
昔から、おっとりと控えめだった姉の、怒声。驚きのあまり、俺もカイも、固まってしまう。
そんな俺達を見て、姉は深いため息を吐くと、局長やティリアン、レイラの方を向いて、頭を下げて。
「まったくもう……皆さん、お騒がせしてすみません」
「いえ。お体はいかがですか?」
「今日は点滴が終わったら、とりあえず帰っていいみたいです。今後の事は……次の診察までに決めておいて下さいと言われたんですが……私は、産みます」
「「えっ!?」」
弟でも夫にでも無く、局長に決意を語る姉。俺とカイは、再び揃って驚愕の声を挙げてしまった。
「待て待てアリシア! 先生は、夫婦で話し合って下さいって言ってただろ!? なのに」
「そうね。でも、どちらか一方の意見だけで決めないように、とも言ってた。だから私の意志を伝えておくわ。私は、産みたい。この子を諦めたくないの」
必死の形相のカイに反し、姉は穏やかな笑みを浮かべながら、まだ平たいお腹を撫でた。
その姿に、姉の強い覚悟を感じて……俺の鼓動が、どんどん早くなっていく。
「ね、姉ちゃん、そんな簡単に……っ」
「カイ、フレンちゃん、安心して。出産後すぐに死んじゃうわけじゃないみたい。対症療法を続ければ、何年かは子育てが出来るかもしれないのよ」
「アリシア、でも」
「ダメだ! すぐに死ななくたって、いずれ死ぬ! 生きている間だって、魔力がろくに無い状態じゃ……息をしてるのも辛い毎日が続くんだぞ!? 姉ちゃんをそんな目に合わせられない!」
カイの言葉をかき消すように、訴える。
脳裏によぎるのは、魔力を略奪された被害者達の姿……ルークを愛する、病床の彼女の細い腕。
姉が、ああなる。嫌だ。絶対に嫌だ。
「そうよね……フレンちゃん……私達ずっと、魔力が全てだって言われて育ったもんね……」
俯く俺の手を、姉はそっと握りしめた。
「魔力の量が人生を決めるんだって……ワケわかんない修業もたくさんさせられた。鞭で叩かれるのなんて日痴情茶飯事……焼けた鉄板の上で筋トレをさせた事もあったね。滝行なんて真冬のルーティーンだったし」
嫌な懐かしさを覚える、修業のラインナップ。体のあちこちが、痛み出す。
苦悶の表情を浮かべる俺と姉に、他の面々は唖然とするしかないようで。
「やば。カーティス家、マジでやば」
「ふ、普通に虐待じゃない?」
「昔は、苦行によって魔力量が増えるって信じられていた時代もあったようだからね……」
「じゃあティリアンとこもそーゆー感じだったわけ?」
「や、うちの両親は過保護な所があって……俺の為に住み込みの魔法医を雇うようなタイプだったから」
「マジか。これが親ガチャか……っ」
コソコソと話しているつもりなのだろうが、全て丸聞こえ。
やっぱりうちはおかしかったんだな。と、今更ながら再確認……しかし、今はそれどころじゃない。
「そうだ。俺達はさんざん酷い目に合わされてきたっ。それもこれも全部、魔力の為……なのに、今になってそれを全部捨てるなんて……! どうしてそんな覚悟が簡単に出来るんだよ?」
「愛してるからよ」
真っ直ぐな目。はっきりとした声。俺は、ハッとして姉を見つめた。
「昔から不思議だった。私は上級魔法使いで、たくさんの魔力を持っていて……なのに、周りにいる人達の方がずっと幸せそうに見えていたの。皆、私より魔力が少ないのにどうしてだろうって、ずっと思ってた。でも、気付いたのよ……幸せそうに笑う人たちは皆、誰かを愛して、愛されてたっ」
冷たい廊下には、響く凛とした声。姉の言葉に、その場にいる全員が耳を傾ける。
「そんなの、きれいご」
「そう、綺麗な、事なの。人が生きるには、綺麗な愛情が必要なのよっ。私が、フレンちゃんを愛してみたいに」
「え……?」
思わぬタイミングで出て来た、自分の名前。思わず目を瞬かせてしまう。
「私、フレンちゃんがいたから、頑張れた。フレンちゃんを守りたい……そう思うと、生きる力が湧いて来たの」
「姉ちゃん……」
俺と同じ色の、瞳。大粒の涙が次々と溢れ出ている。姉は、俺を思い切り抱きしめた。
「ありがとう。フレンちゃん。生きる力をくれて、ありがとう……」
「……うっ……ううっ……」
『ありがとう』なんて。言って貰う権利、俺には無いのに。
俺は、姉の背に手を回した。
小さい頃はとてつもなく大きく、頼もしく感じたのに。
今は俺よりも一回り近く、小さい。けれど、あたたかさはあの頃のまま。
俺は何度……この背に守られてきたのだろう。
「姉ちゃん……っ」
「……心配かけて、ごめんね。でも……私はカイも、お腹の子供も、同じくらい愛してるの。皆を愛し続ける事が、私の生きる力なの。だから……この子に会いたい……産ませてくださいっ」
「うわあああああ! アリシアぁあああ!」
必死に涙堪える俺に構う事無く、カイは号泣した。それから、抱き合う俺と姉にしがみつくように、抱き付いて来て。
「俺が! 俺が必ず守るから! アリシアの事もベビちゃんの事も、命がけで守るからぁあ!!」
「ふふ……カイ、泣きすぎよ……」
「……バカ、耳元で、うるせ……」
「だから次は! そ~ゆ~大事な事は俺にも言ってえぇえええ! 産ませてくださいとか、夫抜きで話すのやめてぇええええ!」
涙に鼻水に汗に……穴という穴から水分を出しながら、情けに事を言うカイに、笑ってしまう。
それは、他の同期も同じだったようで。
「ふ……カイ、うける……っ。私もちょっと思ったけどさ、あは」
「はは……全くもう……妊婦さんの前でこんな大騒ぎして……お腹の子に叱られるぞ、二人共」
レイラもカイも、泣きながら、笑っていた。
冷ややかで重苦しい空気に占拠されていた待合が、瞬く間に温かな空間に変わっていく。
正直、完全には受け止め切れていない。この先、俺は何度も、迷い、悩み、苦しむだろう。
けれど……何よりも大切なのは、姉の、愛する力を信じ、守る事。それさえ忘れなければ、きっと大丈夫。そう……思えた。
自分の中に生まれた新たな決意。
俺はそのじんわりとしたぬくもりに浸っていて……気付くのが、遅くなってしまったんだ。
皆で泣き笑いしている最中……局長だけが、姿を消していた事を。
場面は変わらず、総合病院の救急外来。
その待合で……葬式のような空気で黙り込む俺と局長と、レイラとカイ……。
その様を見たティリアンは、視線を泳がせた。
「ティリアン……どうして……」
「ク……局長が救急搬送されたって聞いて……ええと、レイラとカイも? なのかな? 局長がここにいるって事は、心配いらないって事だった……? のかな?」
「うわあああああああ~!!!」
突然大声をあげて泣き出したカイに、万年平静のティリアンも驚いて肩をビクつかせた。
レイラは、そんな彼の腕をグイと引いて、小声で説明する。
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意図せずして、カイにトドメをさしてしまったティリアン。
慌てて口を手で塞ぎ、『ごめん』と謝罪する。
「う……う……呪いだと思ってたのに……最近、アリシアの魔力が減って、でも浮気なんてありえねぇから、カーティス家の誰かに呪われたんだと……だから皆を呼んで、最強の局長に、呪印が無いか見て貰おうと思ったのに……まさか、こんな……」
そうだったのか。あの集まりに、そんな意味があったなんて。なのに……俺は。
「悪い、カイ……俺がゴタゴタ言ったせいで……あの時呪いじゃ無いってわかってれば、もっと早く病院に行ってたかもしれないのに……」
声が、震える。姉が妊娠していたというだけでも驚きなのに、まさかこんな……。混乱する俺の胸ぐらを、カイは乱暴に掴んだ。
「うるせぇ! 早く見つかったところで治す方法はねんだってよ! だからお前に謝ってもらったところで、アリシアが助かるわけじゃねぇの! なのにお前はいつも自分を責めてグダグダ、グダグダ!」
「あ、ああ、そうか、悪い……」
「ルークの件だってそうじゃね!? 俺ら、何度もお前のせいじゃないっつってんのに! あれか!? あの毒親に育てられると、そうやって何でもかんでも自分のせいだって思う人間になっちゃうわけ!? マジうっとおしい!」
「……どさくさ紛れに、ディスってくれんじゃねぇか……」
カイが混乱してるのはわかる。でも、それはこっちだって同じだ。そして、乱れた心は、寛容さを失う。
心の奥でぶつんと何かが切れて……俺は、詰め寄るカイを勢いよく突き飛ばした。
「「フレン!」」
それが、俺vsカイの喧嘩の始まりを告げるゴングのように感じたんだろう。レイラは倒れたカイに寄り添い、ティリアンは俺の肩を掴んで止めた。
けれど、俺の怒りは爆発済み。
「お前は俺を見習って、もっと自分を責めろ! 親の許可も取らずに結婚して、妊娠させて、挙句……! 人の姉に何してくれてんだ!?」
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「二人とも、落ち着いてっ」
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大切な人を失うかもしれない驚きと恐怖が、完全に俺達の理性を吹き飛ばしてしまった。
しかし。冷静さを取り戻すしかない人物が、目の前に現れて。
「やめて! フレンちゃん! カイ!」
聞き慣れた声にハッといて、もみ合う手を止める。
そこには、点滴台を引く、姉の姿。
「姉ちゃ……」
「アリシア! だ、大丈夫なんか、もう歩いて!?」
「大丈夫じゃない! 見ればわかるでしょう!? 今、点滴中! めちゃめちゃ治療中!」
昔から、おっとりと控えめだった姉の、怒声。驚きのあまり、俺もカイも、固まってしまう。
そんな俺達を見て、姉は深いため息を吐くと、局長やティリアン、レイラの方を向いて、頭を下げて。
「まったくもう……皆さん、お騒がせしてすみません」
「いえ。お体はいかがですか?」
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「「えっ!?」」
弟でも夫にでも無く、局長に決意を語る姉。俺とカイは、再び揃って驚愕の声を挙げてしまった。
「待て待てアリシア! 先生は、夫婦で話し合って下さいって言ってただろ!? なのに」
「そうね。でも、どちらか一方の意見だけで決めないように、とも言ってた。だから私の意志を伝えておくわ。私は、産みたい。この子を諦めたくないの」
必死の形相のカイに反し、姉は穏やかな笑みを浮かべながら、まだ平たいお腹を撫でた。
その姿に、姉の強い覚悟を感じて……俺の鼓動が、どんどん早くなっていく。
「ね、姉ちゃん、そんな簡単に……っ」
「カイ、フレンちゃん、安心して。出産後すぐに死んじゃうわけじゃないみたい。対症療法を続ければ、何年かは子育てが出来るかもしれないのよ」
「アリシア、でも」
「ダメだ! すぐに死ななくたって、いずれ死ぬ! 生きている間だって、魔力がろくに無い状態じゃ……息をしてるのも辛い毎日が続くんだぞ!? 姉ちゃんをそんな目に合わせられない!」
カイの言葉をかき消すように、訴える。
脳裏によぎるのは、魔力を略奪された被害者達の姿……ルークを愛する、病床の彼女の細い腕。
姉が、ああなる。嫌だ。絶対に嫌だ。
「そうよね……フレンちゃん……私達ずっと、魔力が全てだって言われて育ったもんね……」
俯く俺の手を、姉はそっと握りしめた。
「魔力の量が人生を決めるんだって……ワケわかんない修業もたくさんさせられた。鞭で叩かれるのなんて日痴情茶飯事……焼けた鉄板の上で筋トレをさせた事もあったね。滝行なんて真冬のルーティーンだったし」
嫌な懐かしさを覚える、修業のラインナップ。体のあちこちが、痛み出す。
苦悶の表情を浮かべる俺と姉に、他の面々は唖然とするしかないようで。
「やば。カーティス家、マジでやば」
「ふ、普通に虐待じゃない?」
「昔は、苦行によって魔力量が増えるって信じられていた時代もあったようだからね……」
「じゃあティリアンとこもそーゆー感じだったわけ?」
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コソコソと話しているつもりなのだろうが、全て丸聞こえ。
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「そうだ。俺達はさんざん酷い目に合わされてきたっ。それもこれも全部、魔力の為……なのに、今になってそれを全部捨てるなんて……! どうしてそんな覚悟が簡単に出来るんだよ?」
「愛してるからよ」
真っ直ぐな目。はっきりとした声。俺は、ハッとして姉を見つめた。
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「え……?」
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「ありがとう。フレンちゃん。生きる力をくれて、ありがとう……」
「……うっ……ううっ……」
『ありがとう』なんて。言って貰う権利、俺には無いのに。
俺は、姉の背に手を回した。
小さい頃はとてつもなく大きく、頼もしく感じたのに。
今は俺よりも一回り近く、小さい。けれど、あたたかさはあの頃のまま。
俺は何度……この背に守られてきたのだろう。
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「……心配かけて、ごめんね。でも……私はカイも、お腹の子供も、同じくらい愛してるの。皆を愛し続ける事が、私の生きる力なの。だから……この子に会いたい……産ませてくださいっ」
「うわあああああ! アリシアぁあああ!」
必死に涙堪える俺に構う事無く、カイは号泣した。それから、抱き合う俺と姉にしがみつくように、抱き付いて来て。
「俺が! 俺が必ず守るから! アリシアの事もベビちゃんの事も、命がけで守るからぁあ!!」
「ふふ……カイ、泣きすぎよ……」
「……バカ、耳元で、うるせ……」
「だから次は! そ~ゆ~大事な事は俺にも言ってえぇえええ! 産ませてくださいとか、夫抜きで話すのやめてぇええええ!」
涙に鼻水に汗に……穴という穴から水分を出しながら、情けに事を言うカイに、笑ってしまう。
それは、他の同期も同じだったようで。
「ふ……カイ、うける……っ。私もちょっと思ったけどさ、あは」
「はは……全くもう……妊婦さんの前でこんな大騒ぎして……お腹の子に叱られるぞ、二人共」
レイラもカイも、泣きながら、笑っていた。
冷ややかで重苦しい空気に占拠されていた待合が、瞬く間に温かな空間に変わっていく。
正直、完全には受け止め切れていない。この先、俺は何度も、迷い、悩み、苦しむだろう。
けれど……何よりも大切なのは、姉の、愛する力を信じ、守る事。それさえ忘れなければ、きっと大丈夫。そう……思えた。
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