40 / 53
40
しおりを挟む
「私の母も……母児間魔力略奪症だったんです……」
「え……」
胸の奥が、縮む。
俺の自宅に到着後、局長の第一声が、それだった。
理由もわからず泣きじゃくる局長を、俺はただ支えるしかなくて……とりあえず、帰宅した。
エアコンガンガンのリビングで、ソファーに座らせて、冷えないよう俺の服を着せて、温かいフルーツティーを淹れて……そうしたら……。
「私の母は上級の中でもトップクラスの魔力を持つ、魔法医でした。私の魔力が桁違いなのは、そういう理由です」
「そ……う、だったんですか」
リアクションの正解がわからなくて、無駄に視線を泳がせてしまう。
そんな俺に構う事無く、局長は話を続けた。
「母はいわゆる未婚の母で……私は父に会った事が無いし、誰なのかも知りません。でも……母と二人の暮らしは……幸せでした」
テーブルに置いたフルーツティーから、立ち上る湯気。それをぼんやりと見つめる局長の眼差しは、切ないくらい愛おしげで。
「素敵な……お母さんだったんでしょうね」
「そうですね。間違いなく。母が亡くなった時は……自分も死のうと思うくらいに……私の全てでした」
率直な、痛みの言葉。息が止まりそうになる。
「でも……それじゃダメだなって。母が魔力と……命と引き換えにして生み出した私という存在に、何か意味を持たせねばと、思いました」
「それで……魔対に入ったんですか。……誰かの、役に立つ為に」
「はい。母が亡くなって半年後……まだ12歳だったので、色々と不安はありましたが……忙しいと安心しました。死線に立つほど、母の死が報われている気がして……救われました」
「局長……っ」
たまらず、局長の膝に置かれた手に、俺の手を重ねる。
今の、大人になった局長から聞いていても、苦しい。
当時……まだ幼かった少女の気持ちを想うと、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。
「魔対で全力を尽くして、局長になって、大勢の部下が出来て……皆、本当によく頑張ってくれて、ありがたくて……ハチロクも……優秀で、いい子達ばかりで、嬉しくて……大事に大事に……なのに……ルークに、手を汚させてしまっ……」
再び涙の溢れる目元を、手で覆う局長。
その震える肩を、強く抱きしめる。
局長は、魔対の仕事に全てをかけていた。
母親の命を、魔力を活かすために……ある種の呪いにかけられたかのように、没頭していたのだ。
そして若い力と出会い、育てた。懸命に。なのに、あんな事になってしまった。
その事実がどれほど局長を傷付けていたのか……ようやくわかった。
わかった気になっていた、あの日……初めての夜の、涙の意味が。
局長が失望しているのは……ルークにじゃない。自分自身に、だ。
母の力を持って、正しく導いていた筈の部下が、正しく導かなければいけなかった部下が、罪を犯した。
全ては自分の責任。きっと、心の中で繰り返し謝っていたのではないだろうか。
ルークに。俺達ハチロクメンバーに。魔対で働く全ての部下達に。そして誰より……愛する母親に。
どれほど強く見えても……局長は一人、最強の殻の中で全てを背負っていたんだ。
俺は、局長を抱く腕に、力を込めた。
「俺が……ルークを必ず捕まえます。そして、局長から奪った魔力を……お母さんの大切な魔力を、取り戻してみせる。だから……体調が戻るまで、無理はしないでください」
囁くように伝えて、艶やかな髪に唇を寄せる。
けれど局長は、首を横に振って。
「フレンの誤解も根深いですね……。私はルークを愛していないし、魔力を奪われてもいません」
「え? でもじゃあどうし」
理解が追い付く前に、俺は局長に押し倒された。
「ルークは私が止めます。……だから、今日だけは……魔力をください」
「そ……ぶっ」
唇を唇で塞がれる。いつもより、積極的に。情熱的に。
「きょく、まっ、脱がないで下さい、今日はやめといた方がっ」
「フレンの事は、絶対に守りますから」
「は? ちょ、話を……ひょっ……どこ触ってるん…………」
話をしたい。と、言いたいのに。言うべきなのに。
静かな部屋に響くリップ音に……気持ちが昂ってきてしまう。
「……しんどくなったら、言って下さいね」
「言わないです。やめるほうが……ずっとしんどいので」
俺はまたも、転がされてしまった。甘い甘い……この人の手の平の上で。
そう……この時の俺は、まだ知らなかったのだ。
「あ……フレン……」
俺を呼ぶ、吐息交じりの声の裏側で……思いもがけない思惑が、渦巻いていた事を。
「局長……」
蜜に浸かる愚かな俺が、愛おしい人の策略に気付いたのは……そう……
「フレン・カーティス! クロエ・ブランシェ局長に対する、魔力略奪の容疑で……逮捕する!」
翌朝、突然自宅に押しかけて来た同僚達に……手錠を掛けられた後の事だった。
「え……」
胸の奥が、縮む。
俺の自宅に到着後、局長の第一声が、それだった。
理由もわからず泣きじゃくる局長を、俺はただ支えるしかなくて……とりあえず、帰宅した。
エアコンガンガンのリビングで、ソファーに座らせて、冷えないよう俺の服を着せて、温かいフルーツティーを淹れて……そうしたら……。
「私の母は上級の中でもトップクラスの魔力を持つ、魔法医でした。私の魔力が桁違いなのは、そういう理由です」
「そ……う、だったんですか」
リアクションの正解がわからなくて、無駄に視線を泳がせてしまう。
そんな俺に構う事無く、局長は話を続けた。
「母はいわゆる未婚の母で……私は父に会った事が無いし、誰なのかも知りません。でも……母と二人の暮らしは……幸せでした」
テーブルに置いたフルーツティーから、立ち上る湯気。それをぼんやりと見つめる局長の眼差しは、切ないくらい愛おしげで。
「素敵な……お母さんだったんでしょうね」
「そうですね。間違いなく。母が亡くなった時は……自分も死のうと思うくらいに……私の全てでした」
率直な、痛みの言葉。息が止まりそうになる。
「でも……それじゃダメだなって。母が魔力と……命と引き換えにして生み出した私という存在に、何か意味を持たせねばと、思いました」
「それで……魔対に入ったんですか。……誰かの、役に立つ為に」
「はい。母が亡くなって半年後……まだ12歳だったので、色々と不安はありましたが……忙しいと安心しました。死線に立つほど、母の死が報われている気がして……救われました」
「局長……っ」
たまらず、局長の膝に置かれた手に、俺の手を重ねる。
今の、大人になった局長から聞いていても、苦しい。
当時……まだ幼かった少女の気持ちを想うと、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。
「魔対で全力を尽くして、局長になって、大勢の部下が出来て……皆、本当によく頑張ってくれて、ありがたくて……ハチロクも……優秀で、いい子達ばかりで、嬉しくて……大事に大事に……なのに……ルークに、手を汚させてしまっ……」
再び涙の溢れる目元を、手で覆う局長。
その震える肩を、強く抱きしめる。
局長は、魔対の仕事に全てをかけていた。
母親の命を、魔力を活かすために……ある種の呪いにかけられたかのように、没頭していたのだ。
そして若い力と出会い、育てた。懸命に。なのに、あんな事になってしまった。
その事実がどれほど局長を傷付けていたのか……ようやくわかった。
わかった気になっていた、あの日……初めての夜の、涙の意味が。
局長が失望しているのは……ルークにじゃない。自分自身に、だ。
母の力を持って、正しく導いていた筈の部下が、正しく導かなければいけなかった部下が、罪を犯した。
全ては自分の責任。きっと、心の中で繰り返し謝っていたのではないだろうか。
ルークに。俺達ハチロクメンバーに。魔対で働く全ての部下達に。そして誰より……愛する母親に。
どれほど強く見えても……局長は一人、最強の殻の中で全てを背負っていたんだ。
俺は、局長を抱く腕に、力を込めた。
「俺が……ルークを必ず捕まえます。そして、局長から奪った魔力を……お母さんの大切な魔力を、取り戻してみせる。だから……体調が戻るまで、無理はしないでください」
囁くように伝えて、艶やかな髪に唇を寄せる。
けれど局長は、首を横に振って。
「フレンの誤解も根深いですね……。私はルークを愛していないし、魔力を奪われてもいません」
「え? でもじゃあどうし」
理解が追い付く前に、俺は局長に押し倒された。
「ルークは私が止めます。……だから、今日だけは……魔力をください」
「そ……ぶっ」
唇を唇で塞がれる。いつもより、積極的に。情熱的に。
「きょく、まっ、脱がないで下さい、今日はやめといた方がっ」
「フレンの事は、絶対に守りますから」
「は? ちょ、話を……ひょっ……どこ触ってるん…………」
話をしたい。と、言いたいのに。言うべきなのに。
静かな部屋に響くリップ音に……気持ちが昂ってきてしまう。
「……しんどくなったら、言って下さいね」
「言わないです。やめるほうが……ずっとしんどいので」
俺はまたも、転がされてしまった。甘い甘い……この人の手の平の上で。
そう……この時の俺は、まだ知らなかったのだ。
「あ……フレン……」
俺を呼ぶ、吐息交じりの声の裏側で……思いもがけない思惑が、渦巻いていた事を。
「局長……」
蜜に浸かる愚かな俺が、愛おしい人の策略に気付いたのは……そう……
「フレン・カーティス! クロエ・ブランシェ局長に対する、魔力略奪の容疑で……逮捕する!」
翌朝、突然自宅に押しかけて来た同僚達に……手錠を掛けられた後の事だった。
0
あなたにおすすめの小説
聖銀竜に喰われる夜――冷酷な宰相閣下は、禁書庫の司書を執愛の檻に囚える
真守 輪
恋愛
「逃がさない。その賢しい口も、奥の震えも――すべて、私のものだ」
王宮で「禁書庫の未亡人」と揶揄される地味な司書・ルネ。
その正体は、好奇心旺盛でちょっぴり無作法な、本を愛する伯爵令嬢。
彼女には、誰にも言えない秘密があった。
それは、冷酷非道と恐れられる王弟・ゼファール宰相に、夜の禁書庫で秘密に抱かれていること。
聖銀竜の血を引き、興奮すると強靭な鱗と尾が顕れる彼。
人外の剛腕に抱き潰され、甘美な絶望に呑み込まれる夜。
「ただの愛人」と割り切っていたはずなのに、彼の孤独な熱に触れるたび、ルネの心は無防備に暴かれていく。
しかし、ルネは知らなかった。
彼が近づいた真の目的は、彼女が守る「禁書」――王国を揺るがす禁断の真実にあったことを。
「君は、私のものだ。禁書も、その魂も、すべてな」
嘘から始まった関係が、執着に変わる。
竜の情欲と宮廷の陰謀が絡み合う、背徳のインモラル・ロマンス。
同期の姫は、あなどれない
青砥アヲ
恋愛
社会人4年目を迎えたゆきのは、忙しいながらも充実した日々を送っていたが、遠距離恋愛中の彼氏とはすれ違いが続いていた。
ある日、電話での大喧嘩を機に一方的に連絡を拒否され、音信不通となってしまう。
落ち込むゆきのにアプローチしてきたのは『同期の姫』だった。
「…姫って、付き合ったら意彼女に尽くすタイプ?」
「さぁ、、試してみる?」
クールで他人に興味がないと思っていた同期からの、思いがけないアプローチ。動揺を隠せないゆきのは、今まで知らなかった一面に翻弄されていくことにーーー
【登場人物】
早瀬ゆきの(はやせゆきの)・・・R&Sソリューションズ開発部第三課 所属 25歳
姫元樹(ひめもといつき)・・・R&Sソリューションズ開発部第一課 所属 25歳
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆他にエブリスタ様にも掲載してます。
婚約破棄された元聖女、魔王の息子に攫われて溺愛されています
百合川八千花
恋愛
魔王を討伐し、十年にわたる戦いを終えた聖女アルティア。
帰還した王国で待っていたのは、王太子からの婚約破棄と――その子供だった。
絶望の中、現れたのはかつて共に戦った魔王の息子、ヴェルグ。
「君はもう自由だ。だったら僕が攫うよ」
突然の求婚(という名の略奪)と共に、アルティアは隣国・アシュフォード帝国へ連れ去られる。
辺境伯となったヴェルグの領地で始まるのは、
「君のために用意してた」
と語られる豪華すぎる“同棲部屋”、
壁一面に飾られた聖女の肖像画コレクション、
そして、「僕のもの」発言が止まらない溺愛×執着ラブ生活!
しかしその頃、聖女を失った王国では、魔王の呪いによる異変が始まっていて――
これは、運命に選ばれ続けた聖女と、ただ彼女だけを愛した元魔王の息子の、
甘くて狂おしい、世界と愛の再構築ラブファンタジー。
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。
その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。
婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。
孤独な結婚生活を送る中。
ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。
始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。
他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。
そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。
だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。
それから一年ほどたった冬の夜。
カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。
そこには彼の想いが書かれてあった。
月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。
カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。
※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。
※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。
稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
「愛想がなく可愛くない」と捨てられた私、最強の竜騎士に拾われる。「その美しさに僕だけが狂わされたい」と、愛の重さでベッドから下ろしてくれない
唯崎りいち
恋愛
夜会の最中、王子に「愛想がなくて可愛くない」と婚約破棄された無表情令嬢。
だが彼女の美しさに一目惚れした隣国最強の竜騎士に連れ去られ、
「君はもう僕のものだ」
と毎晩愛の重さでベッドから下ろしてくれない生活が始まる——。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる