その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

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 「私の母も……母児間魔力略奪症だったんです……」

 「え……」

 胸の奥が、縮む。

 俺の自宅に到着後、局長の第一声が、それだった。

 理由もわからず泣きじゃくる局長を、俺はただ支えるしかなくて……とりあえず、帰宅した。
 エアコンガンガンのリビングで、ソファーに座らせて、冷えないよう俺の服を着せて、温かいフルーツティーを淹れて……そうしたら……。

 「私の母は上級の中でもトップクラスの魔力を持つ、魔法医でした。私の魔力が桁違いなのは、そういう理由です」

 「そ……う、だったんですか」

 リアクションの正解がわからなくて、無駄に視線を泳がせてしまう。
 そんな俺に構う事無く、局長は話を続けた。

 「母はいわゆる未婚の母で……私は父に会った事が無いし、誰なのかも知りません。でも……母と二人の暮らしは……幸せでした」

 テーブルに置いたフルーツティーから、立ち上る湯気。それをぼんやりと見つめる局長の眼差しは、切ないくらい愛おしげで。

 「素敵な……お母さんだったんでしょうね」

 「そうですね。間違いなく。母が亡くなった時は……自分も死のうと思うくらいに……私の全てでした」

 率直な、痛みの言葉。息が止まりそうになる。

 「でも……それじゃダメだなって。母が魔力と……命と引き換えにして生み出した私という存在に、何か意味を持たせねばと、思いました」

 「それで……魔対に入ったんですか。……誰かの、役に立つ為に」

 「はい。母が亡くなって半年後……まだ12歳だったので、色々と不安はありましたが……忙しいと安心しました。死線に立つほど、母の死が報われている気がして……救われました」

 「局長……っ」

 たまらず、局長の膝に置かれた手に、俺の手を重ねる。

 今の、大人になった局長から聞いていても、苦しい。
 当時……まだ幼かった少女の気持ちを想うと、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。

 「魔対で全力を尽くして、局長になって、大勢の部下が出来て……皆、本当によく頑張ってくれて、ありがたくて……ハチロクも……優秀で、いい子達ばかりで、嬉しくて……大事に大事に……なのに……ルークに、手を汚させてしまっ……」

 再び涙の溢れる目元を、手で覆う局長。
 その震える肩を、強く抱きしめる。

 局長は、魔対の仕事に全てをかけていた。
 母親の命を、魔力を活かすために……ある種の呪いにかけられたかのように、没頭していたのだ。

 そして若い力と出会い、育てた。懸命に。なのに、あんな事になってしまった。

 その事実がどれほど局長を傷付けていたのか……ようやくわかった。
 わかった気になっていた、あの日……初めての夜の、涙の意味が。

 局長が失望しているのは……ルークにじゃない。自分自身に、だ。
 母の力を持って、正しく導いていた筈の部下が、正しく導かなければいけなかった部下が、罪を犯した。

 全ては自分の責任。きっと、心の中で繰り返し謝っていたのではないだろうか。
 ルークに。俺達ハチロクメンバーに。魔対で働く全ての部下達に。そして誰より……愛する母親に。
 
 どれほど強く見えても……局長は一人、最強の殻の中で全てを背負っていたんだ。
 俺は、局長を抱く腕に、力を込めた。

 「俺が……ルークを必ず捕まえます。そして、局長から奪った魔力を……お母さんの大切な魔力を、取り戻してみせる。だから……体調が戻るまで、無理はしないでください」

 囁くように伝えて、艶やかな髪に唇を寄せる。
 けれど局長は、首を横に振って。

 「フレンの誤解も根深いですね……。私はルークを愛していないし、魔力を奪われてもいません」

 「え? でもじゃあどうし」

 理解が追い付く前に、俺は局長に押し倒された。

 「ルークは私が止めます。……だから、今日……魔力をください」
 
 「そ……ぶっ」

 唇を唇で塞がれる。いつもより、積極的に。情熱的に。

 「きょく、まっ、脱がないで下さい、今日はやめといた方がっ」

 「フレンの事は、絶対に守りますから」

 「は? ちょ、話を……ひょっ……どこ触ってるん…………」

 話をしたい。と、言いたいのに。言うべきなのに。
 静かな部屋に響くリップ音に……気持ちが昂ってきてしまう。

 「……しんどくなったら、言って下さいね」

 「言わないです。やめるほうが……ずっとしんどいので」

 俺はまたも、転がされてしまった。甘い甘い……この人の手の平の上で。

 そう……この時の俺は、まだ知らなかったのだ。
 
 「あ……フレン……」

 俺を呼ぶ、吐息交じりの声の裏側で……思いもがけない思惑が、渦巻いていた事を。

 「局長……」

 蜜に浸かる愚かな俺が、愛おしい人の策略に気付いたのは……そう……



 「フレン・カーティス! クロエ・ブランシェ局長に対する、魔力略奪の容疑で……逮捕する!」



 翌朝、突然自宅に押しかけて来た同僚達に……手錠を掛けられた後の事だった。
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