その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

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 「フレン! ルーク!」

 薄く開いた瞳の向こう……ぼやけた視界の中で動くのは、よく知っている人達の、シルエット。

 「局ちょ……!! レイラ、ティリアン、カイまで……!」

 「見つけたー! ルーク! あんたなにやらかしてんのよ!?」

 「もう逃げられねぇっつーの! 大人しくしろ!」

 かろうじて耳でとらえられるのは、苦楽を共にしてきた、仲間達の声。

 「ふふ……ハチロク勢ぞろいって事か……でも、僕は負けないよ。僕はもう、前の僕とは違うんだから。……うおりゃあああああ!!」

 おそらくルーク……であろう人影が、大きく跳ねる。
 すると……魔力の中心に立つ、一回り小さな影が……動いた。

 「こんの、困ったちゃん部下がぁあああああ!!!」

 不明瞭な視野を強烈な光が切り裂くように照らす。

 ああ、そうだ……あれは……本物の、局長の剣。

 余りある魔力は、結晶化を拒み、形なき魔剣として、オーロラのように宙を漂い……まるで意志を持っているかのように、主を守る。

 「わっ、ぐっ、……っうぅ!」

 遠くなった耳を打つのは、魔力同志がぶつかり合う、衝撃波の音。

 最強魔剣士の剣の動きは、あまりに俊敏で、柔軟で、トリッキーで。
 その上、揺らめく魔力が触れただけで致命傷を与える程の威力を誇る。まがい物が、かなうはずが無い。

 「あっ! やめっ……ひっ……!」

 打撃だけでも十分な戦闘力を持つ局長が剣を出すのは、それ相応の相手と対峙し、短時間で勝負を決めたい時だけ。

 つまり……あの美しい剣が姿を現した時点で、全ては、刹那的に決まる。

 「い……痛い~~~~っ!!!」

 「制圧完了っ!」

 状況は、もうよくわからない。もうよく見えないし、聞こえない。

 「すごい……! 私達じゃ歯が立たなかったのに!」

 「さすが最強の魔剣士っすね!」

 それでも、『制圧完了』……そう叫ぶあの人の声が聞こえたという事は……きっと、俺の最強魔剣士が勝ったのだろう。
 ほどなくして、バタバタと床を走る音が、近付いて来た。

 「フレン! フレンフレンフレン……!!」

 局長の……声だ。
 体が前後左右に揺すられる。これも、局長の仕業だろうか。俺にはもう、わからない。

 「い、痛い……痛いぃぃ! 嘘だ! 僕は沢山魔力を手に入れて……なのに……それでも敵わないなんて……っ」

 「大丈夫、ルーク! 致命傷じゃない! 早く魔法陣を出して、フレンへの呪いを解くんだ!」

 フレンへの、呪い……ああ、やっぱり。

 「いやだ! こいつは僕の分まで苦しんで苦しんで死ぬべきなんて! 僕は悪くない! 悪くない悪くない悪くないいぃぃぃぃぃ!!!」」

 「さっさとルークを落ち着かせて下さい! 私が魔力も、逮捕前に返してもらっちゃったんですよ!? ルークの呪いがフレンの魔力を奪いつくすのも時間の問題です! 急いで!」

 俺の推測は正しかったんだ。
 局長は俺を助けようとしてくれた。

 「おいてめぇルーク! しっかりしろ! これ以上罪を重ねるな! ああもう! こんないかにもなダサイ台詞、同期に言わせてんじゃねぇよ!」

 俺が、同期に呪われただなんて知ったら、傷付くと思って……全てを隠し、全てを背負って。俺を……守ってくれたんだ。

 「フレン!? フレン! フレンフレン!!」

 ありがたい。嬉しい。……申し訳ない。

 薄れゆく意識の中……一筋の涙が、頬を伝った。

 そしてその直後……俺は、宙に浮いたのだ。 

 「や、やばいやばい! 脈が触れない!!」

 「嘘でしょ!? フレン! やめてよほんと!」

 床に倒れる俺に、懸命に声を掛ける局長と、同期達。

 「くっそぉおお!! ルーク!! 早くしろ! さっさと呪いを解くんだ!」

 「僕は悪くない僕のせいじゃない僕は」

 「フレン! 起きろフレン!」

 その姿を……俺は天井の近くから、見下ろしている。
 まさか……まさかこの状況は――っ。

 「フレン! 死なないで! あなたが死んでしまったら……私は今まで、何の為に……!」

 見た事もない顔をして、泣き叫ぶ局長の言葉で、俺は自分が今まさに死のうとしている事を、確信した。
 宙に出た途端、体も呼吸も軽い。意識もはっきりとしてる。

 「フレン! フレン……!!」

 なのに、体は思い通りに動かない。
 俺の体にすがりついて泣くあの人を、すぐにでも抱きしめたいのに。俺は死ぬのか? このまま?

 「フレンーーーー!!」

 局長の涙が、次から次へと俺の首元……胸鎖乳突筋を濡らす。その付け根……耳の後ろあたりには、くっきりと浮かび上がる魔法陣。……呪印だ。

 ああ……すぐそこにあるベッドで、あの場所に繰り返しキスをされた時間が、走馬灯のようによみがえる。

 あの時に気付いていれば。甘い時間に意識を溶かしていないで、もっとちゃんと、その意味を考えていれば……ん!? ああ……っ!!!

 「……っ……そうだ……!」

 俺が空中で声にならぬ声を挙げた瞬間だった。
 局長もまた、ハッとしたように顔を上げ……俺の腰のあたりを、ゴソゴソとまさぐり始めた。

 「クロエ……!? 何を……」

 「フレンに魔力を供与します!」

 「え!? 局長、それってどう……あ、え、きゃあああ!? 何してるんですか局長!」

 さすがのレイラも目を手で覆って悲鳴をあげる。
 そりゃそうだ。
 おそらく、局長は俺と同じ救命方法を思いついたのだろうけど……は本来、人様に見せるものでは、決してないわけで。

 「何って、脱がしてるんですよ! 急いで魔力を与えるにはこれが一番早いでしょう!?」

 「そ、それはそうですけど……きゃあきゃあきゃあ! 局長まで脱がないで下さい!」

 「クロエ! さすがに無理だ! フレンの意識すらない状態で……!」

 「そんなのわからないでしょう!? 生物の本能で、反応するかもしれません!」

 「や! ワンチャンいけるんじゃね!? 朝起きたらアレだし!」

 「寝てるのと死ぬのとじゃ訳が違うだろ!? それに、疲れてる時とかはアレだから、死にかけてる時はもっとアレなのかも!?」

 「も~なによ! アレアレばっかじゃわかんないわよバカ!」

 「ずるい……! フレンはいっつもそうだ! こんなことしてまで助けてくれる人がいて……いつもずるいんだ!」

 もはや……カオス。

 突然男女の密事を始めようとした局長に、ハチロクメンバーが混乱の声を挙げる。

 けれど、我らの最強魔剣士はパニックに陥った部下達を一括して。

 「うるっさいハチロク!!! 今は黙って、後ろを向いていなさい!!!」

 「「「は……はい!!!」」」

 今まで聞いたこともない乱暴な言葉遣いで、皆を黙らせた局長は……ため息を吐いてから、俺の頬を撫でた。

 「お母さん、力を貸して下さい……。この人の為なら、魔力なんて惜しくないんです……っ」

 それからしばらくして……床に倒れた俺の体は、少しずつ温度を取り戻し……

 空中の傍観者となっていたもう一人の俺は……静かに、消えていった。
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