【完結】畑暮らしのΩ王子、20年越しに“番”が現れました

兎沢にこり

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幕間 社交界と運命(2)

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幕間 社交界と運命(2)


国境を超えて、森を進む。
そわそわと落ち着かず、はしゃいだままのエリオスに、兄達は口元が自然と緩んだ。

「何を考えてるか、当ててやろうか」

ゼフィルの調子のいい声だ。
目は揶揄いたいと雄弁に語っている。

「こらゼフィル。下をいじめるな」
「だってー、気になるじゃん」

すかさずオリオンがゼフィルを嗜めたが、ゼフィルには効いていない。

「エリィは運命に夢中だもんな」
「おい、セレノス」
「いいよ、オリ兄!だって、本当だもん」

珍しくセレノスが冗談に乗ってきた。
それに馬車の外を見つめながら応えるエリオス。
ガラス窓に反射して、頬が赤く染まっているのが分かった。
エリオスは恥ずかしいと、耳まで真っ赤になるもんだから、勿論バレバレである。

「エリオスはそんなに運命に会いたいんだな」
「勿論!セレ兄はデビューの時に、姉さんと出会ったって言ってたじゃん」

振り返り、夢見るように手を組んだ。
そこへ、興味のないそぶりで、しかし欲のある気持ちを隠しきれないゼフィルが、兄らに視線を向ける。

「そう簡単に会えるものなの?」
「……それこそ運だろ」

オリオンが指を立てて話す。
「現にαが四人もいるのに、運命に会えたのはセレノス兄様だけだぜ」

セレノスの伴侶、フィオレッタ。
彼女はソルグラン王国にある、貴族の末席に当たる家柄の女性だ。
セレノスを運命だと分かり、二人はしっかりとした手順で交際を進めて結婚した。
明るく穏やかな女性で、本来ならばこの夜会へも出席する予定だったのだが、妹が産気づいたとの事で、里帰り中である。

セレノスは初めての出会いを噛み締めるように、口元を緩める。

「初めて出会ったのはデビューの時だったが――」
「ほらやっぱり!」
「出会ったのは、な?……運命だって気づいたのは、その日じゃないんだ」

ゼフィルは身を乗り出して、真剣な目で続きを促す。
セレノスも御伽話の読み聞かせをされているようだ。

「運命だと気づいたのは、夜会で踊ってからだ……ってこの間言ったぞ?」

少し恥ずかしそうにはにかんだセレノスと、それを見つけて口元に手をやるオリオン。

「「いいなぁ~」」

しかし、下の弟二人は夢見がちになるばかりである。
オリオンはそんな様子の弟たちに、咳払いで現実に戻ってこさせる。
実に締まった軍人らしい顔で、腕を組んだ。

「ま、運命にもし出会ったとしてだ。感情を暴走させて、相手を置き去りにして急に迫ったりしてみろ?」

その言葉にゼフィルはたらりと冷や汗を垂らす。
健全な若いα男子。まだ発情期のΩとも対峙したことがない甘ちゃんである。

オリオンは仕事柄、発情期中のΩと対峙したこともあるが、あれはとんでもない。
理性を根こそぎ持っていかれる麻薬だ。
勿論、オリオン自身。自分の運命には出会った事がない。
だからこそ、目の前に運命が現れた時、自身の体に何が起こるか。
それを推し量ることの出来ない恐怖があった。

「一瞬で警戒されて、嫌われて、終わりだぞ」
「っひ!」
「運命だからと一緒になっても、会話もなく、怯えられて、冷えきった家族……そんなの耐えられるか?」
「お、俺は、紳士だから!」

ゼフィルは冷や汗をだらりとたらし、懸命に兄達へ宣言している。
そこで、今度はエリオスに向かった。

「ちゃんと持ってきたか」

オリオンがエリオスの胸元を指で示す。
エリオスは何度も頷いて胸元から、小さな小瓶に入った薬を取り出した。
それは飲みやすいように、とても小さな錠剤になっている。
一日三回、今なら今日で三度目の服用だ。一粒飲めばΩの体質的、特有の諸症状は緩和される。
Ωのフェロモンは精神的な浮き歪みでも、過剰に分泌されることがある。
新しい場所。それも発情期を経験したことのない若いΩは、必ず服用するものだ。

「今ここで飲んでくれ、俺が安心したい」
「うん」

席の傍に備えてあった水筒を受け取って、一錠飲み込んだ。
この薬は、特に薬草独自の臭いが強く、エリオスは苦手だ。
だが、飲まないわけにはいかない。

フェロモンは番った相手にしか反応しない。
ならば運命の番と一緒になる。
それまでの辛抱だ。




馬車がゆるりと止まり、御者が恭しく扉を開く。

馬車を兄たちと共に下りると、エリオスは目前に広がる光景に、自然と声が漏れていた。

その先に、見た事のない城が建っていた。

エリオスが呆けるのも無理はない。
灰色の石で築かれた巨大な要塞は、闇の中に大きく佇む。
その城は、水が浅く張られた掘に、年季の入った石橋を掛けた先にあった。
到着した頃はしっかりと夜が更けて、天辺の尖った三角屋根の先に、青く冷たい満月が、こちらを見下ろしている。
玄関扉に客人を導くように、点々と明かりが灯されていた。


ヴァルデンハイト王国。
別名、『秩序の番人』とも呼ばれている。
圧倒的な軍事力と、優れた統率力を持つ大国だ。
だが、彼らはその力を決して争いには使わない。

数多の国が密接に繋がるこの世界で、白の騎士団が前を歩き、公正に秩序を守っている。
国家間の揉め事、不正、権力による抑圧ーー
力を持つ者は時に狡賢く、己の手を汚さずに悪事を働く。
弱い者の心の隙間に入り込んでは、言葉巧みに操り、相手を地に落とす。

その芽をいち早く見つけ、迅速に処理をする。
それが、ヴァルデンハイトという国だった。

少し怖くなったエリオスは、先を歩くセレノスのジャケットの裾を思わず掴んだ。

「どうした?」
「……なんでもない!」

そんな不安な気持ちも、扉の中から聞こえてくる管弦楽団の生演奏に霧散する。

煌びやかに着飾った貴族の中に、エリオス達一行は、一際華やかに映えていた。
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