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【番外】口実遊戯

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「イップァンに行くの?」

 ラチカの問いに、ギャムシアは頷く。その顔はげんなりとしていた。

「明後日だ。年に一回、あっちの国主が大陸中の国主を呼ぶんだよ。言わば集会だな」
「へえ」

 ギャムシアは紅茶をすする。ラチカが嫁いでからは最初の頃シャイネが紅茶を淹れていたが、今日彼は不在だ。そのため、ラチカが淹れたものである。ただの令嬢だった頃はシャイネ任せだったが、現在は夫が居る身だ。彼のために淹れ方を習いたい、とシャイネに志願した時はこの上なく不機嫌そうにされてしまったが。
 カップを置き、ギャムシアは溜息を吐いた。

「そういうわけで俺は明後日、丸一日空ける。泊まる事はねえが、戻るのは深夜になるだろうな」
「え、一人でいくの?」

 こういった行事の際、いつもギャムシアは口実を作ってはラチカを伴っていたのだが。どうやら彼の悩みの核心を突いたらしく、冷たい色の目が伏せられた。

「こっちの公務が溜まり過ぎてんだよ。だから本来は断ろうと思ってたが、さすがに国交問題になってくるからそういうわけにもいかねぇしな」
「え、つまり私は」
「居残りで仕事を頼む」

 国主の妻になったからには当たり前だし、実際ラチカには大使をしていた経験もある。そのため、ある意味ギャムシアの補佐とはなっていたが。正直国外に出る機会などそうそう無いのでついていきたかったが、仕方ない。
 そこで、気付く。

「そういえばシャイネとポシャロも明後日帰ってくるんだっけ」

 レヂェマシュトルの頭目交代、ディグレオの件、様々な問題が起きている今レヂェマシュトル達は皆今島に籠もって会議をしているとのことだった。犬のポシャロはともかく人間であるシャイネは、かれこれ一か月程戻ってきていない。先代の暗殺に誘われる程現総帥に一目置かれている彼は、会議の要にもなっているらしかった。

「本来はロドハルトよりイップァンに来させて供をさせようと思ったが、島からイップァンまで3日かかるらしくてな。仕方ないから、別の使用人を連れていく」

 成程、彼の懸念はそこか。
 ラチカがロドハルトに嫁ぎ、勿論シャイネもついてきた。ギャムシアも反対はしなかったし、むしろ最初の頃からレヂェマシュトルであるシャイネを手元に置きたいとは考えていたようだが、それはラチカとシャイネの関係が深刻化する前の話だ。それでも、ギャムシアはシャイネをラチカの従者として受け入れた。内心思うところはあるようだが、うまくやっている……とは、思う。
 ギャムシアの手が、ラチカの後頭部に触れた。そのまま、口づけられる。最近は、こんな感じで優しさが勝っているような気もする。

「……一生俺のものだからな」

 彼の囁きに、蕩けかけた脳で頷く。




「奥方様、シャイネさんとポシャロが戻られました」

 丁度書類が書きあがった瞬間だった。ラチカは返事をしペンを置くと、立ち上がる。少し緊張したまま、自身の公務室を出た。
 門のそばに、一台の馬車が停まっていた。そこから、シャイネがポシャロを抱いて降りて来る。抱いて、というより大きさの都合上引きずっているように見えなくもないが。
 彼はラチカを見ると、その表情を和らげた。しかし変化が僅か過ぎて、他の使用人には無表情にしか見えていないだろう。

「ただいま戻りました」

 ポシャロも一声高く吠える。その足は金属製の義足になっていた。ここを出た時は木製だったので、恐らく島で誂えてもらったのだろう。ラチカはそんなポシャロを抱こうとするも、シャイネが「かなり重いですよ」と告げる。確かに、移された体重は前回と比にならなかった。肩が落ちそうになりながらも、耐える。

「おかえりポシャロ。すごいねぇこれ、ピカピカだねぇ」
「レヂェマシュトルの技術で作られたものです。ギャムシア様から依頼されていまして。ただ、慣れるまではあまりうまくは歩けないので散歩は控えるようにと」

 そうか、だから抱いていたのか。ギャムシアはポシャロが足を失ったことを、かなり気に病んでいたようだった。冷徹なようでいて、やはりとことん身内には情を見せる男である。
 そういえば、今でこそ無いが最初の頃はラチカは彼に何度も暴力を振るわれていた。ポシャロは、そんな風にされたことはあったのだろうか。

「シャイネもお疲れさま。今日はもう休みなよ」
「いえ。少々、報告したい事がありますので……ギャムシア様は」
「ギャムシアは朝早くにもう出ていったよ、もうイップァンに着いてるんじゃないかな」
「イップァン? 集会とかですか」

 そうか、伝令もいっていなかったのか。しかしそれを聞いてシャイネは少し目を輝かせながらラチカを見た。

「でしたら、お嬢様に。本当はお二人ご一緒の時が良かったのですが、まあ仕方ありませんね」

 ポシャロを別の使用人に預け、シャイネは微笑んだ。その顔は、最後に会った時よりも幾分大人っぽくなっている気もする。一か月会わないだけでこうなるものなのか。そもそもここまで長期間離れた事自体が初めてなので、余計そう感じるだけなのだろうか。
 ロドハルトの使用人達は、どうやら二人の関係を一切察知していないらしい。いくら既婚者が恋人を持つ事にそこまで厳しくない国家とはいえ、やはり堂々とするのは憚られた。ギャムシアの嫉妬深さの事を考えても、バレないに越した事はない。
 シャイネに促されるがまま、ラチカの公務室に入る。寝室自体はギャムシアの寝室と同室になったものの、この離れにも未だベッドは残していた。扉を閉め、念のためしっかりと鍵をかける。
 この後の展開は、予測出来た。それでも。

「お嬢様」

 甘い、声。普段とは違う香り。島での生活に馴染んでしまったのか、匂いが変わっている。それがまたどこか他人な気がして。
 早速だった。唇を軽く塞がれる。あくまで強引にされていないだけで、すぐにそれは深くなった。ねとりとした水音を立てながら、口内が荒らされていく。両腕を逃げられないようにしっかりとつかまれ、その力だけで屈してしまいそうになる。
 最後にラチカの口内に溜まった唾液を吸い上げられ、唇が離れた。息の荒いラチカを見、シャイネは腕を掴んでいた手を彼女の頬に添えた。

「この一か月間、まるで地獄のようでした」

 熱っぽく囁きながら、ラチカの唇を舌でなぞる。普段ギャムシアにすらされない細やかな愛撫に、下半身が一気にあふれ出しそうになる。

「や、シャイネ、ちょっ……」
「ああ、唇だけでは足りませんよね。俺もです。やっぱり俺とお嬢様は相性がいいですね」

 駄目だ、一切話を聞かなくなっている。度々彼がこうなるのは、知っていたはずなのに。
 シャイネはラチカの腕を引き、ベッドへ誘導した。もう有無も一切言わせないつもりなのだろう。分かってはいたが、止めなかったのは……やはり、ラチカ自身もシャイネをどこか欲していたのかもしれない。
 毎晩のようにギャムシアに求められ、快感に溺れているというのに。そしてそれで、満足はいっているはずなのに。

「俺が居ない間、ギャムシア様に毎日抱かれてたんですよね?」

 ラチカのドレスをやや乱暴に脱がしながら、シャイネは呟く。感情を表情ではなく動作に出すのは、ずっと変わらない。

「ああ……憎らしい、こんな極上の体を毎晩など……」

 ラチカの衣服をすべて剥ぎ取り、腕を押さえつけるようにして押さえつけられる。まだ昼間だ。外から差し込む光が明るく、ラチカの白い裸体があらわになる。さすがに羞恥が過ぎて抵抗しようにも、シャイネの力に敵うわけがなかった。しかも、かなり息が荒い。

「夫婦だから、と。俺も頑張って理性で押さえつけていたんですよ」
「や、やだっ見ないで……」
「駄目です。こんな好機、そうそう無いんですから。邪魔者が居ない内に沢山味わわせて頂かないと」

 シャイネの唇が、ラチカの膨らみに触れる。それだけで身が跳ねた。そんなラチカの膨らみを圧し潰すように、シャイネの舌が暴れる。やがて固くなりだした先端に触れた。

「や、あぁあっ」

 ちゅ、ちゅ、と音を立ててシャイネは夢中に吸い続ける。唾液と舌の感触があまりにも温かくて、背筋がゾクゾクとする。シャイネはそんなラチカの腰を強く抱きしめ、尚ラチカの膨らみを食む。伝っていく唾液をすくい上げるようにしながら舌を滑らせ、再び突起に吸い付いた。そのまま、歯を立てる。

「や、やぁぁっ……シャイネ、それっ……」

 かり、とほんの少しだけの力で軽く擦り上げられる。それだけで目の前がちかちかし、呼吸が止まりそうになる。そんなラチカを見上げる余裕もないのか、シャイネはひたすらラチカの膨らみをいじめていた。
 やがて、その両手が。

「ひっ……」

 腰から尻に移動し、摩られる。そのまま尻の肉を鷲掴みされ、開かれる。溜まりこんでいた愛液がシーツに垂れ落ちて、小さな染みを造った。それを見て、シャイネの喉が鳴る。その目は完全に熱っぽく、もはや焦点すら合っていなかった。

「お嬢様、申し訳ありません……欲しくて、たまらないっ……」

 悲痛な、声。応えるよりも先に。

「みゃっ……!」
「あ、あっ……」

 ずぷりと、差し込まれた。均されてすらいないのに、ラチカの蜜壺は一瞬にしてシャイネを受け入れた。

「や、やぁ、シャイネっあっ」
「はぁあ、ああっ、最高です、お嬢様っ、あ、いいっ……気持ちいいですっ……!」

 やや涙目になりながら、シャイネはラチカにひたすら肉棒を突き込んでいく。その顔は、まるでシャイネの初めてを奪った時と同じで。どこか、胸の奥が熱くなる。
 シャイネの体が硬直する、達しそうなのか、と思ったが。シャイネは荒い息のまま、耳元で囁いた。

「……ギャムシア様は、こちらを使われた事はおありですか」

 シャイネの細い指が、ラチカの尻を撫でる。その意味が分かり、首を振る。シャイネはラチカの耳を舐めながら、尚も囁く。

「あの時、ディグレオに……されたんですよね……」

 あれから、そろそろ一年近くになるか。あの時の記憶は少しずつかすみ始めてはいたが、息を呑む。そんなラチカの体を抱きしめながら、シャイネは続けた。

「お嬢様に、あの男の傷があるなど……俺は、許せないんです。だから、上書きさせてください」
「シャイネ……」
「分かってます、辛い思い出だと。それでも、俺が。俺が、消したい」

 ぐぢゅ、と再び子宮の入り口がこじ開けられる。その快感に悲鳴を上げそうになるが、それ以上にシャイネの顔が悲痛そうなのが気になった。一瞬だけ考えて、ラチカはずるりとシャイネの肉棒を抜いた。その動作すら快感だったのか、シャイネは小さく「あっ」と声を上げる。彼の肉棒は、あまりにもラチカの愛液で濡れていた。これなら。

「お嬢様」
「……痛くないように、してね」

 ラチカの囁きに、シャイネは頷いた。
 シャイネの手で四つん這いにされ、尻を向けさせられる。シャイネの顔が見えないが、彼の息が荒いのは分かった。

「お嬢様……可愛い、可愛いです……お嬢様のお尻……」

 尻肉に舌を這わせられ、それだけでもまた愛液が分泌される。その愛液を中指ですくわれ、快感で震えるラチカの肛門に、シャイネはそっと指を宛がった。そのままそっと……侵入される。

「んっ……」
「痛くないですか?」
「だい、じょうぶ」

 前回ディグレオにされた時と比べると、痛みはない。さすがに一度侵入を許すと、やはり緩くなるものなのだろうか。
 指が、増えた。多めに愛液を汲まれているおかげか、痛みは少ない。ゆっくりと広げたりすぼめたりを繰り返され、呼吸が乱れだす。そんなラチカを労わるようにしながら、シャイネは空いた手で何度もラチカの尻肉を撫でる。
 そして。

「っく……!」

 未だ猛りが潰えていない肉棒が、少しずつ侵入してくる。ぎち、ぎち、と少しずつ。

「っは……すごい、きついですね……」
「きゅうっ……」

 人間の言語が離せない程の、圧迫感。額に脂汗が滲む。そんなラチカの頭を撫でながら、シャイネは少しずつ腰を進めていく。それはもはや、快感のための行為とはまた違った。完全なる、上書きだ。
 ラチカの中で、ディグレオに肛門を抉られた記憶が去来する。しかし、かき消されていくのも事実だった。

「あぐ、ぐっ……」
「少しずつ、馴染んできましたねっ……痛くないですか……っ」

 シャイネの声もまた、上ずっている。彼が快感を覚えているかは分からないが、腸内が膨らんでいっているのは分かる。次第に強くなる圧迫感が、熱い。

「大丈夫です、俺がいますっ……俺が、やったんですっ……あんな奴を記憶に残すなら、俺を恨んで、俺を……俺の事だけ、考えてくださいっ……」

 それは、あまりにも醜い独占欲だった。



「……で、そんなとんでもない痔をこさえたってわけか」

 ギャムシアの額に、くっきりと青筋が浮かんでいる。ラチカはそんなギャムシアをベッドから見上げながらひたすら「ごめんなさいごめんなさい」と繰り返していた。その脇にはほんの少しだけ気まずそうなシャイネが座り込んでいる。
 イップァンから戻ったギャムシアは、いつものようにラチカを抱こうとした。しかしどうもラチカの様子がおかしいと感じたギャムシアがラチカを無理やり抱いたところ、反応を見て気付いた。そして現状、ラチカは怪我人としてベッドにくくりつけられている。

「いや本当どういう神経してんだクソガキ。毎回思うがお前さすがにちょっとデリカシー無さすぎだろうが……上書きだ? 同じ行為でやってどうすんだって話だぜ」

 どうも怒っている、というより呆れているらしい。シャイネもさすがに反省しているのか、何も言わなかった。当のラチカも気まずさが強く、顔を覆うしかなかった。
 そんな二人を見て「そもそも」と語気を強める。

「お前がラチカに欲情するのもそりゃ分かるし、やっぱりお前と俺は似てる。考え方が一緒だ」
「え」

 シャイネをじっとりと睨みつけながら、ギャムシアは言った。

「俺も上書き出来りゃもうそれでいい。いつだってこいつの一番は俺だから容易いがな」

 その言葉にムッとしたのか、シャイネは反論する。

「何を。俺がお嬢様の一番に決まっています。貴方より断然俺達の絆が強いですから。そうですよね、お嬢様」
「あ、あうあう」
「そのお嬢様が俺を伴侶として選んだんだぞ?」
「あうあう」
「まあいずれお嬢様が離縁したくなるように俺もまた頑張らせて頂きますので。せいぜい束の間の結婚生活をお楽しみください、俺はのんびり待たせて頂きます。では、使用人会議へ行って参ります」
「おう、背後には気をつけろよ」

 盛大な睨みを利かせながら、シャイネは病室を出て行った。そんな彼からラチカに視線を戻しながら、「あれで有能じゃなければな」とこぼす。
 ギャムシアはラチカの傍らに座り込んだ。

「お前もお前だ。何しれっとケツ許してんだ」
「ごめんなさい……」
「ったく、トラウマとか大丈夫か」

 やっぱりだ。何だかんだ、優しい。シャイネを放逐しないのも、きっと何だかんだ彼を認めているのと……彼からラチカを奪いきると、シャイネが潰れてしまうのも分かっているのだろう。
 ラチカは頷く。しかし彼の表情は緩まない。溜息を吐きながら、ラチカの頭を撫でる。

「お前を想い過ぎての行動なんだろうが、変なところで配慮が足りねぇなあいつも。だからクソガキなんだよ」
「怒ってないの……?」
「それどころじゃねぇ」

 以前は、初恋の話だけでも監禁沙汰だったというのに。彼も随分丸くなった。
 しかし。彼の手が、ラチカの前髪を掴む。驚いて目をぱちくりさせるも、彼は意地悪そうな笑みを浮かべているだけだった。

「でもまあ、腹は立ってるわな」
「そ、それ怒ってるっていうんじゃ」
「ケツの事云々以前の問題だっつの」

 そのまま、彼はベッドに侵入してくる。ぎょっとして彼を見上げると、すでに服を脱ぎだしていた。

「ちょちょちょ、その、まだお尻がっ」
「知るか。覚悟しろ、あのクソガキの事なんざ一瞬で忘れさせてやる。何が離縁だ」

 耳元で。苛立ちも確かに含めながら、しかし最高に熱っぽく。

「お前は一生、俺のものだからな」

 その先に起こり得る快感と尻の痛みによる地獄を想起して、ラチカは冷や汗の中ごくりと喉を鳴らした。
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