いじっぱりなシークレットムーン

奏多

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  Protecting Moon 5

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 ***


 東大付属病院内病室――。

 アップルパイ丸々一個と、朱羽に作った分がどうしても半分残ってしまったため、朱羽にまた作ってと言われて、その半分も予備として持参してきた。

 合計一個半のアップルパイを、結城、衣里、社長、専務、沙紀さん、木島くん、杏奈、そして社員二人の合計九人が、一個を六等分した大きさのものに、木島くんが切り分けてくれる。

 林檎の山とあっさりサクサクパイは、味も食感も大好評で、あたしは内心ガッツポーズ。

 協力してくれた朱羽と、背後に回した手を叩き合った。

「しかし主任が食べないのはわかるっすが、なんで課長まで食べないっすか? こんなに美味しいのに」

「木島ちゃん、聞くだけ野暮野暮!! 二個じゃないところがミソ」

「?」

「鹿沼、うめぇ。お前の手作りケーキ、俺だけ皆より大きくて、より一層の愛情が籠もってて、こうジーンと……」

「なに感動して泣いてるのよ! 木島くんがミスして、ちょっとだけ私達より大きく切っちゃっただけでしょ!? ミスよミス、偶然!!」

「くそっ、香月!! どうせお前はもう食べてるんだろ。だけど、お前が食べた方が、俺より小さいよな!?」

「……ふ。俺はあなたの二倍は、頂きました」

「悔しいっ、香月を超えてやりたい!!」

「むっちゃん、俺のあげようか?」

「そうっすよね、社長はまだ流動食になったばかり。雰囲気でもう食べられたなら、俺が貰……ああああ、結城さん!!」

「木島にやるなら俺が食う!」

「ああ、結城さん酷いっす!! 俺のまで食うなんて」

「見たか真下、香月!! 俺のが一番大きい!! つまり愛情が」

「はいはい。ご自慢の筋肉に、甘味で体脂肪増やさないでね」

「ぐっ!!」

「杏奈、こんなに林檎ゴロゴロのホカホカアップルパイ、初めて食べた~。杏奈が知ってるアップルパイと違って、サクサク~」

「本当にあっさりしてますよね」

「私も作りた~い。主任、レシピ教えて下さいよ」

 社長を取り囲んで、アットホームな雰囲気を作る、社員達。

 いつもの日常。きっとこれからも変わらない光景。

 ……あたしは、そこから去るんだ。
 もうあたしが作ったものを彼らは食べることがなく、これが最後。

 そう思うと、感慨深いものがあり、鼻の奥がつーんとなるのを必死で抑えた。

「社長、ご気分どうですか?」

 皆が後片付けをしたり、お茶を淹れてくれている間、あたしは社長に語りかけた。

「ああ。完全看護のおかげで、体調はいいぞ」

 笑うその顔は、さらに頬が痩けてしまっていた。

 その顔色は、会社に居た時のような肌色には戻らず、どこか色が黒くて紫ばんでいるようで、快調だとはいえない外見だった。

「結城が社長になっても、社長は会長として働いて下さいね。荷物が下りたからと楽観しないで下さい」

「こわっ、カワウソ~、俺を労ってくれよ~」

「駄目です!! 社長はまだまだやるべきことがあるんですから!」

 社長は顔に笑みを浮かべていた。

「カワウソは、むっちゃんが社長になれると思うか?」

「勿論!! まだ向島から訴訟取り下げの連絡は来ていませんが、あたしは向島専務が、忍月コーポレーションの副社長と手を切ったことは芝居ではないと信じています。だとすれば、過半数が……」

「……あの副社長が、簡単に引き下がるとは思えん。なんだかんだと忍月コーポレーションは、彼の手で実力主義を徹底したおかげで大きくなり、渉のおかげでさらに拡大したようなもの。あの渉と競える辣腕が、向島に手を切られて泣き寝入りするか。そこが不安でもある」

「………」

「副社長が、うち以外の関連会社などの株主と手を組めば、俺達と渉を合わせたパーセンテージを超える可能性がある」

「でも結城が挨拶に行って、手応えはいいと……」

「……。取り越し苦労であればいいが、若い世代に移り変わることをよしとしない、保守的な年齢層もいるからな」 

「それは結城や専務には?」

「言ってはある。だから策は練っているだろうが、もうひとつ……念を入れてなにか欲しい」

 カリスマ的な指導者の顔で、社長はそう告げた。

「お前の情熱で、彼女を……落としてみろ」

「彼女?」

「名取川文乃。茶道の名取川流宗家の夫人で、彼女のコネクションはかなり広く、副社長の影響力が大きい」
 
「だけど、どうやって……」

「午前中に電話をかけたんだがな、取り込み中らしく。もう少ししたらかけてみる。……お前は営業ではないが、彼女はお前が合うと思う」

 そしてあたしを見ると、口元をつり上げて言った。

「……俺からの、ラストミッションにしろ」

 心臓がどきんと跳ね上がった。

 社長が結城になるからという意味か、それともあたしが辞めようとしているのがわかっているという意味か。

「しゃ、社長……それは……」

「彼女が味方につけば、お前も動きやすくなる。忍月の中でも」

「しゃ、ちょう……」

 社長はわかっている。
 恩知らずのあたしがしようとしていることを。

「何年お前を見てきたんだ。そんな化け物が出たように驚いた顔をするな。俺は、お前が幸せになるのなら、なんでも承認する。……だけど、他の奴らは知らんぞ?」

「……っ」

「幸せになるために、決断しろ。だがな、鹿沼」

 社長は優しく笑った。

「俺以上に、睦月を始めとしたあいつらは、ちゃんとよく仲間のことを考えてるぞ? もしかすると、渦中にある香月や、補佐しようとするお前より、状況を見ているのかもしれん」

「社長……」

「お前も香月もひとりじゃないことを、常に心に置いておけ。切り捨てようとしても、切り捨てられないものが、どんな力に化けるか未知数だぞ」

「はい」

 その時、衣里の声がした。

「陽菜、ちょっとティッシュ借りていい?」

「バッグの中にあるから、適当に使って!!」


「もう行け。鹿沼、また電話したら呼ぶ」

「わかりました」


 ぺこりと頭を垂らしたあたしは、はっと思い出した。

 バッグの中に、退職願を入れてたじゃないか!!


「衣里、ちょっと待って、衣里!!」


 バッグを置いていたリビング室。

 専務が座る前で、衣里は掠れた声を上げた。


「陽菜、これ……どういうこと?」


 衣里の手にはあたしのバッグ。

 そしてそこから引き抜いたのは、あたしが書いた退職願――。


「陽菜、どういうことよ!?」


 衣里の悲痛な声で、結城と木島くんがやってくる。

 結城が衣里から封筒を取り上げて中身を開き、あたしに険しい顔を向けてきた。


「……どういうことだ、鹿沼」


 あたしに詰問してくる。


「冗談……、だよな?」


 結城の声が震えた。


「俺が社長になっても、お前がいないなんて……」
 

 朱羽と杏奈と沙紀さんが、社員ふたりを見送って、エレベーター前から戻って来た。


「鹿沼、会社辞めねぇよな!? ずっと俺達と会社守っていくよな!?」


 事態を察した朱羽の顔色が変わった。


「嘘よね、陽菜!! 結城が社長になるんだよ!? 私達ずっと同期で結城を支えなきゃいけないの、あんたわかっているよね!?」


 ……こんな状況で言えるわけがない。


「お前、俺らだけではなく、香月残して辞める気じゃねぇよな!?」


 朱羽とふたりで辞めるなんて。


 最悪な形で、露見してしまうとは――。


 裏切り者であるあたしを詰る、皆の目が怖い。

 それまで穏やかだった彼らの目が変化した瞬間、あたしは……今まで思い込んでいた、彼氏であった守を始めとした同級生から、満月に変貌するあたしのことを侮蔑嘲笑された……あの、偽りの記憶が蘇った。

 平穏から不穏へ、平和から混乱へ。

 あたしの精神が波立った。

 あたしが創り出して苛まれ続けたあの残像が、今重なって。
 あたしが愛した友と、仲間と恩人の姿は、黒く澱んでいく。

 大切に思っていた分、彼らから受ける悪感情はきっと大きいのだろうと思えば、浅い息をたくさん繰り返しても、胸が苦しくてたまらない。

 気持ち悪い汗がびっしょりと全身の肌を伝う。

 カタカタと震えるその手を、朱羽が繋いで背後に隠した。

 見上げる朱羽の横顔は厳しく、あたしは本当に直感で……、彼がなにを言おうとしているのかわかった。

 優しい彼は、こんな弱いあたしを、きっと安全な場に置こうとするはずだ。安全な場所、つまり今までいた輪の中にあたしひとりを置き、あたしと決別しようとしているのだと。

 それを予感したように血の気が一気に引いて。
 だから、彼が口にする前に、あたしは強硬的に言葉にした。

「辞めさせて下さい」

 するりと彼の手を外し、その場で正座して、頭を下げた。

「こんな時になにを言うのってあたしでも思う。大好きな仲間と愛する会社があって。結城も衣里も木島くんも杏奈も他の社員も。社長も専務も沙紀さんも大好きで、本当にお世話になっているのに、戦線離脱することをどうか許して下さい」

 あたしに飛んだ一斉の声。

 その中には慌てた朱羽の声もあった。
 それにも構わずあたしは言った。

「恩知らずのあたしを、罵倒しても呪ってもいい。だからお願いします。辞めさせて下さい……」

「陽菜、あなたがそんな思いをすることはない!」

 きっと朱羽は感づいている。

 あたしが抱えた満月の辛さを受け入れてくれた朱羽だから、あたしが周りからどんな目で見られることに心身共に病んでいたのか、既に気づいているはずだ。
 
「俺が「朱羽は黙ってて!! これはあたしの問題なの!!」」

 お願い朱羽、最後まで見ていて。
 朱羽を選んだあたしの覚悟を。

 大好きな結城も衣里も、仲間を切り捨ててしまった分、仲間達からの侮蔑を浴びないといけない。

 八年もの結城との付き合いも、六年もの衣里と社長との付き合いも。二年の付き合いがある木島くんと杏奈との付き合いも。

 ここ数週間のシークレットムーンの危機に際して、皆で団結し合った思い出すら、醜く歪ませてしまうのが、あたしの"代償"。

 あたしを迎え入れてくれた、あたしの"家"はもうなくなったけれど、それでもあたしは、朱羽と生きると決めたの。

 朱羽を家族とすると。あたしの帰る場所にすると。

 涙の滲んだ目で、あたしは朱羽に笑う。

「お願いだから、朱羽はなにも言わないで」

「……っ」
  
「鹿沼」

 結城があたしの前で屈み込んで、あたしの顔を覗き込んだ。

「なにがあった」

 その真摯な顔に、涙が出そうになるのを必死で堪えた。

「少なくとも昨日はそんな様子、なかっただろう」

「……っ、前から、思ってて……」

「何年友達やってる?」

 結城があたしの肩に手を置いて、切なそうに笑う。

「なんで俺に……隠す?」

「隠してなんか……」

「辞めないといけない理由を、言ってみろ。お前に誠意があるのなら」

 "誠意"

 あたしは膝小僧に爪をたてた。
 
 なんて言うの?

 朱羽が忍月財閥の御曹司で結婚させられそうになっているから、あたしは朱羽を助けたいからって?

 朱羽の秘密を暴露した上に、朱羽のせいみたいなそんな言い方をしたくはない。だけど長年の付き合いがある結城に、誤魔化しはきかない。

 唇を噛んでいると、あたしの横に朱羽が座った。

 背筋を正して、内ポケットから同じように、退職願と書かれた封筒を結城に差し出す。

「すみません、結城さん。すべて、俺の事情です。俺が彼女を巻き込みました。辞めたくないといっていた彼女を辞めさせようとしたのは俺です」

「違う、朱羽、それは違う!! 結城、聞かないで!!」

「辞めるのは俺ひとりです。彼女のは破棄して下さい。彼女に関しては、すべてはなかったことに」

 朱羽は厳しい面持ちのまま――。

「やだ、違う、あたしも辞める。辞めて朱羽を助けたいの。結城、あたしも辞めるの」

 あたしは必死になって言った。

「ごめん。俺は……自惚れすぎていた。あなたの幸せを俺が作ってやると。だけど違う。あなたの幸せは、ここにある。あなたの家族は、ここに。あなたを求める家族がここにいるのに、俺がそれを壊すわけにはいかない」

「朱羽、なにを言ってるのよ、朱羽!!」

 あたしは泣いて彼に縋るが、朱羽の表情は変わらない。

「結城さん。彼女をよろしくお願いします」

 そう朱羽が言って、立ち上がろうとした時。

「香月。歯を食いしばれ!!」

 胸ぐら掴んだ結城が、朱羽の頬に拳を入れた。

 そして朱羽が乱暴に床に放られる。

「ちょっ、結城!! 朱羽、大丈夫!?」

 朱羽は口を切ったのか、口端から血が流れていた。

「お前の、鹿沼に対する愛情はそんな程度だったのか? そんな簡単に俺に託せられるものなのか?」

「……っ」

「俺、こいつを泣かせるなって言ったよな!? なのに、なんで泣かせているんだよ、お前は!!」

 結城は朱羽に馬乗りになった。

「お前は俺に約束しただろ!? こんな簡単に破るような、そんな意志の弱い男だったのか、お前は!!」

 拳が振るわれるのを、あたしも皆も必死に止めた。
 
「もういいのか、お前にとってこいつは! 退職願を出したらそれで終われるのか、こいつも俺達も。お前にとってシークレットムーンに所属している連中は! 俺も鹿沼も含めて、そんな紙切れ一枚で断絶できるような、そんな程度でしかなかったのかよ!?」

「じゃあ他にどうすればいいんだよ!!」

 朱羽はまっすぐに、睨み付けるように結城を見据えながら、日頃の彼らしからぬ怒声を上げた。

「俺から会社を切り離さないと、シークレットムーンは今度は忍月の力で潰される。俺も辞めなきゃならないんだよ!! 辞めて、あなた達とも無関係だとそう言い張って、忍月の力でシークレットムーンを守らないと!!」

 シークレットムーンが潰されるなんて、あたし朱羽に聞いていない。
 そんなこと、朱羽はひとりで抱えようとしてたの!?

「未練があるなんて知られたら、完全に潰されるんだよ!! 会社も陽菜も、俺の手の内にないなら切り離すしか。そうじゃなかったら、誰がこんな辞表出したり、陽菜を結城さんに頼むなんて言うんだよ! そんなことしたくないよ、陽菜にも辞表を出させず、ここで社長になったあなたを支えたいよ。そうあなたにも約束したのに、反故になんかしたくない!! だけど、仕方がないだろう。俺が、俺が!」

「は……」

 結城がため息をついた。

「おい、皆。ようやく言ったぜ、こいつの真情。鹿沼にも劣らず、香月も本当に頑固で、そう簡単には心を見せないから」

 あたし達はきょとんとして結城を見上げた。

「だからお前は!! どうしてひとりでなんとかしようとするんだよ、アホ!!」

 結城は朱羽の頭に拳骨を食らわせた。

「お前もだ、アホ2!!」

 あたしまで拳骨を食らった。

「そんなに頼りないか、俺達は。俺は!!」

 結城の真剣さが痛い。

「守るという建前で、結局は簡単に捨てようとする。香月、お前だって忍月と同じじゃねぇか。お前、されて嫌なことを俺達にしてるだけだぞ!?」

「なっ!?」
 
 朱羽の表情が崩れた。

「鹿沼を取り込んだところで傷の舐め合いだ。鹿沼を放っても結果は同じ。お前が落ち着くまでに潰れるぞ、シークレットムーン」

「だから!! 潰さないように俺がっ」

「お前は、全知全能の神様じゃねぇんだよ、香月!! 意気込んでてもお前にも限界があることを認めろよ! お前は人間なんだぞ!? どんなに頭よくてもどんなに金があっても、俺達庶民と同じ生身の人間なんだ! 痛めつけられれば、傷ができて血を吹くんだ! 身体も心も!」

「……っ」

「もっとたくさん泣いて笑っていいんだよ、お前は。馬鹿やってボケて突っ込んで、お前……俺と笑っていられただろう? どんなに鉄仮面被ってても、お前は普通の感情がある人間なんだ」

 結城はきっと、憎まれ役を買って出たんだ。

 結城が、朱羽を見捨てるはずがない。結城は優しくてお人好しで。……そう変わったのが、今の結城なんだから。

 皆から慕われて、あたしは八年も友達をしていた奴なんだから。

「……俺達はっ、お前や鹿沼を犠牲にしたくねぇんだよ!! 香月、鹿沼、俺達は……お前達が思っている以上に、お前達が好きなんだよ。お前達を失いたくねぇんだよ!!」

 結城は朱羽の腕を掴んだ。

「香月!! お前を忍月にはいかせねぇぞ!! おかしな奴らがいる忍月なんかに、お前を染まらせてたまるか!! 鹿沼も染まらせないぞ!!」

 そしてあたしの腕も掴んだ。

 朱羽の目から――、

「香月だって、俺達の家族だろうが!! なに鹿沼に良い格好して、他人顔をしてこんなもの出しやがるんだよ、そこが一番むかつく!! お前にとってシークレットムーンはどうなんだよ、お前にとっては"帰る処"じゃねぇのかよ!!」

 涙が一筋、零れ落ちた。

「俺の……帰る処?」

「そうだろう、香月。お前はうちに来た時点で、嫌でも俺達の家族になったんだよ」

「……っ」

「――香月朱羽、お前に尋ねる。俺達は、お前にとってどうでもいい存在か!?」

 朱羽は唇を噛み、ゆっくりと頭を横に振った。

「お前にとって俺は!! 簡単に捨てられる友達か!?」

 これにも彼は、真剣な顔で頭を横に振った。
 
「お前もだ、鹿沼!! お前がそんな選択とるのは俺、正直ショックだぞ!? なんでその前に俺達に相談がねぇんだよ。辛い時にない頭を振り絞って考えるのが、友達だろうが。そうやって来ただろう、俺達! ……鹿沼、俺はどうでもいい奴か!?」

 あたしも頭を横に振った。

「だけど……、そうしたらシークレットムーンが、あなた達が、俺のために」

「だからさ、香月。切り捨てずにいける方法を考えろよ」

「え?」

「お前の天才級の頭、そういうところに働かせろよ。お前はひとりじゃないんだぞ。お前を支えようっていう人間がたくさんいるんだ。お前が俺達を助けてくれた分、俺達だってお前を助けたいんだよ。俺達を使うことを考えろ。俺達は色々なものを背負ってきて、俺達の個々の環境は、お前にとって色々な利点があるはずだ」

「利点……」

「お前のためなら、皆どこへでも行って土下座をしてでも、必ず勝ち取る。……最初にそう言ったのは、あの真下だぞ!?」

「"あの"は余計だ! 香月、私は役に立つと思うんだ。シークレットムーンの支柱に、ようやく今度は、私が役立てれると思うんだよ。……陽菜、私も一緒に戦わせて。友達として、同僚として」

「衣里……」

「そうっすよ、主任と課長がいなかったら、WEB部どうするんですか。忍月よりもっとやることあるっすよ? 俺は尻ぬぐい出来ないっす! それにうちの親父、シークレットムーンの顧問弁護士になってくれるって言ってくれたから、色々コネ使えるっす! きっと課長のお役にたてると思うっす」

「木島くん……」

「鹿沼ちゃんは、杏奈と違う選択をしたんだね。だったら杏奈、香月ちゃんや鹿沼ちゃんに色々アドバイスしてあげられることもある。杏奈に財界の知識があるんだよ? だから勝手に消えないで。どんなコンピューターにも忍び込むし書き換える。杏奈も力になれるはずだから」

「杏奈……」

「お前ら、俺達の団結力、思い知ってるだろうが。俺らシークレットムーンはお前のために動く。俺達を顎で使え」

 結城の合図に皆が一斉に頷いた。

 涙が止まらない。

 まさか皆が力になってくれようとしているなんて。そんな選択肢、まるでなかったから。……多分、朱羽にも。

 迷惑をかけることに怒る彼らではなかった。

 一緒に戦おうとしてくれる彼らだということを、あたし達は失念していた。
 
 なんて、なんて素晴らしい仲間なんだろう。

 どうだろう、朱羽。

 少なくとも、あたし達の精神的な力になるのだから。背中を押してくれる力となってくれるのなら、彼らの力を借りようじゃないか。

「――香月。お前なら、もうわかってるだろ? 俺達がお前の正体をわかっている理由」

 ……ああ、そうだ。彼らの物言いは、朱羽が財閥の御曹司で、抗争があるということを示唆していた。

 それは彼らが知ったのは、多分――。

「お前が色々考えて自己犠牲を決めたように、違う方法でちゃんと色々考えて、言いたくないことを話してくれた奴がいるんだよ」

 結城達は身体をどかした。

 あたしと朱羽の前に道が出来、その奥にいたのは、

「お前が俺を守ろうなんて、百年早いんだよ、朱羽」

 椅子に座って、腕組をしていた宮坂専務だった。
 
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