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Protecting Moon 6
しおりを挟む「渉さん、なんで……」
「仕方ねぇだろうよ。どんなに俺達にとってはトップシークレットの話だろうと、どう考えても俺が出来ることは……、シークレットムーンの連中の底力に頼るくらいしか思いつかなかったんだから。それじゃねぇと誰がべらべら喋るか、沙紀にもずっと言えなかったことを。自慢できる家柄ならまだしも、母親殺されてる、こんな酷いところなのに。だけどまあ、だからこそ、こいつらは一丸になってくれたんだがよ」
"母親を殺されている"
誰も驚かない。
そこまで専務は自分を曝け出して、皆に話したのか。
……恐らく自分のためではなく、朱羽のためだ。朱羽の心を守る力が欲しかったからだ。同時にそれが、この事態を打開できる術になると信じて。
専務の眼差しが険しくなる。
「なあ朱羽、カバ。俺は……お前らを犠牲にしてまで、沙紀と"こっち側"で幸せになりたくねぇんだわ。かといって"あっち側"にも行く気はねぇ」
沙紀さんが横について、専務の肩に手を置く。
童顔で小柄で、だけどパワフルな沙紀さんが、まるで聖母のように慈悲深い眼差しを向けて語る。
「私も話は聞いたわ。朱羽くんか渉か……だけどね、朱羽くん。どちらかだと悩むあたり、既にお祖父様の術中よ?」
「え?」
「どちらも取らないの、朱羽くん。ううん、どちらも取ると言えばいいのかな。……もっと、貪欲に。あなたと渉なら、知恵がある。そしてシークレットムーンには、要所要所のいいところに"役者"や"助言者"が居て、機動力がある。私と陽菜ちゃんだって、ふたり揃ったら無敵だと思う。私、虐めにも負けないし、陽菜ちゃんになにかされそうになったら、敵を投げ飛ばしてあげられるし、私になにかされそうならきっと陽菜ちゃんなら敵に噛みついてくれる」
沙紀さんは笑う。
「……とな、沙紀に言われてさ。ちょっともがいてみねぇか、朱羽。俺とお前とで。それで無理なら他の弟達もひっぱり出して。ただ言いなりになるのではなく」
専務も笑う。
「俺も、お前をこのまま忍月に渡す気はねぇよ。そしてシークレットムーンも、弟達の会社も潰される気もねぇ。確かにカバのガッツはお前の力になるかもしれねぇし、見合いもぶっつぶせるかもしれねぇ。だけど、100%じゃねぇんだ。カバだけでは、お前の味方は少なすぎる」
朱羽は唇を震わせた。
「お前、俺の力もあてにしねぇで、ひとりで突っ走ろうとしてただろう? 他の弟達……お前の兄達の助力も、ハナからあてにしてねぇな」
「……っ」
「だけど、こいつら……シークレットムーンの連中がいるならまた話は別だ。こいつらを働かせろ」
朱羽は周りを見渡し、そして結城に視線を合わせると、苦しそうに目を細めた。
「駄目だ。あなた達が忍月の力の犠牲に……」
結城が笑った。
「ならないように、お前も俺達も頑張ればいいだけだろう? なあ、鹿沼。お前の信条はなんだっけ?」
あたしは言った。
「One for all, All for one」
「香月。お前は俺達全員のために動け。そして俺達全員はお前のために動く。俺達はそのつもりだと、もう既に話はついていたんだけど。……お前はどうだ?」
結城を始め、衣里も杏奈も木島くんも専務も、皆笑っていた。
ああ、強い。
心も未来も明るく強いものとなる。
あたし達を信じて、助けようと手を差し伸べてくれる人達の存在は、力になる。
朱羽はあたしも会社も助けてくれた。
今度は、朱羽が助けられる番だ――。
「朱羽。味方は、あたしだけじゃなかったよ?」
ぶわりと涙を溢れさせて、あたしは朱羽の手を握る。
「朱羽があたし達にしてくれていたことは無駄じゃなかった。ねぇ朱羽。皆を信じてみようよ。シークレットムーンの香月朱羽として、頑張ってみよう? もうあたしを捨てないで? 一緒に戦わせて? なんでもするから」
「……ん」
感極まったように涙ぐむ朱羽からは、そんな言葉とともに、決意のようにぎゅっとさらに強く手を握られ、彼は何度も何度も深く頷いた。
「朱羽にとってもあたしにとっても、……結城達は家族なんだよ。専務も沙紀さんも。月代社長が呼び寄せてくれたあたし達は、皆……シークレットムーンで繋がった家族で、朱羽を含めた皆でシークレットムーンなんだ」
「ん」
朱羽は俯きながら鼻を啜っていた。
結城が朗らかな声で言った。
「じゃあこれはいいな、破って。社長ではないけど、俺が社長代理で破らせて貰うが」
「「はい」」
あたしと朱羽の返事で、結城によって退職願は破られた。
びりびりと心地いい音がして、宙に舞う。
ひとつの鬱屈した事態が去り、あたしや朱羽にとって、見ようとしていなかった皆の心情を、その力を、糧に出来る場面に来たのだと、あたしは悟った。
なにも解決したわけではない。戦いはこれからであり、あたしの、朱羽の環境が変わっただけのこと。全員で戦う目標が出来たということ。
泣いている朱羽を見ていると、彼もどんなに心寂しかったのかと推察できる。あたしが不甲斐ないばかりに。
専務が言う。
「朱羽、お前わかっていただろう。わかっていて、『退職届』ではなく『退職願』にしたんだろう?」
朱羽は黙っている。
「え、あたしが退職願にしたから揃えたんじゃ? というか、届という書き方もあったの今気づいたんですが、違いはなんですか?」
専務はにやりと笑った。
「退職願は会社側の合意が必要で撤回が出来るが、退職届は決定事項となる。だから朱羽もまた、想定外のやむを得ぬ事情だったとはいえ、退職することに対して、撤回したいという僅かな希望を置くほどには、シークレットムーンに、お前達に……未練があったんだろうよ」
朱羽はなにも答えなかった。
***
「なあ、カバ。お前の本音を聞きたい。だから朱羽を遠ざけた」
宮坂専務は、あたしだけを客間に連れると、ベッドの上に腰掛け、膝の上に肘を置いて両手の指を組み、険しくも思える真摯な表情を向けた。
「朱羽と俺は、未来をかけて忍月財閥に立ち向かう。その時、苦労するのは沙紀とお前だ。俺と朱羽の想い人であるというだけで、生死がかかった……矢面に立たされる可能性がある」
「はい」
あたしはカーペットが敷かれている床に正座して、真顔で返事をする。
「お前の日常は壊されるかもしれない」
「はい」
「今なら引き返せる。今なら、お前も朱羽も傷つかない。それでもお前は、俺達兄弟ですら、憎悪と同時に畏怖する忍月財閥を相手に、朱羽と戦う気か?」
専務から"兄弟"と聞いたのは初めてのこと。
朱羽の兄であってくれたことに感動を覚えながらも、あたしは専務の目をしっかりと見て言った。
「傷ついて血を流すことは覚悟の上。あたしが朱羽と出会った意味は、朱羽を守るためだと思っています」
「カバ……」
「シークレットムーンの皆も朱羽の盾になってくれました。だったらあたしは、朱羽の矛となって朱羽を傍で奮いたたせます」
専務は軽く目を伏せ、口元だけで満足げに笑みを作る。
「……お前、朱羽と退職してどうする気だった?」
それは射るような鋭い眼差しで。
獲物になった心地がしながらも、あたしはひと言ひと言に思いをこめて、きちんと答えた。
「朱羽が、たとえ専務を気遣ってでも次期当主になると決めたからは、あたしも本家に乗り込むつもりでした。勿論その前の見合いはぶっ潰して」
「は……。朱羽は言ってなかったのか? 本家を牛耳る義理の母が……」
「聞きました。朱羽の母親も、専務の母親も殺されたと。そして朱羽も現当主と義母さんに、目の前で殺されかけたと。手を差し伸べてくれたのは専務だけだったと」
「……。……乗り込むって、潰すってどういう風に」
「決めてませんが、たとえ殴り合いになっても頑張ろうかと」
専務は愉快そうに声をたてて笑った。
「お前、忍月にはSPが居るんだぞ? 朱羽もそれ、知ってるくせに」
「その時、考えます。罠をしかけるのもいいかもです。頭脳派の朱羽の爆弾を本家に仕掛けるなんてどうでしょう」
「よくねぇよ、すぐお前達捕まるだろうが。警察やマフィアより怖いぞ、忍月は。戸籍消されて、黒服に東京湾に沈められるぞ?」
それは、OSHIZUKIビルに流れる噂じゃないか。
「頑張って浮上します。こう見えて、水泳は得意です」
「お前なあ。具体的な案を朱羽と話し合ってねぇのに、体当たりなんて無鉄砲すぎるぞ。大体お前、怖くねぇのかよ。人間を人間と思わない場所に行くというのに。俺、目の前で母親殺されてるんだぞ!?」
「不安や恐怖はないかと言われたら、あります。ないとは言い切れない。あたしが相手にする敵の規模もまったくわからない。だけど、朱羽を守るためなら、あたしは傷つくのは怖くない。朱羽が好きだから、朱羽への想いゆえにあたしは行けるんです。そのために仲間を捨てようとしました。あたしの心の拠り所であった仲間達を。それくらいの覚悟だと言えば、わかって頂けますか?」
専務の瞳が揺れている。
「ただ……これだけは怖い。朱羽を守ってくれる専務には正直に話しますけど」
「なんだ?」
あたしは唇を噛みしめ、作った拳に力を込めると、乱れた息を整えて言った。
「あたしも向島の千絵ちゃんと同じなんです。あたしは……妹の前で、実の父親に犯されました。あたしは、それがショックで、睡眠療法でも効果がないほどの、月に一回満月の時に発作のように狂って、朱羽の母親のような……色狂いになりました。九年前、朱羽と寝たのも、満月のせいでした」
専務の黒い瞳が、じっとあたしを見ている。
「ずっと、それに苦しんでいました。結城に助けられながらも、あたしは恋愛をしたくなかった。あたしは穢れていて、恋愛は刹那に終わるものだと思っていました。だけど、朱羽に助けられ、朱羽にすべてを受け入れて貰えて、朱羽なら……永遠を信じられるようになったんです。今こうして専務にお話出来るのも、朱羽のおかげで克服できそうなところまできたからです」
「カバ……」
「もしもあたしの過去が朱羽の足を引っ張るようになったら、その時は……」
あたしはまっすぐに専務の目を捕えて、言った。
「朱羽の前から消えたいと思ってます」
「………」
「あたしの過去だけは、どんなに努力しても消すことが出来ないんです。その不可抗力的なもののせいで、朱羽が窮地に陥るくらいなら、あたしは去ります。だから専務。もしそういうことが起きた場合、その時は朱羽のフォローを」
「却下」
腕組をしながら専務は言った。
「専務!!」
「さっき、朱羽がお前を離そうとした時、あれはあいつにも苦渋の選択だったとはいえ、それでも朱羽に、ああいった選択肢もあったことが露呈した。だが結城が、朱羽の優しさという名の弱さを殴りつけ、お前との関係に出来たヒビを補強し、その選択肢を切り捨てさせた。結城との友情にかけても、あいつはこれからは、なにがあってもお前を離さねぇ」
「……はい」
「朱羽は、お前の過去を含めたすべてを愛してる。お前だけが人生のパートナーだと、朱羽はすでに覚悟を決めている。男の覚悟を甘く見るんじゃない」
「でも……っ」
「俺が朱羽なら、仮にお前の過去が問題になったとしても、お前を守るために強くなろうと努力する」
「……っ」
「出来ないのは、死ぬ時だけだ」
「専務……」
「俺が知っている朱羽は、お前に命がけの恋愛をしている。お前の過去を気にするような男であれば、もう既に見切っていたさ」
専務は薄く笑う。
「それにカバ。過去は過去だ。なにそんな"もしも"のことを思って、卑屈になっているんだ。お前は、そんな女じゃないだろう」
「……っ」
「最初からお前は俺に噛みついてきた。他の女のように、俺の肩書きや外見だけですり寄ってきた女じゃない。朱羽にもそうだっただろうが。だから朱羽は手こずりながらも、お前が欲しくて欲しくてもがいていたんだ」
「………」
「朱羽はな、アメリカに居た時、しばらく俺にも心を開かず、無感情で無表情だった。何年もかけて、しかもあいつがお前に会いたいとその一念発起で、ようやく表情らしきものが出てきた。だけど忍月コーポレーションに入れて、俺が……お前を恋しがって会いたがっていた朱羽を止めた。朱羽も監視されていたのがわかっていたから」
「………」
「俺のせいであいつは、俺よりずっと籠の中の鳥だった。今みたいに穏やかで嬉しそうに笑う顔、したことなかったんだぜ? 俺や沙紀の前ですら、大人びた……妙に達観した顔で笑ってたんだからな」
専務は嘲るように笑った。
「惚れた女のすべてを守れて、初めて男といえる。俺も沙紀を選んで、沙紀に俺の境遇を話した時には、それを受け入れて貰えた時には、どんなことがあっても沙紀を守ってやると心に誓った。わかるか、それが今の俺の生きる力だ」
「専務……」
「沙紀のためなら、どんな奇跡だって起こしてやる。俺達が出生を語るというのは、それくらいの覚悟が必要なんだよ、カバ。生半可の気持ちで、告白なんかしてねぇ。死んだ母親の二の舞にならないように、忍月を怖がって俺達から離れないように、必死に祈りながら話してる。お前がその……満月のことを朱羽に話す時も、かなり勇気が必要だったように」
「……はい」
「そんな俺達に、お前の過去なんかまるで痛くも痒くもねぇ。朱羽を見損なうな。あいつはありえない成長をしてブレーン的才覚を持った、まだまだ未知数の奴だ。そう変貌したのは、すべてはお前のためだ。お前が朱羽の核で、朱羽を成長させる。それはこの状況を打開出来る手札となりえる」
「はい」
「お前が朱羽のために血を流す覚悟があるのなら、朱羽に選ばれた女だと、胸を張って堂々としてろ。それが朱羽の力となる。お前の卑屈さが一番、朱羽の足を引っ張る」
「わかりました」
専務の力強い言葉は、すっとあたしの胸の中に入った。
反論も出なかった。
「それに、そんな過去があったから、お前……朱羽と出会えたんじゃねぇか。結城と出会ったことも必然。シークレットムーンに、月代さんに選ばれたことも必然。お前が月代さんの会社にいてくれたから俺は、忍月の魔の手がかかりそうな朱羽を、堂々とお前に引き合わせることが出来たんだ」
「………」
「ものは考えようだ。すべては意味があって繋がっている。お前がシークレットムーンにいなかったら、俺はOSHIZUKIビルにお前の居る会社を引き寄せることが出来なかったかもしれない。俺か朱羽が今頃死人のような面して忍月財閥を継いでいたかもしれねぇ。今のような……少しでも自由があり、俺が沙紀と一緒に居れて、朱羽とお前が恋人になり、朱羽に仲間が出来る……そんな環境があったのは、突き詰めれば……お前にそういう過去があったおかげだ」
あたしはくすりと笑ってしまった。
過去は消せない。消せないけど、意味があって今ここにあると考えれば、あたしの唾棄すべき過去も、いくらかは可愛く思えた。
「あの……社長に、この件は話してますか?」
「忍月が動き出した、とだけな。なんでだ?」
「いえ、社長、あたしが退職を決意したということを知っていたような口ぶりでしたから」
「はは。月代さんは、一を聞いて十を知るカリスマなんだぞ。状況をあのひとなら見抜いていただろうな。誰より社員の性格を理解しているだろうし」
「……っ」
「お前達は、凄いひとが作った会社に勤めてるんだぞ? 本当に俺も行きたかったんだから。羨ましくて仕方がないよ」
「はは……」
本当に社長は凄いひとなんだとあたしも思う。
どの程度この状況を見抜いていたかはわからないけど、彼はこう言ってたんだ。
――俺以上に、睦月を始めとしたあいつらは、ちゃんとよく仲間のことを考えてるぞ? もしかすると、渦中にある香月や、補佐しようとするお前より、状況を見ているのかもしれん。
彼は信じていた。
あたしと朱羽を、社員達は引き留めると。
――お前も香月もひとりじゃないことを、常に心に置いておけ。切り捨てようとしても、切り捨てられないものが、どんな力に化けるか未知数だぞ。
確かにそうですね、社長。
今、心底実感します。
彼らの存在で、あたしも朱羽も、途方もない勇気を貰ったように思えるんです。
あたし、世界中で一番の、最高の会社に勤めさせて貰いました。
シークレットムーンはあたしの誇りです。
「まあ、株主総会もまだだし、結城が社長になれるのか、俺も月代さんに言われた通り、一抹の不安も過ぎる。株主に挨拶をして反応を見ている結城もまた、裏では渋い顔をしているんだ。とんだ番狂わせの事態が起きるのではないかと」
確かに不安からくるものもあるだろう。
だけど三人が感じているのなら、それはもう最悪事態になる前触れなのではないか。
だとしたら、それをみすみす見過ごすわけにはいかない。
シークレットムーンを対外的にも安定させるには、結城が社長として常駐することだ。
最低限それが、シークレットムーンに所属したままを選んだ朱羽の鎧になる。病に倒れた月代社長に、これ以上頼ることは出来ないのだ。
あたしに出来ること――。
「……あの、専務……社長が、あたしに名取川文乃を落とせと言われたんです」
専務は数度瞬きをしてから、驚いた声を上げた。
「はああ!? それ本気の話か!? 名取川文乃は俺だって会ったことがない、もしかして忍月財閥の当主が会えるレベルの……月代さんは会っていたのか!? ……いや、そんなことより待て。お前に落とせって?」
色々とパニックになっているらしい。
それくらいのネームバリューがあることを、専務は知っていたようだ。
「はい。彼女が味方につけば、忍月の中でもあたしが動きやすくなると。電話をしてくれているそうです」
「………」
「ラストミッションだと、言われました」
「月代さんが言うなら、都合がつき次第、早く動いた方がいいな。確かに彼女は、副社長の育ての親同然でもあり、押さえつける力がある」
「落とすってどうすれば……」
「それはお前の課題だ。だが多分、お前なら出来ると思う。月代さんは人選を間違わないから」
「はあ」
「自信を持て。名取川文乃にしても、朱羽のことにしても。お前は俺の可愛い弟が選んだ女だ。……俺の可愛い妹なんだよ。俺と結婚を決めてくれた沙紀にとっても、同い年だろうが妹だ。だからあいつ、はしゃいでいるだろう。沙紀は、妹を欲しがっていたから。いいか、お前の家族は、ここにもいることを忘れるな」
「……っ」
力強い。
社長を彷彿させる専務のこの熱情と温情で、朱羽も助けられてきたのか。
「お前が朱羽を支えてくれるなら、俺はいつだって、朱羽だけではなくお前のためにも、全力で助力しよう。お前達が道を誤りそうなら、俺はどんな手段をもっても全力でそれを止める。だから脇道に惑わされず、ただ前だけを見て、走れ」
「ありがとう、ございます……」
涙ぐんで俯いたあたしに、専務は笑いながら頭を掻いた。
「しかし、俺、結城達に言ってたんだわ。お前と朱羽はまだ結論つかずに、俺に遠慮してへんな顔してここに来るはずだと。まさか、朱羽があんなに嫌がっていた次期当主を決意して、お前ごと本家に入る覚悟だったとは。朱羽がそこまで、お前を得たことで強くなっていたとは。いや、お前が朱羽を受け入れて、本家に乗り込むまでの覚悟をしていたのも誤算だ。……これもある種の化学変化か。本当にお前らは、俺を楽しませてくれるよ」
専務は笑った。
「お前達が退職願を持ってくるなど、俺との話が違うから、結城達は焦ってお前を詰った。全部見通せなかった俺のせいだ。すまなかったな」
「そんな、とんでもありません! あたしも朱羽も、もっと皆と話し合えばよかったんです。ふたりで、話を進めてしまったから。彼らを傷つけてしまった、当然の報いだと思っています」
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あたしは返事できなかった。
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「……結城らしい。そういう奴なんです」
「はは。なぁ、カバ。朱羽から、あのクソババアやジジイの話を聞いてなおも、お前は朱羽と本家に入ろうするほど、朱羽に惚れてくれてありがとうな」
「別にお礼なんてっ」
「俺も朱羽も、いい女と仲間に巡り会ったな。こんな問題児達なのにさ」
専務は嬉しそうに笑った。
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