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1.ゼラニウムは、予期せぬ出会いを誘い寄せる
三十才はセフレのお年頃
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育たない想いに、何度目かの別れは彼女に涙を流させるには至らなかった。
九年前に、涙もなにもかも枯れ果ててしまい、いまだ潤うことはなく。
そんな欠陥人間だから、浮気をされても仕方がないと思うようになった。
それでもいつかは欠けたものが埋まるのではないかと、期待をして付き合ってみるけれど、いつも結末は同じ。
(わたしは、選ばれない)
いずれ別れが来る恋愛よりも、仕事をしていた方がいい。
誰かに必要とされる好きな仕事でキャリアを積む方が、よっぽど日々が充実している。
殊更今は、強くそう思う。
(しばらく、恋愛はいらないわ)
「……とまあ、わたしのことはいいのよ。それより、仕事の話で……」
「明日」
「え?」
牧瀬がテーブルに片肘をつき、前髪を掻上げながら香乃に言う。
その目にはいつものような温和さがなく、男の艶に満ちている。
「さすがに、今夜とは言わねぇよ。そこまで鬼畜じゃねぇし」
「だからなに……」
「セックス、しよ」
彼は妖艶さを纏いながら、彼女を誘う。
「俺に今、彼女はいない。お前も別れた。そういう、セフレ契約だったろう?」
「ちょ……っ、シタいなら牧瀬が誘えばついてくる女の子はたくさん……」
「だったら、見積出す? 香乃チャン」
「……どちらも拒否すると言ったら?」
香乃がキッと睨むが、牧瀬は超然と笑う。
「香乃チャンの実家のお花屋さん、俺のコネを失ってしまって生き抜けるのかな? また仕事、紹介して欲しくないのかな?」
香乃が断れないということをわかって、牧瀬は超然とした笑みを見せてくる。
いつも彼にセフレ関係を持ちかけられるのは、実家の花屋の経営状況が苦しい時だ。
セフレになることで、彼はそのコネを使って客を紹介してくれて、なんとか実家は危機を乗り越えてきている。
蓮見家にとってみれば、大きな得意先を紹介してくれる牧瀬は神。
まさか娘が身体を張っているとは気づいてもいない。
……そして正直、昨夜も、牧瀬に頼んで欲しいと母親から相談があったばかりでもある。
かといって、納得いかない手抜きの仕事はするつもりはなかった。
となれば、彼からコネを引き出せる方法はひとつ。
そんな実家事情をしらないくせに、いつも彼からの誘いは見計らったかのようにタイミングがいい。
――深く考えるなって。煩わしい恋愛がない息抜きだと思えよ。ただのセックスを伴うフレンドということで。
ライトな関係。
ギブアンドテイクの関係。
それでも仕事では、本気でぶつかることが出来、信頼している有能な唯一の同期。
――お互いフリーの時に、気が向いたら親睦しようぜ、香乃チャン。コネの紹介は、セックスの礼ということで。
セフレなど、牧瀬がその気になればたくさん作れるだろう。
大体、牧瀬は女と遊んでいることを、自分で自慢してきていたのだから。
「さあ、どうする? 俺からの誘いに乗れば、実家も万々歳。それでも拒絶?」
「八年もの付き合いの長いわたしに、姑息で汚い手を使うわね、アホ牧瀬」
「俺の手口はお前が一番知っているだろう? そして俺もお前のことを知っている。お前は汚い手で仕事をしねぇってことくらい。それにそれ以外の手があるのなら、不定期だろうがセフレな関係になってねぇよな、俺達。ずっと清い清い同期のまま」
「……っ」
セックスが苦手なのに、結局彼とのセフレに甘んじるのは、彼だけは身体に潤いを与えてくれるからだ。
心を繋げなくてもいい分、好きだという演技をしなくてもいい分、セックスだけに没頭出来る。
快楽に逃げることで、いまだ自分を苛む悪夢を忘れることが出来るから――。
「ということで決まりな。明日、一緒に早く帰れるようにしとけよ。紹介先、選別しておくから」
牧瀬は邪気のない顔で笑った。
蓮見香乃、三十才。
甘酸っぱい恋だけに夢見る歳ではなく、それなりの大人の付き合いも覚えている。
九年前に、涙もなにもかも枯れ果ててしまい、いまだ潤うことはなく。
そんな欠陥人間だから、浮気をされても仕方がないと思うようになった。
それでもいつかは欠けたものが埋まるのではないかと、期待をして付き合ってみるけれど、いつも結末は同じ。
(わたしは、選ばれない)
いずれ別れが来る恋愛よりも、仕事をしていた方がいい。
誰かに必要とされる好きな仕事でキャリアを積む方が、よっぽど日々が充実している。
殊更今は、強くそう思う。
(しばらく、恋愛はいらないわ)
「……とまあ、わたしのことはいいのよ。それより、仕事の話で……」
「明日」
「え?」
牧瀬がテーブルに片肘をつき、前髪を掻上げながら香乃に言う。
その目にはいつものような温和さがなく、男の艶に満ちている。
「さすがに、今夜とは言わねぇよ。そこまで鬼畜じゃねぇし」
「だからなに……」
「セックス、しよ」
彼は妖艶さを纏いながら、彼女を誘う。
「俺に今、彼女はいない。お前も別れた。そういう、セフレ契約だったろう?」
「ちょ……っ、シタいなら牧瀬が誘えばついてくる女の子はたくさん……」
「だったら、見積出す? 香乃チャン」
「……どちらも拒否すると言ったら?」
香乃がキッと睨むが、牧瀬は超然と笑う。
「香乃チャンの実家のお花屋さん、俺のコネを失ってしまって生き抜けるのかな? また仕事、紹介して欲しくないのかな?」
香乃が断れないということをわかって、牧瀬は超然とした笑みを見せてくる。
いつも彼にセフレ関係を持ちかけられるのは、実家の花屋の経営状況が苦しい時だ。
セフレになることで、彼はそのコネを使って客を紹介してくれて、なんとか実家は危機を乗り越えてきている。
蓮見家にとってみれば、大きな得意先を紹介してくれる牧瀬は神。
まさか娘が身体を張っているとは気づいてもいない。
……そして正直、昨夜も、牧瀬に頼んで欲しいと母親から相談があったばかりでもある。
かといって、納得いかない手抜きの仕事はするつもりはなかった。
となれば、彼からコネを引き出せる方法はひとつ。
そんな実家事情をしらないくせに、いつも彼からの誘いは見計らったかのようにタイミングがいい。
――深く考えるなって。煩わしい恋愛がない息抜きだと思えよ。ただのセックスを伴うフレンドということで。
ライトな関係。
ギブアンドテイクの関係。
それでも仕事では、本気でぶつかることが出来、信頼している有能な唯一の同期。
――お互いフリーの時に、気が向いたら親睦しようぜ、香乃チャン。コネの紹介は、セックスの礼ということで。
セフレなど、牧瀬がその気になればたくさん作れるだろう。
大体、牧瀬は女と遊んでいることを、自分で自慢してきていたのだから。
「さあ、どうする? 俺からの誘いに乗れば、実家も万々歳。それでも拒絶?」
「八年もの付き合いの長いわたしに、姑息で汚い手を使うわね、アホ牧瀬」
「俺の手口はお前が一番知っているだろう? そして俺もお前のことを知っている。お前は汚い手で仕事をしねぇってことくらい。それにそれ以外の手があるのなら、不定期だろうがセフレな関係になってねぇよな、俺達。ずっと清い清い同期のまま」
「……っ」
セックスが苦手なのに、結局彼とのセフレに甘んじるのは、彼だけは身体に潤いを与えてくれるからだ。
心を繋げなくてもいい分、好きだという演技をしなくてもいい分、セックスだけに没頭出来る。
快楽に逃げることで、いまだ自分を苛む悪夢を忘れることが出来るから――。
「ということで決まりな。明日、一緒に早く帰れるようにしとけよ。紹介先、選別しておくから」
牧瀬は邪気のない顔で笑った。
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甘酸っぱい恋だけに夢見る歳ではなく、それなりの大人の付き合いも覚えている。
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