水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~

楪 彩郁

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『水月の国』と曲芸団

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「どう? やっぱりだめ?」
「……はい」
「そう。まあ、記憶があるのは不幸中の幸いよ。そう思って、元気出しなさい」
「ありがとうございます」

 渚は穏やかに笑って、波音の肩を優しく撫でた。励ましてくれているようだ。波音も精一杯笑って返したが、それは大層ぎこちなく、引きつっている。意識はクリアになっているが、完全には現実を受け止めきれていないのだ。

「大丈夫よ、どうにかなるわよ」
「私……これから、どうすれば?」
「そうね。あんたを拾ってきたのは碧だし、聞いてみる?」
「でも、これ以上はご迷惑かも……」
「あーもう! うじうじ言ってないで、相談しなきゃ! どう考えたって、一人じゃ生きていけないでしょう!」
「は、はいっ」

 ぺちっと音がしたかと思いきや、波音は両頬を軽く叩かれた。渚が気合いを入れてくれているようだ。

「なんだったら、私があんたの友達になってあげる。泊まるところがないなら、しばらくはうちで面倒見てあげてもいいわ」
「えっ! いいんですか? でも……急に、どうして?」
「『でもでも』って、うるさいわね。私があんたを気に入ったからに決まってるでしょ? それに、恋のことを……相談できる女の子友達、ほしかったし……」

 渚は最後まで言うのが恥ずかしかったようで、どんどん声がしぼんでいった。アメシスト色の瞳が左右に揺れている。見た目は立派な成人男性なのに、そういう可愛らしい部分も見ていると、不思議と波音の心も和んだ。

「よろしくお願いします、渚さん」
「……分かったわ。ただし、私と碧の恋路を邪魔するのだけは、だめだからね!」
「それは肝に銘じておきます」

 波音は笑い出した。突然知らないところに迷い込んでしまったのに、親切な人たちに出会えたのは、幸運だ。渚が手を前に差し出したので、波音もゆっくりとそれを手に取り、力なく握手した。

「碧を呼んでくるわ。ベッドで横になってなさい」
「はい。お借りします」

 水着姿のままで歩き回らない方がいいと、渚が予備のシャツを一枚借してくれた。波音はそれを水着の上から被り、ベッドに移動して、横になる。

 数十分後、渚が碧を連れて医務室へとやってきた。波音は、今度こそ自力で起き上がる。

「話は渚から聞いた。お前やっぱり、別世界から来たのか」
「そう、みたいです」

 碧はベッドの端に腰掛けて足組をし、顔だけを波音の方に向けた。波音を助ける際に濡れた服を着替えてきたようで、黒のタンクトップとカーキ色のズボンの組み合わせになっている。練習着にしているのか、動きやすそうだ。
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