水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~

楪 彩郁

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奪われたファーストキス

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 ゆら、ゆら。四肢がぶら下がり、身体がリズムよく上下に揺れている。頬と胸に、人肌の心地よい温かさを感じ、波音は目を覚ました。誰かに背負われているようだ。

「……碧兄ちゃん?」
「おい、勝手に兄ちゃん呼びするな」
「……え? あっ、ご、ごめんなさい!」

 波音は、寝ぼけながら幼少期を思い出していた。遊び疲れた時や、水泳教室のレッスンの後は、こうして『碧兄ちゃん』が波音背負い、よく連れ帰ってくれたのだ。

 ついうっかり、目の前の碧を兄ちゃんと呼んでしまい、波音は慌てて謝った。

「はあ……いくら呼んでも叩いても起きないから、こうして運んでやってるんだ。ありがたく思え」
「本当にすみません! 自分で歩きますから!」
「もう着く。ふらふら歩かれても困るから、おとなしくしてろ」
「……はい」

 呆れたように肩をすくめながらも、碧は軽く笑って波音の身体を抱え直した。両足の膝裏に差し込まれた手の存在に気付き、波音の胸がトクンと鳴る。どんなに言葉がぶっきらぼうでも、高圧的でも――碧は、優しい。

(そりゃ、渚さんも好きになっちゃうよね……)

 碧の両肩に手を添え、できるだけくっつかないようにと波音は身じろいだ。そうしないと、胸の高鳴りを碧に悟られてしまいそうだったからだ。曲芸団の一員、しかも団長だからか、肩に触れただけでも鍛え上げられた筋肉が分かる。大和も同じくらい鍛えていたが、なぜか碧には惚れ惚れとしてしまう。

 気を取り直して周囲を見渡すと、夕陽の光が満ち、煉瓦の道は濃いオレンジ色に染まっていた。一日の仕事を終えた人々も多いのか、往来も昼間より多く感じる。

 碧は角を曲がり、住宅街に繋がる階段を一段ずつ上っていく。碧は皇族だと渚から聞いたが、波音を簡単に招き入れるということは、自宅を所有しているのだろう。

 一つ屋根の下で二人きり、それを再確認して、波音はまた顔を赤くした。

「さっきの、『兄ちゃん』って呼んだやつが、俺と同じ名前の男?」
「へっ? あ、はい。そうです」
「……どんなやつだった?」
「急に、どうしたんですか?」

 唐突に、碧は波音に尋ねてきた。どんな表情で、どんな気持ちで聞いているのか確認したくても、背中からはその表情を窺い知ることはできない。

「渚が話しただろうけど、俺は十八歳でこの国に来て、その前の記憶がない。同じ名前のやつがどういう人間なのか、少し気になるだけだ」
「そう、でしたか。碧兄ちゃんは、勉強も運動もできて、優しくて温厚で、お人好しで。よく人助けもしていて……いつもきらきらしている男の子でした」
「お前のアホっぽい説明だと、ぼんやりとしか分からないな」
「そ、それは……すみません。でも、憧れのお兄ちゃんだったんです」
「ふーん。そいつが好きだったのか」

 なぜ今の情報だけで、碧は波音の恋心を見破ったのか。波音は、一瞬呼吸を忘れていた。
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