水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~

楪 彩郁

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奪われたファーストキス

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 碧からおしぼりを手渡され、両手を丁寧に拭いて手を合わせる。「いただきます」と二人同時に言って、朝食が始まった。そういう習慣は共通のようだ。

「あの。この国のルールとか、文化とか、何でもいいので教えてもらえませんか?」

 ロールパンにバターを塗って一口かじり、それを飲み込んでから波音は碧に聞いた。日本とは違うこの国のことを、少しでも多く知っておきたいのだ。質問していれば、話題にも困らない。

 しかし本音を言えば、食事中に男性を前にしてどういう会話をしたらいいのか分からず、波音は当惑していた。

「構わないが。すぐには理解できなくて、混乱するかもしれないぞ?」
「いいんです。早く慣れたいし……分からないことが多いと不安なので」
「そうか。じゃあ……」

 食事を進めながら、碧は水月の国のことについて語ってくれた。

 この国は、周囲を海に囲まれた島国で、領土面積や人口は世界最小クラス。観光資源が豊富で、世界各地から人々がやってくる。特に目玉となっているのは、美しい海と砂浜、そして碧が運営する曲芸団。『海上の曲芸団』として、世界でも有名なのだという。

(同じようなこと、確か渚さんも言っていたな)

 復習するように、波音は頷く。言葉は波音の扱う日本語や外来語と相違ないようだが、ここではそれらが世界共通の言語であるらしい。『日本語』『漢字』『ひらがな』といった、言語や文字そのものを指す単語は、碧には通じなかった。これにはさすがに、波音も度肝を抜かれる。

(不思議……。どういう仕組みなの?)

 碧の言った通り混乱する羽目にはなったものの、波音は気持ちをリセットして、次の話を聞いた。天皇のいる法治国家であることや、国民は戸籍で管理されていること、紙幣や硬貨を用いて売買することなどは、日本のそれらと似ているようだ。つまり、日本とは似て非なる国である。

「あとは……生活するうちに慣れるだろ。分からなかったらその都度聞いたらいい」
「はい。ありがとうございます」

 百聞は一見にしかず。見て、体験して覚えることも多いはずだ。ある程度、情報の整理ができて、波音の気持ちが和らぐ。残りの食事をしてしまおうとフォークを握ったところで、碧の皿が目に留まる。

 碧ばかりが話していたというのに、その皿はほとんど空になっていた。このままでは、また「早くしろ」と急かされかねない。

「あっ……急いで食べますので!」
「ゆっくりでいい。慌てて食べると喉に詰まらせる」
「……はい」

 まただ、と波音は思った。思いがけず優しくされると、調子が狂う。胸がきゅっと絞られるような感覚がするのだ。それは、幼い頃、『碧兄ちゃん』に抱いていた恋心に近いようで、ますます訳が分からなくなる。

(違う……襲われかけて、変に意識しているだけ)

 おんぶしてもらった時までは、好感が勝っていた。目の前の碧のことを、もっと知りたいとさえ思っていたのに、今では複雑な気持ちになっている。
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