水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~

楪 彩郁

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『睡蓮』と幸せのピエロ

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 午前中のうちに、波音と碧は曲芸団の建物へと着いた。昨日と同じく、外の暑さに比べ、中はひんやりとしている。黒塗りの通路を進み、二人は稽古場へと向かった。

 すれ違う団員たちが碧に挨拶をする一方で、波音には不思議そうに視線を向ける。碧が「新人だ」と説明する度に、波音もきちんと頭を下げた。

 それを何度か繰り返した後、屋内競技場のようにだだっ広い場所へと出た。稽古場だ。

 天井から吊されたおびただしい数のライトが、その下で練習に励む団員たちを照らしている。筋力トレーニングをする者もいれば、複雑に重なり合って人間ピラミッドを造っている者、トランポリンで互い違いに跳ねながら華麗な技を披露する者もいる。

「うわぁ……」

 波音は、サーカスの舞台裏を初めて見た。感動のあまり、他の言葉が出てこない。世界随一と呼ばれるショーのために、団員がこうして努力を積み重ねているのだ。

「この数年、俺が世界中から集めた精鋭ばかりだ。当然、練習にも余念が無い」
「……すごいです」
「本番の舞台を見たら、お前は腰が抜けるんじゃないか?」

 碧は鼻高々にそう言った。この曲芸団の団長であることが、きっと誇らしいのだ。

 いずれ本当に腰を抜かすかもしれないと思いながら、それからしばらくの時間、波音は練習風景を見て回った。碧は団員たちに話し掛け、直接指導をしていく。ピエロ担当とはいえ、碧もいくつかの演目には精通しているようだ。

「はい、そろそろ休憩とるわよー!」

 聞き覚えのある声が稽古場に響く。波音が声の主を探していると、出入り口から渚が姿を現した。その背後には、滉もいる。波音は、渚に対して少しの罪悪感を覚え、ぎくりと肩を揺らした。

 団員たちは助監督である渚の元へと集まり、何やら説明を聞いた後、休憩のために稽古場から退散していった。残った碧と波音は、二人の元へと近づく。

「碧! 波音も来ていたのね」
「ああ」
「こんにちは、渚さん」
「あら、一日で随分元気になったみたいね?」
「はい。おかげさまで」

 予想に反して、渚は波音ににこやかに話し掛けてくれた。碧の家に泊まったことで、嫌味の一つでも言われるかと覚悟していたが、そんな様子は微塵も感じられない。波音は胸を撫で下ろした。渚が碧を好きになる気持ちは十分に理解できるからこそ、波音は彼を応援したいと思っている。

(よかった……)

 昨日のことだけ、黙っておけば問題ない。碧も、自ら墓穴を掘るような発言はしないだろう。

「ちょっと待ってください、団長。この人、なんで今日もここにいるんですか?」

 波音が安心していた一方で、滉は波音がまたここに来ている理由が分からないらしく、碧と波音を見比べて怪訝な顔をしている。
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