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『睡蓮』と幸せのピエロ
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「ああ、滉には言い忘れていたが、こいつをうちで裏方として雇うことにした。今日は見学だ。正式に仕事が始まったら、いろいろと教えてやってくれ」
「……はい? どうして俺が? 俺には迷惑を掛けないって、昨日仰ったばかりですよね?」
滉は動揺を示し、その眉間に深い皺を刻む。波音はびくっと肩を震わせた。
「部下を育てるのは上司の仕事だ。滉、お前は副団長だろう」
「ですが……」
「こいつはいい加減な人間じゃない。約束通り、お前に迷惑は掛けないよ」
碧の強い口調は、滉の反論を許さなかった。挨拶をしろと促すように、碧は波音の背中を押して滉の前へと差し出した。
「姫野波音と申します。せ、精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします!」
「……百目鬼滉だ。仕事で少しでも手を抜いたら、許さないからな」
「は、はい……!」
強く睨まれ、波音は背筋を伸ばして腰を曲げ、お辞儀の後に返事をした。碧が一番の鬼上司かと思っていたが、滉の方が何枚か上手かもしれない。緊張こそしたものの、碧に『いい加減な人間じゃない』と評されたことが嬉しくて、波音は胸を張れた。
(きっと大丈夫……いや、絶対に頑張ってみせる)
波音の天職は、水泳を教えることだ。今でもそう信じている。だが、この世界ではそうも言っていられない。生きていくために働かなければ。どんなに厳しくて大変なことでも、弱音を吐かずにやってやろうと、波音は心に決めた。
「はあ……俺も休憩行ってきます」
「それがいいわ。滉、あんたちょっとカリカリしすぎよ。外で頭を冷やしてきなさい」
「余計なお世話です」
渚が茶化すように言うと、滉は渚を一瞥もせず、稽古場を出て行った。渚は両手を広げて肩をすくめると、波音に向き合う。
「波音はいつから働けそうなの?」
「身体は問題なさそうなので、私は明日からでも……。えっと、碧さん、どうでしょうか?」
「お前がそれでいいなら、任せる」
「分かりました。じゃあ、渚さんも、明日からまたよろしくお願いします」
「分かったわ。それにしても、波音って身体が丈夫よね。体力の回復も早いし……何か運動でもやってたの?」
さすがの観察眼だ。多くの患者を診てきた渚には、分かるのだろう。溺れたところを助けられておいて、水泳をやっていたと自慢げには言えないが、波音は頷いた。
「元の世界では、水泳を教える仕事をしていました。小さい時から水泳と、日舞……舞踊とか、ダンスを習っていたので、身体を動かすのは好きです」
「え、そうなの? それで……」
「それで溺れるとは、本末転倒だな。教えた相手も溺れていなきゃいいが」
渚だけではなく、碧にまで突っ込みを食らい、波音は苦い笑いを浮かべた。目の前の二人は、にやにやしながら顔を見合わせている。
「あの時は、離岸流に巻き込まれて……仕方がなかったんです」
「分かってるわよ。『河童の川流れ』って言葉があるものね。碧だって、ごく稀にだけど、手品中に失敗することもあるし」
「えっ、そうなんですか?」
「おい、渚。そういうのはこいつの前で言うな」
波音を散々笑ったくせに、碧にも失敗談があるのだ。手の届かない王子様が、急に普通の人間になったように感じて、今度は渚と波音が笑う番だった。
「……はい? どうして俺が? 俺には迷惑を掛けないって、昨日仰ったばかりですよね?」
滉は動揺を示し、その眉間に深い皺を刻む。波音はびくっと肩を震わせた。
「部下を育てるのは上司の仕事だ。滉、お前は副団長だろう」
「ですが……」
「こいつはいい加減な人間じゃない。約束通り、お前に迷惑は掛けないよ」
碧の強い口調は、滉の反論を許さなかった。挨拶をしろと促すように、碧は波音の背中を押して滉の前へと差し出した。
「姫野波音と申します。せ、精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします!」
「……百目鬼滉だ。仕事で少しでも手を抜いたら、許さないからな」
「は、はい……!」
強く睨まれ、波音は背筋を伸ばして腰を曲げ、お辞儀の後に返事をした。碧が一番の鬼上司かと思っていたが、滉の方が何枚か上手かもしれない。緊張こそしたものの、碧に『いい加減な人間じゃない』と評されたことが嬉しくて、波音は胸を張れた。
(きっと大丈夫……いや、絶対に頑張ってみせる)
波音の天職は、水泳を教えることだ。今でもそう信じている。だが、この世界ではそうも言っていられない。生きていくために働かなければ。どんなに厳しくて大変なことでも、弱音を吐かずにやってやろうと、波音は心に決めた。
「はあ……俺も休憩行ってきます」
「それがいいわ。滉、あんたちょっとカリカリしすぎよ。外で頭を冷やしてきなさい」
「余計なお世話です」
渚が茶化すように言うと、滉は渚を一瞥もせず、稽古場を出て行った。渚は両手を広げて肩をすくめると、波音に向き合う。
「波音はいつから働けそうなの?」
「身体は問題なさそうなので、私は明日からでも……。えっと、碧さん、どうでしょうか?」
「お前がそれでいいなら、任せる」
「分かりました。じゃあ、渚さんも、明日からまたよろしくお願いします」
「分かったわ。それにしても、波音って身体が丈夫よね。体力の回復も早いし……何か運動でもやってたの?」
さすがの観察眼だ。多くの患者を診てきた渚には、分かるのだろう。溺れたところを助けられておいて、水泳をやっていたと自慢げには言えないが、波音は頷いた。
「元の世界では、水泳を教える仕事をしていました。小さい時から水泳と、日舞……舞踊とか、ダンスを習っていたので、身体を動かすのは好きです」
「え、そうなの? それで……」
「それで溺れるとは、本末転倒だな。教えた相手も溺れていなきゃいいが」
渚だけではなく、碧にまで突っ込みを食らい、波音は苦い笑いを浮かべた。目の前の二人は、にやにやしながら顔を見合わせている。
「あの時は、離岸流に巻き込まれて……仕方がなかったんです」
「分かってるわよ。『河童の川流れ』って言葉があるものね。碧だって、ごく稀にだけど、手品中に失敗することもあるし」
「えっ、そうなんですか?」
「おい、渚。そういうのはこいつの前で言うな」
波音を散々笑ったくせに、碧にも失敗談があるのだ。手の届かない王子様が、急に普通の人間になったように感じて、今度は渚と波音が笑う番だった。
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