41 / 65
公演開始!
3
しおりを挟む
しかし、その姿をまじまじと見て、波音は唖然とした。頭にはとんがり帽子を被り、赤・青・黄のおもちゃカラーで彩られた、ぶかぶかで奇抜な衣装と、白塗りの顔に赤い鼻と唇。目の周りは黒く塗られ、その下に青色の涙マークが描かれている。
「あ、あれが碧さん……なの?」
全くの別人。確かにそれでこそピエロなのだが、いつもの碧の姿はどこかに行ってしまったようだ。ピエロは、テーマパークにいる着ぐるみのキャラクターのように、両手を大きく振って会場を沸かせた。
「わー!」
「団長ー!」
「いつものやってー!」
子どもたちの声があちこちで響く。碧は言葉を発することなく動きで返事をし、自分が飛び出してきた箱を叩いた。すると、箱の壁が四方に開いて、中から玉乗り用の球体が現れる。
碧はそれに飛び乗ると、おどけたように足を動かし、ステージ上を縦横無尽に走り回った。それは恒例の演出なのか、子どもたちから歓声が上がる。
それから、玉の上でジャンプしたり、片手で逆立ちしたり、ジャグリングをしたりと、碧はピエロならではの技を披露していく。しまいには、とんがり帽子の中から十数羽の鳩が出てきて、綱渡り用の高台へと飛んでいった。ピエロが地味だなんて思った自分を殴りたい、と波音は思う。
「す、ごい……」
波音が本番を見たら腰を抜かすかもしれないと、碧は言っていた。渚から、碧がこの曲芸団に掛ける想いや願いを聞いたからこそ、心が激しく揺さぶられる。波音は感動していた。
(これが、プロだ。本物だ……)
観客が笑う中、波音は反対に涙を堪えていた。そこには、尊敬の念と同時に、一種の悔しさが含まれている。肩の故障が続いたことを理由に、水泳選手になる夢を諦めた自分への失望。
碧は、記憶を無くしてからの十年間、自分のすべきことを見つけ、必死に藻掻いてきたのだ。
コミカルな音楽に合わせてダンスをしながら、碧は観客席へと降りていった。老若男女、誰もが自分を選んでほしそうに、手を挙げている。観客とのコミュニケーションの時間だ。
「本当に、幸せのピエロなんだ……」
「あら、波音。泣いてるの?」
「あっ、渚さん」
救護係の腕章をつけ、白衣を羽織った渚が波音の背後にやって来ていた。波音は慌てて自分の涙を拭う。
「なんか、感動しちゃって……」
「碧のピエロで泣いてる人、初めて見たわ。でも、分かるかも。他の演目ほど華美ではないし、面白おかしい感じに見えるけど、すごく安心できるのよね」
「……はい」
碧は観客席で選んできた五人の少年少女たちと一緒に、ステージ上でパントマイムを始めた。言葉を介さなくても、どうやったらいいのか子どもたちは理解できるようで、碧の動きを真似しながら楽しそうに笑っている。
「いいなあ。私も、誰かをこうして幸せにしたいです」
「……できるわよ。波音なら」
「そうですか?」
「碧だって、ここまでくるのに十年かかったんだから。できることを見つけるのに、そんなに焦るものでもないのよ」
「……はい。ありがとうございます」
渚に背中を優しく叩かれ、波音は笑った。会場では未だに碧が観客を笑わせている。その姿に、波音の中で、何かが新しく生まれ変わっていく予感がした。
「あ、あれが碧さん……なの?」
全くの別人。確かにそれでこそピエロなのだが、いつもの碧の姿はどこかに行ってしまったようだ。ピエロは、テーマパークにいる着ぐるみのキャラクターのように、両手を大きく振って会場を沸かせた。
「わー!」
「団長ー!」
「いつものやってー!」
子どもたちの声があちこちで響く。碧は言葉を発することなく動きで返事をし、自分が飛び出してきた箱を叩いた。すると、箱の壁が四方に開いて、中から玉乗り用の球体が現れる。
碧はそれに飛び乗ると、おどけたように足を動かし、ステージ上を縦横無尽に走り回った。それは恒例の演出なのか、子どもたちから歓声が上がる。
それから、玉の上でジャンプしたり、片手で逆立ちしたり、ジャグリングをしたりと、碧はピエロならではの技を披露していく。しまいには、とんがり帽子の中から十数羽の鳩が出てきて、綱渡り用の高台へと飛んでいった。ピエロが地味だなんて思った自分を殴りたい、と波音は思う。
「す、ごい……」
波音が本番を見たら腰を抜かすかもしれないと、碧は言っていた。渚から、碧がこの曲芸団に掛ける想いや願いを聞いたからこそ、心が激しく揺さぶられる。波音は感動していた。
(これが、プロだ。本物だ……)
観客が笑う中、波音は反対に涙を堪えていた。そこには、尊敬の念と同時に、一種の悔しさが含まれている。肩の故障が続いたことを理由に、水泳選手になる夢を諦めた自分への失望。
碧は、記憶を無くしてからの十年間、自分のすべきことを見つけ、必死に藻掻いてきたのだ。
コミカルな音楽に合わせてダンスをしながら、碧は観客席へと降りていった。老若男女、誰もが自分を選んでほしそうに、手を挙げている。観客とのコミュニケーションの時間だ。
「本当に、幸せのピエロなんだ……」
「あら、波音。泣いてるの?」
「あっ、渚さん」
救護係の腕章をつけ、白衣を羽織った渚が波音の背後にやって来ていた。波音は慌てて自分の涙を拭う。
「なんか、感動しちゃって……」
「碧のピエロで泣いてる人、初めて見たわ。でも、分かるかも。他の演目ほど華美ではないし、面白おかしい感じに見えるけど、すごく安心できるのよね」
「……はい」
碧は観客席で選んできた五人の少年少女たちと一緒に、ステージ上でパントマイムを始めた。言葉を介さなくても、どうやったらいいのか子どもたちは理解できるようで、碧の動きを真似しながら楽しそうに笑っている。
「いいなあ。私も、誰かをこうして幸せにしたいです」
「……できるわよ。波音なら」
「そうですか?」
「碧だって、ここまでくるのに十年かかったんだから。できることを見つけるのに、そんなに焦るものでもないのよ」
「……はい。ありがとうございます」
渚に背中を優しく叩かれ、波音は笑った。会場では未だに碧が観客を笑わせている。その姿に、波音の中で、何かが新しく生まれ変わっていく予感がした。
0
あなたにおすすめの小説
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる