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地下層(アンダーワールド)
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透、佑、瀬名はフィーアの自宅を出ると森の中を元の方向へと引き返し、博物館側へと戻る。瀬名は森から出たタイミングでRUJから連絡が入り別行動をとることになったため、地下層での貴重な夕食の買い物についていけなくなったので残念がっていた。
『では瀬名くん、真木によろしくな』
「はい……一緒に行けなくてすみません。あのう、こっちの用事が片付いたらご自宅にお邪魔してかまいませんか?」
瀬名がしょんぼりしながら付け加える。透と佑は首を縦にふった。
『かまわないよ、食事は人数が多いほうが楽しいからね』
「あ、ありがとうございます小松博士。じゃあ道中お気をつけて!」
瀬名は大きく手を振ると、先に地上に戻るためのエレベーターへまっすぐに走って行った。瀬名が乗ったエレベーターのドアが閉まった後、佑が透を見上げてこう聞く。
「ねえ父さん、ところで買い物はどこでするの?地下層ってこの3階までじゃなかったっけ」
『いや……前に本か何かで読んだが地下層はさらにあるそうだ。一般公開してるのはここまでらしいが』
「へえ~。前に母さんと地下層の文房具屋になら来たことがあるよ」
『母さんと?何を買いに来たんだい』
「便箋を買って昔の時代にあったボトルメールってやつを試したかったんだけど……僕がやり方を間違えて届かなかったんだ」
佑の話から透の脳にその時の記憶が呼び出され、鮮やかに再生される。おそらく今年の父の日のことだろう。
『思い出した、そうだったな。あの後結局Alice.にメッセージを託して私に飛ばしてきたんじゃなかったか』
「うん、そう。父さんきっと仕事で忙しいからやめとこうかなって思ったんだけど……あれ、届いた?」
『ああ。ただAlice.に自力で窓を開ける機能はないからRUJの建物内に入れなくなっていてね。瀬名くんが手伝ってくれたんだ』
佑は「ああやっぱり。それは無理だよね」とつぶやく。Alice.は元々メッセージを届けるだけの基本的な機能しか持ち合わせていないのでたとえば窓やドアを開けるという複雑な動きはできない。
『私が設計やプログラムをシンプルにしすぎたせいかもしれないな。もう少し細かい動作ができるように改良してもいいんだが。佑はどう思う』
「父さんがそう思うならやってみたらいいんじゃない?僕のAlice.使ってもいいよ」
夕食の買い物をすませるべく3階から下へ行こうと歩き出すが、来る時は瀬名に頼りきりだったので一体どっちへ行ったらよいのかわからない。
(仕方ない。知っていたら彼に案内してもらうか)
透は上着から携帯を取り出し、迷わずフィーアにかけた。
《……もしもし?誰かと思ったら小松博士じゃないですか。どうしたんです?》
『実は妻から夕食の買い物を頼まれてるんですが、ドクトルはどこで食材が買えるかご存知ですか?』
《はあ。知ってますよ。よければ今手が空いてますからご案内しましょうか》
眠そうな声でフィーアが快諾する。人の気配を感じた透が背後の森のほうを見ると携帯を片手に通話しながら本人がこちらに向かって来ていた。先ほどと同じ薄い紫色のシャツとネクタイ。上に紫色のロングコートをはおっている。透たちを見つけると親しげに手をふってきた。
《お待たせしてしまいましたかな?地下層の店へは博物館からは直に行けないようになってましてね、私はよく自宅近くの抜け道を使うんですよ。迷わないようついてきて下さい、こっちです》
フィーアはそう言うと周囲の様子を確認しながら囁いた。透と佑は互いに顔を見合わせるとうなずき、再び森の中へと足を踏み入れた。
*
佑たちがフィーアに地下層を案内されているころ、地上層のRUJに戻った瀬名は早速真木の研究室に呼ばれていた。白いテーブルをはさんで向かい合って椅子に座り、疲れた様子の真木は額にかかる真っ白に染めた髪の毛先を指でいじりながら、透がスカウトしたフィーアという人物についてあれこれ質問してきた。
「それで……彼は本当に信用できる人間なのかい?」
「たしかに小松博士に怪我はさせましたけど僕は……悪い人じゃないと思います」
「でも彼、俗にいうマッドサイエンティストってやつなんだろう?ウチに引き入れて何か問題を起こされても面倒なんだが」
「う……それは、僕じゃなくて小松博士に直接言ってくださいよう」
真木の小言に瀬名が語尾が消えそうになりながら抵抗する。どうも彼には頭があがらない。
「じ、じゃあ、真木博士だってマッドサイエンティストじゃないですか。だっ、だいたい……死んだ人の脳をロボットの体に組み込むなんて前代未聞ですよ。小松博士の奥さんの同意がなかったらどうしてたんですか?」
なのに余計なことだと思いつつ。つい本心が口からこぼれた。真木の元々細い両目がすうっとさらに糸より細くなる。
「リビング・ブレインシステムは……きっとこの先必要になる時がくるよ。今はまだ実験段階だがね。彼で問題がなければいずれは実用化に持ちこむつもりさ」
君は私のことをそんなふうに見てたのか、といわんばかりの真木の表情に瀬名は萎縮する。
「す、す、すみません真木博士。さすがに今のは言い過ぎました……謝ります」
「わかったならかまわない。君には引き続き、小松博士のモニタリングを頼むよ。何かあったらどんなに小さなことでも伝えてほしい」
「了解です」
瀬名はそう言い、真木の研究室から廊下に出る。嫌なことから解放されると、透の自宅に寄る約束をしていたことを思い出す。せっかく行くのだから何か手土産を持っていこう。佑くんもいるし甘いものがいいかな。そういえば最近この近くに有機素材のみを使ったケーキが評判の店があるらしい。そこに寄っていこう。瀬名はどんなケーキがあるのか想像しながらRUJを出た。
『では瀬名くん、真木によろしくな』
「はい……一緒に行けなくてすみません。あのう、こっちの用事が片付いたらご自宅にお邪魔してかまいませんか?」
瀬名がしょんぼりしながら付け加える。透と佑は首を縦にふった。
『かまわないよ、食事は人数が多いほうが楽しいからね』
「あ、ありがとうございます小松博士。じゃあ道中お気をつけて!」
瀬名は大きく手を振ると、先に地上に戻るためのエレベーターへまっすぐに走って行った。瀬名が乗ったエレベーターのドアが閉まった後、佑が透を見上げてこう聞く。
「ねえ父さん、ところで買い物はどこでするの?地下層ってこの3階までじゃなかったっけ」
『いや……前に本か何かで読んだが地下層はさらにあるそうだ。一般公開してるのはここまでらしいが』
「へえ~。前に母さんと地下層の文房具屋になら来たことがあるよ」
『母さんと?何を買いに来たんだい』
「便箋を買って昔の時代にあったボトルメールってやつを試したかったんだけど……僕がやり方を間違えて届かなかったんだ」
佑の話から透の脳にその時の記憶が呼び出され、鮮やかに再生される。おそらく今年の父の日のことだろう。
『思い出した、そうだったな。あの後結局Alice.にメッセージを託して私に飛ばしてきたんじゃなかったか』
「うん、そう。父さんきっと仕事で忙しいからやめとこうかなって思ったんだけど……あれ、届いた?」
『ああ。ただAlice.に自力で窓を開ける機能はないからRUJの建物内に入れなくなっていてね。瀬名くんが手伝ってくれたんだ』
佑は「ああやっぱり。それは無理だよね」とつぶやく。Alice.は元々メッセージを届けるだけの基本的な機能しか持ち合わせていないのでたとえば窓やドアを開けるという複雑な動きはできない。
『私が設計やプログラムをシンプルにしすぎたせいかもしれないな。もう少し細かい動作ができるように改良してもいいんだが。佑はどう思う』
「父さんがそう思うならやってみたらいいんじゃない?僕のAlice.使ってもいいよ」
夕食の買い物をすませるべく3階から下へ行こうと歩き出すが、来る時は瀬名に頼りきりだったので一体どっちへ行ったらよいのかわからない。
(仕方ない。知っていたら彼に案内してもらうか)
透は上着から携帯を取り出し、迷わずフィーアにかけた。
《……もしもし?誰かと思ったら小松博士じゃないですか。どうしたんです?》
『実は妻から夕食の買い物を頼まれてるんですが、ドクトルはどこで食材が買えるかご存知ですか?』
《はあ。知ってますよ。よければ今手が空いてますからご案内しましょうか》
眠そうな声でフィーアが快諾する。人の気配を感じた透が背後の森のほうを見ると携帯を片手に通話しながら本人がこちらに向かって来ていた。先ほどと同じ薄い紫色のシャツとネクタイ。上に紫色のロングコートをはおっている。透たちを見つけると親しげに手をふってきた。
《お待たせしてしまいましたかな?地下層の店へは博物館からは直に行けないようになってましてね、私はよく自宅近くの抜け道を使うんですよ。迷わないようついてきて下さい、こっちです》
フィーアはそう言うと周囲の様子を確認しながら囁いた。透と佑は互いに顔を見合わせるとうなずき、再び森の中へと足を踏み入れた。
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佑たちがフィーアに地下層を案内されているころ、地上層のRUJに戻った瀬名は早速真木の研究室に呼ばれていた。白いテーブルをはさんで向かい合って椅子に座り、疲れた様子の真木は額にかかる真っ白に染めた髪の毛先を指でいじりながら、透がスカウトしたフィーアという人物についてあれこれ質問してきた。
「それで……彼は本当に信用できる人間なのかい?」
「たしかに小松博士に怪我はさせましたけど僕は……悪い人じゃないと思います」
「でも彼、俗にいうマッドサイエンティストってやつなんだろう?ウチに引き入れて何か問題を起こされても面倒なんだが」
「う……それは、僕じゃなくて小松博士に直接言ってくださいよう」
真木の小言に瀬名が語尾が消えそうになりながら抵抗する。どうも彼には頭があがらない。
「じ、じゃあ、真木博士だってマッドサイエンティストじゃないですか。だっ、だいたい……死んだ人の脳をロボットの体に組み込むなんて前代未聞ですよ。小松博士の奥さんの同意がなかったらどうしてたんですか?」
なのに余計なことだと思いつつ。つい本心が口からこぼれた。真木の元々細い両目がすうっとさらに糸より細くなる。
「リビング・ブレインシステムは……きっとこの先必要になる時がくるよ。今はまだ実験段階だがね。彼で問題がなければいずれは実用化に持ちこむつもりさ」
君は私のことをそんなふうに見てたのか、といわんばかりの真木の表情に瀬名は萎縮する。
「す、す、すみません真木博士。さすがに今のは言い過ぎました……謝ります」
「わかったならかまわない。君には引き続き、小松博士のモニタリングを頼むよ。何かあったらどんなに小さなことでも伝えてほしい」
「了解です」
瀬名はそう言い、真木の研究室から廊下に出る。嫌なことから解放されると、透の自宅に寄る約束をしていたことを思い出す。せっかく行くのだから何か手土産を持っていこう。佑くんもいるし甘いものがいいかな。そういえば最近この近くに有機素材のみを使ったケーキが評判の店があるらしい。そこに寄っていこう。瀬名はどんなケーキがあるのか想像しながらRUJを出た。
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