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学園1年生編

ジスランの苦悩

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「セレスタンッ!!」

 土煙が急に晴れ、幼馴染が倒れそうになっているのが見えた。
 すかさず走り出し、なんとか受け止めることに成功する。

「うぐえっ!?」

 ラブレーは地面に突っ伏したが、この男が騒動の主犯(と先生が言っていた気がする)なので放っておく。そんなことより!

「セレスタン、おい!…セレス!!」

 反応が無い。顔色は悪く、力なく四肢を投げ出している姿に俺は…血の気が引いた。


「ジスラン!お兄様を早く医務室へ!」

「!ロッティ、分かった!誰かそいつを頼む!」

 ラブレーは誰か連れて来るだろう、俺はセレスを抱えて校舎に駆け込んだ!
 しかし…軽すぎる。まるで重さを感じない、なんでこいつは…こんな…!




 医務室に着いたが、先生が見当たらない。
 机の上に『便所行ってきます。帰りに煙草吸って、売店寄って、黄昏てから戻ります。勝手にベッドでも薬品でも自己責任で使ってください』と書かれたメモを発見。
 俺はそのメモを握り潰し、ゴミ箱に叩きつけた。

 仕方ないのでベッドに横たわらせた。……ボタン、少し外したほうがいいだろうか?
 いや、男同士とはいえそれは。
 だが、息苦しそうに見えなくもない。
 うん、1つ…いや2つくらい外して…。

 そろ~っとセレスの胸元に手を伸ばす。


「…ん」

「ふぁっっっ!?いや違う、俺は何も!!!」

「……んー…」

 ……起きて、ない…。セレスは少し身じろいだがまだ寝ている。
 ほっとしたが、このまま目を覚まさないんじゃないかと怖くもなる…。

 椅子を持ってきて、ベッドの横に座った。セレスの顔を撫で、長い前髪を左右に流す。
 知り合ってから数年経つが、ここ2~3年顔を見ていない気がする。いつの間にか眼鏡を掛け、髪を伸ばすようになっていたから。

 セレスは俺にとっては大事な幼馴染なのだが…こいつは最近、なぜか冷たい。
 何か嫌われるようなことをしただろうか?…先日の一件は反省している。すぐに謝るつもりだったのに、顔を合わせるとつい…反射で…。
 だがあれより前から冷たかったので、原因は他にあるはず!!


 意識のないセレスの顔を観察する。綺麗な金色の瞳は閉ざされてしまっているが…。
 初めて会ったあの日と同じ。思わず見惚れてしまった…可愛らしく、儚げな顔だった。



 ※※※



 それは今から…えーと、数年前。俺達が7歳の頃。
 その日父の同級生である、ラサーニュ伯爵家に連れて行かれた。俺と同い年の双子がいるから、友達になれるといいな。と父が笑っていたのを覚えている。


 屋敷に着くと伯爵と夫人が迎えてくれた。伯爵夫妻に挨拶した後、子供達だけで遊んで来なさいと言われ、茶髪の少年を紹介された。双子は赤髪と聞いていたぞ?

「いいえ、ぼくはシャルロットお嬢様の侍従でございます」

「そうか…名は?」

「バジル・リオと申します。どうぞこちらへ、お坊ちゃんとお嬢様がお待ちです」


 道すがら話を聞くが、彼は平民であるらしい。その割に礼儀もしっかりしているし、俺よりも…うん、うん…。
 行き倒れていたところをお嬢様に拾われ、屋敷の人も親切で今は幸せだと言っていた。きっとここのお嬢様は、天使のような子なのだろう。


 バジルに案内された部屋に、メイドが数人と子供が2人。赤髪…彼らか。
 俺の存在に気付くと、まず妹のほうが寄って来た。

「まあ、初めまして!わたくしはシャルロット・ラサーニュですわ!仲良くしてくださると嬉しいです」

 微笑む彼女は、確かに天使と身間違うほどに美しかった。だが一瞬…ほんの僅かに、違和感を感じた。まるで、貼り付けられたような笑顔に見えたんだ…。
 すぐに違和感は消えたので、気のせいだろう。それより、兄のほうは…っと。
 妹の後ろに隠れるように、ちらちらと俺のほうを見ている。全く、男のくせにの陰に隠れるとは!

 説教してやろうと意気込んでいたのだが、そいつの顔を見た途端…


「あの…セレスタン・ラサーニュです。はじめまして…」


 頭が真っ白になった。
 そしてすぐに、頭部の熱が急上昇した。

 顔立ちこそはシャルロットと瓜二つだが…とても…とても可愛らしかった…。

 下がり気味の眉も、桃色に染まった頬も、控えめに笑う仕草も。どこか憂いを帯びていて…この子を守れる男になりたい、と自然に思った。


 その日は遠慮するバジルも交えて4人でゲームをしたり、本を読んだり、お茶を飲んだりして過ごした。
 ずっとセレスを見ていたのだが、カードゲームで悪いカードを引けば絶望した表情に。良いカードを引けば、ぱああ…!と笑顔になった。
 それがもう、可愛くて…俺は何度も蹲って悶えていた。すると「ジスラン、だいじょぶ!?」と優しく背中を撫でてくれて…鼻血が出そうになった。
 しかもよく見てみれば…シャルロットも同じく悶えていて、バジルが呆れた目をしていた。その時俺は、確信した。


 こいつは、ブラコンだ。しかも超が付くほどの。今日何度も感じていた殺気の正体は彼女か…!



 ※※※

 

「あの日俺は…屋敷に帰ってから大泣きしたんだよ。
 一緒に遊んでいた時は楽しすぎて忘れてたけど…お前は男だったんだよな。
 結婚を申し込む気満々になっていたのに、父上の『最近息子のセレスタンが剣術を始めたそうだ。お前も先輩として教えてやりな』という言葉で思い出して…一晩中泣いたよ」


 恥ずかしい過去ではあるが、俺は本気だった。
 セレスはロッティと違い、少し泣き虫だったな。というより、俺はロッティが泣いている姿を見たことないような…?

 とにかく、よく笑い、泣き、怒るセレスが愛おしくて…俺は段々と苦しくなっていった。


 だから逆転の発想で、セレスを鍛えることにした。
 ムッキムキにでもなってくれれば、俺の幻想も消えるだろう。よしそうしよう!

 だが上手くいかない。なぜこいつは筋肉がつかない!?男らしくならない!!?
 しかも鍛錬で身体が温まり、頬を上気させて汗をかく姿が艶かしくて…っ!俺は何度壁に頭を打ちつけ、池に飛び込んだか分からない。煩悩よ、去れええええ!!

 そのせいで余計に鍛錬に力が入り、先日ぶっ飛ばしてしまった時は…自主的に滝に打たれに行った。
 あ"ーーー嫌われた、絶対嫌われた!!!お見舞いに行きたいけど…怖くて足が遠のく!!俺は涙を滝に流したのだ。


 バジルにも「前々から思っていましたが、ジスラン様はお坊ちゃんに厳しすぎなのでは?」と言われている。だが俺は、他にどうしたらいいのか分からない!!!


 自分の気持ちを断ち切ることもできず。
 セレスを鍛えるのも上手くいかず。
 ならばせめて、誰よりも近い友人でありたかった。
 セレスもロッティほどではないがシスコンなので、「その程度でロッティを守れるのか!!」と“お前の大事な妹のことも気にかけてるんだぜアピール“をし続けたりした。

 俺の気持ちを察しているロッティには、「逆効果よ」と言われてしまったが…。

 俺はロッティの心が分からない。セレスに男が近寄ろうものなら、彼女は笑顔で排除する。女性が近付くのは気にも留めないくせに…普通逆じゃないのか?



 そして今日。精霊と戯れるセレスの姿が…まるで絵画のように美しかった。
 時折精霊があいつの髪をさらい、隠された素顔が露わになる。眼鏡が邪魔をしているが…最近見せてくれなくなった、俺が大好きな笑顔がそこにあった。

 周囲を見渡せば、俺と同じように顔を赤らめてセレスを見つめるクラスメイト達。
 普段あいつのことを地味だの根暗だの陰口を叩いているくせに…男連中の目を潰してやろうか。


 さり気なく近付いても、邪険にされてしまった。それでも俺は、もっとこいつの笑顔が見たい…。



 そこに、あの騒動だ。
 先日ロッティに絡んでいた子爵家のエリゼ・ラブレー。状況は全く分からなかったが、この男がとんでもないものを喚んだということは理解できた。

 土煙に隠れ姿は見えなかったが…気配だけで我々の力など足元にも及ばない存在だと分かる。
 俺も先生すらも、誰も動けずにいた。腰が抜けたり、足が震えて立ち上がれないのだ。気の弱い者や女生徒など、数人気絶している者もいた。
 ちらっとロッティに目を向けるが…元気いっぱいそうだ。ただしバジルや他の男子生徒に守られ動けないようだが。

 俺は、隣にいるはずのセレスを守らねば!と気合を入れ直していたのに…


「っセレスタン!!?」


 あいつは俺を振り切り、ラブレーの元に…あの圧倒的な威圧感を放つ存在がいる場所に向かってしまった!誰も動けない、この状況で…!
 俺も…!震える足に喝を入れ、遅れて駆け出す!反対側から、周囲の男達を蹴飛ばしバジルを引き摺りながら走るロッティが見え…俺は何も見ていないっ!!

 だがセレスがラブレーの元にたどり着いた瞬間、あいつらを土煙が覆ってしまう。なんとか近付こうにも、風の壁のようなものに阻まれて触れることもできない…!


 セレス、セレス、セレス!!!
 今この壁の向こうに、あれと対峙しているであろう友人の姿を思い浮かべる。
 壁がある俺らですら恐怖で足が竦むのに、あの華奢なセレスが真っ向から対面して平気な訳が無い!!ラブレーは知らん、自業自得だ!
 そもそもこいつは先日、セレスの胸倉を掴みやがった!万死に値する、いっぺん死んで真っ当に生まれ変わってこい!



 
 グオオオオォォォォ…!!



 もう身体がバラバラになるのを覚悟で風の壁に突っ込むか!?と遺言を考えていると、大地を震わす声のようなものが辺り一面を支配する。

「な、なんだ!?」

「これは…フェニックスの咆哮です!!」

 先生が叫ぶ。じゃあ今そこにいるのは…フェニックスか!!
 そして咆哮と同時に、土煙が晴れた。
 もうその場にフェニックスの姿は無く、倒れる2人だけが残されていた。



 そうして今に至る訳だが。

 フェニックスの咆哮を真正面から受け止めたであろうこいつは、ちゃんと目を覚ましてくれるんだろうか…?



 不穏な考えが脳を支配していたら、医務室の扉が開く音がした。

「お兄様、どう?」

「っ、ロッティ。よく眠っているよ」

「あなた…私と会う度一度詰まるのやめてくれない?」

 仕方ないだろう!!幼い頃からセレスに近付く度に、ロッティは俺を射殺さんばかりの視線を寄越すのだから!!
 肩に触れようとすればその手を淑女らしからぬ怪力で握り潰され、贈り物をすれば自分にくれたのよね?そうよね…!?と奪う!!


「(そもそも、男性であるお兄様に花を贈ることが一般的ではないのよ。
 普段の言動とあなたの私への態度がお兄様に誤解を与えているのだけど…私が教えてあげる義理は無いわ)」

 彼女がそんなことを考えているなど、俺は知る由もない。
 セレスの眼鏡を持ってきてくれたようで、手渡された。こんなもの、掛けなくてもいいのに…。


 ロッティもセレスの顔に触れ、呟く。

「やはり、お父様…理由は分からないけど、お兄様が苦しんでいるのはお父様のせいだわ。
 さっき家に連絡したけれど、『無事ならそれでいい』としか返事は無かったわ。私が以前転んだだけの時は、仕事を放り投げて学園まで乗り込んで来たくせに…!」

 またロッティから殺気が溢れている…!しかも「いつか蹴落としてくれるわ…」など不穏なことを言ってらっしゃる…!
 だが、俺も伯爵のセレスへの態度は気に食わないと思っている。だからが来たら…ロッティを手伝おう。


「ところで、ラブレーは?」

「彼は意外と元気で、もう歩き回っているわ。
 魔術師総団長であるお祖父様がお迎えにいらっしゃるそうで…逃げたわ。捕まってるのが見えたけど」

「そうか…」

 彼女はそれだけ伝えると、医務室を出ようとした。


「これ以上お兄様の美しくてあどけない寝顔を見ていると、お父様を呪い殺してしまいそうだわ。
 あなたは授業に出てもサボっても成績は変わらないのだから、ここでお兄様を守っていて頂戴」

「ああ、無論だ。…今俺は、貶されたか?」

「気のせいよ」

 そうか、気のせいか。ならいい。
 だが彼女はすぐには出て行かず…扉に手をかけたまま止まっていた。なんだ、まだ何かあるのか?


「ねえジスラン…もしも眠っているお兄様に不埒な真似をしようものなら…分かってんでしょうね……?」

 可哀想に、扉はメキメキと音を立てて形を変えている。そしてロッティは、フェニックスをも殺せるのではないかと錯覚させるほどの鋭い視線を俺に向けた。
 その背後には、見えるはずのないオーラが放たれているような…!
 俺は壊れた人形のように首をカクカク上下に振り、その返事に満足したロッティは去って行った。

 俺は幼い頃より、幾度となくこのように命の危機に晒されている。セレスがいなければ、とっくにロッティとは疎遠になっていたことだろう。



 彼女も出て行き、再び2人きりになる。

 
 セレス…早く、目を覚ましてくれ…冷たくしてもいいから、また俺の名前を呼んで…。



 もうこれ以上、自分の感情に嘘をつくことはできない…。


 俺は、セレスタンが好きだ。

 初めて会った時から…変わらない。
 だがこの想いを伝える気は無い。彼が元気で、幸せなら…俺はそれでいい。だから…





「あーあー、派手にやりやがって」

 この部屋には俺達しかいないはずなのに、間の抜けた声が耳に届く。振り向かなくても分かる、医務室の主であるオーバン・ゲルシェだ。
 変形した扉の事を言っているのだろう、俺ではないからな。

 メモから分かるだろうが、マイペースな不良教師。なぜクビにならないのか不思議である。
 しかも常に全身真っ黒な服を着ており、『養護教諭が白衣を着なくてはならないと誰が決めた』と言い放つ男だ。


「なんだブラジリエ、男の手なぞ握って。ソッチに目覚めたか?」

 俺達に近付いて来て、ニヤニヤしながら覗き込む。セレスを見るな、汚れる。

「もう男でもいいかな…」

「……先生が口出しできる事じゃないがな、早まるな。とだけ言っておく。
 それとその布やめろ、もう見ないから。縁起悪いし、呼吸出来なくなんだろうが」


 ゲルシェ教諭がセレスを見ないように、近くにあった白いガーゼを顔に乗せようとしたら止められた。そうか、呼吸のことを考えていなかった。


「あー、それよりな。先生はをラサーニュ伯爵家とブラジリエ伯爵家、どっちに請求すればいいんだ?」

 壊れた扉を親指で差しながら、ゲルシェ教諭は言った。どうやらロッティが部屋を出て行くところも見ていたようだな。


 しかし、扉の弁償か…そんなもの決まっているだろう。俺は迷わず断言する。



「ラブレー子爵家に請求してくれ」

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