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学園1年生編

05

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 結局僕が目を覚ましたのは、丸1日経ってからのことだった。
 その日はジスランが家まで送ってくれたようなので、お礼しなきゃ。僕の着替えは専属医師がやってくれたらしい。


「ふむ…もう大丈夫ですな。学園にも行けるでしょう」

「そっか、ありがとう」

 医師であるカリエ先生の許可も下りたので、明日は学園に行こう。
 先生は年老いた男性で、僕が女だと知る数少ない人物。基本的に父上の味方だが、それが彼の仕事なので僕はなんとも思わない。

 …でも、こういう時に思うことがある。誰か1人でいい、僕の事情を全て知っていて、無条件で味方になってくれる人がいれば…。
 もしもロッティが知ったらどうなるだろう。バジルが、ジスランが知ったら。
 彼らはきっと味方になってくれる。僕を肯定して、受け入れてくれる。

 …なんてのは幻想だ。打ち明ける度胸は僕には無い…。もし非難されたら?嘘つき、騙したのか!!と責められたら?彼らはそんな事言わないと思っていても、言える訳ないよ…。


 寮に置いておいたら世話を出来る人間がいないから屋敷に運ばれたが…今日の夕方に屋敷を出れば、明日は朝から授業を受けられるな。
 あまり長く、この屋敷にいたくないから。



 先生が部屋を出た後、ベッドに身体を投げ出した。
 天蓋を見つめながら、鼻をつまむ。薬品の匂いは嫌い。白衣も、病室も。
 だけど過去ぜんせを思い出す度、今の健康体に感謝もする。複雑だなあ…。




 昼過ぎにダイニングに向かうと、何故かロッティがいた。今授業中じゃ…?

「ご機嫌よう、お兄様!お兄様が明日から復帰出来ると聞いて、来てしまったわ」

 そう言って、僕の手を握りふわりと笑った。
 母上は…よく分からないな。目が覚めてよかった、とは言われたけど…なんか感情こもってないんだよね。
 父上は相変わらずだが。

「全く、子爵家の倅なんぞの為に命を投げ捨てる真似はよせ」

 これがツンデレお父様で「べ、別にお前の身体を心配した訳じゃないんだからなっ!?」という意味なら可愛いものだが…いや可愛くないわ、きしょいわ。

 ええそうでしょうね、大事な駒で跡継ぎですもんね。分かってますよ。僕は今更気にも留めないし、母上うんうん頷いている。
 ただロッティが…


「お父様…お兄様の行いは正しかったものです、褒められこそすれ、決して叱責を受けるものではないはずですが…?」

「ロ、ロッティ!そうだな、お父様の言い方が悪かったな。私はただ、お前…達には元気でいてもらいだけなんだ」

 …昔からロッティは、僕が理不尽な扱いを受けている時に父上に苦言を呈してくれる。
 僕が言えば張り手が飛んでくるが、ロッティが言うと嫌われたくない父上はなる。本当にロッティは優しい子だな…。
 僕みたいに人見知りで何をやらせても並な僕より、愛嬌があって完璧な女の子が好かれるのは当然だ。だから、父上が僕らを差別するのは当然なんだ。


 そうだ、そうに決まっている。





 僕とロッティとバジルの3人揃って馬車に乗る。折角なので、ジスランにどんなお礼をしたらいいのか意見を聞いてみる事にした。


「…という訳で、何かいい案ないかな?お菓子じゃ芸が無いし、かといってあまり高級な物も大袈裟すぎるし」

「「…………」」

 2人とも顔を合わせて、黙ってしまった。そんなに難しかった…?てっきり「あれが良いと思うわ!」とか「確かこれがお好みだったかと」ってな具合に返ってくると思ったのにな??


「「(お兄様/坊ちゃんが選んだ物なら、たとえ菓子の包み紙でも額縁に入れて家宝にしそう…)」」

 ???やっぱ自分で考えるべきかな。

「えっと…とりあえず、食べ物はおやめになったほうが良いかと」

「そうね…確実に腐らせるわ」

 ?????彼は好き嫌い無かったと思うんだけど…?
 2人は僕のことなのに、一生懸命考えてくれた。最終的にロッティの「文具とかどうかしら?」という案を採用することに。「もっと勉強しろ」という意を込めて、万年筆にしようかな?


 数時間で首都に到着した。学園に行く前に買い物を済ませてしまおう。
 文具屋に入り、万年筆売り場へ。どれがいっかな…。あまり高級すぎず、それでいて貴族の子弟が持つに相応しい物。悩むなあ…。


「…あ。これ良いかも…」

 目に留まったのは、緋色の万年筆。金色の柄も施されており、値段も範囲内だ。

「ねえ、これどう思う?」

「「……………」」

 また2人は黙ってしまった。あっれー…?結構良いセンスだと思ったんだけど…駄目?


「「(お兄様/坊ちゃんの髪と瞳の色だ……気付いてないのか。
 これを送ったらジスラン(様)、昇天するんじゃないかな…?)」」

 難しい顔で万年筆を睨みつける2人。

「こ、これ駄目だった…?ごめん、僕こういうのセンス無くて…やっぱ別の「「これがいい絶対いいむしろこれ以外考えられない!!!!」」そ…そう?」

 自分のセンスの無さに落ち込みながらも変えようとしたら、食い気味に絶賛された。気を使わせちゃったかな?でも本当におかしかったら言ってくれると思うし。よし、これにしよう!
 足取り軽くレジに向かい、包んでもらう。あの脳筋野郎、ラッピングをビリビリに破くかもしれないけど…一応ね。





 寮に着き、男女で建物が別なのでロッティとは別れた。さて、渡すなら早いほうがいい。ジスランは部屋にいるだろうか。

「…バジル、ついて来なくて大丈夫だよ?」

「いえ、念の為」

 なんでよ。疑問に思いながらも、彼と一緒にジスランの部屋を目指す。

「それにしても…ロッティは流石だよね」

「流石…とは?」

 だって彼女は僕と違って…気が利いて勉強も運動も完璧で、誰もが憧れるし認める。それに僕と違って…強い。だからこそ……


「だからこそ…?」

「…ごめん、なんでもない…」


 駄目だ、これ以上は口に出しちゃいけない。出したら最後、僕は自己嫌悪で死にたくなるから…。
 急に黙った僕を、バジルが訝しげに見つめる。


「…セレスタン様、貴方は———…」

「セレス、タン?元気になったのか…!!」

 え?
 何か言いかけたバジルの声を、やたらデカい声が遮る。当然声の主は…ジスラン。どうやら話しているうちに、彼の部屋に着いていたらしい。

「や、やあ、ジスラン。その…先日は、ありがとう。それでこの…」

 照れ臭いので、さっさと渡して帰ろうとした。なのだが、彼は僕の手をガシっ!と両手で強く掴んで離さない。ちょっと、何!?

「いい、何も言わなくていい!!
 お前が元気になったのなら、俺はもうそれだけでいい!
 それと…すまなかった…!先々週お前をぶっ飛ばしてしまったことも、今まで無理な鍛錬をさせていたことも!
 本当に…すまない…」

 お礼を言いに来ただけなのだが、猛烈に謝罪をされてしまった。いや僕は、怒ってなんて…ないこともないけど。
 バジルに視線で助けを求めたが、彼は肩をすくめて首を横に振った。くそう、ご自分でってことね!
 どう返事をするべきか迷っていたら、段々とジスランが縮こまる大型犬に見えてきた。…ふふっ。


「…いいよ、許してあげる。だからこれから…君も一緒にロッティを守ってくれよ」

「!ああ、お前もロッティも、俺が一緒に守る!!」

 んん?僕一緒に、じゃなくて僕一緒になんだけど。まあ…細かいことはいっか。
 バジルが呆れた顔で僕達のやり取りを見ている。その視線に気付いたジスランが、「なんだバジルもいたのか」と言った。目、大丈夫?


 そもそも僕がジスランを避けていたのは、稽古も何も関係無い個人的な感情によるものだ。
 別に本当に嫌っている訳じゃなかった。本当の理由は言えないけどね…。

 …話が脱線してきてしまったので、早く目的を果たしてしまおう。
 はい!送ってもらったお礼!とジスランの胸元に万年筆を押し付ける。彼は一瞬戸惑っていたが、状況を理解すると顔を輝かせた。やっぱ大型犬だわ~。
 その顔で今開けてもいいか!?と言われちゃあ…断れないよう。

 破かれると思っていたラッピングを、丁寧に丁寧に剥がしていく。あら意外。
 だがあまりに丁寧すぎて、遅い!!!バジルがぶん取り、綺麗に素早く剥がしていった。
「あああ!!」とジスランは慌てふためいているが、完全無視して包みを開けてくれた。これ、ラッピング要らなかったな??

 そしてジスランが箱をゆ~っくり開けると…硬直した。


「あれ、ジスラン…?ねえ、ねえ?」

「…………」

 返事がない、ただの屍…なーんてね。
 しかし本当にどうしたのだろう。お気に召さなかったのかな…?ロッティからだよ♪って言ったら、喜んでくれたのかな…?

「いいえ、それだけは絶対に駄目です」

 だよね…嘘はいけないよね。
「そういう意味ではありませんが…」という呟きは聞こえなかった。そんなことよりジスランをどうにかしないと。

 彼の腕に触れ、揺らしてみる。ねー、ジスラン?ゆっさゆっさ。
 ハッッッ!!!?と声をあげ急に全身を跳ねさせるもんだから、つられて僕もビクッッ!と揺れた。
 彼はようやく動き出し、万年筆を自室の机の上にそっと置き…ゆっくり部屋を出て…


「うおおおおおおぉぉぉ……!!!!」


 と叫びながら走り去って行った………はあ?


「あの…どこ行っちゃったの…?」

「…坊ちゃん、学園の敷地内に山がありますよね?」

 あるね。

「山中に滝があるのはご存知ですか?」

 噂だけね。

「…………」

 ………どういうこと!!?


 全く状況を理解出来ないんだが、バジルが大丈夫って言うんだから大丈夫でしょう。
 僕達も部屋に戻ろうと歩き始めたのだが、バジルは立ち止まったまま動かない。どうしたの?


「セレスタン様…貴方は、シャルロット様を誤解しておられる」

「え、誤解…?」

 急に真剣な顔つきになり、彼は真っ直ぐ僕を見た。
 誤解って、何…?


「…確かにシャルロット様は優秀ですし、お強い方です。ですが…それは…その…」

 ??何、どういうこと…?
 彼が何を言いたいのか分からない。気になるじゃないか…!

「…申し訳ございません、恐らくジスラン様のほうが理解していらっしゃると思います」



 その言葉に、胸がズキリと痛んだ。



「それはつまり…2人は分かり合っていて、他人が入り込む余地は無いってことだよね…?」

「!?違います、断じて違います!!!」


 いいの、分かってるから。

 ジスランはロッティのことが好きだし、ロッティだってジスランの事を憎からず想っている…よね?
 だって彼女が自分から触れる男性は、僕とバジルとジスランだけだもの。よく彼と腕を組んでたり(※絞ってる)、頭を撫でていたり(※掴んでいる)、後ろから抱きついたり(※締めてる)するし。

 分かってるよ、大丈夫。


「いいえ分かっておられませんよね!?あああどうしよう、お嬢様に殺される…!!」

 バジルは両手で頭を抱え、うううと呻いている。ブツブツと何を言っているのか不明だが、きっと僕を慰める言葉を探しているんだろう。


 大丈夫だから。万年筆を贈って、受け取って貰えたからって…浮かれてないから。
 ただ少し…少しだけ、寂しいだけだから。



「……ああもう、背に腹はかえられぬ!!坊ちゃん、お嬢様は坊ちゃんのことを狂信的に異常なまでに敬愛して…あ、れ?
 坊ちゃん…?セレスタン様!?」


 だけどこれ以上バジルの言葉を聞くのが怖くて…僕は逃げ出した。


 ああ、やっぱり僕は駄目なやつだなあ。





 逃げた先は、図書館塔。学園は蔵書量が半端無く、細長い塔丸ごと使わないと収まらないのだ。

 今は夕飯時だから、利用している生徒は皆無だ。司書の先生は一応いるので声だけ掛けて中に入る。
 塔の5階まで上がり、読書スペースに腰掛ける。ふう…。落ち着いた。

 見上げると、壁一面に本が並んでいる。すごいなあ、まるでファンタジー世界のよう…だったわ、ここ。
 邪魔な眼鏡を外し、前髪をかき上げる。ああ、スッキリした。



 落ち着くと…様々な感情が胸の中に溢れる。
 普段はなるべく抑えている、僕を渦巻く黒い感情。


 ああ、なぜ漫画のセレスタンがシャルロットと袂を分かつことになったのか…少し、理解できる。
 きっとこういうことの積み重ねで、15歳の時…決定的な何かが起こるのだろう。

 なんで…僕は…僕が…っ!




 たった…の…



 たった数分先に生まれただけで!!!
 何故僕が自分を偽って生きていかなければならない!!?

 僕だって髪を伸ばして、綺麗なドレスを着てみたかった!!!

 父上のせいで…っ、初恋だって!諦めた!!!


 もしも順番が逆だったのなら!!!彼の…ジスランの隣に立っているのは…僕だったかも、しれないのに……っ!


 憎い…全ての元凶の父上が!!!

 僕の全てを奪った妹が!!愛おしくて憎い!!

 僕のことなんて全く眼中に無い、ジスランが腹立つ!!理不尽だと分かっていても!!


 駄目だ、こんなこと考えちゃ…駄目…!!
 憎しみに支配されるな、心を強く保て!

 強く…!


「ふ、う…うう…う~…!」

 それでも、溢れる涙を止めることができない。

 妹に辛い思いをさせなくて済んだという安堵と、どうして僕ばかりが…という嫉妬が反発し合い渦を巻く。
 たまにこうやって涙と一緒に流さないと…とてもじゃないが、耐えられない…。

 止まらない、このままじゃ干からびちゃう。でも止められない…。ああ、早く17歳になりたい。
 早く勘当されて、家を出たい。これ以上、ロッティとジスランが仲睦まじくしている姿を見たくない。



 僕は、醜い。何も悪くない妹と幼馴染を、こんなにも憎んでいる。
 理不尽だ、横暴だ、筋違いの嫉妬だ。でも全てを飲み込めるほど、僕は大人になれていない。


 ああ、いっそ僕が本当に男だったら。こんなにも苦しむことは無かっただろう。

 怨むよ、神様…。





 カタン…



「!?」


 椅子から勢いよく立ち上がる。今の音、なに…!?
 今この場には僕しかいない。その為周囲には僕の嗚咽しか響いていなかったはずなのに…!


「いや、その…隠れていた訳では…」


 な…!
 6階から降りてくる、1人の男子生徒。泣いているところ、見られた…!?


 羞恥と驚愕が一気に押し寄せて来て、僕は…また逃げた。


「あ!ちょっ…!」

 階段を一気に駆け下り、走る!!追いかけて来てはいないみたいだけど、とにかく逃げろ!!
 司書さんに怒られたが、ごめんなさーい!!と言い残し塔を出た。うう…しばらく近寄れない…。



 でも、なんで、なんで彼がここに…?
 僕がセレスタン・ラサーニュだって気付かれたかな?薄暗かったし…すんごい泣いてる奴がいる、くらいにしか認識してなければいいけど。


 驚きすぎて、涙は止まっていた。でも酷い顔してるだろうから、そのままこっそり自分の部屋を目指した。髪で隠していても、今は誰とも顔を合わせたくない。
 道中…さっきの出来事を思い出す。こんな所で出会うとは考えもしなかった…。



 さっきのは、間違いない。彼は…

 パスカル・マクロン…!!

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