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三章 魔神の過去世界 

القصة الخامسة(いつつめの物語)

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「帰ってこねぇ……。」
「帰ってきませんねぇ……。」
「っっ!!?マジやめろよ気配消して近づいてくんの!」

窓のそとをボーッと見ていれば、いつのまにやら横で窓の縁に肘をかけ頬杖をつくジェイさん。はぁ、とため息をつきジェイさんは森を見つめる。その顔は、端正な顔も味をだし、精霊とは思えぬほど人間味溢れ、その雰囲気はさながら愛に溺れた情夫のようだ。……たしかこいつ師匠の夫だよな?にしてはずっとお嬢様呼びだ、と思ったが、師匠はなにかお考えがあるのだろう、と頭をよぎる疑問に知らぬふりをする。

「……何かあったのでしょう!ええ!そうでしょうとも!!でなければ私めを置いてこんな長時間いなくなるなど……!ヴィンスさんの闇落ち以来です!!」

時計を見れば、師匠が出ていってから3時間たっている。たしかにヴィンスが吸血鬼?に乗っ取られていたときもそれくらいの時間がかかった気もするが……。

(普通に出掛けたらそれくらいかかるだろ、女性だし。)

女性の支度は時間がかかるというのは、古来から続く風習だ。出掛けているならなおさら。そう思う僕の思考を読んだのか、ジェイさんはいままでこんなに長い時間をお出掛けに使ったことはない、と断言する。

「じゃあ、城でなんかおもしれぇもん見つけたんじゃねぇ?珍しいもんを見つけたら、僕なら何時間でもいれる。」

こういうところは兄譲りで、珍しいものに僕は目がないのだ。前にこの屋敷で見つけた、伝説として語り継がれる再生花を見つけたときは驚いた。再生花とは、あくまでもおとぎ話のなかでだが、燃やされたり凍らされたり、引きちぎられても、一部が残っていればそこからすぐに再生すると言う花だ。枯れるまで、そうして生きながらえる。その寿命は約3年。三年間必ず咲き続けるのだ。師匠に頼んで種をもらい、屋敷のペット?のスライムと育てている。以前水から師匠が作り上げたそのスライムは、最近では知能が高くなったのか、どんな質問をしてもなぜか知っているようで、揺れたり跳ねたりして答えてくれるようになった。そしてそれは僕にかなり懐いている。悪いきはしねぇ。

「……仕方ありません、こうなったら私は城へ潜入するしか……。」
「待て待て待て、執事服で潜入は無理だろ!?かなり柄も作りもちげぇし、そもそも知らない面をしてるやつが城にいたら不審者ってすぐばれるぞ!?」
「いいえ、ご心配なく。正々堂々正面からはいるので。」

僕に協力させたいなら、この欲情したら電流の流れる鬼畜な兄上がつけやがった枷を取れ、と言おうとしたところで、ジェイさんの姿がとてつもない霧と風に覆われ、みえなくなる。慌てて砂などが目に入らないよう閉じる。風がやんだころに恐る恐る目を開ければ……王子のような格好だが動きやすさを重視しており、派手だが重みを感じない軽装という矛盾を成立させたような服をいつのまにか身に付けている。その長い髪は編み込まれており、前髪は立ち上げていた。
そう、その姿は巷で有名な冒険者にそっくりだった。
通り名は……地獄の死神。魔法のように一瞬で相手を倒すため、攻撃の一瞬はみえない。おそらく腰につけているナイフだろうが、投げる瞬間をみえたものはいない。いつのまにか相手は倒れている。美麗な容姿とは裏腹に、冷酷なまでに躊躇なく敵を蹴散らし冒険者の姿勢を正す。仕留めた獲物を持ってこられた商人は例に漏れず震え上がる。なぜなら、巧みな交渉を得て金を搾り取られてしまうからだ。噂では、やつには寵愛している女性がおり、その話題を冗談でも、やつの目の前でしたとたん模擬戦を申し込まれこてんぱんにされるという。さすがに最恐の死神も、人相手では手加減してくれるのか、重症をおった者はいない。だからか意外と人気で、
腕試しや成長のため、わざと突っかかる若者もいるようだ……という話をこの前町で聞いた気がする。

「……地獄の死神なのかよッッ!?!?」
「おや、私の通り名をご存じで?ええ、たまに王宮に品物を届けにお邪魔するので、この服装さえしとけば顔パスでオッケーなんですよ。」
「……マジかよ。」

いまいち信じがたいがーーーというより精霊が地獄やら死神やらと言われていいものかーーーその服装を見るに、聞いた姿と誤差はない。城へジェイさんの転移魔法で行けば、そのとおり顔パスで入れた。ただ、門番たちは誰一人として震え上がりジェイさんと目を合わせようとしない。もしや、ここでも暴れたのだろうか。

「なにしたんだよ?」
「いえ、いつも品物を届けているだけですよ?ああ……以前城でお嬢様から教わって海で取ってきたイカを調理して食べたからですかね?」
「それだろぜってぇ!!てめーが言ってるイカって、世間では海の魔物っていわれてんのしってんのか……っ!?」

しかも通常の大きさで二メートル近くはある巨大な生物である。人によっては毒にあたるだとか呪われるといわれる恐ろしい生物だ。
なぜ師匠がそんなおぞましいものを知ってるのかは……最強の魔女だからだろうか。
そんな会話をしながら、僕たちは城を歩く。すると、とある一室が騒がれている。そこは、使用人部屋のようだ。なかに躊躇なくジェイさんは入っていく。

「……?なにがあったんです?」
「殿下と騎士団長、ダニエル医師がいらっしゃらないんです!!直前に図書室近くにいたことだけは目撃されているのです、が……うわぁぁぁ!!!海の悪魔さえ喰い恐ろしい力を秘める地獄の死神ぃぃぃ!!!」

バタン、とその部屋にいた全員が倒れこんだ。唖然とそれをみていれば、ジェイさんは甲斐性なしですねぇ、と呆れたように彼らを足場にして戻ってくる。

「図書室に行きますよ。」
「それより言うことあるだろ!?なんだよこの阿鼻叫喚!!」
「よくあることです。」

もはや言葉を発することもできない。この惨事がよくあることだ?僕が恐怖政治をしていたときすらこんなことにはならなかった。
そんな僕を置いていくようにつかつかと先に行こうとするため、慌ててついていく。
 少し歩けば、大きな茶色の扉の前で立ち止まった。どうやら、ここが図書室のようだ。ぎい、と音を立て扉は開かれていく。


「だれも居ませんね。……おや?いつのまにこんなにも技術が進化したんです?ここの本は光るようになったんですね。」
「は?……なんだよこの本!?」

机の上には、本が開かれ、その開かれたページが神々しい光を発している。
本にかけより読めば、あり得ないものを見た。僕の様子を不審に思ったのか、ジェイさんもページを覗き込む。

「……【これは俺が、魔神になるまでの話。どうか俺を助けて】?なんでしょう、これ……ん?したに小さくなにかかかれていますね。
……【彼女たちは、俺の過去の世界に閉じ込めた。助けてくれるまで返さない。】
……こんな本燃やしてくれますよッッ!!」
「まてよジェイさん!!師匠帰れなくなるかもだから!!火を出すなよっ、このイカれ精霊!!」

図書室には本をふりあげ怒りに支配される精霊と、それを必死に止めようとする若き魔法使いの弟子の声が響くのだった。
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