転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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1巻

1-8

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【何ですかこれはっ!!】

 悲鳴に近い怒りの声。温室の扉を開けたヒスイの第一声である。
 元々は色とりどりの花が咲き乱れていたらしいが、その花達は別の温室に移動させてある。今は極秘の研究機関として薬草のそのとなっていた……はずだった。
 体育館ほどの広さに植えられた緑は、生き生きとしていたらさぞかし美しいことだろう。
 だが、植えられた薬草の大半は元気がなく、しおれてしまっている。

「こりゃひどい」

【ひどいなんてものじゃありませんわ! あぁ、もうこんなに元気がない。ここなんて、枯れているじゃないですかっ! かわいそうに】

 薬草の様子をひとつひとつ見ているうちに悲しくなってきたのか、みるみるヒスイの目に涙が溜まっていく。

【私は助けてもらいましたけど、この子達は……】

 自分と重なるところが多分にあるのか、嗚咽おえつこらえながら顔を覆う。
 まだ傷がえないみたいだなぁ。というより軽くトラウマになっているんだと思う。当たり前か。死にかけたんだもんな。
 そして、この薬草もまた同じ状態だ。早く何とかしてあげなきゃ。
 俺はヨシ! とひとつ気合いを入れた。

「嘆くのは早い! まだ助けられるかもしれないよ。一緒に考えよう」

 明るい声で慰めるように言った。ヒスイを見上げながらニコリと微笑む。

【フィル……ありがとうございます】

 ヒスイは潤んだ瞳でお礼を言った。

【人のやることはわからぬな。ドラーギ国を潰せばよいだけではないか】

 薬草を見渡し、コクヨウが俺の腕の中でため息を吐く。
 相変わらず可愛い姿で怖いこと言うなぁ。

「物騒なこと言わないの。戦争になったら犠牲者が出るでしょ」

【お前が私に命令すれば、この国の軍隊などなくてもめっすることができるのだぞ】

 チラリと俺の顔を見上げるコクヨウを、コツリと叩く。

「犠牲者っていうのは、うちの国のことだけじゃない。向こうもそうだよ。どのみち薬は必要だしね」

 微笑むとコクヨウはふんと鼻を鳴らす。でもそれは馬鹿にした感じではなくて、どこか笑いを含んだものだった。

【変わり者め】

 失礼な。普通でしょうが。
 コクヨウを地面に下ろし、腕まくりする。
 さて、植物は専門外だが、生育環境が大切なことはわかる。こんな状態になったってことは、今の環境が合っていないってことだ。
 葉っぱや土の状態を確認していると、遠くからズシンズシンと重みのある音が聞こえてきた。
 ここの研究員だろうか……顔を上げて、俺は固まった。
 エプロンに長い手袋をした二人が歩いてくる。研究員に間違いないだろう。
 一人は小走りでこちらに向かってくるが、その後ろを悠然と歩いてくるもう一人は、遠いはずなのに前の人と同じくらいの背丈。遠近法だと奥のほうが小さいはずなのにだ。
 気のせいかと思ったが、目の前に二人が並んで、ようやくわかった。
 超でっけーー!!
 転生してこのかた、外国人体型に囲まれて免疫ついたかと思ったが甘かった。遅れてやってきたその男は、巨人のようにでかかったのだ。
 横にいる人だって百八十センチくらいはあるだろうから、この人、二百センチとかいっちゃってるのかな? 加えて肩幅もある。幼児から見たらまるっきり大岩だなあ。
 首が痛くなるのを感じながら見上げていると、大岩は敵意むき出しで睨んできた。

「王子様だろうが俺は認めねぇっ! 俺の温室には口出しさせねぇですぜ!」

 歳は五十代くらいか。大岩のような体、顔を覆う豊かなヒゲ。一回会ったら絶対忘れないだろう。
 俺の温室って……王国の温室なんだけどなぁ。
 しょぱなからこれかぁ。もうすでに前途多難な気がします。

「フィル王子、申し訳ありません! 私はマルコ・サルマン。国の植物研究と王宮の温室管理を代々行っているサルマン家の者です」

 隣にいた青年はすっかり恐縮して、ぺこぺこ頭を下げながら言った。それから眉をひそめ、視線を隣の大男に向ける。

「親父っ! いくら何でも王子様に対して不敬すぎるじゃないか。ほら、ちゃんと挨拶をっ」

 どうやらこの青年は大岩の息子だったようだ。中肉中背ちゅうにくちゅうぜいの二十代くらいで、父親ほどのインパクトはない。だが、言われてみれば目元が似ている。
 すると大岩は気まずそうに小さく舌打ちした。

「……ガルボ・サルマン。研究と温室管理の責任者をしとります」

 勢いよくお辞儀した。あんまりにも勢いよすぎて、風圧を感じたくらいだ。

「よ、よろしく」

 俺は握手しようと手を差し出す。だが一瞥いちべつしただけで、ガルボはまたそっぽを向いてしまった。
 子供か!

「親父っ!! 王子、も、申し訳ありません!」

 マルコが再び頭を下げた。だが、ガルボはフンッと鼻息荒く振る舞う。

「これは俺の仕事なんだ。代々受け継いできて、植物のことはこの国の誰より知っているつもりだ。手出しなんかしてほしくないんだよ」

 頑固親父だなぁ。前世の祖父を思い出しちゃったよ。プライド高くて人の話を聞かないんだ、こういうタイプ。間違ったことでも、自分の沽券こけんに関わるとなかなか認めようとしない。
 どの世界にもいるもんだな。そう思って、ちょっとばかりげんなりする。

「王様からお話をいただいたじゃないか。フィル王子のお力を借りないと」

 マルコが宥めると、火でもついたようにガルボは怒鳴った。

「それがおかしいんだ! 何も知らない五歳の王子に、何のお力を借りるってんだよ。そんだったらまだヒューバート王子のほうがよかった! 荷物運びくらいには使えるからな!」
「親父っっ!!」

 マルコは悲鳴のように叫んで、ガルボの口をふさぎにかかる。だが百八十センチはありそうな彼でも、ガルボ相手じゃいかんせん身長が足りなかった。

「王様は俺達を馬鹿にしてやがんだっ!」

 口をふさぐことができず、結局最後まで暴言を吐かせてしまう。マルコは顔面蒼白だ。
 五歳児といっても、王族を前にしてこの発言。確かに不敬としか言いようがない。
 だが、おそらくガルボをさばくことはできないだろう。国内の植物を研究し、王家の温室を代々管理してきたのだ。実力も知識も国一番となれば、王だって簡単にクビになどできようはずもない。ガルボもそれをわかっているんだな。
 その自負とおごりが、暴言吐いてもへっちゃらなこの頑固さを形成したんだと思うけど。
 父さんにしてやられたなー。
 たぶん俺以外にもここに来ているんだ。だが、この頑固親父にことごとく追い返されたのだろう。
 父さんもガルボ相手に手を焼いてるわけか。
 どうしたもんかと首を捻る。すると足元にいたコクヨウが、小さい体ながらもグルルと低い声で威嚇を始める。

【さっきからやかましい……。逆らいおって。フィル、こいつを食ってやろうか?】

「駄目だってば」

 前世で頑固者への耐性はついているんだ。これくらい、可愛いもんである。
 コクヨウを抱き上げて背を撫でていると、そこに一陣の風が吹いた。
 ん? 温室で風が動くなんてこと……と見回すと、ヒスイが俺の頭上にふわふわ浮かんでいた。
 据わりきった瞳で、ガルボを冷たく見下ろしている。そして皆にわかる言葉で言った。

「我が主によくも不敬な言動を。お前を許さない」
「えぇっ!!」

 コクヨウを宥めて安心していたのに、ヒスイのほうがブチ切れてるっ!

「だ、誰だてめぇはっ!」

 さすがに空飛ぶ人は初めて見たのか、ガルボは青ざめてヒスイを見つめる。マルコは地面に尻餅しりもちをついて腰を抜かした状態である。

「私は自然を司る精霊にして、フィルにつかえる者。お前の行い、万死ばんしあたいする」

 怒りが頂点に達するとこんなに抑揚がなくなるのか。ビックリするくらい冷たい声だ。

「ちょっ! ヒスイ!! 何言ってんの!」

 俺が慌てて頭上のヒスイに叫ぶと、正面でドォンと地響きがした。
 え、何っ? 何の音?
 驚いてそちらを見ると、ガルボが膝をついていた。放心したようにヒスイを見上げている。
 え? 何? どうしたわけ?

「精霊……様」

 ガルボが呟いた。
 精霊様? 精霊様って言った?
 俺が驚いていると、ガルボとマルコは居ずまいを正し、空中にふわふわ浮かぶヒスイに平伏へいふくした。

「精霊様になんてご無礼をっ!」

 そうか。ガルボは代々植物にたずさわる家系だから、自然の象徴である精霊を信仰しているのか。そりゃ、神様みたいなのが現れたら恐縮するよな。

「私よりもフィルに謝って」

 キッ! と睨まれ、二人は慌ててハハーっと俺にも平伏する。
 何か、水戸黄門にでもなった気分だな……。

「精霊様のご加護を受けていらっしゃる方だとは! 大変失礼いたしました! 何とぞ、何とぞお許しください」

 さきほどの勢いはどうしたのか、ガルボは巨体をブルブル震わせている。だが、その様子を見てもヒスイの追撃は終わらない。

「我が同胞どうほう達をこのような姿にしておいて、『植物を誰よりも知っている』? おかしなことを。ならば、なぜ助けない? お前達に、緑のことを語る資格はないわ。この愚か者が!」

 も、もうやめてあげてーっ!!
 あんなに大きな体だったのに、ガルボはみるみる身を縮こまらせている。自業自得ではあるが、さすがに気の毒になってきた。
 マルコは真っ青になりながらも、ヒスイに向かって手を合わせる。

「お許しくださいっ、親父は植物栽培一筋で! 精霊様の加護かごを受けられなくなったら、生きていけません!!」

 あー、なるほど。ヒスイの怒りを買って、植物が育たなくなるのが恐ろしいのか。

「許すかどうかは、ご主人様が決める」
「え……」

 ちょっ! 何で俺にパスするの?
 焦る俺に、皆の視線が集まる。
 視界の端でコクヨウがペロリと舌舐めずりしているが、見えてないふりだ。食べさせるわけにいかないから。
 息を吸い込んで、口を開く。

「あー……今回の件は、不問とします」

 それを聞いて、サルマン親子がパァっと顔をほころばせる。ヒスイは一瞬ムッとしたが、それはすぐ無表情の中に隠れた。
 ムッとするならパスしないでよ。サルマン親子を罰するのは容易かもしれないけど、これ以上研究が遅れたら薬草がダメになる一方なんだから。

「ただ、これは僕に協力してくれることが条件だけど……できる?」

 首を傾げて二人の顔を見る。

「薬草の栽培は、サルマンさんでもきっとできると思う。素晴らしい知識があるんだから。でも事は急を要するんだ。僕は精霊の加護と、子供なりのひらめきを提供する。だから皆で力を合わせて、安定した栽培を目指そう」

 にっこり微笑んで手を差し出す。ガルボは熱にでも浮かされたような表情でその手を両手で掴む。

「数々のご無礼、本当にすまねぇです。何でもやりますんで」

 よかった。頑固親父が仲間になれば心強い。追い返されそうになった時はどうなることかと思ったけど。

【フィル、まずどうしましょうか】

 ヒスイに聞かれて、俺は手を繋いだままのガルボを見る。

「ガルボさんは……」
「どうぞガルボと呼び捨てで」
「じゃあガルボやマルコに聞きたいんだけど、この薬草について知っていることを教えてくれる?」

 ガルボを立たせて薬草を指差す。ガルボが頷く。

「ああ、こいつはマクリナという薬草でして、効能は熱冷まし・咳止め・鼻水や鼻詰まりの緩和……と色んな病に効きやす。ドラーギ国の売っているものより効きがよく、副作用もない、とてもいいものでさ」

 ガルボがふところから乾燥した薬草を出す。見た目は緑茶のようだ。

「これが乾燥マクリナでさ」
「へえ、どうやって薬にするの?」

 乾燥マクリナを手に取って匂いを嗅ぎながら聞く。匂いも緑茶っぽい。

「ふやかしてすり潰して、それを飲みやす」

 あー……やっぱり青汁みたいにして飲むのか。そうだよなぁ。
 良薬りょうやく口に苦し。そんなことわざが頭に浮かぶ。
 するとマルコがカバンを探って水筒を出し、俺に向かって差し出した。

「これはマクリナのお茶です。ふやかした時に出たエキスを、お茶として飲むんです。森の近くのチケ村では、これが病気の予防になると言われていまして、昔から飲まれているそうです」

 お茶の匂いを嗅いで、やはり緑茶みたいだなと思いながら口をつけ水筒を傾ける。
 口の中にほどよい苦味とまろやかな甘みが広がった。
 あ、緑茶だ。
 ゴクゴクと思わず飲み干す。一口飲んだら止まらなかった。
 ぷはーっ、懐かしい! 五臓六腑ごぞうろっぷみます!!
 海外で感じる故郷の喜びっ。やっぱりさー、日本人は緑茶だよな。
 こっちの世界にあるお茶を色々飲んでみたけど、ハーブティーが主流で、緑茶はなかったんだよな。でも、まさか薬草としてあるなんて! わからないはずだ。

【フィル? 美味しいんですか?】

 俺が懐かしさに喜び震えていると、ヒスイが首を傾げて聞いてくる。

「あの……フィル王子?」

 マルコも訝しげにこちらを見ている。
 そりゃそうか、味見のつもりで渡したのに飲み干されちゃ、ね。

「あ……あははは、飲みやすいね! これなら予防薬として習慣づけにいいかもしれない」

 もし薬草栽培に成功したら、絶対毎日飲んでやる。俺の緑茶生活のためにも、成功は必須だ。俄然がぜん、やる気が出てきたぞ。
 マルコは空の水筒を少し寂しそうな顔でしまうと、気を取り直して話し始めた。

「マクリナは、チケ村から川伝いにさかのぼった、中流の川辺に自生しているようです」
「『ようです』って、実際に行ったことは?」

 俺の問いに二人は、顔をくもらせて首を振る。

「あそこら辺は危ないんでさぁ。俺達一般人はなかなか行けないとこでして。ここにあるマクリナも、騎士様達が運んでくださったんで」

 ガルボは申し訳なさそうに頭をかいた。
 採りに行けないってか……確かにそれはネックだなぁ。それに、実際行ったことのある人でなければ、生息環境もわからない。
 運搬に関わった騎士に確認するかなー。これだけ大量に運んだのなら、きっと何十往復もしてるだろうし。
 うーん、あんまり東館には行きたくないんだが……背に腹は替えられないか。

【これなら見たことがあるぞ】

 唸る俺に、コクヨウがポツリと呟いた。俺はバッとそちらを見る。

【森に住んでいた時期もあるからな】

 わぁー、なんて頼もしい。思わずコクヨウを抱き上げてスリスリする。
 嫌そうな顔しているけども、それがまたたまらん。

「コクヨウ、どういう感じで生えていたか覚えてる?」

【根が川に浸かっていたな】

「根が……浸かっていた?」

 じゃあ、やるとしたら水耕すいこう栽培かな?
 するとヒスイも話に入ってきた。

【あら、私も見たことありますけど、川になんて浸かっていませんでしたよ?】

 どっちよ。

「マルコ。マクリナの生息地なんだけど、根が川に浸かってる場合と浸かってない場合、両方あるって考えられる?」

 見上げると、マルコは困惑したような眼差しをこちらに向けたまま固まっている。
 何だ? 考えごと?

「マルコ?」
「あ、ああ、その……。あの川はよく氾濫はんらんしますから、川辺にあれば浸っている時とない時があるかもしれません」
「なるほど。となると、根は水はけのいい砂利を含ませた土でないとダメかもね」
「しかしそうは言っても、土と砂利の割合がわかりません」

 マルコの言葉に俺は唸る。
 だよね。本来なら俺達が現地に行って土を確認するのが一番いい。けど、俺はまだ外出許可を貰えてないし、ガルボやマルコが行くのも、万が一怪我でもされたら困るのでやめてほしい。
 騎士に土なんかの状況を調べてきてもらえるとありがたいが、実は土だけの話ではない。
 日照も川の水の栄養分も大事だ。とくにマルコの話じゃ、川は頻繁ひんぱんに氾濫するらしいし、どの季節のどの成長過程で氾濫するのかも、薬草の生育に関係があるに違いない。
 そうなると何年もかけて観察するビッグプロジェクトになってしまう。でもその頃には、せっかく運んだこの薬草達も枯れてしまっているだろう。
 それに、騎士をそれだけ長期間拘束するってのも、できるかわからないしなぁ。

「ヒスイは、わかる?」

 チラリと見上げると、彼女は困ったように目を伏せる。

【生育に関してはわかりませんわ。そもそも精霊は人間と考えが違いますもの。精霊にとって植物は、あるべきところに存在するのが当然ですから。一応、私が助けることも可能ですが……。一時しのぎにしかなりませんので、根本的解決とは言えませんわね】

 コクヨウは背伸びをし、チラリと俺やガルボ達を見てから、ヒスイの言葉に続いた。

【つまりお前達人間のように、木や花を、環境を整えて別の場所に移すという考えがないのだ。だから生育うんぬんなどと考えること自体がない。たとえ環境が変わったことで枯れても、それは順応できなかっただけのことだからな】

 うぅ……耳が痛い。
 今この薬草を襲っている環境変化って、人間によってもたらされているものなんだよな。
 ヒスイが怒るのもわかる。便利だからと勝手に持ってきて、枯らしかけているんだから。
 思わずシュンとして、肩を落とす。ヒスイはそんな俺の頭を撫でた。

【ここにある薬草を助けてくださるんでしょう? 一緒に考えましょう】

 苦笑して頷く。反対に慰められてしまった。

「そうだね」

 ここでどうにかしないと、ますますダメ人間だ。
 俺は列状に植えられたマクリナを確認していく。すると、他と違って元気そうなマクリナの並ぶ列があることに気づいた。

「このあたりって、他と何か変わったことしてる?」

 少し離れたガルボに話しかける。ズシズシとやってきたガルボは、腰にぶら下げた記録紙を開いた。よく見えないのか、目を細めて記録紙を睨む。
 めっちゃ怖い……。ガルボ……その顔は犯罪者レベルだよ。それで外歩いたら誰でも即逃げるね。関わりたくないもん。
 こんな怖そうな人が結婚できて、マルコみたいな礼儀正しい息子もいるんだもんな。まさに世の中の摩訶まか不思議。
 いけない。何だかガルボの奥さんがどんな人か、気になってきた。ダメだ、集中しないと。
 自分の好奇心をそっと抑え、ガルボの話に集中する。

「列ごとに試験的なことやってんですがねぇ。えーこれは……あぁ、川の水使ってますや」
「川? じゃあ、他の列は?」
「湧き水でさぁ」

 ああ、やっぱり成分が違うんだ。ふむふむ、と俺は頷く。

「なら水は川の水を使ったほうがいいね。ここの列は、他よりわりと元気だから」

 そう言うと、ガルボはマクリナを観察して頷く。だが、すぐに表情が暗くなった。

「ただ……川がちょいとばかり離れているんで、そこから水を運ぶのは一苦労かもしれねーです」

 マジかー。こりゃ、ますます大事おおごとだ。俺は小さく舌打ちする。

「川の水を引いてくるなんて、そんな大がかりなことしたくないなぁ。もっと近くに川の成分に似たものがあればいいのに……」

 それはただの独り言だった。だが、そんな俺の耳に、可愛らしい声が聞こえた。

【川の栄養は山の鉱石によるものだから、鉱石を浸した水を使えばいいんだよ】

 すきま風のようにかすかなものだったが、確かに聞こえた。

「えっ、そうなんだ? ……って、あれ?」

 そこには、巨体のガルボしかいなかった。
 彼にあんな可愛らしい声を出せるわけがない。出せたらあの睨み顔よりさらに怖い。

「どうかしたんですかい?」

 ガルボがなえを入れ替えながら聞いてくる。俺は首を捻った。

「今、誰か喋らなかった?」
「いえ、俺は何にも……マルコっ! お前、何か言ったかっ!」

 ガルボが怒鳴ると、別の作業をしていたマルコはビクッと体を震わせる。かわいそうに、相当驚いたようだ。こっちを向いてブンブンと首を振り、不安になったのか慌てて飛んできた。

「何かあったんですか?」

 知らない間に何かしでかしてしまったのかと顔を青くする。それにつられてコクヨウやヒスイもやってきた。
 あぁ! 大騒ぎになったっ!

「ごっごめん!! 何か、声が聞こえた気がして」

 考えてみたら、聞いたことのない声だった。しかも子供のような可愛らしい声だ。ここにいる皆のものではないよな。

【声ですか?】

 ヒスイが辺りを見回す。ピクリと反応して、視線がガルボを捉えた。ガルボは憧れの精霊様に見られて固まる。
 するとコクヨウが、目にも留まらぬ早さでガルボに駆け上った。そして次に着地した時には、何かをくわえていた。

【放してーっ!】

 ジタバタとその何かが動いている。

「え、何っ!? 何これっ!」

 見ると、缶コーヒーより小さい小人こびとがいた。ジタバタと動いていたが、やがて力尽きたのか、ゼーゼー息をしながらダラリと両手足を垂らす。
 あ、いかん! 思わず見入っていたが、あのままだと弱ってしまう。

「コクヨウ、放してあげて」

 俺はコクヨウの口元に両手を差し出す。
 ペッと出された小人は、ヨダレまみれだった。そんな自分の状態に気づくと「わぁっ!」と突っ伏して泣き出す。気持ちはわかる。手がヨダレまみれで、俺も泣きたい。

【あら、珍しい。緑の妖精ですわ】

 覗き込みながらヒスイが言った。

「緑の妖精?」

【植物の妖精です。大抵は森などにいるのですが、妖精は人が嫌いなので出てくることはまずありません】

 それがなぜ、ガルボから出てきた?

【水のこと教えてあげたのにーっ! うぁー!】

 泣く妖精を宥めるため、俺はハンカチでヨダレを拭いてやる。

「教えてくれたのは君だったんだ。ごめんね」

 優しく拭いてあげて綺麗になった頃には、妖精も落ち着いてきたようだった。

「それで、えーと、妖精の君がどうしてここにいるの?」

 聞くと、手の上で涙を拭きながら立ち上がる。

【ミムって呼んで。マクリナの葉のとこで寝ていたの。そしたら運ばれちゃったみたいで、気づいたらここにいたの】

 ヒスイパターンですか。

「じゃあ、ここにいるのは君だけ?」

【そうね】

 あっさり頷く。

「騎士達も妖精が寝てるのに気づかなかったのかなー」

 ふぅと息を吐くと、ヒスイとコクヨウが喉で笑った。
 ん? 何だ? 何で笑ってるの?

【気づくわけなかろう】

 コクヨウが笑いを含んだ声で言う。
 どうしてと聞こうとすると、ガルボが目を瞬かせながら言った。

「あの~、妖精がいるんで?」

 ガルボとマルコは妖精が乗っている俺の手の平を観察するように見る。

「あれ? 見えないの?」

 見やすいように妖精を目の前に近づけるが、二人の視線は合っていなかった。

「むしろフィル王子は、何で見えるんですか?」

 驚きを隠せないらしいサルマン親子に見つめられて、俺は首を傾げる。

「さあ」

 何ででしょうね。
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