シスターはヤクザに祈る

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ヤクザと二日酔い

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 夢を見た。アンジェラとヤる夢だった。すげえかわいくて、たまらなかったから、セックスを覚えたてのガキみたいにがっついた。

 目覚めたら、全裸で寝ていた。なにかを抱きしめていたような気がしたけど、腕の中は空っぽだ。俺は髪をかき回し、むくりと起き上がった。ぼーっとしたあと、ベッドの惨状を見てぎょっとする。

 シーツがぐしゃぐしゃで、こもった匂いがした。思わずえづきそうになる。しかもゴミ箱をのぞいたら、あからさまに使用済みのゴムが捨ててあった。ざっと見ただけで三つはある。

「どんだけヤったんだよ」
 昨日、キャバ嬢をお持ち帰りしたとこまでは覚えているのだが。頭がガンガンして気持ちわるい。俺は脱ぎ捨ててあったズボンを履き、台所へと向かう。水道のレバーを押して、水を飲み干した。

「あー」
 シンクに手をついて、頭を押さえる。今日はとてもじゃないが、起きていられそうにない。事務所には行かないと虎彦に連絡しておくか。ベッドに戻ったら、ダッシュボードにスマホが置かれていた。
「あ?」
 キャバ嬢の忘れ物だろうか。電話して取りに来させよう。俺はスマホを手に取り、首を傾げる。
「これって……」

 見覚えがある。もしかして、アンジェラに買ってやったスマホだろうか。つまり、
「夢じゃ、ねえ?」

 その瞬間、頭が痛いのも忘れて車のキーを掴んでいた。シャツを羽織り、部屋を出る。エレベーターのボタンを連打し、イライラと足踏みをした。おっせえな。しびれを切らした俺は、階段を駆け下りた。

 駐車場に停めてあった車に乗り込んで、キーを回す。なかなかエンジンがかからなくて、それにもイライラさせられた。車を修道院の前に停めて、インターホンを連打していたら、怪訝な顔のシスターがこちらへ来た。

「あの、なにか?」
「アンジェラいるか」
「シスター・アンジェラになんのご用です」
「なんでもいいだろ、さっさと出せ」

 俺がイラついた口調で言ったら、シスターが怯えた目でこちらを見た。改めて、俺に噛み付いてくるアンジェラは普通じゃねえな、と思う。すると、修道院長がこちらへやってきた。片手にゴミ袋を持っている。このばあさんは俺にびびったりはしない。

「阿久津さん? 朝からどうしたんですか」
「あ、組長」
「私は組長ではありません」
「なんでもいいよ。アンジェラ出せ」
「あの子になんのご用ですか」
 ああもう、なんでこいつらは一々ご用を聞きたがるんだよ。ガキの遣いじゃあるまいし。

「話があんだよ。呼んでくれ」
 なんか足もとがグラグラして、めまいしてきた。っていうか気持ちわるい。
「あなた……顔色が悪いけれど、大丈夫ですか」
 大丈夫じゃない。俺がえづいたら、修道院長がさっとゴミ袋を差し出してきた。胃の中のものを吐き出したら、多少グラグラするのが治まる。
「中で休んでください。お水を差し上げますから」
「うう……」

 修道院長は俺の背中をさすりながら、中に入るよう促した。ふわふわスリッパを履いた俺は、食堂へと通された。以前ここでオムライスを食べたことを思い出す。食堂の椅子に座った俺は、出された水を飲み干した。

「お酒を飲まれたんですか。目が充血してますよ」
「んなことより、アンジェラは」
 修道院長は一瞬言い澱み、
「彼女は……いま修道院にはいません」
「あ?」
「夏期休暇で、ご両親のお墓参りに行きました」
「お墓参り?」

 そういえば、あいつには身寄りがいないんだった。修道院長は俺をじっと見て、
「アンジェラはシスターをやめると言っています」
「なんで」
「あなたが一番その理由をわかっているんじゃないですか」

 俺と寝たからか。俺は空っぽのコップに目をやった。目覚めたとき、腕の中にアンジェラはいなかった。何も言わずに帰ったのは、夢にしたかったからなのか。冗談じゃねえ。

「……あいつは逃げたんだろ」
「無理もありません。アンジェラはずっと、清純に生きてきたのだから」
「墓ってどこにあんの」
「まさか、行くつもりですか?」

 俺が頷いたら、修道院長が首を振った。
「あの子はあなたと会いたいとは思っていないはずです。今は動揺しているでしょうし」
「そんなこと関係ねえ。俺があいつに会いたいんだ」
「勝手なひとですね……」
「よく言われる」
「アンジェラは苦労しそうだわ」

 修道院長はため息をつき、少し待っていてください、と言って奥に引っ込んだ。しばらくして戻ってきた修道院長は、俺にメモ用紙を差し出してくる。見ると、寺の名前が書かれていた。

「アンジェラの生家はもうありませんから、ここで会えなければすれ違いでしょう。帰るのを待っていたほうがよくはないですか」
 俺はきっぱりと、
「会える」
「その自信はいったい」
「ヒキは強いんだよ。賭けで負けたことはねえ」

 修道院長は呆れた目で俺を見て、ダメな子ほどなんとかというやつかしら、と言っている。誰がダメな子だ、コラ。俺はメモ用紙を持って、修道院を出た。修道院長は俺を見送りながら、
「いいですか、アンジェラを見つけたら優しく声をかけてください。なんで逃げたのか、とか問い詰めてはいけませんよ」
「わかってるよ」

 俺は思わず苦笑した。尼さんに女の扱い方を指導されるとは。
「じゃあな、組長」
「組長ではありません。シスター・ルナです」
「えらくかわいい名前じゃん」
「昔は私もかわいかったのよ」
 修道院長はそう言って微笑んだ。

「もったいねえな、可愛いころを無駄にして」
「無駄ではありません。私は信仰に生きてきた。それは自分が選んだこと。どんな道を選んでも、自分で選び取ったものならば、それは正しいのです」
 十字を切って、俺の額に触れた。
「あなたに神のご加護を」
「ありがとよ、組長」

 修道院長が眉をあげた。俺は笑いながら運転席に乗り込む。神さまなんか信じていないが、誰かが自分のために祈ってくれるっていうのは、悪くないと思う。

 俺はダッシュボードを開いて、中に入っていたくしゃくしゃの紙を取り出す。シワを伸ばしたあと、それをじっと見つめた。カーナビで寺の住所を検索する。電車なんてかったるい。高速乗れば三十分でつくだろ。助手席に紙を置いて、
「よし、行くか」
 ハンドルを握った。
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