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11.セイレーンの女王 中編

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「ニマキ貝は物言わぬ食料とはいえ、海竜を嫌い、我らセイレーンを慕ってきたのだ。獲らせるワケにはいかぬ」

セイレーンの女王ミカエラが、よく分からない理屈で断ってきた。

海の皇女オリヴィアが耳打ちしてくる。

「セイレーンは女には意地悪なのよ」

「なぜ、それを早く言わないのだ? それならば男の使者を立てたものを」

「ダメよ。男は誘惑しちゃうから使い物にならないし」

要するに面倒なヤツということか。見ると露出の多い格好で、男好きのしそうな仕草をしている。本来なら関わりたくないヤツだが。

「女王よ。それでもなんとか許して欲しいのだ」

「貴女、西の第2皇女よね?」

「いかにも。アルマ・ヴァロリアである」

「それだけ魔力が強かったら、力ずくで奪っていくことも、こっそり盗んでいくことも出来るでしょう? なんで、そんな低姿勢で頼んで来るのよ。気味が悪いわ」

「むっ。……ある者へのお詫びにニマキ貝を贈りたいのだ。私のせいでその者の婚約者の機嫌を損ねてしまい、大変反省している。そんなお詫びの品を強奪したり盗んだりして手に入れたのでは、ますます後味が悪くなる」

「ふうん。で、その手に抱えてるモノは何?」

と、ミカエラは私が脇に抱える丸めた絨毯を指差した。ややっ、ミカエラはランプの魔人の元嫁だった。これは迂闊なことをしてしまった。

「ま、いいけど。あいつ、元気にやってるの?」

「うむ。元気だ」

オリヴィアが余計なことを言わないか冷や冷やしたが、もう興味を失くしたようで退屈そうにしている。

「たまには娘の顔くらい見に来いって、言っといてよ」

「む。分かった」

あの魔人、娘までつくってたのか。

「そうだ」と、ミカエラが手を打った。

「その娘のイザベラが婚約者と喧嘩して、もうずっと落ち込んでるのよねぇ。2人を仲直りさせてくれたら、ニマキ貝を獲らせてあげてもいいわよ」

むう。話がどんどん面倒な方に流れていく。しかし、身から出た錆だ。やむを得ん。

  ◇

セイレーンの城の中を、娘の部屋に案内されていく。しかし、魔素濃度が高い。ほぼ魔族という話だったが、まるっきり魔族なのではないか?

「我らは魔王の側に付いたのだ」

と、先を歩くミカエラが言った。

「もう100万年も前の話だ。大天使と大魔王の戦争があった。その時に我らセイレーンは魔王の側に付き、海竜は天使に付いた」

そんなことがあったのか。100万年前では、さすがに生まれてない。当たり前だが。

「戦争は引き分けに終わり、地上は緩衝地帯と定められた。残された我らがいがみ合い続けるのも馬鹿げた話だが、やむを得ん」

むう。神聖王国のことを四帝国の狭間にある緩衝国と下に見ていたが、この地上自体が天界と魔界の緩衝地帯であったか。調子に乗ってはいかんな。

「しかし、皇女アルマよ。この魔素濃度にもビクともしないとは、お前はバケモノだな。この城には魔王様から賜った魔秘宝の盾も保管されているというのに、お前は本当に人間か?」

魔族の言うこととはいえ、婚約破棄を16度も喰らって得た魔力で「本当に人間か?」と言われては、さすがに凹む。ましてや、相手は美貌のセイレーン、バツイチ、子持ちだ。その一度の結婚が少し羨ましい……。

「着いたぞ」

と、女王が自ら案内してきた扉の前で立ち止まった。ミカエラは扉に耳を近づけて、中の様子を伺っている。そして、小さくノックをした。

「イ、イザベラちゃぁぁぁん? 中に入ってもいいかなぁぁぁぁ?」

あの尊大なミカエラがこの調子では、中にいる娘はどんな気難し屋なのか。猛烈に帰りたくなったが、グッと堪える。

「ん」

という声が中から聞こえて、ミカエラがそーっと扉を開けた。青い髪をした人魚が寝そべって菓子を食べながら雑誌を読んでいる。

「イザベラちゃぁん。お城の中では脚をはやしとかないとお行儀悪いじゃない?」

「ん」

「お客様がいらしてるのよ? ね? ね?」

「ん」

と、イザベラは魚の下半身をピチピチさせたまま菓子を頬張っている。ミカエラが耳打ちをしてくる。

「ごめんなさいね。父親が出て行ってから甘やかしたら、ワガママ放題に育っちゃって。脚も出さないなんて、お行儀も悪くて……」

「いや、その行儀は分からないから大丈夫だ」

すると、オリヴィアが「ねえ、ねえ。何読んでるのぉ?」と、イザベラの横に寝転がった。

「ん」

と、イザベラがオリヴィアに雑誌を見せる。なにやら2人で盛り上がり始めたようだ。オリヴィアでも役に立つことがあるのか。

「じゃ、あとお願いね。婚約者。婚約者と仲直りさせて嫁に行かせてくれたら、ニマキ貝は獲り放題でいいから」

と言うや、ミカエラはピュッと出て行ってしまった。ワガママ娘を厄介払いしたいのか。あまり褒められた話ではないが、私が首を突っ込むことでもないな。

なにやら、ワイワイ盛り上がる2人の前に腰を降ろした。イザベラの髪が青いのは父親であるランプの魔人に似たのか。

すると突然、イザベラが「うわーんっ!」と大きな声を上げて泣き始めた。オリヴィアの顔を見ると首を左右に振っている。

「こ、婚約者の話を聞いたら泣き出しちゃってぇ……」

オリヴィア。お前にそんなセンシティブな話は無理だ。私も自信があるという訳ではないが。

イザベラの側に寄って、オリヴィアと2人で背中を撫でてやると、次第に落ち着いてきた。

「あの人ったらヒドイの。私はね2人の記念日にプレゼントを贈りたかっただけなのに……。ヒック」

まだしゃくり上げているイザベラが、ポツポツと話し始めた。面倒な情緒そのものだが、この場合やむを得ない。歯を食いしばって続きを聞く。

「だけど、人間の好きなモノなんて知らないじゃない?」

「婚約者は人間なのか?」

「そうよ。だからね、人間の近くで暮らしてる魔族のお兄ちゃんに聞いてた訳、人間の好きなモノを。そしたら、それを覗き見してたあの人が浮気だーっ! って騒ぎ始めて」

「浮気してたのか?」

「する訳ないでしょ! 失礼ね! お兄ちゃんは結婚してるし、奥さんとも私、仲良しなんだから!」

「いや、これはすまなかった」

「それで出て行っちゃって、連絡も取れないの……。お兄ちゃんともなんか気まずくなって、会いに来てくれなくなったし。私、なんにもしてないのに、グスン」

オリヴィアがうんうん頷いた。

「分かるわぁ。兄なんて勝手なものよね」

「私のは、ホントのお兄ちゃんじゃないけど……」

「それでもよ」

オリヴィアのブラコン魂が燻っているのはともかく、婚約者に誤解されたままというのは可哀想だ。イザベラはまた思い出したのか、わんわん泣き始めてしまった。

「もう200年も会えてないー! きっと、私のことなんか忘れちゃってるんだわー!」

に、200年か……。さすがに人間が生きているとは思えんが、冥界まで探しに行くのは面倒だな。

「せめて、お兄ちゃんに会いたいよー!」
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