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248.霊縁(13)スイラン
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ラハマに即落ちで照れ笑いした次に、俺の寝室に荷物を置いたのはスイランさんだった。
「私は仕事が第一で、色恋に縁も興味もなく25歳になってしまいました」
と、いきなりベッドに正座している。
「マレビト様をお慕いする気持ちに間違いはございません。……が、はっきり申し上げて、口説くとは何のことなのかサッパリ分かりません!」
「あ、はい……」
「しかし、私は挑戦することの大切さをマレビト様から教えられた女……」
赤縁眼鏡をクイッと上げた。
「挑戦させていただきます!」
と、少し頬を赤く染めたスイランさんが、俺との出会いから順に滔々と語り始めた。それはもう、微に入り細に入り、事細かに。
……そう言えば、妹のルオシィも同じような手紙をくれたな。
だんだんお経か念仏を聞いてるようになって来たところで、休憩を求めた。
「でも、さすがスイランさんですね」
「なにがですか?」
「細かなことまで、よく覚えてて。そんなスイランさんだから、あの闘いを支えられたんですね」
「いえ、私など。前線に出ていた者たちに比べたら」
「いやいや、そうだな……。回廊戦の時、シュエンの炊き出しを見てて鍋を追加させてましたよね?」
「ええ。人の動きを見ていて、もう一鍋回せるのではないかと」
「毎晩の闘いでも戦況をよく見て、前線から報せが入る前に矢を補充してくれてた」
「そのくらいは……」
「毎朝、保管庫に戻される槍の状態を1本ずつ確認して、刃こぼれがあれば研ぎに出し、柄が傷んだものは交換してくれてました」
「それは……」
「薪も1本ずつ確認して、乾燥してよく燃えるものをより分けて雨の日に回してくれてた」
スイランさんは顔を赤くして、俯いてしまった。
「あの闘いを勝ち抜けた立役者の1人は間違いなくスイランさんです」
「マレビト様……。私の仕事を見過ぎです……」
俯いた顔をチラッと上げて、俺を見た。恥ずかしがるその仕草にキュンとなって、スイランさんの頬に思わず手を当ててしまった。
「ひゃうっ……。な、なんです……?」
「口説かれました」
「え? ど、ど、ど、どこに……?」
「その表情です」
「か、か、か、表情?」
「はい」
と、赤縁眼鏡を取ると、
「はうっ……」
って、可愛い声を漏らしてから、唇を堅く閉じた。
ちょっとこんな意地悪したくなるのは、スイランさんだけかもしれない。顔を真っ赤にしたスイランさんの腰に手を回して抱き寄せた。
「も、も、も、貰っていただけるのでしょうか? 私の、は、純潔を……」
「スイランさんがイヤでなければ」
「よっ、喜んでっ……。よ、よろしくお願い致しますっ」
そのまま2人でベッドに沈んで、霊縁は結ばれた――。
「ど、どうだったでしょうか?」
と、俺にしがみつくように密着したスイランさんが言った。
「え?」
「なにか改善点などあればご教示いただきたく」
「こ、これから2人で考えていきましょう……」
さすがに照れた。
「2人で、ですか……」
と、スイランさんはしばらく考え込んだ後、小さく「はい」と、か細い声で言った。
やっと緊張の解けたスイランさんの肌が柔らかく密着した。
「母と和解しました……」
「そうですか。良かったですね」
「数年ぶりに、ゆっくり話が出来ました。近々、一緒にご挨拶にお伺い出来るかと……」
「楽しみです」
リラックス出来たスイランさんと、もう一度、ゆっくりと結ばれた――。
◇
「おおっ……、マジですか……」
2組のカップルが再婚の挨拶に来てくれた。
「マジですな」
と、応えた司馬兼剣士長のフェイロンさんと、薬師のリンシンさん。もう1組は女剣士のヨウシャさんと、片腕のニイチャン。
後ろにはその娘たち。ホンファ、スイランさん、ルオシィ、ビンスイ、ジンリー……。
側室率、高っ!
「剣士と兵士の闘いを献身的に支えてくれたリンシン殿に……、惹かれ申した」
と、言うフェイロンさんの肩をリンシンさんがパシっと叩いた。
「イヤですよ、そんな恥ずかしい」
……お、乙女だ。
「俺らはよ……」
と、ニイチャンが言うと、ヨウシャさんがニッコリ微笑んだ。
「言わなくてよろしい」
「あ、はい……」
「マレビト様。こういう仕儀となりまして、いい機会ですので本日で剣を置かせていただきます」
と、ヨウシャさんが頭を下げた。
「ご苦労さまでした。あの剣が見れなくなると思うと、少し寂しいですね」
「そう言っていただけると」
あとはリーファも交えて、皆んなで食事会を開いた。
2組とも再婚同士なので、大袈裟にはせず、この席をもって結婚の祝いにしたいってことだった。
「剣士長の座を譲ろうかと」
と、フェイロンさんが言った。
「と、言いますと?」
「もちろんマレビト様にご賛同いただければですが、司馬に剣士長、そこに側室の義父となれば、旧世界の価値観に照らせば少し権威権力が集中し過ぎます」
ホンファが新しいお父さんであるフェイロンさんに頼もしげな視線を送った。
「なるほど。後任は?」
「コンイェンがいいかと。あの闘いを通じて大きく成長いたしました」
剣士以外の戦闘参加に激しく抵抗し、勢い余ってヤーモンの恋を暴露したオレンジ髪の剣士。剣の腕は確かで舞うような剣筋が強く印象に残ってる。
「剣士を降り兵士長となったヤーモンのことを悪く言う者たちを、鎮めて回ったのもコンイェンでした」
と、フェイロンさんの言葉に、ヨウシャさんも懐かしげに微笑んだ。
「あのコンイェンが『マレビト様の言葉に従うのもシキタリだ。どちらもシキタリに従っているのだからいがみ合うのではなく、力を合わせよう』と、皆を説得して回っていたのですよ」
「そうでしたか」
「いかがですかな?」
「もちろん、異存ありません!」
和気藹々とした会話の中で、フェイロンさんがサラッと使った旧世界という言葉が、ダーシャン王国の終わりを感じさせた。もはや王族も国民もおらず、新しい未来はジーウォ公国に残る約1200人で切り拓いていかないといけない。
ふと見ると、片腕のニイチャンがテーブルの下に身を屈めて、なにやらゴソゴソしている。
「これを見てくれよ!」
と、失くした右腕を誇らしげに持ち上げると、その先に連弩が装着されていた。
「おおっ……、宇宙海賊……」
「うちゅ……?」
「いえいえ、こちらの話で」
「へへっ。ジンリーが作ってくれたんでさ。これで狩人を目指してみようかなって」
ジンリーが冷ややかな視線でニイチャンを見る。
「今度こそ、投げ出したらダメよ」
「へへっ! 分かってら!」
その2人をスイランさんが穏やかな表情で見詰め、口を開いた。
「生きていればいいのです」
そうねと言ったヨウシャさんが背中にそっと手をあてると、スイランさんは照れ臭そうに微笑んだ。
和やかな席が終わり、見送りに出ると、振り向いたリンシンさんとヨウシャさんがズイッと俺の両側の耳に顔を寄せた。
「「私たちがマレビト様をお誘いしたこと、夫には内緒で」」
「あはは……。言えませんよ……」
大人の女性の色香が両側から迫って、リーファが不思議そうな笑顔で俺を見詰めた――。
「私は仕事が第一で、色恋に縁も興味もなく25歳になってしまいました」
と、いきなりベッドに正座している。
「マレビト様をお慕いする気持ちに間違いはございません。……が、はっきり申し上げて、口説くとは何のことなのかサッパリ分かりません!」
「あ、はい……」
「しかし、私は挑戦することの大切さをマレビト様から教えられた女……」
赤縁眼鏡をクイッと上げた。
「挑戦させていただきます!」
と、少し頬を赤く染めたスイランさんが、俺との出会いから順に滔々と語り始めた。それはもう、微に入り細に入り、事細かに。
……そう言えば、妹のルオシィも同じような手紙をくれたな。
だんだんお経か念仏を聞いてるようになって来たところで、休憩を求めた。
「でも、さすがスイランさんですね」
「なにがですか?」
「細かなことまで、よく覚えてて。そんなスイランさんだから、あの闘いを支えられたんですね」
「いえ、私など。前線に出ていた者たちに比べたら」
「いやいや、そうだな……。回廊戦の時、シュエンの炊き出しを見てて鍋を追加させてましたよね?」
「ええ。人の動きを見ていて、もう一鍋回せるのではないかと」
「毎晩の闘いでも戦況をよく見て、前線から報せが入る前に矢を補充してくれてた」
「そのくらいは……」
「毎朝、保管庫に戻される槍の状態を1本ずつ確認して、刃こぼれがあれば研ぎに出し、柄が傷んだものは交換してくれてました」
「それは……」
「薪も1本ずつ確認して、乾燥してよく燃えるものをより分けて雨の日に回してくれてた」
スイランさんは顔を赤くして、俯いてしまった。
「あの闘いを勝ち抜けた立役者の1人は間違いなくスイランさんです」
「マレビト様……。私の仕事を見過ぎです……」
俯いた顔をチラッと上げて、俺を見た。恥ずかしがるその仕草にキュンとなって、スイランさんの頬に思わず手を当ててしまった。
「ひゃうっ……。な、なんです……?」
「口説かれました」
「え? ど、ど、ど、どこに……?」
「その表情です」
「か、か、か、表情?」
「はい」
と、赤縁眼鏡を取ると、
「はうっ……」
って、可愛い声を漏らしてから、唇を堅く閉じた。
ちょっとこんな意地悪したくなるのは、スイランさんだけかもしれない。顔を真っ赤にしたスイランさんの腰に手を回して抱き寄せた。
「も、も、も、貰っていただけるのでしょうか? 私の、は、純潔を……」
「スイランさんがイヤでなければ」
「よっ、喜んでっ……。よ、よろしくお願い致しますっ」
そのまま2人でベッドに沈んで、霊縁は結ばれた――。
「ど、どうだったでしょうか?」
と、俺にしがみつくように密着したスイランさんが言った。
「え?」
「なにか改善点などあればご教示いただきたく」
「こ、これから2人で考えていきましょう……」
さすがに照れた。
「2人で、ですか……」
と、スイランさんはしばらく考え込んだ後、小さく「はい」と、か細い声で言った。
やっと緊張の解けたスイランさんの肌が柔らかく密着した。
「母と和解しました……」
「そうですか。良かったですね」
「数年ぶりに、ゆっくり話が出来ました。近々、一緒にご挨拶にお伺い出来るかと……」
「楽しみです」
リラックス出来たスイランさんと、もう一度、ゆっくりと結ばれた――。
◇
「おおっ……、マジですか……」
2組のカップルが再婚の挨拶に来てくれた。
「マジですな」
と、応えた司馬兼剣士長のフェイロンさんと、薬師のリンシンさん。もう1組は女剣士のヨウシャさんと、片腕のニイチャン。
後ろにはその娘たち。ホンファ、スイランさん、ルオシィ、ビンスイ、ジンリー……。
側室率、高っ!
「剣士と兵士の闘いを献身的に支えてくれたリンシン殿に……、惹かれ申した」
と、言うフェイロンさんの肩をリンシンさんがパシっと叩いた。
「イヤですよ、そんな恥ずかしい」
……お、乙女だ。
「俺らはよ……」
と、ニイチャンが言うと、ヨウシャさんがニッコリ微笑んだ。
「言わなくてよろしい」
「あ、はい……」
「マレビト様。こういう仕儀となりまして、いい機会ですので本日で剣を置かせていただきます」
と、ヨウシャさんが頭を下げた。
「ご苦労さまでした。あの剣が見れなくなると思うと、少し寂しいですね」
「そう言っていただけると」
あとはリーファも交えて、皆んなで食事会を開いた。
2組とも再婚同士なので、大袈裟にはせず、この席をもって結婚の祝いにしたいってことだった。
「剣士長の座を譲ろうかと」
と、フェイロンさんが言った。
「と、言いますと?」
「もちろんマレビト様にご賛同いただければですが、司馬に剣士長、そこに側室の義父となれば、旧世界の価値観に照らせば少し権威権力が集中し過ぎます」
ホンファが新しいお父さんであるフェイロンさんに頼もしげな視線を送った。
「なるほど。後任は?」
「コンイェンがいいかと。あの闘いを通じて大きく成長いたしました」
剣士以外の戦闘参加に激しく抵抗し、勢い余ってヤーモンの恋を暴露したオレンジ髪の剣士。剣の腕は確かで舞うような剣筋が強く印象に残ってる。
「剣士を降り兵士長となったヤーモンのことを悪く言う者たちを、鎮めて回ったのもコンイェンでした」
と、フェイロンさんの言葉に、ヨウシャさんも懐かしげに微笑んだ。
「あのコンイェンが『マレビト様の言葉に従うのもシキタリだ。どちらもシキタリに従っているのだからいがみ合うのではなく、力を合わせよう』と、皆を説得して回っていたのですよ」
「そうでしたか」
「いかがですかな?」
「もちろん、異存ありません!」
和気藹々とした会話の中で、フェイロンさんがサラッと使った旧世界という言葉が、ダーシャン王国の終わりを感じさせた。もはや王族も国民もおらず、新しい未来はジーウォ公国に残る約1200人で切り拓いていかないといけない。
ふと見ると、片腕のニイチャンがテーブルの下に身を屈めて、なにやらゴソゴソしている。
「これを見てくれよ!」
と、失くした右腕を誇らしげに持ち上げると、その先に連弩が装着されていた。
「おおっ……、宇宙海賊……」
「うちゅ……?」
「いえいえ、こちらの話で」
「へへっ。ジンリーが作ってくれたんでさ。これで狩人を目指してみようかなって」
ジンリーが冷ややかな視線でニイチャンを見る。
「今度こそ、投げ出したらダメよ」
「へへっ! 分かってら!」
その2人をスイランさんが穏やかな表情で見詰め、口を開いた。
「生きていればいいのです」
そうねと言ったヨウシャさんが背中にそっと手をあてると、スイランさんは照れ臭そうに微笑んだ。
和やかな席が終わり、見送りに出ると、振り向いたリンシンさんとヨウシャさんがズイッと俺の両側の耳に顔を寄せた。
「「私たちがマレビト様をお誘いしたこと、夫には内緒で」」
「あはは……。言えませんよ……」
大人の女性の色香が両側から迫って、リーファが不思議そうな笑顔で俺を見詰めた――。
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