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一章
6.元神子はお供ができたようです
しおりを挟む俺がラティーフに出会ったのは、この世界から帰ると決めた頃だ。
つまり、その頃の俺はセルデアからの態度に耐えきれず、よく落ち込んでいた。その時、レラグレイ帝国から来た使者であるラティーフは俺より少し年上の青年だった。
はっきりとした年齢は聞いていないが、十代後半くらいの年齢で俺より年上ではあったと思う。
あったと思う、というのが彼が年上とは思えない性格の持ち主であったからだ。
とにかく、彼とはすぐに仲良くなった。
彼の滞在は三日間くらいだったので、俺が会えたのも三回くらいだ。それでもいい思い出といえる良好な関係だったと断言出来る。
セルデアたちに聞いた話だと、俺が帰った年に前皇帝が亡くなり、成人していたラティーフが即位したそうだ。
「……あの、ラティーフが」
俺の小さな呟きは、馬車が走る音と混じり、誰かに伝わることなく消えた。
今の俺は馬車に乗り込んで、既にレラグレイ帝国に向かっている。
手紙の返事をした後は、俺とセルデアは荷物をまとめ、すぐに屋敷を発つことになった。一旦王都へと向かった俺たちを出迎えたのは、旅支度を終えた一団だ。それと合流するとすぐ、レラグレイ帝国に向かうこととなった。
「郁馬さん」
名前を呼ばれた方向に目を向ける。俺の正面に位置して座っている少年は、男性ながら可愛いという言葉が相応しい。
俺と同じく黒髪であり、ぱっちりとした黒の瞳が俺を真っすぐに捉えていた。俺と目線が合うなり、人懐っこい笑顔を浮かべた。
彼こそが、この世界に俺と同じように召喚され、最後の神子となる朝来野弓弦君だ。
王都で既に合流はしていたが、互いに慌ただしく動いていた為、落ち着いて顔を合わせることが出来たのは馬車に乗ってからだ。
「改めて来てくれてありがとうございます! 郁馬さんが来てくれて、本当に嬉しいです」
はきはきと語る口調と生き生きとした姿は、今の俺にとって輝いているように感じて眩しい。眩しいといっても不快感は一切なく、清爽感が漂う。
「こちらこそ、誘ってくれてありがとう。俺も隣国には行ったことは無かったから嬉しいよ」
「そう言ってもらえて、嬉しいです!」
笑顔を絶やさず返答するユヅ君に、俺も自然と口許が緩んだ。
現在、レラグレイ帝国に向かっている馬車だが、俺とユヅ君以外に馬車内にいるのはセルデアとイドだ。
ルーカスは、もう一つの馬車に乗っており、ナイヤは馬に跨り馬車の護衛をしている。
ルーカスとは王都でも目を合わせたが、直接言葉を交わしていない。意図的にそうした訳ではなかったが、正直なところ気まずいという気持ちは多少なりともあった。
ルーカスはメルディからの罰によって、俺に会うことを禁じられていた。今回の訪問の際は特例とし、俺が望まない限りルーカスからの接触禁止という形で収まった。
つまり俺が望むならば、ルーカスと話せるということだ。
……まあ、ちゃんと話したいとは思っているんだけどな。
「お二人が話しているところ、大変申し訳ありませんが私からお話があります」
そう切り出したのはイドだ。
イドは、ここにはいないメルディに命じられて今回の訪問に参加した。当たり前だが、教皇であるメルディはエルーワに残っている。
「ユヅル様は神子として訪問されますが……イクマ様に関しては神子としての扱いはできません」
それに対して俺はすぐに頷いた。
当然のことだ。エルーワでも俺が先代神子だと知っているものは少ない。それを他国でバラすつもりもなければ、神子としての扱いは望んでいない。
大体、未だに神子の力も戻っていないので、本当の意味でも俺は神子じゃない。
「ですから滞在中、イクマ様はユヅル様の側付き神官ということにする予定です。イクマ様、これを」
そう言って手渡されたのは、服だ。イドから受け取って広げると真っ白な服に背中には黒い丸が一つ書かれている。それが神官の服であることに気付いた。
「そちらの衣服に着替えてくださるようにお願いいたします。私も、ユヅル様の側付き神官を名乗らせて頂きますので、イクマ様を影ながらお助けします」
「それは頼もしいな」
残念ながら、いつも俺の世話をしてくれるパーラちゃんは留守番だ。代わりという訳ではないが、イドが側にいてくれるなら心強い。
イドが俺に対して優しく微笑んだが、何故か一瞬にして凍り付いた。それに対して俺が首を傾げていると──。
「イクマ」
感情の起伏の少ない声が馬車内に響く。それはセルデアの声であり、俺はそちらに目線を向ける。すると、いつの間にかセルデアの掌には小さな白蛇が乗っていた。
「私も今の内に、これを渡しておこう」
差し出された白蛇は本当に小さくて、掌サイズくらいしかない。セルデアの掌でとぐろを巻いていたが、俺の掌へ受け渡すと白蛇がゆっくりと頭をもたげた。そして、そのつぶらな瞳を俺へ向けながら、舌をちろりと覗かせる。
それは、まるで俺に挨拶しているようだった。
セルデアは、化身の力の一つとして地を這うものを眷属として自在に操れる。この力について、セルデアに訊ねたことがある。セルデアが言うには眷属とは、近くにいる蛇などを引き寄せ従属させるものらしい。
セルデアの命令には死ぬ迄従うが、セルデアが遠く離れると命令の効力は薄れる可能性がある。この白蛇も、今はセルデアの支配下にあるということだ。
俺が蛇に詳しくないというのもあるが、こんな小さな蛇を見たのは始めてだった。
「うわ、可愛い蛇ですね」
ユヅ君が弾んだ声を出しながら、その目は白蛇に釘付けだ。それには俺も同じ考えだった。どことなく愛嬌があって、なかなか可愛い。
「ひっ!」
しかし、俺達と真逆に過剰反応するのはイドだ。小さく飛び上がり、身体が震えている。そして、恐怖に満ちた表情のまま凍り付いていた。
セルデアの軽い神堕ち事件の際に、蛇をけしかけられたせいで、どうやら蛇が苦手になってしまったようだ。
……これに関しては、イドに悪いことをした。
「もし私が側にいない時に何かあった場合、これに要件を伝えて離せば、すぐに私に知らせにくる。レラグレイ帝国にいる間は常にそばに置いてくれ」
セルデアの口振りからして、どうやらこの蛇は人の言葉がわかるようだ。その証拠に、セルデアの言葉に「そうだそうだ」と頷くように白蛇は頭を上下に揺らしていた。
「助かるよ、セルデア。ありがとう」
それは心からの言葉だった。ユヅ君とは違い、俺に護衛はいない。ナイヤは俺も守るつもりではあるはずだが、常に俺の側についている訳にもいかないだろう。ただの訪問のため、何か起こるとは思えないが念には念を、だ。
白蛇はするりと俺の手から手首を伝い、そのまま俺の懐へとその姿を消していった。
「こいつに名前はあるのか?」
「いや、ないな。イクマがつけたいならつけてやってくれ」
セルデアの言葉にしっかりと頷く。名前が無いのは呼ぶ時に不便だ。何かいい名前を考えておこう。
俺は、衣服越しに白蛇を優しく撫でた。
ふと視線を前に向けると、イドは目を閉じて脱力していた。四肢は投げ出されたようにだらりと下がり、息は荒い。更にはうわ言のように何かぼそぼそと呟いている。
「うう、蛇……パーラさん、蛇がぁ……」
……これは、かなりキているな。
疲れ切ったイドを見て、彼の前で白蛇を出すのは絶対にやめようと、俺は心の中で決めた。
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