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二章

14.元神子は復活したようです

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「ぐっ、ぁ」

 セルデアの息は段々と荒くなっていき、自身の胸の辺りを苦しそうに押さえ始める。俺を映していた瞳が濁り怒りと憎悪に満ちていく。そして、黒い靄がどんどん濃くまとわりつく。
 ───やめろ。待ってくれ。
 俺には、それを見ていることしかできなかった。

「ぐっ、あ、ああぁっ!」

 セルデアは力強く拳を地面へ叩きつける。それと同時に地面が大きく揺れ始めた。かなり大きな地震だ。それがセルデアの化身の力によって引き起こされたことは、すぐに理解した。イドを巻き込む危険性があるというのに、気にする様子もない。
 そして、間近にいた俺を突き飛ばした骸の獣へ乱暴に掴みかかる。そのまま、地面へと叩きつけた。叩きつけた瞬間、その土は底なし沼のように骸の獣を取り込み、そのまま沈んでいく。
 セルデアの襲い掛かる姿はまるで獣のようで、理性を感じられない。
 駄目だ、セルデア。戻れなくなる。

「せっ、……あっ!」

 声が出ない。せめて、俺が声を出せればと思うのに身体がいうことを聞かない。周りにいた骸の獣たちは退くことはせず、その牙を未だにセルデアへと向けていた。
 こいつらはどうして、そこまでセルデアに執着するんだ。
 瘴気の事情はわからない。ただわかるのはこのままだと、セルデアは神堕ちして再び竜の姿に戻るだろう。そうなればどういう行動をとるか、俺にも予想がつかない。以前のように眠ってくれるのか、それとも暴れだしてしまうのか。どちらにせよ、今の状況では対処できる手段がない。
 誰か、誰でもいい。何か、助ける方法を教えてくれ。
 どこにも届くことのない懇願だった。それでも諦めの悪い俺は、何かないかと視線を辺りに向けた時だ。
 ふと、俺の間近に小さな黒い丸が落ちていることに気付いた。それは、異様に俺の目を引いた。よくよく目を凝らすとそれが丸ではなく、小さな鳥の羽が丸まったものであったことに気付く。
 こんなものを気にしている場合ではないとわかっているのに、どうしてもその鳥の羽から目が逸らせなかった。
 鳥の羽は真っ暗だ。色の黒で表現できるものではなく、全ての光を取り込んでしまいそうな純粋な黒。
 なんでこんな所に、と考えてそこは俺が胃液を吐き出した所だと思い出した。
 そして、その時にじっくりと視て、鳥の羽の正体を理解した。

「っは、はは……」

 俺の口から自然と笑いが零れる。そうか、そういうことか。
 思い出すのは、元神様の墓を作りに行ったあの日だ。最後に光を感じさせてやろうと思い、箱を空へ掲げた時に零れてきた黒い何か。俺は確かにそれを飲み込んだ。てっきり土だと思っていたが、そうじゃなかった。
 視ればわかる。あれは、瘴気の塊だ。今獣を操っている瘴気よりもずっと濃く、言うなれば元神様のこの世に残った最期の魂の欠片のようなもの。あれが、俺の中にずっとあったのだ。

「そりゃ……つか、えない……」

 だから、神子の力が使えなくなった。いや、正確には神子の力を使い果たし、ガス欠状態だった俺の力を、復活しても使えないように体の中で塞いでいたのがコイツなのだろう。これは俺の予想でしかないが、外れていないような気もする。
 ──こいつが出ていった今なら。
 悲鳴を上げている体に動けと言い聞かせながら、力を込める。幸運なことに痛むのは当たった腹部のみで、他に痛みはない。地面を引っ掻きながら、腕に力を込めて上体を起こす。
 地面は未だ揺れているが、立てないほどではない。

「っは、はぁ」

 口の周りを手の甲で拭いながら、一歩一歩前へと進む。向かう方向はセルデアがいるほうだ。数歩前へ出た時に立ちふさがる影がいた。

「グルゥゥ」

 それは骸の獣だった。眩んだ目はどうやら元に戻ったようで、しっかりとこちらへと敵意を向けている。ルーカスのお守りで妨害され、俺を敵だと認識したようだ。一匹が俺と対峙し、唸りながらその牙を俺へと見せつける。
 それに対して、俺は軽めの深呼吸を始める。要領はわかっている。何度も何度もやったことだ。
 ただ祈る。綺麗になるように祈る。
 すると見慣れた白い霧のようなものが手からあふれ出る。その様子に、びくりと身体を跳ねさせたのは骸の狼だ。
 先ほどの威勢はどこへいったのか、すぐにでも逃げ出しそうな程に後ずさりを始めた。しかし、それを許すほど今の俺は優しくない。

「……どいつもこいつも」

 思った以上の低い声が零れる。先ほどからずっと抑え込んでいた感情が一気に溢れてくる。今にも射殺すという気迫で骸の獣を睨みつけ、拳を振り上げた。

「──ふざけっ、んなッ!」

 俺は一歩踏み込んで、そのまま思いっきり骸の獣を殴りつけた。今までの鬱憤を全て、顔面に叩きこむように拳を振るった。
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