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第1章
幕間 公式SS『災厄の王の目覚め 上』
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サラディには、自分以外の他者が憎悪と恐怖の対象でしかなかった。その原因は、サラディ自身もはっきりとはわからない。
実の父親に顔を焼かれた時だろうか。実の母親に、お前が生まれたせいでと罵倒された時だろうか。仲の良かった従者に毒を飲まされた時だろうか。
その全てが原因であり、違うような気もしていた。
サラディは他者を憎み恐れているのに、何故か同時に憧れも持ってもいた。
信じるというのはどういう気持ちなのだろうか。愛するとはどういう気持ちなのだろうか。
サラディがトーマック一家のボスとなった際、多くの他者を見て来た。
家畜のように他者を切り捨てる者もいれば、どんな事があろうとも守り切ろうとする者もいた。
サラディは後者の人間がとても羨ましかった。死の直前まで守ろうと思える、信じられる。その相手がいるという事が、積み重ねられた金貨たちよりもずっと価値あるものだと思っていた。
──欲しい。それが、俺にも欲しい。
多くはいらない。たった一人でいい。
トーマック一家のボス、人間の皮を被った化け物、呪われた血。それらで判断するのではなく、サラディ個人として見てくれる、信頼してくれる相手が欲しかった。
──それが叶ったら、見つかったら絶対に離さないのに。何よりも大切にするのに。
しかし、それが叶う事はなく、またしてもサラディは裏切られる。
それは、サラディが拾った部下だった。貧民窟で瘦せ細り、母を食わす為にも一家に入りたいと訴えた男だった。
そして、その男がサラディを刺した理由も母だった。
『ぼ、ボスを、やらないと……母さん、がっ』
それがその男の最後の言葉だった。結局サラディの足を深く刺しただけで致命傷にはならず、目的を果たせずに死んでいった。
その際に感情に任せて血を出し過ぎたせいでサラディは帰路の途中で動けなくなる。
何処かも分からない路地裏で倒れ、ここで意識を落としたら本当に殺されると焦っていた。しかし、同時にこうも思っていた。
──もういいか、生きるのは。
サラディにとって生きるというのはほぼ当てつけだった。死ねと望まれたから、死んでやらない事にしただけだ。
残りは、捨てきれない羨望。信じられる他者なんて見つかる事はないのだろう、と諦める。
そして、そこまで考えると無駄に生きてきた自分に苛立った。悪態を吐いて、目を閉じようとした彼にそれは聞こえる。
『あ、あんた、大丈夫か?』
それが、友人との出会いだった。
◾︎◾︎◾︎
その日は曇り空だった。夕暮れ時、一般街を小走りでサラディは駆ける。ローブを羽織り、フードを深く被った姿で彼が目指しているのは仕立屋だ。
サラディの友人は、一般街では有名な仕立屋の下働きをしている。そこを紹介したのはサラディだ。ただ正確には、サラディが直接関わったわけではない。
直接関わるとサラディの立場上、友人にも迷惑がかかる可能性があるためだ。遠回しに手を回した為、友人は職場で苦労をしているだろうが、友人はそれがいいと笑うのでサラディも受け入れた。
今日はそんな友人を驚かせようと何も伝えずに会いに来ていた。普段は休日の時に会う事しかしないのだが、今日はサラディと友人が出会って丁度一か月なのだ。
昔のサラディなら何も感じない日。しかし、今のサラディにとってはとても特別に思える日だった。だからこそ、贈り物を懐に忍ばせて友人へ会いに来た。
通常、友人の立場でありながら記念日を祝う、というのはどうにも不自然に思える。しかし、サラディはそのようには一欠けらも思わなかった。
サラディにとって友人は、何よりも代えがたい大切な存在だったからだ。
ほどなくして仕立屋の前へと辿り着く。サラディは辿り着いて、初めて友人に会う算段を全く考えていなかった事に気付く。
──すごいな、馬鹿になる程浮かれている。
サラディにとって、何も考えずに動くという事は死に直結する可能性が大きかった。しかし、友人に関してはこうも無防備になれる自分に苦笑した。
「……とりあえず、中に入ってから考えるか」
頬を綻ばせ、一歩前に進んだ時にふとサラディは気付いてしまう。店前に不自然に置かれた荷車。そこに視線が誘われるように向かって、止まる。
「ん?」
木製の手押し車、そこには何か荷物が置かれていて上には布が被せられていた。
そこに、特に何かあった訳でもない。しかし、サラディの足はふらりとそちらに向いて近付いていく。ゆっくりと近付くにつれて、足元から這い上がるような寒気を感じていた。
手押し車の前に立ち、何故ここに来たのかと思いながらも手はそっと布を掴んだ。
「……あ?」
掴んだ瞬間、見えたのは手首だ。それは間違いなく人の手首であり、この手押し車には人が乗せられているようだった。だらりと力無く伸びている所を見ると、既に死体だろうことがわかる。
一般街では珍しい事ではあるが、特に驚く事でもない。墓地行きになるのをこうして待っているのだろう。
サラディはすぐに興味を無くして布から手を離したが、その際指に引っ掛かり、布はずるりと地面へ滑り落ちていく。
そして、サラディの眼前にその姿を現した。
実の父親に顔を焼かれた時だろうか。実の母親に、お前が生まれたせいでと罵倒された時だろうか。仲の良かった従者に毒を飲まされた時だろうか。
その全てが原因であり、違うような気もしていた。
サラディは他者を憎み恐れているのに、何故か同時に憧れも持ってもいた。
信じるというのはどういう気持ちなのだろうか。愛するとはどういう気持ちなのだろうか。
サラディがトーマック一家のボスとなった際、多くの他者を見て来た。
家畜のように他者を切り捨てる者もいれば、どんな事があろうとも守り切ろうとする者もいた。
サラディは後者の人間がとても羨ましかった。死の直前まで守ろうと思える、信じられる。その相手がいるという事が、積み重ねられた金貨たちよりもずっと価値あるものだと思っていた。
──欲しい。それが、俺にも欲しい。
多くはいらない。たった一人でいい。
トーマック一家のボス、人間の皮を被った化け物、呪われた血。それらで判断するのではなく、サラディ個人として見てくれる、信頼してくれる相手が欲しかった。
──それが叶ったら、見つかったら絶対に離さないのに。何よりも大切にするのに。
しかし、それが叶う事はなく、またしてもサラディは裏切られる。
それは、サラディが拾った部下だった。貧民窟で瘦せ細り、母を食わす為にも一家に入りたいと訴えた男だった。
そして、その男がサラディを刺した理由も母だった。
『ぼ、ボスを、やらないと……母さん、がっ』
それがその男の最後の言葉だった。結局サラディの足を深く刺しただけで致命傷にはならず、目的を果たせずに死んでいった。
その際に感情に任せて血を出し過ぎたせいでサラディは帰路の途中で動けなくなる。
何処かも分からない路地裏で倒れ、ここで意識を落としたら本当に殺されると焦っていた。しかし、同時にこうも思っていた。
──もういいか、生きるのは。
サラディにとって生きるというのはほぼ当てつけだった。死ねと望まれたから、死んでやらない事にしただけだ。
残りは、捨てきれない羨望。信じられる他者なんて見つかる事はないのだろう、と諦める。
そして、そこまで考えると無駄に生きてきた自分に苛立った。悪態を吐いて、目を閉じようとした彼にそれは聞こえる。
『あ、あんた、大丈夫か?』
それが、友人との出会いだった。
◾︎◾︎◾︎
その日は曇り空だった。夕暮れ時、一般街を小走りでサラディは駆ける。ローブを羽織り、フードを深く被った姿で彼が目指しているのは仕立屋だ。
サラディの友人は、一般街では有名な仕立屋の下働きをしている。そこを紹介したのはサラディだ。ただ正確には、サラディが直接関わったわけではない。
直接関わるとサラディの立場上、友人にも迷惑がかかる可能性があるためだ。遠回しに手を回した為、友人は職場で苦労をしているだろうが、友人はそれがいいと笑うのでサラディも受け入れた。
今日はそんな友人を驚かせようと何も伝えずに会いに来ていた。普段は休日の時に会う事しかしないのだが、今日はサラディと友人が出会って丁度一か月なのだ。
昔のサラディなら何も感じない日。しかし、今のサラディにとってはとても特別に思える日だった。だからこそ、贈り物を懐に忍ばせて友人へ会いに来た。
通常、友人の立場でありながら記念日を祝う、というのはどうにも不自然に思える。しかし、サラディはそのようには一欠けらも思わなかった。
サラディにとって友人は、何よりも代えがたい大切な存在だったからだ。
ほどなくして仕立屋の前へと辿り着く。サラディは辿り着いて、初めて友人に会う算段を全く考えていなかった事に気付く。
──すごいな、馬鹿になる程浮かれている。
サラディにとって、何も考えずに動くという事は死に直結する可能性が大きかった。しかし、友人に関してはこうも無防備になれる自分に苦笑した。
「……とりあえず、中に入ってから考えるか」
頬を綻ばせ、一歩前に進んだ時にふとサラディは気付いてしまう。店前に不自然に置かれた荷車。そこに視線が誘われるように向かって、止まる。
「ん?」
木製の手押し車、そこには何か荷物が置かれていて上には布が被せられていた。
そこに、特に何かあった訳でもない。しかし、サラディの足はふらりとそちらに向いて近付いていく。ゆっくりと近付くにつれて、足元から這い上がるような寒気を感じていた。
手押し車の前に立ち、何故ここに来たのかと思いながらも手はそっと布を掴んだ。
「……あ?」
掴んだ瞬間、見えたのは手首だ。それは間違いなく人の手首であり、この手押し車には人が乗せられているようだった。だらりと力無く伸びている所を見ると、既に死体だろうことがわかる。
一般街では珍しい事ではあるが、特に驚く事でもない。墓地行きになるのをこうして待っているのだろう。
サラディはすぐに興味を無くして布から手を離したが、その際指に引っ掛かり、布はずるりと地面へ滑り落ちていく。
そして、サラディの眼前にその姿を現した。
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