オジカさんとコジカちゃん

陽花紫

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研修五日目

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 研修五日目、今日は最終日だ。
 外回りも何事も無く終わって、時間通りに仕事を終えて俺とオジカさんは足早に会社を出ていた。

 駅のすぐそばの雑居ビルにある居酒屋で、グラスを重ねる音が小さく響く。
「オジカさん、研修お疲れ様っした!」
 そう笑いかければ、オジカさんもまた笑みを浮かべていた。
「こちらこそ。コジマさん、いろいろと教えていただき本当にありがとうございました」

 運ばれた料理をつつきながら、ゆっくりと酒を飲む。

 オジカさんはいつもより饒舌になって、俺もまたふわふわとした頭でいろんなことを喋ったような気がする。
 会社の愚痴に、得意先で聞いた噂話。
 寂しい身の上話に、家事ができないことまで打ち明けてしまったような気もしていた。
 オジカさんもまた、前の部署の話や、プライベートのことまで話してくれた。
 心なしか、その表情もどこか緩んでいるような雰囲気があった。
「で、あの社長の兄ちゃんに飯奢ることになったんすよぉー!」
「ははっ、……それは災難でしたね」
 オジカさんもまた、俺のこんなくだらない話を優しく笑って聞いていてくれた。
 その優しさに、いつしか気が大きくなっていたんだ。

 そして、ぽろっと聞いてしまったんだ。

「オジカさん、最近まで彼女いました?」
「いいえ」

 即答だった。
 それがなぜだか、嬉しかった。

「うっそだぁー!オジカさんくらいいい男なら、彼女なんてでき放題じゃないっすかー?」
「コジマさん、お水ですよ」
「あざーっす、……っぷはー!うまい。やっぱ酒は、うまいなぁー」
「水ですよ?コジマさん」
 白い歯を見せて笑うオジカさんの顔を見て、むっしょーうに好きだと思った。
 心配そうに見つめる目が、薄暗い中でぼんやりと揺れていた。

「いいなぁ、オジカさんと付き合える人は……」
「そうですかね。コジマさんは、お付き合いされているかたは……」
「ないない、いないって!それに俺、寂しいゲイだからさぁー。彼氏もいないっつの!」
 その瞬間、オジカさんが息を呑むのがわかった。
 驚いたような顔をして、その茶色の瞳の中に俺の姿を映していた。
「コジマさん、あの……」
「どうしましたぁー?俺、なんかマズいこと言いましたぁ?」
「その、……」
 言い淀むオジカさんに向けて、俺はにやりと笑っていた。
「うーん?彼女も彼氏もいないって……。……あれっ、彼氏?」
 その単語に、俺は一気に青ざめる。
「えっ、いや……!えーっと、ちょっと待ってくださいね?」
 ふわふわとした熱が一瞬で消え去り、代わりに大きな不安がやってくる。
 オジカさんは黙ったまま、ずっと困ったように眉間に皺を寄せていた。
「……もしかして、ゲイバレしました?」
 震える声でそう尋ねれば、オジカさんは気まずそうに頷いた。

 俺はすかさず頭を下げるものの、ごん、と勢い余ってテーブルにぶつけていた。
「その、このことは……会社の人も知らなくてですね……」
「もちろん、誰にも言いません。大丈夫です、俺は……何も聞きませんでした」
 そう静かにオジカさんは呟いて、グラスの氷がカランと揺れる男がした。
「オジカさん……」
 顔を上げると、何事もなかったかのようにオジカさんは俺に向けて水を差し出してくれていた。
「すんません、ありがとうございます」
 泣きそうになりながら水を飲めば、オジカさんは一つ咳払いをした。

「コジマさん。これまでに酒の席で、ひどく酔ったことは?」
「いや、ないはずだけど……」
「でしたら、今日はここまでにしましょう。不用意なことを言って、ご自身が傷つかないためにも」
 オジカさんは、俺のことを心配してくれていたんだ。

 その配慮に思わず嬉しくなって、気付けば目元が滲んでいた。
「オジカさんっ……、ありがとう!俺、もうお酒は飲みません!」
 思わずがしりとその大きな手を取ってしまった時には、もう遅かった。

 やんわりと俺の手を離して、オジカさんはお会計だと店員さんを呼んでいた。
「すんませんっ!俺、そんなつもりじゃ……」
「大丈夫ですよ、今日は……もう帰りましょう。コジマさん、一人で帰れそうですか?」
「……はいっ、大丈夫です!」

 俺は最後までオジカさんに心配されながら、駅で別れた。
 何度も深く、俺は頭を下げていた。
「今日はご迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ありませんでした!キモかったですよね!」
「コジマさん、大丈夫ですから。ほら、電車が来ますよ。また来週……」
「はいっ、また来週……!」
 俺はぶんぶんと手を振って、電車に飛び乗った。

 家に着くころには酒はすっかり抜けて、俺は絶望していた。

『片想いしてたノンケにゲイバレしたおわた』

 思わず裏垢にそうこぼして、画面を閉じた。

「あーっ!俺の、バカヤロー!!」

 泣きながら風呂に入って、何度も、何度も、今日の言葉を思い出した。

「もう、ダメだ。俺の人生おわった……」

 そうブクブクと沈んでいたものの、しばらくして俺は立ち直る。
 どんなにヤバい状況にあっても、俺はいつもこの持ち前の鋼の心で生きてきた。

「そうだ、たとえゲイバレしても……。俺は生きていくんだ!」

 そう拳を握って、俺は立ち上がる。
 そして、念入りに尻を洗い清めた。
 ショックには、より強いショックを。

「こうなったら、ヤケクソニーだ!」

 心に決めた俺は、手早かった。
 風呂から上がるなり機材をセットして、そばには鹿のぬいぐるみをぽつんと置いた。
 先程までの気まずい時間を忘れるかのように、ディルドに跨りアヘアヘ喘いでヘコヘコ腰を振って俺はイってイってイきまくったんだ。

 全てを終えたころ、俺はまたしても風呂に沈んでいた。
 ずきずきと痛む下半身に、明日と明後日が休みでよかったと泡を吐く。
 ざばりと上がって、大きなため息をついた。

「来週から、どんな顔してオジカさんに会えばいいんだよぉ……」

 布団にもぐり、俺は再び裏垢を開いた。

「よし、セフレを探そう!」
 ガン掘りされれば、全て忘れる。
 これまで、何度もそうしてきたじゃないか。
 会議に資料全部忘れていった時とか、ウン千万円の契約を一気にパアにした時とか、会社の車で電柱に 激突したときとか、どんな時もセフレがいたから俺は乗り越えられることができていたんだ。

 荒く編集したヤケクソニー動画をアップして、セフレ募集中と入力した。

『明日か明後日、会えるひと!人、獣、問いません!』

 もはや、切実だった。
 このさい獣人のバリタチに、襲われるように掘られてもいいとさえ思った。

「こい!誰か……、ひっかかってくれ!」

 動画は瞬く間に再生数が伸びて、いくつかメッセージも届いていた。
 その一つ一つを開いては、吟味していく。
「人間既婚、却下。人間ひょろタチ、ごめん無理。狼獣人、絶倫、ちんこでかすぎ裂ける無理。兎獣人、早漏、無理すぎ。恋人に、いや違うって……!」

 そのなかで、やけに目についた文章があった。

『鹿獣人、バリタチS、モロ感トロマン好き。コジカちゃんを癒してあげたい』

 やけに丁寧な文章に、俺を気遣う言葉まであった。
 さらにアイコンを見れば、いつも俺の動画にいいねを押してくれる人でもあったんだ。

 身長体重、ちんこの長さもほどほどで申し分なかった。

「よし、このひとだ!」
 俺はすぐさま返信して、明日会うまでにこぎつけた。

 募集を終えて動画を消して、俺はうへうへと笑いながら眠りについた。
「持つべきものは、やっぱセフレだな!」
 そう思わないと、今夜は眠れそうになかった。
「あーあ、ほんと最悪……」
 胸の奥にオジカさんの穏やかな声を残したまま、俺は静かに目を閉じた。
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