救国の勇者は末の亡霊姫をご所望です

蒼乃ロゼ

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2 追憶

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『このっ!』

 乾いた音が響く。
 じん、と赤く震える頬は、まるで私が悪いのだと責めているようだ。

『お前、アデリナ姉様の男。奪ったんでしょ?』
『そんな! 誤解です! 私はーー!』
『黙りなさいアリア、彼女が証言しているわ』

 二人の姉が送り込んだ私へのお目付役。
 侍女の内の一人が、二人の後ろから薄い笑いを浮かべ見守っている。

『あれはロルケル様が……』
『彼が貴女を誘惑したって? 嘘おっしゃい! お前が私への当てつけに誘惑したんでしょう』

 理由を得た二人の凶行は、止まらなかった。
 私はといえば、口では誤解を解こうと必死だが。

 ……心のどこかであきらめていた。

 なぜなら、それこそ仕組まれたことなのだろうから。

『なぜ』

 ソンナニ、ワタシガ、ニクイノデス?

『泥棒猫の娘は、泥棒猫。だったら猫らしく、ご機嫌をとっておけばいいものを』

 満足した二人と一人は、蔑むような目で私を一瞥し去って行った。





『ーーアリア様!』
『セラ』

 騎士団の中でもとりわけ腕の立つ、セラ。
 彼はそれだけでなく、整った顔立ちをしていた。

 騎士にしては少し長い黒髪は、彼の雄々しさを引き立て。
 見た目に反して騎士としても、男としても誠実だと評判な彼は、もちろん二人の姉もご執心だった。

 元々、現王妃が病で伏せった後に生まれた私を、姉二人は快く思っていない。
 王妃から毎日のように恨み言を聞かされたのかもしれない。

 そんな私に、専属の護衛騎士としてセラが就いてから。
 行為はさらにエスカレートしていったのだった。

 ロルケル様も、アデリナお姉様かエレノアお姉様に頼まれただけだと思う。

 ただ、立場も強固とはいえない末の姫を庇える者などこの城のどこにも居なかった。

 一人を除いて。

『また、ですか?』
『セラ、大丈夫だから』
『しかし……』
『私を庇っては、ダメよ』

 特に未来ある者なら尚更。

『それでは貴女があまりにもーー』
『私は、王女です』

 ぴしゃり、と言い放つ。
 いつもは控えめな私がこういう時は、意志を曲げない時だということを彼は分かっている。

『貴方に……、何が出来るというのです』

 心配しないでと。
 私に構うと、この国では立場がなくなると。
 母のように、二度とこの国を跨げなくなると。

 そう言えたら、良かったのだろうか。

 でも、唯一私だけをきちんと見据えてくれる、彼を想うからこそ。
 私は彼に縋ってはならない。

『それは……』
『立場を……弁えなさい』

 まるで自分の口からでる言葉ではないように、その言葉はひどく嫌な響きがした。

『……いつか』
『?』
『いつか、私があなたに相応しい男になれば、頼ってくださいますか?』
『なにを』
『いち騎士である私では貴女を守れないかもしれない。いつか……もし、貴女を救える立場になったその時は』

 何を、言っているの?

『どうか、私を求めてはくれませんか?』

 それはなんて、残酷で。
 それでいて、甘美な言葉。

『……出来るなら、ね』


 わざわざ亡霊姫を選ぶだなんて。

 世間を知らない、成人に満たない小娘の戯れ言であれば。
 どれほど良かっただろう。

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