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4 策略

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『突然のことで驚いたことでしょう。今日のところは、退散します。……どうか、私を受け入れてください』

 セラの甘い言葉が、ずっと頭の中を巡っている。

 正妃の娘ではない私が光の魔法を授かり、そのことが疎まれ、愛されることはこれから先もないと。
 そう思っていたのに。

「どうして」

 心は、こんなにも揺れるの。

 夕食もあまり喉を通らなかった。
 姉二人の視線が痛かったのもあるが、それ以上に彼の想いに応える勇気のない自分が、嫌いだ。

 だが、仮に彼の手を取ったとして。
 私は何者でもないただの娘となる。

 そして、それはこの国の傷ついた者たちを捨て去ることになる。

(そんなこと……、できない)

 自分がこの城にとどまる手段は、いつしか自分である証となった。
 それが、生きる意味になった。

 
「……?」

 思考に沈んでいると、部屋の扉から音が聞こえた。
 元々あまり護衛や侍女を配してもらえない立場とはいえ、夜分に訪ねてくる者はさすがに居ない。

 居るとすれば、姉ふたりだ。

「アリア、居るなら開けてちょうだい」
「エレノアお姉様」

 予想通り訪ねてきたのは姉だが、どこか様子がおかしい。
 何かを急いているような……。

「どうされました?」
「急ぎ看てほしい者がいるの、着替えてきなさい」
「! それは、大変ですわ」

 急患であれば納得だ。
 その場には後ほどアデリナお姉様も到着されるだろう。

 患者の容態もさることながら、一番上の姉のお使いであるため彼女も気を張っているのだ。

「すぐ参ります」

 急いで身支度をととのえ、エレノアお姉様の後に続く。

(護衛は……いないのね?)

 外部の人を看るのであれば、最低限の護衛はつきそうだが。
 城の者が怪我をしたのだろうか。

「ーーここよ。お姉様はもう中に居るわ」
「はい」

 急ぎ足でくれば、いつも治療を施す部屋だった。
 応急処置もできる設備は整っており、魔法を使うまでは医師が命をつなぎ止めてくれている。

 アデリナお姉様が先に居るのならば、自分があとに続いても秘密はバレないだろう。

 そっと、患者を気遣いながら静かに扉を開けた。

「……え?」

 そこにはベッドに横たわっているはずの患者も、側に居るはずの姉の姿もない。

「お姉様……?」

 不思議な状況を問うように振り返れば、扉の前には知らない男二人が立っていた。

「ーー!? だ、誰です!」
「亡霊姫って割には美しいんだな?」
「仕事とはいえ、楽しめそうだ」

 その身なりは騎士でもなければ、城を出入りする者ですら見たことがない。
 嫌な予感がして、男二人の奥。
 見守るエレノアお姉様を見れば、どこか楽しそうな顔をしている。

「お、お姉様……?」
「アリア。立場を弁えるべきだったわね」

 それはいつか聞いた、冷たい言葉と同じだった。

「本当にいいんですかい?」
「さっさとやってしまいなさい、お金は払ったでしょう?」
「へいっ」

「いや……やめて……」

「諦めなさいアリア、今頃セラもお姉様と楽しく遊んでるわよ」
「!?」

「だそうですぜ、亡霊姫さま」
「諦めてくだせぇ」

 どうして。

 私は、どうすれば良かったの?
 
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