「異常」と言われて追放された最強聖女、隣国で超チートな癒しの力で溺愛される〜前世は過労死した介護士、今度は幸せになります〜

赤紫

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第2話:魔獣の森の運命的出会い

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 魔獣の住む森に足を踏み入れて、もう数時間が経っていた。

 月は中天高く昇り、木々の隙間から差し込む銀色の光が、森の中を幻想的に照らしている。普通なら恐怖で気が狂いそうになる状況だろう。実際、遠くからは様々な鳴き声や唸り声が聞こえてくる。

 でも不思議と、心は静かだった。

 大きな樫の木の根元に腰を下ろし、小さな焚き火を起こす。老人ホームで働いていた時、震災を経験した利用者のおじいちゃんが話してくれた体験談を思い出す。

「まさか前世で聞いたおじいちゃんの話が、こんなところで役に立つなんて」

 私は小さくつぶやいた。

 焚き火の暖かさに包まれながら、前世と今世を重ね合わせて考えていた。

 前世でも今世でも、人を救おうとするだけなのに、どうして理解されないのだろう。でも、きっとどこかに私を必要としてくれる人がいる。美咲を必要としてくれた患者さんたちがいたように——

 その時だった。

 森の奥から、苦しそうな呻き声が聞こえてきた。



 声のする方向に向かうと、大きな魔獣の死骸の傍らで、血まみれになって倒れている青年を発見した。

 二十歳前後の男性。上質な紺色の服を着ているが、それも今では血で真っ赤に染まっている。胸と腹部に深い爪の傷があり、大量出血で意識を失っていた。

 前世の介護士経験が警鐘を鳴らしていた。この青年は、もう数分の命だ。

 でも——迷うことなんてない。

「ヒール・マックス!」

 私は迷わず最高位の治療魔法を発動した。

 温かい光が私の手から溢れ出し、青年を包み込む。裂けた皮膚がみるみる再生し、失われた血液も魔法によって補充されていく。致命的だった傷が、まるで最初から存在しなかったかのように完全に消失した。

 前世で、どんなに頑張っても救えなかった命がたくさんあった。医学の限界、時間の制約、設備の不足...様々な理由で、救いたくても救えなかった人たちが。でも今は違う。この力があれば、確実に救うことができる。

 青年がゆっくりと目を開ける。深いブルーの瞳が、月明かりの中で私を見つめていた。

「僕は...確か魔獣に襲われて...」

 青年は混乱している様子で、自分の体を見回して驚く。致命的だった傷が跡形もなく消えている。

「すごいな...こんな完璧な治療は見たことがない。君は何者だ?」

「ただの...元聖女です」

 私の答えに、青年の表情が変わった。驚きと、そして何かを理解したような表情。

「元聖女?そんな馬鹿な。君のような治療師が元も何もあるものか」

 青年はゆっくりと起き上がり、私に向かって深々と頭を下げた。

「命を救ってくれてありがとう。僕はアレクシス。ベルガリア王国の第一王子だ」

「王子様...ですか」

 思わぬ相手だったが、もうそんなことはどうでもよかった。この人は、私の力を見て「異常」だと言わなかった。「すごい」と言ってくれた。それだけで十分だった。


 私たちは焚き火の傍らに座り、互いの境遇を語り合った。

 アレクシス王子は魔獣の生態調査のために森に入ったが、予想以上に強力な魔獣に遭遇し、護衛と離ればなれになってしまったという。

「君はなぜここに?」

 彼は優しい声で尋ねた。その声には、非難も軽蔑もない。純粋な関心だけがあった。

「君のような治療師が、こんな危険な森に一人でいるなんて。何か事情があるのか?」

 私は迷った末、すべてを話すことにした。王太子エドワードとの婚約破棄、セラフィナの策略、そして「異常な力」として恐れられ、国外追放になったことを。

「信じられない...」

 アレクシス王子の表情が厳しくなった。焚き火の光が、彼の整った顔立ちに陰影を作る。

「君の力は奇跡だ。それを『異常』だと?アルトリアの人間は目が見えないのか?」

「王子様がそう仰ってくださるのは...初めてです」

 私の目に、久しぶりに涙が浮かんだ。それは悲しみの涙ではなく、やっと理解してくれる人に出会えた喜びの涙だった。

「君は最高だ。真の聖女そのものじゃないか」

 その言葉を聞きながら、前世の記憶を思い出していた。

 老人ホームで、認知症のおじいちゃんが美咲に言ってくれた言葉。

「あなたがいてくれて、本当によかった」
「あなたは天使のような人だ」
「ありがとう、ありがとう」

 あの時と同じ。純粋に、心から感謝してくれる人がいる。その事実が、私の心を温かく満たしていく。

「前世でも、私の献身を理解してくれる人がいました」

 私はぽつりと呟いた。

「でも、それはほんの一握りで...」

「前世?」

 アレクシス王子が首をかしげる。慌てて口をつぐむ私を見て、彼は優しく微笑んだ。

「話したくないなら無理に聞かない。でも、君がどんな過去を持っていても、君は素晴らしい人だ。それは変わらない」



 夜が明けて、王子の護衛たちが探しに来た。

「王子殿下!ご無事でしたか!」

 護衛隊長が安堵の表情を浮かべる。彼の後ろから、数名の騎士たちが姿を現した。

「この方のおかげで命を救われた」

 アレクシス王子が私を紹介すると、護衛たちは一様に驚きの表情を見せた後、深々と頭を下げた。

「王子をお救いいただき、ありがとうございます」
「我が国の恩人です」

 護衛隊長の声には、心からの敬意が込められていた。

「それにしても、お一人でこのような危険な森に...何かご事情が?」

 私がアルトリア王国から追放されたことを簡単に説明すると、騎士たちは信じられないといった顔をした。

「そのような治療技術をお持ちの方を追放するなど...」
「アルトリア王国は愚かなことをしましたね」

 そして王子は、私に向き直った。

「リリアナ、我が国に来ないか?」

 突然の提案に、私は目を見開いた。

「君のような人材を国が放っておくなんて、アルトリアは愚かすぎる。我が国なら、君の力を正当に評価できる」

「本当に...私でよろしいのですか?私はアルトリアでは『異常』だと言われていました」

「ありがとう」

 王子が微笑む。朝日に照らされた彼の笑顔は、まるで希望の光のように見えた。

「君が来てくれるなら、我が国にとって最高の幸運だ」

 護衛隊長も頷いた。

「殿下の仰る通りです。このような治療技術をお持ちの方に来ていただけるなら、我が国民も大いに喜ぶでしょう」


 馬車に揺られながら、ベルガリア王国に向かう。

 車窓から見える風景は、アルトリア王国とそれほど変わらないが、なぜか全てが輝いて見えた。きっと心境の変化が、世界の見え方を変えているのだろう。

「リリアナ」

 アレクシス王子が穏やかな声で話しかけてくる。

「我が国では君を心から歓迎する。もう誰からも『異常』だなんて言わせない」

「王子様...ありがとうございます」

 私は深く頭を下げた。

「私のような者を受け入れてくださって」

「君のような者?」

 王子が首を振る。

「君は命の恩人だ。それ以上でも以下でもない。いや、それ以上だ。君の力は多くの人を救うことができる。それこそが真の価値だ」

 馬車の窓から差し込む陽光が、私の頬を優しく撫でていく。

 私の新しい人生が、今まさに始まろうとしていた。アルトリア王国で受けた屈辱も、魔獣の森での不安な一夜も、全ては新しい希望への道筋だったのかもしれない。

 今度こそ、自分らしく生きてみせる。

 そう心に誓いながら、私は未知なる国へと向かった。車輪の音だけが、静かな朝の空気を切り裂いていく。
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