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今は遠い光
しおりを挟む放置。
実際、そう言われても仕方のない状況であっただろう。
キャナル王国は光の神ライドルグを信仰する国であり、そのトップである王族もまたライドルグを強く信仰している。
ならば、ライドルグが降臨……まではせずとも、何らかの手段によって手立てを講じることも出来たはずだ。
そうした意図を込めて「放置」と言ったヴェルムドールの瞳を、ライドルグはじっと見つめ返す。
「……なるほど、そう言われても仕方ないであろうな」
「思わせぶりな言い方をする。理由があるとでも言いたげだな?」
「ふむ……まあ、この状況になった以上語らねばなるまいな」
ライドルグはそう言って髭を撫で付けると、ヴェルムドールを……そしてカインを順番に見る。
「お主達はこの世界のことを、どれだけ知っている?」
「意図するところが不明だ。言葉通りの意味に捉えるならば、然程知っているわけでもない。シュタイア大陸の全土を回ったわけでもないし、暗黒大陸ですら自分の足で回りきったわけではない」
「ふむ、そうさな。大体の人類にとっては暗黒大陸と呼ぶ其処ですら未知の領域であろうが……ここで、もう一つ大陸があると言ったら信じるか?」
その言葉にカインは驚きの声をあげ、ヴェルムドールは何かを考え込むような顔になる。
「我が本来見守るべき国は、其処にある。この国も可能な限り見てはいるが……まあ如何に神たる身とはいえ、一人では難しいものもある。アクリアのように器用であれば、やりようもあったろうがな」
「え……でも。え、あれ? もう一つのって……」
「もう一つの大陸の存在については、確かに否定はできんな」
ヴェルムドールは、そう言って頷いてみせる。
そう、レムフィリアにおいて「海」とは断絶の象徴である。
シュタイア大陸と暗黒大陸の間は「最果ての海」で分かたれ、それ故に勇者リューヤによる暗黒大陸への到達がなされるまでは「もう一つの大陸」などというものは無いとされてきた。
そしてそれ以降も命の危険を侵してまで「最果ての海」を越えようとする者は無く……逆に言えば、「最果ての海の先にあるのは魔族の土地、暗黒大陸である」という見解で納得された。
つまり、「最果ての海は魔族の侵略からシュタイア大陸を守る為のもの」という認識で一般化され不可侵たるものとされたのである。
しかし、その勇者リューヤとて聖竜イクスレットと共に暗黒大陸へ向かっただけで、他に何が最果ての海の先にあったかを確認したわけではない。
一方の暗黒大陸の魔族達も「外」には興味は無く。
それはヴェルムドールの代になっても、「今は別に考えなくてもよい問題」に分類されてきた。
「……故に、他に大陸があると言われても否定する理由は無い。何より、その可能性を示すモノも思い返せば確かにあった」
「ほう? それは何だね?」
面白そうに聞くライドルグにヴェルムドールは軽く舌打ちすると、その言葉を口にする。
「サイラス帝国の所有する大型船だ」
「なるほど。しかし海があるならば船もあるもの。理由としては弱くないかの?」
「船だけならばな。だが、サイラス帝国の大型船は、たかが岸沿いを行くにしてはあまりにも立派に過ぎる。あれは、必要とされる範囲を超えすぎている」
技術は必要に応じて進歩する。
これは全ての事項における一つの真理だ。
武器の進歩を見れば分かるように、技術は必要とされるままに必要とされる進歩を行う。
そして必要とされなければ進歩せず、あるいは廃れたりもする。
これは生物自体の進化の過程と似ており、そう考えれば至極当然の論理でもある。
さて、そうした視点で「船」を見た場合、一定以上の大きさを超える船を所有しているのは現状でサイラス帝国のみである。
この理由を考えたときにまず候補に挙がるのは、「かつての伝説の時代に暗黒大陸への侵攻を考慮して研究された」可能性である。
しかし、これは真っ先に否定される。
何故ならば暗黒大陸の存在は勇者リューヤによる魔王シュクロウスとの戦いの後に知られたものであり、その後然程の時間をおかずに勇者リューヤは聖竜イクスレットと共に旅立っている。
この時点で「大型船」の必要性は消失しており、漁師が主に使う小型船を超える規模である中型船を更に超える費用と技術を必要とする大型船をわざわざ開発する理由は無い。
外交官を載せるにしても中型船で充分であり、むしろ以後海が「不可侵の領域」とされる事実を考えると積極的に大型船の必要性を唱える者が居たとも思えない。
それでも開発された理由があるとすれば何か。
そう考えた時に、検証せねばならない事項がある。
そもそも造船技術はサイラス帝国の発祥である。
しかし、どちらかというと山岳地帯が多く鍛冶に長けた者の多いサイラス帝国で「船」の必要性があるのかという問題がある。
仮に海産物といった海洋資源を得るのに必要だったとして、大型船を必要としたとは思えない。
それでも開発した理由は何か。
他の国家に先んじて「造船」という確立した技術を得たのは何故か。
こう考えた時に、一つの仮説を立てることが出来るのだ。
「……つまり、「船」はその「もう一つの大陸」の技術だということだ」
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