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5巻
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しおりを挟む「翔は、これからどう生きるつもりなんだ?」
「……これから、僕がどう……?」
翔は、今にも泣き出しそうな顔をしている。
捨てられるとでも考えたのだろうか。今すぐにでも、「俺が可愛い孫を捨てるわけねえだろ!」と怒鳴って抱きしめてやりたくなるが、それでは駄目だ。
克夫には分かった。世の中の常識を言葉や理屈で説明したって、心のあり方を変えることなんてできない。すぐに翔はその言葉を疑って、自分にもそれは当てはまるのだろうかと悩み、大人の顔色を窺う行動をしてしまう。
それでは今までの「嫌われない」生き方と何ら変わらないのだ。
これからの長い人生。
今ここで中途半端に克夫が慰めても、それはこの場をしのぐだけにしかならない。だから、きちんと彼の口から聞かなくてはならない。彼がこうなった理由を。
そうすれば、どこまでも一人で頑張ってしまう彼の手助けをすることくらいなら、克夫にだってできるはずだ。
「……話を、前の生活のことを聞かせてくれないか?」
恐る恐る口を開いた克夫に返ってきたのは、沈黙。
翔は小さくなって座っている。若干顔色が青く、やはり、翔の母親は碌なことをしていなかったのだと分かった。そして今、その記憶を引き出すという苦行を翔に負わせていることも、克夫は理解している。
だから急かすことなく、じっと待った。
しばらくして翔は顔を上げ、ポツリポツリと語ってくれた。
気づいたときには父親がいなかったこと。
母親が自分を育てるために、毎晩遅くまで働いていたこと。
そんな母を助けたくて、少しでも喜んでもらえるように家事や勉強を始めたこと。
でも、そんな翔に母親は無関心であったこと。
いくら頑張っても褒めてくれなかったこと。
悔しい。悲しい。寂しい。そんな感情が渦巻いていたことだろう。
翔の小さな身体は終始震えていて、それでも何度も嗚咽を呑み込んで泣き出さないようにしているのが分かった。最後のほうは、もう見ていられなかった。
「……おかあさんは、僕が嫌いだったんです。僕はそれに気づいちゃって……。なんで? ってきいたら、おかっ、おかあさんは、顔がっ……きらいだって。ぼくのかおが、きらいだって……」
気づけば、克夫の目から涙が溢れていた。
「馬鹿が……馬鹿野郎……」
克夫は翔をギュッと抱きしめた。
母親から嫌われて傷つかない子はいない。それどころか、無関心に放置された上、顔という自分ではどうしようもないものを否定されて。
こんなものを一人で背負っていたなんて。
つらかったろう。人を信じたくなくなるだろう。なのに、いつも微笑んで、顔を隠すことで嫌われないようにしようとした。
心が壊れていても不思議じゃなかった。
この子は本当に強い子なんだ。克夫は改めてそう思った。
「それで顔を隠したがってたのか」
「だって……僕の顔は気持ち悪いでしょ?」
きっと今、克夫はひどい顔になっているだろう。客観的に見て絶対ジジィである自分のほうが気持ち悪い。でも、それを言ったところで意味がないことくらいは分かっていた。
「どこが? かわいいじゃないか」
みっともなく涙を流しながら、克夫は少し乱暴なくらいに翔の頭を撫でた。
「翔。顔なんて、その人の一部にすぎないんじゃないか? たとえば、俺がある日いきなり整形したところで俺は俺だ。俺がどんなに着飾ったって俺は俺だ。それは分かるな?」
翔が小さく頷いた。
「じゃあ、綺麗な姉ちゃんたちがいるとしよう。その中には、整形して着飾った俺を見て好きだと言う奴もいるかもしれねぇが、俺の変わりように呆れて嫌う奴もいるかもしれねえ。あるいは、整形とか関係なしに、俺の性格が好きだと言ってくれる人が現れるかもしれねえ」
克夫は息を吸った。
「でも、俺は俺だ。何も変わらねえ。人に好かれようが好かれまいが俺は俺だろ。そうだ、人の好き嫌いなんて、何がきっかけになるか分からねぇ。だから、お前は間違っちゃいねえよ。顔なんてなくても生きていける。でも逆に、あったって何の問題もねぇんだ」
翔の瞳が揺らいだ。
いや、違う。ポロリと涙がこぼれ出したのだ。目の下の雫が大きくなっていき、やがて弾けるように水滴が落下した。
悲痛な表情を浮かべた頬に、筋ができる。
急にそれが動いた。
「ぼく、がんばったんだ! 欠点だってプラスにできるって分かってる。芸人さんみたいに顔芸だってできるかなって。でも……こわいんだ! ぼくには何もないんだ! だから、きらわれるのがこわいんだよ……!」
克夫は顔をしわくちゃにして笑った。
「ばっかやろう。俺がいるじゃねえか。顔なんて別に俺にゃ何の判断材料にもならねえよ。孫ってだけで可愛いもんなんだからよ」
「意味が分かんないよ。何の説明にもなってないよ、おじいちゃん」
そう言った翔の顔はやっぱり涙でぐちゃぐちゃだったが、にっこりと、それは嬉しそうに笑っていた。
◆ ◆
ふと目覚めると、まだ夜中だった。
昔の夢か……。昼間、サンやセフィスと爺さんの話をしたから、こんな夢を見たんだろう。
あのときから変わらず俺は自分の顔が大嫌いで、でも俺は俺で、信頼できる親友も、家族もできた。俺を慕ってくれる美少女メイドさんまでできちゃったのだから、人生どうなるか分からないものだ。
まあ、その肝心のメイドさん――シフォンの心を救ったのは、結局爺さんの言葉だったわけだけど。丸パクリしちゃったよね。俺自身が考えた言葉ではない。でも、あのときの爺さんの言葉は俺の一部となっているのだ。
前世では、友人といえば高校生になってやっとできた寺尾くらいしかいなかったのだから、少しはこの世界に転生させてくれた髭ジジィ……もとい、髭の神様に感謝してもいいかもしれない。
一からやり直すという転生は、俺に爺さんの言葉をより深く噛みしめる機会をくれたのだ。
眠れなくなってしまったからそのままベッドの上でゴロゴロしていると、二段ベッドの下でサンがもぞもぞと動くような気配がした。起こしてしまったかなと思ったのだが……。
「ごはん! にげないで! 僕に食われて……!」
そう叫ぶ声が聞こえたと同時に、ボフッと布団に倒れこむ音が……。寝言かよ!?
どんな夢見て寝ぼけてるんだ。
俺はこらえきれずつい噴き出した。
笑いながら考える。
そうだ、父さんに俺の祖父について聞いてみよう。やっぱり、まずは知ろうとしなくてはな。
4
昨日、お爺ちゃん話で盛り上がって、この世界の祖父のことについて何も知らないとやっと気がついた。
生まれてからのことを思い返してみても、会ったこともなければ話を聞いたこともない。
でも、あの親馬鹿な両親のことだ。
俺に祖父母の情報を一切話していないということは、何かしらの事情があるに違いない。俺が知らないほうがいいことなのかな。
いずれにしても、そんなことを電話で――通信機の魔道具で聞くわけにもいかんだろう。
ということで、やっぱり夏休みに、実家へ帰ったときに聞くか調べるかすることにした。べ、別に今確かめることから逃げたわけじゃないんだからね!
夏休みの予定が決まった俺は今、寮の食堂の調理場を借りていた。なぜというツッコミは受け付けない。
今はもうお昼時は過ぎ、最も日が高くなる南中の時間――大体二時くらいだ。まだ夕飯の準備まで時間があるため、おばちゃんたちには食堂を快く貸していただけた。
生クリームに牛乳、砂糖と卵黄を投入して、混ぜる。とにかく混ぜる。
「ふふふん♪ ふんふふん♪」
鼻歌を口ずさみながらも猛烈な勢いで混ぜまくる。そして手をかざしながら、材料を投入したボウルを魔力で覆う。
唱える呪文はもちろん。
「ちちんぷいぷいちちんぷーい! 《冷凍》じゃこらあー!」
冷凍の詠唱だ。さて、これでお分かりいただけただろうか。俺が今作っているのはバニラアイスである。
残念ながらバニラビーンズは調達できなかったため、正確にはただの牛乳アイスなのだが、その名称だとなんかかっこ悪いので、これはバニラアイスと呼ぶ。誰が何と言おうと、これはバニラアイスなのだ。そう、日本人はおしゃれそうな横文字に弱いのである。
とりあえずカタカナにしておけば、かっこよく思える不思議。
でも、あんまりやりすぎると中二病としか言われない。ニホンゴってムズカシイ。
「うん。固まってきたな」
少し離れた場所にいるおばちゃんたちにやたら見つめられているが、まあ、こちとら無償で場を貸してもらっている身分だ。許してしんぜよう。
後頭部やら背中やらにやたらと刺さってくる視線の矢印も、賃料だと思えば安いものである。
俺は心の広い紳士なのだ。
確かに、真昼間から鼻歌を歌いながら料理をしている八歳の男の子って、普通に考えれば目を引くのも分かる。俺だって、休日に材料持ち込んできて調理場を貸して欲しいなんて目をらんらんと輝かせて頼みこんでくる少年がいたら、思わず観察しちゃうわ。
そんなことを考えているうちに、アイスは完成していた。この間ずっと、頭の中で流していた三分なクッキングの曲を終了させる。
「さーて……と」
そして俺は振り返り、にっこり笑った。
まずは俺を見ている視線の主、食堂のおばちゃんたちの好奇心に応えねばならないだろう。借りたお礼もしなきゃいけないしな。
「ご婦人方、試食なさいませんか?」
俺は三歳のときに父さんから受け継いだ秘儀――猫かぶりを発動させ、お坊ちゃまスマイルを浮かべながらおばさんたちに近づくのだった。
◆ ◆
「スピネル」
でっぷりと太った男は、一人になった皇帝の間で、部下だった男の名をポツリと呟いた。しかし、彼の呟きに返ってきたのは無言であった。もう何度か繰り返したその行為。
男はぴくりと眉を動かした。
この場で名を呼べば、いつもすぐに現れていた裏組織『影』の長からの返事はない。
それは、先日の任務の失敗を意味していた。
――エイズーム王国、公爵家嫡男ウィリアムス=ベリルの排除。
男の計画を進めるのに、エイズーム王国最強の騎士キアン=ベリルが障害になることは確実だった。だから弱みを握るべくその息子の誘拐を企てたのだが、不運なことに、その息子も異常に強い魔力を持ち、計画の邪魔になりそうだと判明したのだ。早いうちにその芽を摘み取っておこうと思い、スピネルに命じたのが今回の任務だったのだが、もうすでに時期は遅かったらしい。
しかも、失敗に加えてスピネルという大事な駒を失うことになった。
「間に合うか……?」
男は小さく呟くと、大きな身体を揺らしながら歩み始めた。
5
「ウィル君、ありがとうねぇ」
食堂のおばちゃんが嬉しそうに俺の頭を撫でた。
バニラアイスはやはり好評で、あっという間におばちゃんたちに平らげられてしまった。異世界でも、女性が甘味に目がないという法則は健在らしい。
ただ、一つおばちゃんたちには教えなければならないだろう。
アイスは甘い悪魔と言われるくらい、その見た目に反してカロリーが半端ではないということを。
しかし、こちらの世界にはまだカロリーという概念がないため、どう説明したものか。アイスは太りやすいんですよ、とでも言えばいいか。おばちゃんたちの体格を見るともう手遅れだという気も……ゲフンゲフン。それは言ってはいけないことである。
異世界であっても、女性に体重の話は厳禁だ。
「甘いものは滅多に食べられないけど、美味しいわよね」
「うんうん。私は『ぜりぃ』とか好きだわぁ」
「プルプルの食感と果物の甘さがたまらないわよね」
と、まあ俺が悩んでいるうちに、おばちゃんたちは雑談タイムに突入している。
話題は当然甘味。皆大好き『ぜりぃ』だ。
まぁた俺が犯人だろうと思ったそこの貴方! 誤解してもらっちゃ困るぜぇ。
この『ぜりぃ』は俺が生まれる前、元日本人である初代国王陛下が広めた料理の一つなのである。初代国王陛下は日本にあった色々な文化をこの世界で普及させてくれたのだが、どうやら料理は苦手であったらしく、残っているのはこの『ぜりぃ』くらいなのである。
まあ、現代日本からやってきた男性だ。料理なんてしたことがなくてもおかしくないもんな。この世界に持ち込んだ文化だってちょっと偏ってるし。
召喚獣として仕えていたシロに『チューニビョー』だと言われたお方。
案外、前世の俺と同じ――男子高校生だったのかもしれない。
男子高校生でケーキやらアイスやら、スイーツを作れる奴は相当レアだろう。俺はそこに入るけど。前世のバイトで身につけた知識と技術がここにきて役立ったわけだ。
それに、ゼリーはゼラチンで固めただけで作れる簡単スイーツだからな。作ったことがなくても、ゼラチンの知識があれば開発できたのだろう。
ちなみに、この世界ではオークという魔獣からゼラチンを作っている。
オークは、言ってみれば二足歩行の豚ちゃんだ。前世で読んだ色々な創作物にもオークは多く出てきたが、この世界のオークは二足歩行であること以外、日本にいた豚ちゃんと変わらない生態をしている。
雑食で、意外に綺麗好き。ぷぎぷぎと鳴いていて、よくあるファンタジーでモンスターとして現れるオークのような、剣などの武器を扱う知能はない。
まぁ、一応魔獣に分類されるのだけど、いわゆる家畜状態となっている。人間を見かければ襲いかかってくるため、オークを飼育している人は相当強いらしい。主に元冒険者が老後にやったりするそうだ。
その牧場――と言い切るには少し抵抗があるが――を直接訪ねたことはないが、商人のプースさんたちの伝手で会った牧場主さんは、太い腕を持つゴリラのようなおっさんだった。
その人も元冒険者で、現役の頃はBランクまで上り詰めたとかなんとか。Bランクというのは『ちょっとした達人』くらいのランクで、地元では有名人なのだそうだ。
冒険者ランクがあるなんて、さすがファンタジー!
俺はついつい興奮して、牧場主のおっさんに詰め寄って説明を求めてしまった。おっさんは戸惑いつつも、根気よく付き合ってくれた。
うん。今考えると、すごくいい人だったよな。俺の頭を撫でながら、長時間付き合ってくれたんだから。俺は公爵家の嫡男だとか、貴族だとかは言ってなかったから、ただの子供の我がままに付き合ってくれたんだ。
ていうか、俺。自重しようよ。振り返ると恥ずかしくなってくる。
ま、まあ、その時間は無駄になったというわけではない。冒険者について詳しくなれたからな。
冒険者のランクは強さを表す基準である。最低のEからはじまり、SSで最高のランクとなる。SSランクの強さを一言で表すとしたら、災害級である。一人で山を崩せるくらいの強さがこのSSランクらしいのだが、まあこれがなんと、うちの父さんなのだ。
地震、雷、火事、親父。
この言葉をリアルに体現してしまっている父さんであった。
まあ、細かいランクの話はどうでもいいんだ。
さて、ここで当然、冒険者ランクはどうやって決まるかという疑問が出てくる。
そこで登場するのが、神!
すごい。さすが異世界。
しかも、冒険者ギルドが新たに支所を造ると、冒険者カードを作成する魔道具がどこからともなく現れるという驚きのシステム。
冒険者ギルドに所属することの証明であるこのカードには、ランクが記されているという。つまり、神様が強さを表してくれるのだ。
ちなみに、他のギルドを立ち上げた際にも、ギルドカードを作成する魔道具が出現するらしい。
あの髭ジジィやるな。
冒険者カードには、その人が倒した魔獣の魔力量が記録され、一定量に達するとランクが上がるのだとか。他にもカードにはその人の属性やMP(魔力量)、HP(体力)、さらには『称号』とやらが表示されるそうだ。
うん。すごくゲーム的。
なんていうか、この世界、詠唱が日本語だったり、システムが日本のRPGっぽかったりと、随分と俺のような日本からの転生者に優しいシステムな気がする。気のせいだよな?
あの軽いノリの神様を久しぶりに思い出してみる。
もし俺のことを思って転生先をここにしてくれたのだとすると、少しくらいは感謝しないとな。
……そういえば、髭は剃っただろうか。そもそもあの神様が髭に植物を引っ掛けて植木鉢を落とすなんてポカをしなければ、俺は今頃、青い春でキャッキャウフフな高校生活を満喫していたに違いないけどな! ……違いないよな。違いないよ! ……そう願います。
ちなみに、冒険者カードのことを知った当時はまだ実家暮らしだったから、父さんにカード見せてと言ったのだが、ランクとMP、HP、倒した魔獣の魔力量しか見せてくれなかった。カードは、任意の項目を見せたり隠したりできるらしいのだが、父さんめ。
俺が知らないと思って、まんまと称号を隠したわけである。
そうなると当然気になるもので。俺は身辺調査をいたしました。幼少期から続けた家庭内スパイ活動の成果は、こういうときに活かされるべきなのである。
で、メイド長のマリーさんに事情聴取した結果。
父さんの称号は、『キアン様』だった! ぐふぅ! これは隠したくなるわ!
俺が抱腹絶倒したのも仕方ないだろう。なに、キアン様って。称号なの? 名前じゃないの?
ちなみに母上であるリリィ様の称号は『傾国の氷姫』。
やっと称号っぽいのきた。すごく中二病だけど。
だが、そういうことは言わないほうがいいのだろう。俺だって知っている。もちろん、純粋に瞳を輝かせながら「かあさん、かっこいー!」と叫んでおいた。
俺が登録したらどんな称号が出るんだろうな。試してみたい気はしたが、それ以上に怖くなった。人のことを笑えなくなったらどうしよう。
「ウィル君、このレシピ教えてくれないかい?」
関係ないところに思考を飛ばしているうちに、おばちゃんたちの話題は一周回って帰ってきたようである。
しかし、レシピか。別に広めてもいいんだが、少しくらいはプースさんとやってる商会で儲けておきたいよな。
ということで。
「企業秘密なので、商会の許可を得られたらでいいですか?」
年齢を活かした上目遣いを駆使し、眉を下げて困り顔でおばちゃんたちを見上げる。すぐさま、「ぐふぅっ」と噴き出す音が聞こえ、おばちゃんたちが何やらうずくまって震えているが、そんなに似合わないだろうか。笑うほど似合っていなかっただろうか……!
確かに中身二十五歳の平凡顔がぶりっ子してたら、あれなのかもしれないけどさあっ!
いいもんいいもん。
とりあえずは、ごまかせているもん!
震えながらも必死に頷いてくださったおばちゃんたちに背を向け、俺は厨房へ引き返すことにした。
アイスはおばちゃんたちに全部食べられてしまったからな。材料にはまだまだ余裕があるし、追加で作るのだ!
あと、このレシピをメモって、商会メンバーであるニャルさんのところに持って行こう。ニャルさんなら、わりかし頻繁に王都に来ているみたいだし。
うむ。今の俺がやるべきはこのアイスの材料の分量の調整だ!
顔の調整とか言うなよ! お兄さん泣いちゃうからね!
◆ ◆
「あ、ウィルー! どこ行ってたのー?」
寮の談話室に戻ると、そこにはサンとセフィスの姿があった。
俺の姿はいち早くセフィスに発見され、入口に立ったところで呼び止められる。
飛び級試験に向けての勉強は、今日の分はひとまず終了となっているらしい。セフィスはご機嫌だ。
「いや、ちょっと食堂の厨房を借りてた」
「え、料理してたの?」
質問に答えると、なぜかセフィスが焦った様子でさらに質問を重ねた。
「うん。俺、結構料理は得意だよ?」
なぜ得意かと問われても答えられないけどな。
セフィスの焦る理由が分からなくて首を傾げながら返すと、セフィスはうなだれてしまった。とりあえず安堵する。理由を聞かれてたら、適当にはぐらかさないといけなかった。
「どうしたんだ? セフィス」
「いや、何でもないのよ……どうして裁縫だけでなく料理まで! あたしの立つ瀬が!」
何でもないと言ったわりに、ぶつぶつと呟きながら俯くセフィス。
本人は聞かれていないつもりのようだが、あいにく俺の耳はチート性能。ばっちり聞こえてしまっている。ついでに隣に座っていたサンにも聞こえていたようで。
「……」
三人の間に微妙な空気が流れた。
つまり、あれか。女子力的な沽券にあれしちゃったのか。
「まっ! まあ、俺は商会の手伝いとかでね! ほら、いろいろやってたから!」
声を裏返しながらも、俺はごまかそうと言葉を絞り出す。
「そ、そうだよ! ぼくらの年齢じゃ、危ないからって台所にも入れてもらえない家庭もあると思うし!」
俺の意図を理解してくれたサンも、焦りながら台詞を繋いでくれた。
よし! 今のうちに!
「そ、それより、試食してくれないかな!」
俺はペンダント型の四次元ポケッ……亜空間の魔道具から、今しがた作ったばかりのアイスを取り出した。
ちょっと勢いがつきすぎて、机に置く際にガンッと音が鳴ってしまったが、大丈夫。
「うわぁ、何これ!」
「甘いデザートみたいなものだよ。冷たいから一気には食べないでくれな」
ふっ。ちょろいぜ。
アイスを取り出した瞬間の甘い匂いに気づいて、目を輝かせるセフィス。
さっとスプーンをペンダントから取り出し、その手に握らせた。
つまるところ、餌でごまかせ作戦である。
ついでにサンにもアイスを差し出した。ごまかすのに協力してくれた感謝の印である。
「んー! 美味しい!」
さっそくアイスを食べたセフィスは、ほっぺたを押さえながら声を上げてくださった。
ミッション達成。危機は去った。
応援ありがとうございます!
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